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第二章 10



「よ、よろこんでいただけて、よかったですわ」

「う、うふふ……」


 やがて女子生徒たちはごきげんよう、と各々頭を下げてパートナーの元に戻っていった。ほうと胸を撫で下ろすソフィアを見て、ルイが感心したように頷いている。


「見事な手際だったな」

「み、見えてました⁉」

「当たり前だ」

(うう、……とんでもない格好をルイさんの前で……)


 ここぞとばかりにゴリラの力を揮ったのだが、どうやらルイの洞察力の方が上だったようだ。恥ずかしさをひた隠すように、ソフィアは改めてルイに尋ねる。


「それであの、――先輩が『パーティーにどうしても入りたかった理由』とは、いったいなんでしょうか」


 途端にルイの表情が変わり、ソフィアはこくりと息を吞んだ。


「今朝、ある組織から文書が届いた。内容は――『ディーレンタウンに爆発物を仕掛けた』というものだ」

「ほ、本当ですか⁉」

「もちろんいたずらの可能性が高い。だが今日は学内パーティーで生徒が集中している。そこでここの生徒である俺とお前たち従騎士で秘密裏に調査をするよう、上から指示があった」

「だから、どうしても会場に入りたかったんですね……」


 聞けばアイザックとエディには既に話をしているらしく、二人は校内に不審物がないかを見回っているらしい。


「でもそれならパーティー自体、中止したほうが良かったのでは……」

「それも提案したらしいが、この学校は有力貴族の子息らが多くてな。脅迫文一つ程度に怯えを見せてはならん、騎士団で対応しろと一蹴されたらしい」

「そ、そんな……」


 会話中も絶えず視線を巡らせているルイを見て、ソフィアも同じく警戒を強めた。もしかしたらこの会場内に、爆弾が仕掛けられているかもしれないのだ。


「というわけで、この場に紛れながら調査を開始する」

「りょ、了解しました!」


 すると緊張するソフィアの前に、ルイが軽く腕を曲げて差し出した。

 これは何ですか? と初めて外国語を履修したような顔でソフィアが見上げていると、ルイはもう一方の手でぽんぽんと自身の肘を叩く。


「パートナーなら、腕を組んでいないとおかしいだろ?」

「……」


 ソフィアは自分の顔が、次第に熱くなっていくのを感じ取った。







 一方その頃、再びホールの隅に集結したカリッサたちは、恐ろしい形相を並べたまま次の作戦を立てていた。

 レオハルトをはじめとしたそれぞれのパートナーは、どこか適当に放置されているらしい。


「い、一体何が起きたんですの、あれは」

「分かりませんわ……間違いなくドレスに落としたと思いましたのに……」

「き、きっと何かの偶然ですわ。それよりも次の作戦を考えませんと……」


 ちらり、とホール中央を歩くソフィアたちを見る。

 いつの間にかルイの腕にはソフィアの手が置かれており、時折見つめ合いながら何ごとか囁きあっているようだ。きいい、と見えないハンカチを全員が噛みしめる。


「と、とにかく、これ以上スカーレル先輩と近づかせてはなりませんわ!」

「でもどうしたら……」

「やはり……この場にいられなくなるようにするしか、ないのでは……?」


 カリッサが呟く悪魔の誘いに、他の女子生徒らもうっすらと嗤笑を浮かべた。







「せ、先輩……」

「うん?」

「そろそろ腕、離してもいいですか……?」

「うーん、もう少しだけ」


 三度目の『もう少しだけ』を聞き、ソフィアはがくりと首を垂れた。

 爆発物探しに奔走するのはよいが、さも本物のパートナーのように佇んでいると、他の生徒たちから声をかけられてしまうのだ。実際先ほどから、ルイの友人らしき男性が次から次へと挨拶に訪れている。


(うう、皆さんの視線が痛い……)


 もちろん彼らはルイのパートナーであるソフィアにも、社交辞令的な礼をしてくれる。

 しかし彼女の着ているドレスや化粧っけのない顔立ちを見て、どこか憐れんだような眼差しを向けてくるのだ。もちろんソフィアとて、ルイと釣り合っていないことなど重々承知している。


 だがルイだけは本気で気づいていないらしく、どこに行くにもソフィアと腕を組んだまま、ごく楽し気な様子で振る舞っていた。

 嬉しいような悲しいような……とソフィアが頭を抱えていると、ルイがようやく足を止める。


「ここまでで一周したが……特におかしなものはなかったな」

「はい。やっぱりただのいたずらでしょうか……」

「それに越したことはないんだが」


 立ち止まったルイが思案を始めるのを見て、ソフィアはこっそりと手を離した。改めて会場をぐるりと通覧する。


 天井には各動物神たちの歌い遊ぶ姿が、精緻な絵画として描かれている。中央には巨大なシャンデリア、床は天鵞絨の赤い絨毯が敷かれていた。

 真っ白なクロスがかかったテーブルがいくつかと、休憩のために窓際に並べられたたくさんの椅子。

 ホールの最奥には幅広の階段が続いており、その上に舞台を作り出していた。叙勲式などで使用するのだろうか。


 会場は十分に見て回ったし、さすがにこれ以上体裁を繕う必要はないだろう……とソフィアは少しだけ距離を取る。

 だが半歩後ずさったところで、背後から声をかけられた。


 現れたのはカリッサとその取り巻きたちだ。


「ソフィアさん、楽しんでおられますこと?」

「あ、はい、それなりに……」

「それは良かったですわ」


 すると先頭にいたカリッサがソフィアとルイの間に割り込むように、するりと体を滑り込ませた。上目遣いを駆使し、甘ったるい声でルイに話しかける。


「スカーレル先輩も、お会い出来て光栄ですわ」

「ああ、ソフィアの友達か。こちらこそ、いつもソフィアと仲良くしてくれてありがとう」


 悪魔なら消滅してしまうのではないか――と思われるほど邪気のない、爽やかな笑みをルイは浮かべた。

 普段怜悧なイメージとの落差に、直視してしまったカリッサは「う、」と短い悲鳴を漏らし、胸元を掻き抱いている。

 その様子を横目で羨ましそうに眺めていた取り巻きたちだったが、すぐに気を取り直しソフィアに向かって手を伸ばした。


「ソフィアさん、ここ、汚れがついていましてよ」

「取って差し上げますわ」


 突然のことにソフィアはええ、と身じろぎする。

 だがドレスの肩口に彼女たちの手が触れた瞬間、同時にひやりとした金属の冷たさを感じ取った。


(何⁉)


 ナイフ、と予測したソフィアは反射的に振り払おうとした。

 しかしゴリラの加護者である自分が力をふるえば、彼女たちの細い腕ごと吹き飛ばしてしまうだろう。


(――だめだわ、)


 そう思い至った途端、ソフィアは腕に込めた力をふっと抜いた。

 どんな痛みが――と覚悟し、ぎりと奥歯を噛みしめる。


(――ッ)


 だが次の瞬間、パァン、と甲高い音が響いた。


 続けざまにぽす、と気の抜けた音が聞こえ、ソフィアは恐る恐る絨毯の上を見る。

 そこにあったのは小型のハサミ。

 ソフィアが視線をずらすと、正面で真っ青になっている女子と目が合った。ソフィアに向かって腕を伸ばしてきた彼女だが、何故か両腕をがたがたと上に掲げている。


 そこに突然、短い問いかけが突き刺さった。


「――何をしようとした?」

「……ひ、ひい……」


 低く迫力のある声。

 ソフィアは最初誰が発しているものか分からず、左右を振り返った。だがどうやらこの人しかいない――と隣に立っていたルイを恐る恐る見上げる。



 

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