第二章 8
「な、なんで僕が! たしかにあの腕前は羨ましいし、すごいと思うけど、僕だって練習すればあのくらいすぐに追いついてみせるし」
「なんだエディ、そうだったのか! 将来は射撃隊に入れるといいな!」
「だから違う!」
快活に笑うアイザックに、エディが目を吊り上げて怒っている。その様子を見ながら、ソフィアは思わず笑みを零した。
(アーシェントさんから話しかけられた時に、なんだか険しい顔をしていたから、てっきり嫌いなのかと思っていたけど……どうやら逆だったみたい)
よくよく考えてみれば、最初にエディと出会った時も、ソフィアについて関心がありつつ、それを口に出来ず視線で訴える、ということをしていた。どうやらエディは相手に話しかけたい時ほど、緊張して顔が強張ってしまうようだ。
エディの疲労が回復したところで、そういえばとアイザックが口を開く。
「来週のパーティー楽しみだなー! いったいどんな感じなんだろう」
「パーティー……とは?」
思わず繰り返すソフィアに、エディが訝しむような視線を向ける。
「来週末にある学内パーティーだろうが。まったく、王都の学校となるとくだらない行事も増えるものだ」
「学内パーティー……?」
ソフィアの反応に、エディは再び「本気か?」と眉を寄せた。
「まさか本当に知らないのか?」
「ちゅ、中等部の頃はなかったので……」
だがソフィアははっと記憶を手繰り寄せた。
そう言えば週末髪を切りに行った時、そんな話を店主とルイがしていた気がする。てっきり騎士団での話題かと気にも留めていなかったのだが、まさかこの学校で行われる行事だったなんて。
「他学年とも交流を持ち、社交界での顔つなぎをというところだろうが……面倒くさいことこの上ないな」
「そうか? おれは良いと思うけどな。そういえば女子はドレスなんだろ? ソフィアのドレス姿、楽しみにしてるな!」
「ド、ドレス……」
煩わしさを隠そうともしないエディと、嬉しそうにはしゃぐアイザックに挟まれたソフィアは、騎士団長から前髪を指摘された時以来の震えを味わっていた。
そして訪れた学内パーティーの日。
今朝ようやく届いた郵便物を前に、ソフィアは絶望を浮かべていた。
(どうして……わざわざ新品を……)
実家から送られてきた箱の中には、眩しいほどの深紅のドレスが収められていた。中央に置かれたカードにはただ一言『頑張れ!』とだけ綴られている。
(家にあるもので良いと言ったのに……おまけにどうしてこんな、派手な色……!)
ソフィアは首を振りながらそっと蓋を閉じた。
――アイザックとエディからパーティーがあると知らされてすぐ、ドレスを送ってくれるよう実家へ連絡を取った。
だがなかなか到着せず、なんとか間に合ったと思ったらこの有様である。
そう言えば前回の帰省の際、色々と体のサイズを測られた記憶がある。もしやこのことをあらかじめ予期していたのだろうか。
(どちらにせよ、こんな派手な色着れるわけない……)
いっそ欠席したい、と何度も繰り返した愚痴をこぼす。だが参加しなければしないで「何故いなかったのか」と好奇と非難の目で見られることも想像がついた。
つまりソフィアにとっての最適解は、出来るだけ目立たないよう参加し、何事もなくパーティーを終える――ただそれだけだ。
そんなささやかな願いもここまで目立つドレスでは難しい、とソフィアはせっかく送られてきた衣装をクローゼットの奥へとしまい込んだ。
その日の夕方、大ホールに向かいながら、ソフィアはちらりとドレスの裾を眺めた。
(結局……昔のドレスしかなかったわ……)
身に纏っているのは濃紺と白のレースで出来た地味なドレス。中等部時代に、一度式典で使用したものだ。
その頃より身長が伸びているせいで多少丈が短いが、見て違和感を覚えるほどではない。
パーティー会場となる大ホールは、ディーレンタウンの中でも最も大きな建物だ。
鐘楼も併設されており、屋根の上にある巨大な鐘は、今はただ静かに出番を待っている。壁にはアーチ状の優美な窓が並んでおり、王都にある大聖堂を縮小して作ったかのような外観だ。
渡り廊下を越えた入り口付近には、既に多くの生徒たちがおり、ソフィアは気配を隠すように一旦大きな柱の陰に隠れた。
男性は皆黒のスーツ、女性は白やピンクといった艶やかな衣装で着飾っており、ソフィアの着ているドレスとは天と地ほどに違う。
そんな中、ソフィアが視線を感じてふと顔を上げると、カリッサがこちらを見て目を細めていた。隣に立つ男子生徒と腕を組んでおり、勝ち誇ったような表情でソフィアの前に立つ。
「あら、あなたも一応来たのね」
「は、はい……」
「そのドレスどこかで見覚えが……もしかして、中等部の時に着てらしたものと同じ、だったり? ――なあんて、まさかそんなわけないわよねえ?」
何も言い返すことが出来ず、ソフィアはわずかに視線をそらした。
するとカリッサのボーイフレンドなのだろう、艶めかしい色黒の肌に淡い金髪をした男子生徒がソフィアを見て微笑んだ。
睫毛が長く色気のある顔立ちは、苛烈な美人という印象のカリッサとお似合いだ。
「カリッサの友達かな。初めまして、レオハルトといいます」
「は、はじめまして……」
ゆっくりと眇められたレオハルトの瞳は金色で、ソフィアはその美しさにぞくりと肩を震わせた。
そのただならぬ違和感の正体を探る間もなく、もう一人別のクラスメイトが出現し、ソフィアの全身を眺めて無邪気に笑う。
彼女もまた、連れ合いの男子生徒に腕を絡めながら、小馬鹿にするようにソフィアに言い放った。
「というか、パートナーはいらっしゃらないのかしら?」
「パ、パートナー、ですか?」
「ええ。このパーティーは異性のパートナーがいないと入れないのよ?」
(そんなの、知らなかった……)
愉悦を孕んだクスクスとした笑いを零す二人を残し、恥ずかしくなったソフィアは、逃げるようにその場を後にした。
ソフィアは長い廊下をうつむいたまま歩き続けた。すれ違うカップルたちは皆楽しそうで、自身の情けなさにソフィアは思わず涙を滲ませる。
(恥ずかしい……どうして私は、いつもこんな……)
いっそ行かなければよかった。こんな恥ずかしい思いをするくらいならば、どれだけ嫌味を言われてもじっと部屋に籠っていればよかったのに。
寮に帰ろうと校舎を出たソフィアは、こっそりと中庭へと抜ける。だが角を曲がる際に、反対側から来ていた誰かとぶつかってしまい、慌てて「ごめんなさい」と顔を上げた。
そこで互いに目を見開く。
「――ソフィア・リーラー?」
「……ルイ、先輩……?」
そこにいたのはルイだった。
従騎士でも学校の制服でもなく、漆黒の礼服という出で立ちで、これからパーティーに向かうところなのだと一目で分かる。
「すまない、急いでいてな。怪我は――」
だがルイはそこで言葉を切り、じっとソフィアの顔を見つめた。つられるようにソフィアもまた彼の瞳を覗き込んでいたが、つい先ほどまで泣いていたことを思い出して、慌てて顔を伏せる。












