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第三章 6



 こうして様々な波乱のあった野外訓練は、なんとか無事に終わりを迎えた。

 あれからすぐにエディも駆けつけ、ソフィアを見ては「どうしてこんな無茶をした」「僕なんて放っておけばよかったんだ」と激昂していたが、気づけば目元が真っ赤に腫れており、最後には聞き取れないようなかすかな声で「悪かった」と呟いた。


 下山後にソフィアとルイは医師の診察を受けたが、どちらもほぼ外傷はなく、雪山での対処も適切であったと逆に感心された。

 もちろん勝手な行動をするなと双方怒られたが、仲間を守るための行動であったことは賞賛してくれたようだ。





 やがて日々の訓練とともに時間は流れ、あっという間に一年の終わりの日を迎えた。

 従騎士の訓練も今日と明日は休みになっており、久しぶりにのんびりと過ごせそうだとソフィアは胸を躍らせる。

 すると自室の扉をノックする音がし、アイザックが姿を見せた。


「ソフィア、よかったら皆でパーティーしないか?」

「パーティー?」


 誘われるままに男子寮のサロンへと向かう。そこでは既に飾り付けと豪華な食事の準備が始まっていた。

 毎年、寮に残っている生徒だけでささやかなお祝いをしよう、という慣例があるらしい。


 始まりは夕方からということで、ソフィアも買い出しや調理を手伝うこととなった。

 帰省していない生徒はソフィアたち以外にも何人かおり、学年入り混じる中ソフィアもあちらこちらにと奔走する。


 やがてすべての準備が整った頃、新しい参加者が顔を見せた。


「――すまない。まだ間に合うだろうか」


 声だけを聴いて、ソフィアはどきりと胸を弾ませた。

 何人かの女子生徒がきゃあと色めき立つのを横目に、そろそろと物陰から視線だけを動かす。


(ル、ルイ先輩だ……)


 あの雪山での一件以来、報告や訓練が続いており、学校でもなかなか会うことが出来なかった。

 久しぶりに見るその佇まいの別次元さに、ソフィアは改めて「あれはやっぱり私の妄想だったのでは」と懐疑の念を抱く。


 だがソフィアの疑念をはねのけるように、ルイはソフィアを見つけると、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

 以前よりあからさまになったその好意を見て、ソフィアはときめくと同時に身の危険を覚え始める。


(もし周りに気づかれたら、今度こそ大変なことになる……!)


 どうやらルイは差し入れにホールケーキを買って来たらしく、女性陣たちから華やかな歓声が上がっていた。

 きっと自分が食べたかったんだろうな、とソフィアはこっそり微笑みながら、そそくさと人のいない厨房へと移動する。


 皆がサロンで賑わっている間に、とソフィアが食器の準備を始めた――その時。



「――ソフィア」

「うわぁ⁉」


 突然名前を呼ばれ、ソフィアは慌ただしく振り返った。

 そこにはにこにこと笑みを浮かべたルイが立っており、ソフィアは思わず変な方向に視線をずらす。


「久しぶりだな。元気にしていたか?」

「ル、ルイ先輩こそ、お仕事大変そうですね」

「大したことはない」


 そこで言葉が途切れ、互いにちらりと視線を交わす。その瞬間、この前の告白を思い出してしまったソフィアは、うわああと一気に顔を染め上げた。


(む、無理! ここから何をどうしたらいいの⁉)


 もう少し可愛い髪型にしてくるんだった、とか。もっと可愛く『お疲れ様です』と言えば良かった、とか。

 至らない自分への叱責だけが次から次へと湧いてくる。だがルイは全く意に介した様子もなく、いつものように目じりに皺を寄せ照れたように笑った。


「す、すまない。……これではただの挨拶だな」

「い、いえ! 全然!」

「俺も色々勉強しているんだが、どうもうまく出来なくてな……こういう時は、どうするんだったか……」

(べ、勉強……?)


 するとルイは「ああ」と何かを思い出したかのように瞬いた。ソフィアの肩に手を伸ばしたかと思うと、そのまま背中へぐるりと腕を回す。

 ぎゅ、とその大きな体にソフィアを閉じ込めると、待ち切れなかったとばかりにソフィアの耳元で零した。


「――会いたかった」

(う、うわあああー!)


 ソフィアはルイの胸元に置いていた手を、ぐっと握りしめた。だめだ。いくら恥ずかしいとはいえ、ここで力を発揮すれば山小屋の二の舞になってしまう。

 だが抵抗しないことで許しを得たと思ったのか、ルイはなおも強くソフィアを抱きしめてきた。


(ちょっ、待って、ど、どうしたら、っ、いい匂い……)


 こんなところを誰かに見られでもしたら、年明けの教室でソフィアの席は跡形もなくなっていることだろう。

 ソフィアはそうっと――本当にそうっと力を込めて、ルイの体を押し剥がした。


「せ、先輩、あの、ちょっと」

「――っ、す、すまない。痛かったか? 嫌だったか?」

「あ、いえ、そうではなくて!」


 悲しそうに眉を落としたルイを見て、ソフィアの良心はちくちくと痛んだ。ちゃんと伝えなければ――と決意したところで、タイミング悪く厨房にエディが現れる。


「ソフィア、そろそろ始めるぞ。グラスの準備を」

「あ、う、うん!」


 するりとルイの脇を通り抜け、エディの元へと慌ただしく移動する。

 すると時を同じくして、サロンの方からルイを捜しに来た女性たちも現れ、困惑するルイを押し流すように連れていってしまった。


 女性たちに囲まれた時、ルイは何かを訴えるように、ちらちらとソフィアの方を見ていた。だがソフィアはここで気づかれてはまずいと、にっこりと口角を上げて送り出す。

 やがて二人だけになった厨房で、エディが首を傾げていた。


「? 良かったのか、ルイ先輩は」

「へ⁉」

「何か話をしていたんじゃないのか?」

「あ、えーと、うん! 何でもない!」

「ならいいが……」


 エディが来てくれてよかったという安堵と、もう少しだけ二人でいたかったという複雑な心情を抱えながら、ソフィアは赤面した熱を引かせたい一心で、無心になってグラスの準備をこなしていた。



 

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