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第三章 3



(なんか……学校にいた子とすごくよく似てるわ)


 パーティーの日に出会ったリスを思い出し、懐かしさからふふと微笑みかける。そう言えば爆弾騒動の後から、まったく姿を見かけなかったが大丈夫だったのだろうか。

 食料から食べられそうなものをより分け、目覚めた時に食べられるよう、リスの傍に並べておく。やがて眠気を感じたソフィアは、毛布を羽織るとリスの隣に座り込んだ。


(少しだけ……起きたら薪を足して……それで……)


 瞼が重たい。寒さで体力が奪われていた上に、今日は一日動きっぱなしだ。

 抗いがたい睡魔に襲われたソフィアは、幾度となくだめだだめだと首を振る。しかし必死の抵抗も虚しく、ソフィアは座り込んだまま、やがてふつと意識を途切れさせた。






――何だか暖かい、と夢心地の中ソフィアは思った。


(なんだろう、気持ちいい。ふわふわしてて、でもしっかりしてて……)


 それにいいにおいがする、とソフィアは無意識に腕を伸ばすと、近くにあったそれを抱きしめた。すると同じように抱きすくめられ、ソフィアは嬉しそうに顔をほころばせる。


(おっきい……暖かい……)


 これ以上ない多幸感を堪能しつつ、ソフィアは再び眠りに落ちて行こうとする――が、はたと気づき目を薄く開いた。


(私……たしか昨日、遭難していたはず……)


 従騎士の野外訓練や、エディの代わりに滑落したことなどを思い出し、ようやくはっきりと目を覚ます。

 がばりと体を起こし、すぐに暖炉の方を見た。ありがたいことに小さくだが火種が残っており、ソフィアは安堵の息を漏らす。

 しかし自責の念に駆られ、すぐにあああと頭を抱えた。


(ね、寝るつもりじゃなかったのに……! 私としたことが……)


 体を休めるのは大切だが、まさか一晩爆睡してしまうとは。ソフィアは情けない自分を戒めるように、改めてふるふると首を振る。

 とりあえず薪の追加を――と床に手をついた瞬間、何とも言えないふに、という感触がソフィアの指に触れた。


「……?」


 柔らかいような、硬いような。不思議な手触りにソフィアは視線を落とす。

 するとそこにはしっかりと鍛え上げられた男性の胸板があった。しかも素肌だ。ソフィアは何度か目をしばたたかせると、そろそろと床に沿って視線を上げていく。


「……へ?」


 鎖骨、鍛えられた肩、首筋――と肌色のそれらを辿り、やがて黒髪とその下に隠れていた顔を見た瞬間、ソフィアは飛び上がるように手を離した。


「な、な、ななんで、ル、ルイ、先輩、が……⁉」


 そこにいたのは間違いなく、ルイ・スカーレルだった。


 乱れていてもなお艶やかな黒髪に美しい横顔。長い睫毛は伏せられており、静かな寝息を立てている。しかしどうしたことか、その上半身は完全に服を着ていない状態だ。


(え⁉ いつ⁉ どうやって⁉ ていうかなんで裸⁉)


 どれだけ説明されても納得できない5W1Hをソフィアは繰り返した。やがてその動揺を感じとったのか、ルイが目を覚ます。切れ長の目をゆっくり押し開いたかと思うと、すぐにぱちりと焦点を合わせた。


「……ソフィア、リーラー?」

「は、……はい……」

「……」


 一拍置いたのち、ルイは大きく目を見張ると、取り乱した様子で上体を起こし毛布を肩から被った。

 ソフィアもまた慌てて後ろを向き、ルイの着替えが終わるのを待つ――が、ふと「そう言えば制服あったかしら?」と眉を寄せる。

 すると案の上、ルイが今にも死にそうな声を上げた。


「……すまない、ソフィア」

「は、はい!」

「本当に、……本当に申し訳ないんだが、……小屋の傍に俺の服と装備が落ちているはずなんだ」

「え⁉ あ、分かりました⁉ すぐ取ってきます!」

「すまない、本当にすまない……」


 わけが分からないが、このままルイに全裸でいられても困る。ソフィアはルイの指示通り、彼に背中を向けたままそろそろと小屋の外に出た。

 勢いあまって転倒しつつも、白銀の世界に最初の足跡をつけていく。


(ふ、服……どこにあるのかしら……)


 積雪の下だとしたら見つからないかもしれない、という不安をよそに、すぐに見慣れたリュックを発見した。

 ソフィアが抱えてきた装備と同じものだ。片手で掘り出すと、その下にぐしゃぐしゃになった洋服があり、ソフィアはそれらもまとめて引っ張り出す。


 急いで小屋に戻ったソフィアは、まずは消えかかっていた暖炉に燃料を追加した、その後ルイの衣類を乾かそうと、丁寧に暖炉の前に広げていく。

 無事に回収された洋服と装備品を見て、ルイは改めて「ありがとう」とソフィアに頭を下げた。


「それであの……どうして、ルイ先輩が、ここに」


 ソフィアが寝るまで、小屋の中には誰もいなかったはずだ。途中で入ってくれば、いくら熟睡しているとはいえさすがにソフィアも気づくだろう。

 まっすぐに向けられるソフィアの視線を前に、毛布一枚を着込んだルイはしばしうつむき沈黙していた。だが渋々といった様子で顔を上げる。

 心なしか――というか、確実に頬が赤く色づいている。


「どこから話せばいいか迷うが……とりあえず君が落下したのを見て、すぐに俺も後を追ったんだ」

「あ、あの、崖をですか⁉」

「無我夢中でな……幸い木々の合間を伝って降りることは出来た。しかし君が落ちた場所が分からず、しばらく彷徨っていたところで……」


 するとルイが突然言葉に詰まった。

 彫刻のように固まってしまったルイを見て、ソフィアもまた怪訝そうに首を傾げる。やがて「もう無理か……」「いや、もうこれを機に言ってしまった方が……」と呟く声が聞こえてきて、ソフィアはいよいよ当惑した。


「あの、ルイ先輩?」

「……ソフィア、文句は後でいくらでも聞く。だからその……幻滅しないでほしいんだが」

「幻滅?」


 するとルイは神妙な顔つきのまま、静かに瞼を閉じた。

 次の瞬間、ぱさりと毛布が床に落ちる。


「え⁉ ル、ルイ先輩⁉」


 突然姿を消したルイに、ソフィアは慌てて駆け寄った。

 毛布をめくるとそこには――昨夜、小屋の中に招き入れた季節外れのリスがおり、黒目がちな瞳でじっとソフィアを見上げていた。




 


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