第二章 12
ソフィアは慌てて廊下の奥を見る。
するとレオハルトの背後から、慌ただしく駆け寄ってくるアイザックと、その後ろをついて来るエディの姿があった。
邪魔が入ったと気づいたのか、レオハルトは短く笑うとソフィアに背を向けひらひらと手を振る。
「君の騎士たちが来たみたいだね。今日はこれで失礼するよ」
「……」
レオハルトは瞬く間に窓辺を離れ、廊下の陰に姿を消した。入れ替わりにたどり着いたアイザックたちが、茫然としているソフィアに向けて話しかける。
「ソフィア? 大丈夫か」
「あ、うん……」
「さっきの男は? 知り合いか」
「知り合いというか、……今日会ったばかりというか……」
煮え切らないソフィアの返事に、アイザックとエディは首を傾げる。だがすぐにあっと声を上げると、アイザックが少々興奮した様子で口を開いた。
「そうだソフィア、大変なんだ。この学校に爆弾が仕掛けられたかもしれなくて」
「――ルイ先輩から聞いたわ。校内はどうだった?」
「今のところ見つかっていない。狂言だった可能性が高いだろう」
エディの冷静な言葉に、ソフィアはほうと胸を撫で下ろした。そんな二人を前に、アイザックはやれやれと笑みを浮かべる。
「それでおれたち、遅くなったけど今からパーティーに行こうと思ってさ。ルイ先輩に報告しないといけないし」
「ルイ先輩なら、今会場の入り口にいると思うから――」
レオハルトのせいで随分時間を取られてしまった、とソフィアは慌てて会場に向かおうととする。だがエディが鋭く「ちょっと待て」と制止をかけた。
きょとんとするソフィアの前に回り込むと、頭の先から足先までしげしげと細見する。
「お前、その恰好で参加する気なのか」
「え⁉ ええと、や、やっぱり、派手だよね……」
「いやドレスは良い。その髪と顔だ」
彫刻家が彫り途中の石材を眺めるかのような熱心さで、エディはなおもソフィアを見つめ続けた。
いたたまれなくなったソフィアはさりげなく視線をずらしていたが、やがてはあという短いため息の後、エディがソフィアの手を取り、会場とは反対方向に移動し始める。
「エ、エディ?」
「ついてこい。――最低限しか出来ないから、あまり期待はするなよ」
――学内パーティーはいよいよ終盤を迎えつつあった。
会場の入り口で待機していたルイは、ようやく現れたソフィアの姿に、わずかに目を見開いた。後ろには二人の後輩の姿もあり、四人はそれぞれ階段を上る。
大ホールに続く大きな扉が開かれ、会場内の眩い光が隙間から漏れた――
「――おい、誰だ、あれ」
「隣にいるのはルイ・スカーレルだが……あの子は一体……」
「待て、パーティーの初めの方にいたのと同じ奴じゃないか⁉」
「衣装が変わっただけ……には、見えないが……」
四人が会場に足を踏み入れた途端、ざわりとした驚嘆が波紋のように広がった。だが小声で交わされていたそんな会話は、緊張するソフィアの耳には一切入っていない。
(――どうして、こんなことに……)
着るつもりのなかった深紅のドレス。
上半身はぴったりと体のラインを形どる反面、下は薔薇の花びらのような裾を何層にも重ね合わせたもので、ソフィアの高く均整の取れた体つきを、実に優雅に引き立てていた。
さらには随所に飾り付けられた刺繍と色とりどりの宝石が、ソフィアの歩みを可憐な輝きで彩ってくれる。
普段くしけずるだけの赤い髪も、今は高い位置で一つにまとめられており、白妙の花によって飾りつけられていた。
けぶるような長い睫毛、肌は真珠のような白い輝きを放ち、唇は艶々としたふくらみを見せている。
窓ガラスに映った――普段とまったく異なる自身の顔を見ながら、ソフィアは改めて化粧の凄さを実感していた。
(エディ……一体どこでこんな技術を……)
――数十分前、エディはどこかから化粧道具一式を持ってきた。
驚くソフィアに対し、恐ろしく慣れた手際で化粧を施したかと思うと、あっという間に髪のセットまでしてみせたのだ。
どうしてここまでしてくれるのか、とソフィアが尋ねたところ『仮にもパーティーと名のつくものに、女性をそんな恰好で参加させるのは僕の美意識が許さない』と睨まれた。
その後ルイと合流し、再度会場に入ったはいいのだが――
人目を引く赤の衣装に加え、隣を歩くのは学校内で最も人気のあるルイ・スカーレル。後ろには、噂の転校生二人組であるアイザックとエディを引き連れているとあって、先ほどよりも多くの注目を集めることとなってしまった。
「アイザック、エディ、急に頼んで悪かった」
「いえ! 先輩のご命令でしたらなんなりと」
「従騎士の命令としてなら、従いますよ」
ソフィアが周囲からの圧に耐える中、男性陣たちは淡々と従騎士としての仕事を報告していた。生まれてからずっとこの見た目で生きてきた彼らにとっては、この程度の注目慣れたものなのだろう、とソフィアは諦観する。
そこでようやくある事に気づき、はっと息を吞んだ。
「そ、そういえば、どうして二人は……パートナーがいないのに入れるの⁉」
だがソフィアの迫真の問いかけに、エディははあ? と眉を寄せた。
「逆に。なんでたかだか学内のパーティーに、パートナーが必要なんだ? 学校側からそうした告知が一度でもあったか?」
「はっ!」
ソフィアはそこでようやく、自分が騙されていたことに気づいた。同時にルイに向かって慌ただしく頭を下げる。
「す、すみません、ルイ先輩! 私、間違った情報を……!」
「え? ああ、気にするな。なんとなくそんな気もしていたんだ」
「で、でも、私がパートナーなんて」
「そうか? 俺は楽しかったけどな」
嬉しそうに笑うルイを見て、ソフィアは再び顔が赤くなるのを感じた。するとただならぬ雰囲気を察したのか、アイザックが二人の間に割り込んで来る。
「ソ、ソフィア! 来年は俺とパートナー組もう!」
「え⁉ い、いいけど……」
途端にぱあと破顔するアイザックを前に、ソフィアはつられるように微笑む。それを見たルイも顔を綻ばせ、エディは付き合ってられないとばかりに、冷めた目でアイザックを見つめていた。
同時刻。
カリッサもまた、ソフィアたちの一団を見つめていた。
「どういうことですの⁉ ドレスが無くて、泣いて逃げ帰ると思っていたのに……!」
「カリッサさまぁ、もうあたし、無理です……」
「あたしも……怒ったルイ先輩、すっごい怖かった……」
ハサミの一件で、ルイにしこたま説教された二人は、既にべそべそと瞼を泣き腫らし、戦意を喪失しているようだった。その様子にカリッサは思わず舌打ちしかける。
「あなた方は許せますの⁉ スカーレル先輩に飽き足らず、アイザックさんにエディさんまではべらせて!」
「そりゃ悔しいですけど……カリッサ様には素敵な彼氏もいるじゃないですかぁ」
「そ、それとこれとは話が別ですわ!」
いよいよ取り巻きたちの反論が激しくなり、カリッサは頭を抱えた。












