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バッドエンドのその後で  作者: 高菜かな
序章 忌子の聖女と記憶消失の少年
8/12

第五話 シューク町の収穫祭

もしも、自分はここではないどこかから来たのかも知れないと言ったら、信じてもらえるのだろうか。

あの日、2150年の東京の景色を見た時……気づいた。

俺は、日本という国にいた記憶がある。と。

アトレが「ここから出ないと」と言った時、それを伝えなくちゃいけないと直感的に思った。

でも、いざ伝えようとした時、『信じてもらえるのか。』そう感じたんだ。


結局俺は自分のことを打ち明けられず、シューク町までの道中を旅していた。


あの時、ビスさんたちは死んだらしい。

なぜかはわからないが、あの東京の異様な空気を吸った時、思った。

死なない俺たちの方がおかしいのだと。


アトレがどこまで知っているのかはわからない。もしも日本や東京という場所の存在を知っていて、そこがどうしてあの石ころの中から出てきたのかまで知っているのだとしたら、俺はすぐにあそこの記憶があることを打ち明けただろう。


でも、わからない。俺は彼女のことを全然知れてない。

東京についての知識の有無はもちろん、アトレが貴族内でどういう立場なのかとか、今までのこととか、それもあまりよく知らない。

東京にいたときは、なぜか手慣れているように封印魔法を使っていたが、それについても聞けていない。

彼女について何も知れていないと自覚した途端、家族や仲間だと思っていたアトレのことを、急に他人のように感じてしまった。


今日も、俺は作り笑いをする。

この気持ちをどこまで伝えて、どこまで頼ればいいのだろうか。

そして、どうすれば信じてもらえると確信できるのだろうか──



──……


「こちらが出入りのために必要な許可証。町の門から出る時は一度返却してね。」

「わかった。ありがとう。」

「ありがと。」


門で手続きをして、許可証を受け取る。

ところで、今日のアトレは俺と同じ茶髪に紺の瞳をしている。目立つから、だそうだ。でも、色を変えてもやっぱりこいつ美少女だなぁ。こう、日本人がめちゃくちゃ好きそうな顔面だ。

少し彼女を見ていたら、ふと目が合う。やばいと思った俺は許可証を見ているふりをしてごまかす。

それにしてもすごいな。ガーヴァ村はこんなのなかったぞ。

少しドキドキしながら、許可証を首にかける。なんだか、追手から逃亡している旅人というよりかは観光客って感じだな……!


「アトレ、早く行こう!まずはこの間言ってた飯屋からさ!」


俺はついテンションが上がってしまって、アトレを待つこともせずに町の中へ入る。

わぁ……!すごい人だ!竹下通りくらいの人混みじゃないか!?


「あっ、アイル!ちゃんと手繋い……」


人混みの中に入り、周りの店を見ようとする。

けれど、人の流れを無視して横切るのは思ったより難しくて、なかなか進めない。


「あっおい、前見ろ!」


あああ、注意された。

でも脇にある店が見たいんだよ!どうすればいいんだ。

俺はどこかの道で曲がろうと、一旦人の流れに身を任せる。

……最初は道の端っこを歩けていたはずなのに、いつのまにか俺は道の真ん中まで来てしまっていた。

俺はまだ子供だから、大人が壁になって周りが見えない。

ど、どこだここ!このままだと街中で遭難する!


「あ、あとれ〜〜〜〜〜!たすけて〜〜〜〜!」



──……



「人混みって慣れてないと大変だもんね。でも、今度からはちゃーんとわたしの手を繋いでから歩いて欲しいな。」


その後、無事アトレに救出された俺は、繁華街から遠く離れた丘に座り、休憩をとっていた。

人混みの中にいたせいか、酷い頭痛がする……


「大丈夫?ちょっと安静にしてたほうがいいよ、ほら。」

「うん……へっ?」


彼女は俺の肩を優しく抱えると、そのまま自身の方向へ押し倒す。

そして、気づくと彼女に膝枕をされていた。

髪の毛越しに伝わってくる太ももの形に、何かいけないことをしてしまっているのではないかという緊張感を感じてしまう。

なんでだろう、ただ近くにいるだけなのに、鼓動が速くなる。


俺が膝枕をされてこんなに緊張しているにも関わらず、アトレは呑気ににこにこ笑っていた。

……これじゃなんだか俺だけがおかしいみたいだ。

俺は自分の様子を見られないように、アトレの膝からどく。


「だっ、そのくらい大丈夫だよ、自分で寝っ転がるくらいできるし!」


俺はアトレから顔が見えないように寝転がる。

彼女から離れても、膝枕をされた時の感覚が忘れられない。

その感覚を消したくて、俺は上書きするように草の上で一回転がる。

転がった時、重力がぐいっと自分の体を押す。


「えっそこ斜面……」


アトレが呟く声が小さく聞こえた。


「わぁああああああああああ」


次の瞬間、俺の体は丘の下を目指して勝手に転がり出した。

と、とまらない!とまらなぃい!!



──……


その後、またアトレに助けてもらった俺は、『まず重要な荷物を宿に置いてから町を散策しよう』という彼女の言葉で、宿を探すことになった。


「あー、ごめんなさい。ほら、もうすぐ収穫祭でしょう?それで部屋がいっぱいで。」


しかし、どの宿に行っても最初に言われるのはそんな言葉。

収穫祭……なんとなく想像はつくけど、だからってこんなに混むのか?

宿から出て、また他の宿を探す。

その途中で、俺はアトレにここの収穫祭について聞いてみた。


「なあアトレ、この町の収穫祭ってどんな感じなんだ?」

「うーん、この間この町が『行商人が販路に使う所』だって言ったのは覚えてるよね?」


ああ、そんなこと言ってたな。確かに、行商人が何人も大通りを通っていくのが見えた。ガーヴァ村やリゼ村では見かけなかった光景だ。

俺が頷くと、アトレは続けて話し始めた。


「収穫祭っていうイベントが一種の仲介人になってるの。商人がここに集まるから、収穫祭が終わった他の周辺の村が売り込みをしにここにやってくる。それで、商人は村人相手に農具や日常用具なんかを売りに来るんだよ。」


なるほど、そういうことか。

村人たちは壊れた道具をこの時に買い替えるんだな。


「俺たち観光客は村人、商人の両方からものを買うわけだな。」

「ふふっ、そういうこと。」


アトレが小さく微笑む。

そのまま宿を探し続けていると、黒塗りの大きな建物が見えてきた。それにしても装飾が多いなー……ざっと見ただけで赤、緑、黄色、青……派手!

あれは宿かな?あのくらい大きい所だったら、部屋も開いてる気がする。


「な、な。あそこはどうだ?見るからに豪華だから高そうだけど。」


俺はアトレの肩を叩き、黒塗りの建物を指し示す。

彼女はその建物を見ると、突然立ち止まった。

どうだろう。良いところ見つけた!って思ってくれるかな?

彼女の反応を楽しみにしながら様子を伺う。

しかし、帰ってきた反応は、笑顔でなく怯えるような顔だった。


「……どうしたんだ?」


一言も返してこないアトレが心配で、彼女の視界に入るように周りをくるくる回る。

あそこ、やばいヤクザの本拠地とかだったりしたかなぁ。

彼女はしばらくすると、おもむろに口を開く。

そして、目を細めてこちらを見た。


「ふふ、あそこは教会だよ。宿じゃない。ほら、行こう。」


……教会、なのか?あの明らかに富の象徴っぽい感じの建物が?

俺の中では教会って白いはずなんだけど……

彼女の発言に、教会への疑問が湧く。

俺は彼女に聞いてみようと思ったが、彼女は俺の腕を引っ張って、どんどん先に進み始めた。


そのままアトレは一度も止まらずに、繁華街からかなり離れたところにある宿を見つけてここにしよう、と言った。

不思議なのは、その宿、教会がちょうど建物の影で見えなくなるところだったということだ。

多分、偶然だろうが。先ほどの彼女の様子をみたら、つい勘繰ってしまう。


幸いその宿屋は部屋に空きがあり、そのまま泊まらせてもらえることになった。

いろんな人が泊まる宿だからか、ベッドがふかふかだー!


「あー、このまま寝れそう……」

「まだお昼なんだから、寝ると生活リズム崩れるよ?」


アトレは真面目だなぁ。たまには昼間から寝たっていいじゃないか。アトレもたまにはそうしたほうがいいと思う。


でも、この町もすぐ発つことにはなるんだよなー……俺たちの目的はここじゃなくて王都だからな。

それまではこの町を満喫したい。収穫祭とかもな。


「そういえば、収穫祭っていつまでやってるんだ?」

「これだけ大きいとこだから、これから……二、三週間は終わらないと思うよ?」

「なっっっが!!!??」


てっきり二日くらいだと思ってた。……え?あの人混みが後三週間も?やばい。毎年これがあるなら俺ここには住めないかも。人混みを乗り越えられる気がしない。


「はぁ、俺ここには住めないわ。多分人混みで圧死する。」

「わたしも……ここは住みたくないなぁ。もちろん、ここはとってもいい町なんだけどね……あ、そうだ。ご飯食べに行こう?町にはいるとき、アイル言ってたよね?」


……ご飯!

それまでベッドに寝転がっていた俺は、アトレの言葉を聞いて即座に起き上がる。


「行く!行こう!」


ご飯だ〜〜店のご飯だ〜〜♫

頭の中で軽快なbgmが流れ出している気がする。

飯屋に行くためだったら、あの人混みだってへっちゃらだ!

俺たちは準備をして、飯屋へ向かい始めた。

歩いてる途中、ガーヴァ村の時のように突然景色が変わったりしないかが不安だったが、特にそういうことはなくたどり着けた。

あの時のこと、よく夢に出てくるんだよな……


「いらっしゃいー」

「は、はぁ……頭が痛いぃ、やっとたどり着けたぁ。」


結局、たどり着けはしたが人混みはへっちゃらじゃなかった。俺たちは店員に勧められた席に座って、メニューを見始める。


「やばい、頭痛くて食事どころじゃない。」

「だ、だいじょうぶ?回復魔法いる?」


先ほどよりずっとぐったりしているように見えたのか、アトレがすごい心配してくる。

俺は弱々しく頷く。すると、アトレは俺の頭をポンと軽く触った。

……あれ、治った。今のが魔法?


「はい、治ったよ。」

「……お前すごいな。薬より効くかも、これ。」


少なくともイフクイックより即効性高いと思う。

アトレの魔法で医者とかやったらすごい大儲けしそうだなー。こんな簡単に治るならどんな軽い怪我でも受診しちゃうかも。


「へへ、薬よりは言い過ぎだよ。それより、注文決めよ?」


アトレは頬を染めて小さく笑う。そして、誤魔化すようにメニュー表を俺に近づけた。

メニュー表には、ハンバーグ、パスタ、それから……マリトッツォ!?マリトッツォがある!

いろんな料理を見ていると、全部食べたくなってしまう。

うーん、でもここはやっぱりハンバーグかな!自分で作っても美味しいものって作りづらいし……どんな味か研究して次作る時までにもっと美味しくできるようにしたい。


「俺、ハンバーグにしようかな。」

「決まった?じゃあわたしもそれにしようかな。あ、店員さーん。」


アトレは店員を呼んで注文し始める。

一通り言い終わった後、彼女はこう言った。


「あ、ナスとかトマトって入ってる?もしあったら抜いてもらっても……」


特にそういうものは入ってないとのことで、それで注文を確定させた。

店員が去った後、俺はアトレにこっそり聞く。


「……ナスとトマト、苦手なのか?」


俺、この間それの鍋出した気がするんだけど。苦手だったら申し訳ないな。


「え?苦手じゃないよ?」

「だったらなんで抜きたいとかいったんだ?」


俺がさらに聞くと、アトレは俺の耳元に口を近づけて、小さな声で言った。


「だって、明らかに毒みたいな見た目じゃん……絶対体に良くないよ。」

「………………そういう理由?」


俺の耳元から離れたアトレはこくこくと頷く。

子供かよ、子供だわ。


「じゃあ、俺がこの間ナスとトマト使った時も言ってくれればよかったのに。」

「だ、だって、あれはアイルが作ったものだったもん……」


そういえば、あの料理出した時のアトレ、妙に覚悟が決まった顔で一気食いしてたな。

『アイルは食べなくていい、無理しないで』とか言ってたっけ。

あれ俺に毒を食べさせないために言ってたのか……?

なんて無駄な気遣いなんだよ……

そうだ、ナスとトマトが無理ならあれも無理じゃないか?


「じゃあ、ピーマンは?ピーマンは緑だからいけるだろ?」

「ピーマンは……あれガチの毒。人間の食べ物じゃない。」


ガチの毒って何だよ。トマトとナスは偽の毒だったの?

そう聞く前にアトレは、早口で理由を喋り始める。


「一度だけ王女様との会食で食べたことあるけど……一口口に含んだ瞬間確信したもん、これ……"毒"だって。」


毒なわけないだろ。

続けてアトレが言った。


「あの時、周りの人に言ったの!これ毒だって!でも信じてもらえなかった……本当に悔しかったよ。」


そりゃあ毒じゃないからな。王女も困っただろ。

目を潤ませていうアトレに、俺はそう思った。

うーん、なんて返せばいいんだろう。ピーマンに関しては割と本気で毒だと信じてそうな感じするんだよなー……

俺が返答を考えあぐんでいると、美味しそうなデミグラスソースの匂いが漂ってくる。


「あ、きたみたいだぞ。」

「ほんとだ。ありがと──」


アトレは料理を運んできた店員さんを見つめて、そして固まる。


「付け合わせのピーマンとキャロットは別の皿にあるからね。ごゆっくりどうぞ〜」


……あっ。

"絶望"を表現している顔、きっとこれからアトレ以上のものを見ることはないだろう。

ハンバーグと共にきた……付け合わせのピーマンたちを見ながら、俺は感じた。


ちなみにアトレは頼んでもないのに俺の分のピーマンまで食べてくれた。

……俺もピーマンが苦手なのは内緒な、まだ野菜食べれるって見栄貼っときたいから。


アトレは、トマトが苦手だけどケチャップはいけるタイプです。

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