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第二章 13



(こうなればわたくしが直接、やらなければ……)


 しかしソフィアの周りには、ルイだけではなく転校生二人も増えてしまった。近づいて何かしようとすれば、先ほどのようにすぐ見抜かれてしまうだろう。ましてやカリッサはソフィアに警戒されているはずだ。


(どうすれば――あら?)


 カリッサの視界に、歩いていたクラスメイトが偶然飛び込んで来た。気弱で家柄も低い女子生徒――カリッサは彼女を見て、にいと口の端を押し上げた。






 アイザックたちの報告を聞き終えたルイは、手を口元にあてて一考していた。


「やはり不審なものは見当たらなかったか」

「もうすぐパーティーも終わりますし、やはりいたずらだったんでしょうか?」

「……」


 押し黙るルイの表情に、ソフィアは言いようのない不安を抱えていた。


(爆発物はないみたいだけど……本当にただのいたずらなのかしら?)


 しかし会場内にも他の場所にも、それらしきものは存在しなかった。であれば上層部が言うように、愉快犯による悪ふざけなのか……と考えていたソフィアだったが、ふと壁際で俯いている一人の女子生徒に気づいた。


(あれ? たしか同じクラスの――)


 心なしか顔色が悪く、じっと足元を見つめている。様子が気になったソフィアはルイに「すみません」と断りを入れた。


「知り合いがいたので、少し声をかけてきてもいいですか?」

「ああ。行ってこい」


 二つ返事で送り出され、ソフィアはそろそろとクラスメイトの元へと歩み寄った。


「あの、ええと……アレーネ、よね」

「ソ、ソフィア、リーラー?」


 アレーネと呼ばれたクラスメイトは、ソフィアよりも随分と背が低く小柄で、おとなしい印象のある生徒だ。

 さすがにパーティーの場ともあって、黄色の華やかな衣装を着こなしているが、どことなく違和感がある。


「なんだか体調が悪そうだけど、大丈夫?」

「う、うん……実は……」


 するとアレーネはそっと髪を耳にかけた。可愛らしいオレンジの宝石で出来たイヤリングが露わになる――が、妙なことに右耳の方は何もついていない。


「イヤリングを落としてしまって……」

「た、大変! 探さないと」

「そ、それが、落とした場所は分かっているんだけど、一人じゃ怖くて……」


 今にも泣きだしそうな様子のアレーネに、ソフィアはわたわたと動揺する。慌てて背後を振り返るが、男性陣はなおも熱心に話し込んでおり、ソフィアはすぐに視線を戻した。


(仕事中なのに、わざわざ話しかけるのは申し訳ないわ……)


 場所が分かっているならば、探し物といってもそれほど時間はかからないはずだ。そう思い至ったソフィアは、半泣きになっているアレーネに向けて微笑んだ。


「私で良ければ手伝うわ。どこに落としたの?」

「じ、実は……」


 アレーネに連れられて、ソフィアは会場を出て校舎へと移動した。階段をのぼってようやくたどり着いたのは年季の入った倉庫室だ。

 古めかしい木戸を押し開くと、錆びた蝶番がぎぎと嫌な音を立てる。中には木で出来た棚が数列並んでおり、年代物の書籍や資料などがぎっしりと詰まっていた。


「こ、ここ、なの?」

「は、はい……」


 一歩足を踏み入れる。

 絨毯からぶわりと埃が舞い上がり、ソフィアはけほけほとむせ返った。天井付近には立派な蜘蛛の巣が張られており、あまり人の出入りがない部屋だとわかる。


「どのあたりに落としたの?」

「ええと、多分、一番奥の棚に……」


 アレーネに言われた通り、ソフィアは部屋の奥にある本棚に足を進めた。明かりは窓から差し込む月光しかないため、見落とさないよう必死に目を凝らす。


 だが突然バン! と扉の閉まる音がし、続けてガチャガチャという慌ただしい金属音が続いた。

 ソフィアは慌てて来た方向に駆け戻ったが、室内にアレーネの姿はない。


 嫌な汗が背中を伝い、ソフィアは恐る恐るドアノブに手をかけた。かすかに揺れ動くものの、何かに引っかかったようにそれ以上開閉出来ない。


「……アレーネ? 一体何を……」

「ごめんなさい! ごめんなさい……あなたを……パーティーが終わるまで、ここに閉じ込めておくように……言われて……」


 ソフィアの脳裏に、すぐにカリッサのしたり顔が浮かんできた。

 アレーネは彼女の取り巻きではなかったはずだが――カリッサの家は侯爵家にも繋がりのある有力な貴族だ。

 アレーネのような力の弱い家柄では、彼女の言うことに逆らえないのも無理はない。


「本当にごめんなさい! パーティーが終わったら、ちゃんと開けに来るから……!」


 扉の向こうで泣きそうな声が零れ落ち、逃げるように足音が離れていく。

 それを黙って聞いていたソフィアは、薄暗く誰もいない部屋の中で、改めてドアノブを握る手に力を込めた。


(多分、このまま回せば無理やり開けることは出来る……)


 だがソフィアはゆっくりと手を離した。今ここで扉を破壊して逃げ出したところで、パーティー会場に戻れば、アレーネを困らせるだけだろう。

 彼女がカリッサからどう脅されたのかは分からないが、ソフィアがここでじっとしているだけで解決するというのであれば、その方がよほど平和な方法ではないか。


(ゴリラの力があっても、……私、なんて情けないのかしら……)


 とぼとぼと扉に背を向け、窓の傍にしゃがみ込む。埃で白くくすんだガラスを見ていると、風に揺れる蜘蛛の巣に目が留まった。

 室内にある蜘蛛の巣は随分と古そうなのに、こちらはつい先ほど壊されたかのような歪さだ。


(誰かが最近窓を開けた? でもあまり人の出入りはなさそうだし……)


 おまけにここは校舎の三階。外から誰かが入るような可能性も低い。強風にでも煽られたのだろう、とソフィアは思考をやめ、うなだれるように顔を伏せた。

 薄暗い室内は、人がいないのに何かの気配があるようで――ソフィアは今さらぞくりと肩を震わせる。


(大丈夫……あと少し我慢すれば、終わるから……)


 会場を離れてどのくらい経っただろうか。もしかしたら三人の誰かが気づいてくれるかもしれないが、まさかこんな所にいるなんて思いもしないだろう。


(それに、私がいない方が、みんなもルイ先輩と話しやすいだろうし……)


 今日のパーティーの間、ルイはパートナーとしての責任からか、常にソフィアを隣に置いてくれた。

 もちろん嬉しくもあったが、話しかけたくとも話しかけられない女子たちの邪魔になっているのでは、という恐怖もあった。


(でも……私……)


 ちらりとかすめた思考に、ソフィアは胸の奥がきゅうと痛むのを感じた。それと同時に――カタ、と何かが動く音がして、ソフィアは大慌てで天井や窓の周辺を振り仰ぐ。


「な、何⁉ 何の音⁉」


 誰もいないと分かっているのだが、牽制もかねて声を張る。当然返事をするものはなく、ソフィアは再び訪れた嫌な予感に顔を顰めた。

 再び物音がし、ソフィアはひいいと強く目を瞑る。


「――……?」


 恐る恐る目を開ける。

 すると窓枠の片隅に、一匹のリスが立っていた。


「……もしかして、前に中庭にいた子かしら」


 どこから入って来たのだろう。相変わらずふわふわとした尻尾を立て、今はその半身が月の明かりに照らされている。黒くつぶらな瞳でじっと見つめられ、ソフィアは思わず笑みを零した。



 

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