第三章 7
乾杯によってパーティーが開催され、男性陣はテーブルに並んだ料理めがけて我先にと駆け寄った。
一方女性陣は普段なかなか会うことの出来ないルイがいるとあって、べったりと彼の周りを取り囲んでいる。
ソフィアもちらとその様子を窺ったが、話が随分と盛り上がっているようで、とてもではないが近寄れる雰囲気ではない。
(分かっていたけど、やっぱりすごい人気だわ……)
本当はもう少しルイと話したかったのだが、うっかり従騎士のことがばれてはたまらない、とソフィアは諦めて食事に集中することにした。
七面鳥に豚肉のソーセージ、レンズ豆の煮物に粉糖をまぶした揚げ菓子など、年越しのために用意された料理を前に、ソフィアは目を輝かせる。
(去年までは実家に帰っていたけど、寮ではこういう過ごし方をしていたのね)
従騎士の訓練がなければ、きっと一生知らなかったことだろう。ソフィアは縁起がいいとされるレンズ豆の煮物を皿に取ると、近くにあったソファに座り黙々と食べていた。
ちょうど食べ終えたあたりで、エディが隣に腰を下ろす。
「そんなものでよく腹が膨れるな」
「あ、うん。美味しいよ」
「イヤミだ気づけ」
するとエディはいつものようにふん、と笑った後、きょとんとするソフィアの前に小さな箱を差し出した。
「やる」
「へ?」
「鈍いな。お前にやるって言ってるんだ」
皿を置き、代わりにエディの手から箱を受け取る。
薄緑の箱に白いリボンがかかったそれを紐解くと、中には髪飾りが入っていた。銀色の猫の意匠がとても可愛らしい。
「訓練中、よく髪を結んでいるだろ。だから、使いやすいかと……」
「そ、それは、使うけど……でもどうして?」
「礼だ」
「礼?」
「こないだ、助けてくれたのと……あとはまあ、いろいろだ」
普段のエディからは想像も出来ない贈り物に、ソフィアはしばしぽかんと口を開けていた。するといよいよ羞恥が限界を迎えたのか、次第にエディが苛立ちを露わにし始める。
「いらなかったら返せよ」
「い、いらなくない! ……あ、ありがとう」
「……ふん」
ソフィアの反応にようやく満足したのか、エディはどこか満足げに席を立った。残されたソフィアはあっけに取られていたが、改めてそろそろと箱の中身を眺める。
(エディ……変に気を遣わせてしまったみたい)
崖から落ちたのはソフィアの不手際であって、エディが気に病むことではない。だがあの真面目な彼がそれを甘んじて受け入れるはずもないと悟り、ソフィアは嬉しそうに顔をほころばせた。
やがてパーティーは中盤にさしかかり、ある程度お腹がいっぱいになったソフィアは再びルイの様子を窺った。先ほどとはまた違う女性たちが集っており、愛想よく何ごとかを話しているようだ。
(今日はもう、話すの無理かな……)
晩餐の大部分は片付いており、残すはお菓子類やケーキだけとなっていた。だがそれらも半分以上なくなっており、完食までは時間の問題だろう。
ナッツと砂糖で出来たずっしりとした重みのパウンドケーキを、ソフィアは薄く切り分けて皿に運ぶ。
その隣にはルイが買ってきた巨大なホールケーキがあり、こちらも一口と取り分けた。
(……あ、そうだ。これ……)
ふと思いついたソフィアは、残っていたケーキたちを、少しずつ切り分けてお皿に綺麗に並べ始めた。
出来るだけ全部の種類をといそしんでいると、後ろからアイザックに呼び止められる。手には何やら大きな紙袋を持っていた。
「ソフィア! 楽しんでるか?」
「うん、すごく」
「そっか、よかった!」
するとアイザックは押し黙り、じっとソフィアを見つめた。疑問符を浮かべるソフィアの前で「えー」「あー」と逡巡していたが、ようやく決意したのかはっきりと告げる。
「ソフィア、ちょっと来てほしいんだけど」
「私? いいけど……」
何か重たい荷物運びでもあるのだろうか、とソフィアは素直にアイザックの後をついていく。
倉庫を通り過ぎ、薪置き場も通過したところで――ソフィアは「うん?」と首を傾げた。ようやくたどり着いたのは、サロンから離れたバルコニーの一角。
するとアイザックは持っていた紙袋をソフィアに差し出した。
「ソフィア、これ受け取ってくれないか!」
「わ、私に?」
期待に満ちた眼差しを向けられ、ソフィアはおずおずと包装を解く。すると中にはふわふわとした白い毛で編まれた可愛いマフラーが入っていた。
わあ、と嬉しそうなソフィアを見て、アイザックは安堵したように息をつく。
「良かった……いらないって言われたらどうしようかと」
「い、言わないよ⁉」
「あはは、知ってる――ソフィアは優しいからな。……出会った時からずっと」
覚えてるか? とアイザックが切り出した。
「従騎士試験の時、二番目の試験でソフィアに助けてもらった時のこと」
「う、うん」
「あの時おれ、本当に無理だ、棄権しようって思ってたんだ。でもソフィアはそんなおれに気づいて、声をかけてくれた」
――『もしかして、高いところ、苦手なんですか?』
――『あの、私が先に下りるので、そのすぐ上に続くのはどうでしょうか』
「最初はこの子、すごい自信があるんだなってびっくりした。でもよく見たら手がぶるぶる震えていて――ああ、この子も怖いのに、おれに優しくしてくれてるんだって。そう気づいたら、おれだけ怖がってるの、すごい恰好悪いなって恥ずかしくなったんだ」
「……」
「あの時、ソフィアはおれに勇気をくれた。それがどれだけ、嬉しかったことか」
するとアイザックはソフィアの手からマフラーを持ち上げた。
優しくソフィアの首にかけると、顎の下で結び留める。はあ、と白い息がアイザックの口から零れ、やがてにっこりと目を細めた。
「ありがとう。おれ、ソフィアに会えてよかった」
「アイザック……」
「それで、あの、ソフィアさえよければ、なんだけど」
こくり、とアイザックの喉が下りる。
「――付き合って、ほしいんだ」
「……」
ソフィアは目をわずかに見開き、つられたように息を吞んだ。
少しして、柔らかくアイザックに微笑み返す。
「うん、いいよ」
「……えっ⁉ ほ、本当に⁉」
「私もまだ怖いけど、昔ほどではなくなってきたから、いつでも」
「怖い……おれが? え、……ん⁉」
「え?」
会話が微妙にかみ合っていないことに気づいたのか、アイザックが困惑したように眉を寄せた。
一方のソフィアも、何か変なことを言っただろうかと慌てて確認する。
「え、降下訓練の話だよね? 初めて話した試験って」
「あ、うん、いやそうなんだけど……」
「練習に付き合ってほしいのかなって……」
真剣なまなざしで見上げてくるソフィアを前に、アイザックは何度も目をしばたたかせていた。
だが深く長いため息を吐き出したかと思うと、泣き笑いのように目を眇める。
「――うん。付き合ってくれる?」
「もちろん!」
「……まあ、いっか」
少し寂しそうに口の端を上げるアイザックに、ソフィアもまた親しみを込めて微笑んだ。
最後に一つ確認していい? と挙手したアイザックが、恐る恐る尋ねてくる。
「あ、あの、さっきの、本当におれが怖い……っていう意味じゃないよね?」
「アイザックが? ううん、友達だもん。怖くないよ」
「あ、うん、……友達ね……」
がくりと肩を落としたアイザックを見て、ソフィアは「どうしたのだろう?」と首を傾げていた。












