第三章 4
「――俺は『リスの神』に加護されている」
「リスの、神……」
三十分ほどして、リスは再びルイの体に戻った。
ようやく乾いた服を着てから、ルイは言葉を選ぶようにして口を開く。
「本来であれば、移動能力の向上程度らしいんだが……どうしてか俺は、加護が特別に強いらしくて……短い間であればさっきみたいに、リスに姿を変えることが出来る。戻れるタイミングもばらばらだし、その間会話は出来なくなるから、あまり便利でもないんだが……」
神々の加護には多くの種類が存在すると聞く。
であればルイのような『その神の姿に変身する能力』というものがあってもおかしくはない。
しかし、とソフィアは不思議そうな顔をした。
「昨日の夜も変身したということですか? 雪山なら、人間の姿のままの方が色々と安全そうな気がするんですが……」
「使わずに済めばそれが一番だったんだが……君を捜すためには仕方がなかった」
へ? と理解が追い付かないソフィアを慮ってか、ルイは説明を続ける。
「リスに変化すると探知能力……特に雪原では抜群の力を発揮する。君を見つけられるかはほぼ賭けにも近い状態だったが、俺は無事君を見つけ出し、この小屋にたどり着いた」
「そ、そうだったんですね……」
「ただ場所が寒すぎたせいか、変身中に体力が限界を迎えてしまい……それで、このような、失態を……」
再び頭を抱えてしまったルイを、ソフィアは慌てて「大丈夫ですから!」と励ます。言いながら「何が大丈夫なのか」と思ったのは秘密だ。
目覚めて一番に好きな人の裸というのには心底驚いたが、それらすべてがソフィアを助けるための行動の結果だというのだから、非難など出来るはずがない。
そこでソフィアの脳裏に、ふと新しい疑問が浮かんだ。
「あ、あの、どうして、先輩一人で、そんな危険を冒してまで、捜しに来てくださったんですか?」
今朝のやり取りですっかり忘れていたが、ルイはソフィアの行動に対して憤慨していたはずだ。 だから学校でも騎士団でも会うのを避けられていたし、昨日だって目を逸らされたりした。
だがルイは真摯な眼差しではっきりと断言する。
「そんなの、当たり前だろう」
「で、でも、先輩は、私に呆れて……嫌いになったのでは、と……」
するとルイはわずかに目を見開き、深いため息をついた。先ほどよりもさらに重くなった空気を感じ取り、ソフィアはいっそう嫌な予感に襲われる。
「……そう、だよな。誤解、させたよな」
「ルイ先輩?」
「――俺も男だ。この際きちんと白状しよう」
居住まいを正すルイにつられて、ソフィアもきちんと座りなおす。するとようやくルイが、真実を吐露し始めた。
「学内パーティーの日、君は倉庫室に閉じ込められていた」
「は、はい。そのことは騎士団で報告を」
「――俺は、あの場にいたんだ」
「あの場にって、あの場には、私と、リス、……しか……」
突然の告白に、ソフィアの頭は真っ白になる。
「ちなみに、中庭で君からサンドイッチをもらったのも俺だ」
「俺、というと……ルイ先輩で、……リスで?」
「ああ。リスの姿になった俺だ」
そういえば昨夜も『よく似たリスがいるものだ』と思った覚えがあった。だかまさかあの部屋にいたリスがルイで、中庭で一人のご飯を食べているのを見ていたリスもルイで――と考えていたソフィアは、やがて重大な事実を思い出す。
(待って……待って、私、あの時……とんでもないことを、言った、ような)
映写機に映し出されるかのように、当時の記憶が白黒でよみがえる。
――『今日の私、とっても綺麗にしてもらえて。だから……ルイ先輩に、もう少しだけ見てもらえたらなあって』
――『褒めてもらいたいとか、そういう訳じゃないんだけど……。先輩の隣にいると、すごく幸せなの……』
――『私、ルイ先輩が、好きなのかな』
(いーーやーー‼)
ソフィアは、顔のほてりを感じながら恐る恐る顔を上げた。ルイもまたすべてを察しているのか、かつてないほど赤面した状態で、顔の半分を手で覆い隠している。
「あの」
「ああ」
「き、いて、ますよね?」
「――ああ。……聞いた」
何が、とは言っていないのに――明確に返って来た言葉にソフィアは惑乱した。
ようやく実感し始めたのか、どくんどくんと次第に鼓動が早まっていく。ぱちりと薪が爆ぜるのを聞きながら、ルイはためらいがちに言葉を続けた。
「本当に、わざとではないんだ! パーティー会場から君がいなくなったと知って、早く捜そうと変化しただけで、君の、その……気持ちを盗み聞くつもりは、これっぽっちも、なかった」
「そ、それは、分かっています! 私もまさか、あのリスが先輩だ、なんて……」
ソフィアとて誰に聞かせるつもりもなかった。このままずっと、ルイのことは憧れの先輩として思い続けているだけのつもりだったのに、まさかその張本人に一番に伝わってしまうなんて。
(も、もうそれって、告白したのと同じでは……)
再び二人の間に沈黙が落ちる。
やがてルイがはあと息をつくと、恥ずかしそうに口元に手を当てた。
「その……正直、こういったことは初めてで……俺が誰かから『好き』だと言ってもらえることがあるなんて、思ってもみなかったから……」
「は、初めて……?」
「ああ。情けない話だが」
「学校であれだけモテてるのに、告白されたことが、ない……?」
「からかうのはやめてくれ。こんな戦うことしか能のないような男が、モテるわけないだろう?」
どうやらルイは本気で言っているらしく、ソフィアはその場で頭を抱えたくなった。以前ケーキ屋でも同じような話をしていたあたり、周りの女性たちはルイに憧れを抱いているものの、実際の告白には至っていないということか。
(まあ、告白なんて抜け駆けしたら、その後どうなるか明らかだし……)
結果としてルイはあれだけの女子生徒から好意を寄せられながらも、誰からも好きだと言われることなく、十八を迎えてしまったという。
そんな偶然ある⁉ と叫びたくなるソフィアをよそに、ルイが申し訳ないとばかりに声を落とした。
「聞いた時は、悪いと思ってすぐに逃げようとしたんだ。だが直後に爆弾を見つけてしまってそういう訳にもいかなくなり……重ねがさね、本当にすまなかった」
「い、いえ! おかげで私も学校も無事でしたし」
「あの時の君の行動は素晴らしかった。……だからこそ、何も出来なかった自分が情けなくて」
ルイは切なそうに睫毛を伏せる。
「君がひとりで爆弾を抱え込んだ時、……本当に怖かった。あのまま君が死んでしまうんじゃないかと……だから俺は必死になって、なんとかして、君を助けたいと……」
「先輩……」












