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第三章 10



「アイザックとエディくらいですよ」

「……」

「二人もプレゼントをくれたくらいで、あとは別に」

「……プレゼント?」


 急にルイの声色が低くなり、ソフィアはあれ、と首を傾げた。変に疑われるのも良くないかと判断し、何の気なしに机の上を指さす。


「あれです、髪飾りとマフラー。私何もお返しを準備していなくて、今度買いに行かないと」

「……その買い物、俺も付き合っていいか?」

「え⁉ いいですよ、従騎士のお仕事もあるでしょうし」

「いや行く。……ついでに俺が髪飾りとマフラーも買う」

(マフラーは分かるけど……髪飾りはどこに使う気かしら……)


 それきり押し黙ってしまったルイに、ソフィアはどうしたものかと困惑する。仕方なくくるりと振り向くと、おずおずとルイを見上げた。


「私なら大丈夫ですから……このことは、秘密にしておいてもらえませんか」

「しかし……」

「ぜ、絶対に、ルイ先輩以外――好きには、ならないので。牽制とか、いらないと、いうか……」


 言いながら、顔が熱くなるのが自分でも分かった。しゅうしゅうと頭から白い煙が上がっているのでは、と不安になるソフィアに対して、ルイは先ほど同様黙り込んだままだ。


(やっぱり、ダメなのかな……)


 するとルイはソフィアの髪に手を伸ばした。くしけずる様に合間に指を通し、さらさらと何度も撫でてくる。

 心地よいが恥ずかしいとソフィアが懸命に堪えていると、ようやく耳の辺りで手が止まった。そろそろと顎の先に指が触れ、ソフィアはくいと上向かせられる。


「本当だな」

「は、はい」


 はあ、と何かを堪えるようなため息を漏らしたかと思うと、ルイはようやく相好を崩した。ソフィアがほっとするのもつかの間、ルイは急に真摯な顔つきになる。

 一瞬だけ視線を逸らしたかと思うと、ぎこちなく呟いた。


「じゃあ代わりに、今ここで……キスしてもいいだろうか」

「へ?」

「俺は、君が思うほどしっかりした男じゃない。だから――誓いが欲しい」

「……っ」


 ずるい、とソフィアは心の中で叫んだ。


(そんなこと言われて、嫌なんて、言えるわけない……!)


 長い長い葛藤を経て、ソフィアはようやく一度だけ頷いた。それを見たルイは、我慢していたのか長く息を吐きだし、心の底から安堵したように微笑む。

 ルイのもう一方の手がソフィアの腰に回され、隙間なく引き寄せられた。顔に添えられている手が熱く、ソフィアはたまらず目を瞑る。

 ゆっくりとルイの体温が近づいて来て――唇に、柔らかい何かが触れた。


(――、)


 自分のそれとは違う。硬さも熱量も、孕んでいる欲も違うのに、今はソフィアの唇を愛しむように撫でている。

 やがて熱い呼気を残して離れていき、ソフィアはそろそろと瞼を押し開いた。視線はルイの胸元に釘付けのままだ。


(どうしよう……顔、上げられない……)


 自分がどんな顔をしているのか、見られたくなかった。だがルイの表情は気になってしまい、恐る恐る目線を上げていく。

 しっかりとした胸板から首筋――赤くなっている、とソフィアはさらに先を辿る。綺麗な輪郭、耳、顔……と目で追っていたが、やがてはたとルイからの視線とぶつかった。


「……先輩?」

「……っ、す、すまない。あまり……見ないでくれ」


 ルイの顔は、耳の端まで真っ赤に染まっていた。

 手で口元を覆い隠してはいるが、目元や頬は照れているのがあからさまになっている。それを見たソフィアは、つられたようにぶわわと赤面した。


(私、今先輩と、キスを……)


「す、すみません、私、……!」


 ルイの腕に囲われていることに恥ずかしくなったソフィアは、慌てて立ち上がろうとした。

 だがバランスを崩してしまい、あわやベッドから落ちそうになったところで、咄嗟にルイが手を伸ばす。


「――っ」

「……⁉」


 どさり、とベッドが弾み、ソフィアの視界は逆さまになった。

 正確には普段寝ている時のような仰向けで、唯一違うことといえば――天井の大部分が、覆いかぶさるルイによって隠されていることだった。


(い、一体、これは、どういう……)


 完全に放心状態でぽかんとするソフィアに対し、ルイもまた目を見開いたまましばし硬直していた。

 だが二、三度瞬いたかと思うと、先ほどよりも鮮明に顔を赤くする。


「す、すまない!」


 訓練でも見たことのないようなすばやい身のこなしで、ルイはがばりと起き上がり部屋の壁に張り付いた。

 ソフィアもまた心臓がどくどくと拍打つのを感じつつ、ゆっくりと体を起こす。


「お、驚かせて悪かった。……俺はそろそろ戻る」

「あ、は、はい!」


 耳まで赤くしたルイがぎこちなく踵を返し、出入り口の扉を開いた。ソフィアが見送っていると、最後に振り返り「――よい一年(プレイアデス)を」と微笑む。

 やがてぱたんと扉が閉められた直後、ソフィアはへなへなとその場に座り込んだ。




(び、びっくりした……)


 抱きしめられている時も緊張したが、ベッドの上、しかも自由の利かない状態で――と考えるだけで、つい不埒なことを想像してしまいそうになる。


(た、助けてもらっただけなのに! 私は一体なんてことをー!)


 ルイがいなくなったというのに、体の感覚は先ほどのあれそれをしっかりと覚えていて――ソフィアは「うわああ」と一人頭を抱えていた。



 

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