表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/94

第二章 11



(怖っ! えっ何⁉ 今の速度人間⁉ ゴリラじゃなくて⁉)


 実はソフィアには、何が起きたのかしっかりと目視出来ていた。

 刃物を突き付けられたものの、ソフィアは抵抗をしなかった。するとカリッサと歓談していたはずのルイが、女子生徒の肘を下から上にかけて一瞬で叩き上げたのだ。

 結果、手にしていた刃物――実際は単なるハサミだったのだが――が弾け飛んだという。


 だがほとんどの人間には何が起きたのか見えておらず、どうしたどうしたとざわめきだけが湧き起こった。

 注目を集めてしまった女子生徒は違うんです、と震える声で弁明する。


「け、怪我をさせるつもりはなくて、ちょっと、冗談のつもりで……」

「ハサミとはいえ立派な刃物だ。冗談ではすまされないぞ」

「う、うう……」

(ど、どうしよう……何だか大ごとに……)


 ナイフでなかっただけでソフィアとしては僥倖だったのだが、ルイに見つかったのが運の尽きだ。

 周囲には事情を知らない参加者らも集まり始め、ソフィアはおたおたとルイの袖を引く。


「せ、先輩、私なら大丈夫ですから」

「しかし――」


 ソフィアに呼ばれ振り返ったルイは、幅広の目を再び強く見張った。その視線が向いている先をソフィアも追いかける――と、ドレスの袖に大きく切り込みが入っているではないか。

 どうやらハサミの刃がわずかにかすめてしまったようだ。


 露わになった二の腕を見て、ソフィアはあーあと肩を落とす。だがソフィアの落胆以上に、ルイの方が動揺していた。


「ソフィア、怪我は」

「い、いいえ、袖が切れただけで特には」

「そうか」


 ルイは目元にわずかな安堵を滲ませた。しかしすぐに自身の上着を脱ぐと、ソフィアの肩にかける。

 状況を掴めずきょとんとしているソフィアをよそに、彼女の背と膝裏に手を差し入れると、そのまま横向きに抱き上げた。周囲からきゃあー! という黄色い歓声が立ち上る。


「せ、せせ、先輩? 怪我はしていませんって!」

「……」

「お、下ろしてください!」


 生まれて初めての体勢に、恥ずかしいやらいたたまれないやらのソフィアは、必死になってルイを説得した。

 しかしルイはそのまま颯爽と会場の出入り口目指して歩いていく。

 会場を出た後も、誰もいない廊下をルイはずんずんと歩き続けており、さすがにもう勘弁してほしい、とソフィアはすぐ近くにあるルイの顔をちらと仰いだ。


 この距離で見ると本当に恐ろしいほど整った美貌で――でも今は、少しだけ悲しそうにも見える。


「先輩、本当に大丈夫ですから」

「……女性を守れないなんて、騎士失格だ」

「それを言うなら、わ、私だって騎士です! ま、まだ、見習いですけど……」


 その返答に、ルイは一瞬だけ毒気を抜かれたかのように目を丸くした。少しだけ歩く速度を緩め、ふ、と口元を緩める。


「そういえばそうだったな」

「で、ですから、そろそろ」

「このまま、新しいドレスを買いに行こう」


 は⁉ とソフィアは心の中で目を剥いた。

 しかしルイは本気らしく、いまだに進路はまっすぐ正門方向をめざしている。


(た、たしかに先輩なら王都まで行けるかもしれないけど……こ、この体勢で十キロ走られるのは無理! どちらかというと私が限界!)


 だがルイがいつだって真面目なのは、この数か月で十分すぎるほど理解していた。

 きっとソフィアが何を言ったところで、新しいドレスを用意するまで納得しないのだろう――と考えたところで、ソフィアははっと思い出す。


「せ、先輩、ちょっと待ってください!」

「大丈夫だ。たかだか十キロ程度、一時間もあれば――」

「ではなくて! ドレス、ありますから!」






 ルイには会場の出入り口付近で待ってもらうようお願いをし、ソフィアは一旦寮へと戻った。

 クローゼットを開け、今朝がたしまい込んだ箱を取り出しながら、こんなはずではなかったと嘆息する。許されるなら今すぐ逃げ出したい。


(でも……あそこまで真剣に怒ってくれた先輩に対して、それは失礼よね……)


 地味な濃紺のドレスを脱ぎ、袖を通すつもりもなかった深紅のそれを身に纏う。サイズは恐ろしいほどにぴったりで、改めて実家に向けて文句の一つも言いたくなった。


 着替えを終え、再び会場に向かう。

 既にパーティーも中盤を迎えているためか、寮にも中庭にも人の気配はない。会場につづく廊下にも誰もおらず、ソフィアは重たい足取りで一歩一歩足を進める。


 すると突然男の声がした。


「あれ、君は……」

「――⁉」


 突然話しかけられ、ソフィアは心臓が口から飛び出るかと思った。振り返ると、廊下の窓辺に一人の男性が立っている。

 まったく気配を感じなかった、とソフィアが驚いていると、男性はこちらを見て優しく微笑んだ。


「もしかして、カリッサの友達の」

「あ、ええと、レオハルト、さん?」


 正解、と答える代わりにレオハルトが口角を上げた。

 滑らかな褐色の肌は肉食獣のようで、細められる金の虹彩も実に鮮やかで美しい――だがソフィアはなぜか、心が不安定にさざめくのを感じてしまう。


「名前を覚えてもらえるなんて、光栄だな」

「そんなこと……それより、カリッサはどうしたんですか?」

「どうやら友達といる方が楽しいみたいでね。この通り置いてけぼりさ」


 わざとらしく肩をすくめるレオハルトに、ソフィアは苦笑を浮かべた。

 早く戻らねばルイを待たせてしまうことになる、と適当に会話を切り上げようとしたソフィアだったが、レオハルトが突然顎に向かってするりと手を伸ばしてきた。

 驚き身じろぐソフィアを捉えたまま、楽しそうに口角を上げる。


「せっかく素敵なドレスなのに、お化粧はしないのかい?」

「な、……⁉ は、放してください!」

「ぼくなら、君をもっと綺麗にしてあげられるけど?」

(何この人⁉ カリッサの彼氏じゃないの⁉)


 もしかして高等部ともなると、これくらい触れあいは普通なのだろうかと愕然とするが、レオハルトから発される言いようのない不信感に、ソフィアはとにかく強く首を振った。

 おっと、とレオハルトがおどけた様子で手を放す。


「気性の荒い子猫みたいだな」

「わ、私、急いでいますので」

「そんなこと言わないでさ。ぼくも一人で寂しいんだ――」


 レオハルトの目がゆっくりと眇められる。軽佻浮薄な態度を見せてはいるが、その瞳の奥にはなにか底知れぬ意志を秘めているようで――ソフィアは思わず眉を寄せた。

 だが難渋な空気を消し飛ばす勢いで、アイザックの大声が二人の頭上に飛来する。


「ソフィアー! ここにいたのかー!」

「アイザック!」



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\アニメ化決定しました!/
9nqtk0cua42iekf3jdwoeaa4kfs0_g7p_xc_ir_555b.jpg
\コミックス1-5巻発売中です!/
eo3hm8bhcqcpjbcwhwcb7fzv8xox_d57_9s_dw_8d5v.png
gq98934z38q4356sfnn1aqk5hujt_uhd_9s_e0_21vu.jpg
gq98934z38q4356sfnn1aqk5hujt_uhd_9s_e0_21vu.jpg
4277ds1bcdyajzjrftxmkpzejy0e_pq6_9s_dx_1z0q.jpg
ゴリラ神
\comicwalker・ニコニコ漫画にて連載中!/
ゴリラ神

ゴリラ神告知
― 新着の感想 ―
[気になる点] え…脅迫状は嘘か本当か分からない状況ですよね?任務放り出して1時間掛かる場所にドレス買いに行くって…往復2時間ものあいだ爆発物が有るかもしれない現場を放置するつもりだった? 「ちょっ…
[良い点] 面白く読ませてもらってます、そりゃ軍人ですからね刃物とかは敏感になります、しかも任務中、見た目はにこやかでも中はピリピリしてて警戒心すごいでしょうからね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ