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第二章 7



(一昨日の式典の時、前に並んでいた人だわ……)


 あの時は緊張していたが、改めて間近で見ると、少し長めの金灰色の髪に、はっきりとした金色の虹彩がとても華やかだ。

 普通の人よりも瞳孔が小さく色も濃い。そこから発される鋭い眼光は、睨まれた瞬間に身動きがとれなくなってしまいそうだ。


 そして背中から生える両翼――間違いなく『鳥の加護者』だ。しかも鷹か鷲といった猛禽類だろう。

 だがその迫力と風貌に反比例するような、実に柔らかな口調でアーシェントは続けた。


「ちょーどいいや、新人くんたちの腕前を見せてもらおうかな」

「わ、分かりました!」


 教官の言葉に、一瞬でぴりとした緊張が走る。

 一番端から発射命令が出され、けたたましい破裂音が響き渡った。『犬の加護者』であるアイザックには音量がきついのか、音がした瞬間目を強く瞑っている。


 最初の挑戦者が、かろうじて肩のあたりに一発痕跡を残したと思えば、すぐに次! と号令が飛ぶ。

 あっという間に一組目が終わり、続いて二組目。今度はアイザックとエディのいる組だ。三組目にあたるソフィアは、はらはらと二人の様子を見守る。


「次!」


 散々な結果が続く中、アイザックが狙いを定めた。破裂音が続けて二回、遅れて二回、最後に一回。

 残念ながら的には一つも当たっておらず、しょんぼりとした犬耳の幻が見える。


 続いて――と教官が視線を動かす。

 だがエディは既に床尾(バット)を肩にあて、人差し指を引き金にかけていた。教官が声を発した瞬間、微動だにしない体勢のまま続けざまに五射発砲する。

 音のつなぎ目がほとんどなく、長い一音にすら感じられた。


「……」


 しばし呆気にとられていたソフィアは、ようやく的の方を見る。先ほどまで綺麗にかたどられていた人型の――頭の中心付近にバラバラと五つの穴が開いていた。それが意味することにソフィアがぞっとしていると、ヒューゥという甲高い口笛が鳴る。


「――きみすっごいねエ。もしかしてフェレス家の御曹司かな」

「僭越ながら」

「いやー今年はすごい面子が集まったもんだ」


 アーシェントの金の目が細く眇められたかと思うと、まるで獲物を狙うかのようにエディの方を見た。

 対するエディも全く臆する素振りを見せず、じっと睨み返している。


 やがて組が変わり、ソフィアも射撃台へと整列した。

 徐々に近づいてくる順番に、頭の中がぐるぐると迷走を始める。気づけば隣の台で射撃が始まっており、ソフィアは慌てて構えと手順を確認した。


(と、とりあえず、事故だけは起こさないように……!)


 教官の指示に、ソフィアは銃身を握る手に強く力を込める。だがその瞬間、バキ、と芯のある木材が砕け散る音が耳元で響いた。


「――へ?」


 まさかと思い構えを解く。

 すると手のひらに残っていたのは金属製の銃身とトリガーだけで、木製の本体部分には四方にひびが入っていた。えええ、と目を剥くソフィアをよそに、一連の流れを見ていたアーシェントはぶは、と吹き出した。


「えっ? うっそでしょ」

「あわわわ……」


 よほど興味を惹かれたのか、ばさり、という音の後、ソフィアの前にアーシェントが降り立った。粉々になったソフィアの銃を掴み上げると、子どものように目を輝かせながらしげしげと眺めている。


「うーわ、ほんとーに真っ二つじゃん。君すごいねエ」


 ――さっすがゴリラちゃん、と耳元で囁かれ、ソフィアは弾かれたように顔を上げた。どうやら他の従騎士たちには聞こえていなかったらしく、アーシェントは再びにっこりと笑みを浮かべる。

 その後四組目が終了し、緊張のまま評価を待つ新人従騎士らに向けて、アーシェントはゆっくりと視線を巡らせた。


「オッケーありがと。正騎士になったら、何人かはオレの隊に来てもらうだろうから、その時はよろしくねー」


 そしてアーシェントはちらり、とエディの方を見た。


「でもまあ、最終的には――これくらいは欲しいかな」


 再び厚みのある羽ばたきが上空に響き渡る。

 見ればアーシェントは空高く飛び上がっており、手にはソフィアたちが持つのと同じ銃が握られていた。片目を瞑り、地上の倍はあろうという距離から的に向かって狙いを定める。

 短い一発の破裂音。

 直後に木製の的が激しく揺れた。


(ま、待って、あの距離から……⁉)


 わずかに煙を上げる的を確認する。

 すると的の中央――目盛りの線が交差するど真ん中に、くっきりとした弾痕が残されていた。エディも素晴らしい命中率だったが、精度は段違い。

 おまけに空を飛んだ状態で、だ。


「ま。頭を狙うことはほとんどないから。とりあえず腹に当たるように頑張ってねー」

「……」


 ばちん、と星の出そうなウインクを残し、アーシェントは来た時同様に空高く消えていった。残された従騎士と教官はそれぞれ、呆気にとられることしか出来なかった。






「そう言えばエディ! 今日はすごかったな!」


 初日の訓練が終わり、ソフィアたち三人は帰路についていた。もちろん帰りも自力で走るのが当然とされており、アイザックはにこにこと笑みを浮かべながら、背後のエディに話しかける。


「……はあ? はあ、なにが、だよ……」

「射撃訓練! おれなんて一発も当たらなかったぞ!」


 隣を走るソフィアもゴリラの加護があるせいか、息切れ一つしていない。一方エディは一人ぜいはあと乱れた呼吸を零していた。


「たしかに……私なんて、銃自体を壊してしまいましたし……」

「あのさ……一応それでスカウトもらったんだから……お前たちと一緒にしないで、はあ……欲しいんだけど……」


 その言葉にソフィアはそうだったのか、と思い至った。

 銃――非常に危険な武器の一種であり、近年一般人が手にすることはまずない。それこそ騎士団のような戦いに必要とされる場合にだけ支給されるものだ。


 しかしその起源は古く、今のような機械式になる前は狩猟や娯楽に使用されていた時期も存在する。

 そうした由来もあり、今でも王族や貴族の中では空気銃を使った遊戯をたしなむ者も多い。熟練者ともなれば競う大会まであるそうだ。


(エディはその腕前で、スカウトされたのね)


 以前の降下訓練では素晴らしい身のこなしを披露していたので、てっきりそうした方面でのスカウトかと思っていたけど……とまで考えたあたりで、ソフィアは訓練中に現れた上官のことを思い出す。


「そういえば、今日来た人とは知り合いだったの? あの、鳥の加護者の」

「アーシェント、……アードラーのことか? はあ、……僕は知っているが、向こうはどうだかな」

「でもフェレス家の御曹司って……」

「フェレス家は……はあ、代々優れた狙撃手を輩出している家系なんだ。……多分、適当に……言っただけだろう」


 ようやく学校の正門の灯りが見え始めた。

 ソフィアとアイザックが速度を落として足を止め、困憊しているエディが落ち着くのを待つ。荒々しい呼気を繰り返していたエディだったが、少し鼓動が落ち着いてきたのか、改めてソフィアの方を見上げた。


「アーシェント・アードラーは『射撃隊』の隊長だ。緑色の制服を着ていただろう」

「しゃ、射撃隊……?」

「まさか、そんなことも知らないのか」


 きょとんとするソフィアを見て、エディは心底呆れたようにため息をついた。だが教えることは嫌いではないのか、苛立った顔つきながらも丁寧に説明してくれる。


「騎士団のうち、特別に選抜された騎士で構成されるのが『王族護衛隊』。白い制服を着ていて……まあ、これは祭事なんかで人目に触れることも多いから、さすがに知っているな?」

「う、うん」

「その下に三つの隊があり、それぞれ赤の制服の『陸上隊』、青が『海事隊』、緑が『射撃隊』だ。僕たち従騎士はこのさらに下だな」


 エディいわく、アーシェントは歴代の射撃隊の中でも、随一の腕前を誇る射撃手とのことだった。

 その上『鳥の加護者』ということもあり、戦闘での有用性は護衛隊を上回るのではとエディは続ける。


「特に『鳥の加護者』の中では英雄のような存在らしくて、彼を崇拝して騎士団を目指す奴もいるくらいだ。事実、射撃隊の半数は鳥の加護者で占められているらしい。正騎士になれたとしても、鳥の加護者でなければ射撃隊への配属は難しいかもしれないな……」

「……エディも、アーシェントさんに憧れているんですね」


 思いついたことを何気なく口にしたソフィアだったが、エディは目を大きく見開いたまま硬直してしまった。

 あれ、とソフィアが不安になっていると、一拍してエディは眉間に皺を寄せる。


 しかしその顔は嫌悪というより、羞恥をごまかしているかのようだ。



 

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