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バッドエンドのその後で  作者: 高菜かな
序章 忌子の聖女と記憶消失の少年
6/12

第四話 掛かる

ガーヴァ村から逃げてきた人たちが作った村が、あのボウロさんたちがいるところ?

どう言う経緯でそうなったんだ?ガーヴァ村に何か問題があったのか?でも、ここは寂れてはいるけど、問題はないように見えるよな……


「どうしてそうなったんだ?」


悲しそうな顔をしたままのアトレに問いかけると、少し躊躇う様子を見せながら、やがてぽつりと話し始めた……


「あれはわたしが9才の頃……大体、三年くらい前のことになるかな。リベルテに大量の浮浪者が入り込んだと言う報告を受けて、わたしは件の浮浪者に会いに行ったの。」


9才……若いな。いや今も若いけどさ。

どうして、アトレは領主をしているのだろう。父親が死んだのは俺と出会った時って言ってたから、それまでは生きていたんだよな?

もしも9才から、もしくはそれより前から領主になっていたのだとしたら……彼女は、親がいるにも関わらず、幼い身で領主になることを強制させられるような環境にいたのか。

考えるだけで、とてもつらそうだ。

俺が複雑な気分になっているのとは反対に、彼女は懐かしげに目を細めて言った。


「そこにいたのが、ボウロ達だった。彼等はわたしを見た途端武器を構えて、怯えるように震えていた──本来なら、わたしの領地を侵犯して、わたしに武器をむけた時点で死刑よ。でもわたし、ボウロ達がこっちにきた理由を聞いて、許してしまったの。」


こっちにきた……理由。

この村にそれほどの問題があったと言うこと。一体それは、どんなものなのだろうか。

俺が相槌を打つと、アトレは再び、悲しそうな顔に戻って話し始めた。


「あそこのシーブリット男爵は……借金を返済するために、村人を奴隷として売っていたの。だから彼等は、自分の大切な人を守るために大勢で逃げてきていた。」


村人を奴隷として?……ここだと問題なのか。なんとなくこう言うところは合法なんだと思っていたけど。

……こう言うところ?べつの場所なんて知らないはずなのに、なんでこんなこと考えてんだろ。


「わたしはボウロ達を『元々いた住民』として匿ったわ。そうして、リゼ村ができたの。でも……シーブリット男爵を怒らせてしまった。それから男爵はガーヴァ村の村人達に重税をかけて、それを借金の返済の当てにしているわ。」


だからこの村はこんなに寂れてるのか。リゼ村の住民になった奴らは助かったけど、まだここは救われてないんだな。

そこで、ふと疑問に思ったことがあった。


「村人を奴隷として売るって言うのは、悪いことなんだろ?なんでまだ男爵は捕まってないんだ?」

「……ボウロ達の戸籍は、まだシーブリット領に残っているの。男爵を告発したら、ボウロ達が不法な移民であることがバラされてしまって、重い罪を着させられる。」

「情状酌量の余地とかはないのか?」


奴隷にさせられる危険があるから逃げたっていうのは、正当な理由だと思う。

俺が尋ねると、アトレは首を横に振った。


「少なくとも、自分が危害に遭ったと言うわけではないからだめでしょうね。それに、たとえ危害にあっていたとしても、村人と貴族じゃ発言力が違う。だから……わたしは彼を追い詰められる決定的な証拠を手に入れたかった。」

「たかった。ってことは……」

「ええ、手に入れることは叶わなかった。リゼ村ができてからは決定的な行動はせず、ただ重税を村人にかけてどんどん生活を圧迫していくだけ。」


なるほどなー……証拠がないってことか。

貴族のアトレが主張し続ければ割と通りそうな気がするけどな。人望ありそうだし。


「そうだったのか……」

「うん。因縁っていうのは、それのこと。あの男爵は、わたしのことを恨んでいるはず。だから、もしかしたら……組織と手を組んで、わたしを消しにかかってくるのかもしれない。」


組織と男爵の企みが成功したら、アトレが死ぬってことか?

うまく考えられない。考えたくもない。

鼓動が少し早くなって、手が震える。

俺が黙りこくっていると、彼女はもう一度口を開いていった。


「ねえ、アイルさっき言ってたよね。『リゼ村から出た時から追ってきてたら危ない』って。もしもそうだったら──今度こそ、わたしを置いて先に行ってくれる?」

「…………え。」


そう言った彼女の手は、俺と同じように震えている。若干瞬きが速いように見えるのは気のせいだろうか。

俺は一瞬理解ができず、か細く搾り出したような声を出してしまう。


「わかってる。前に、そんな簡単にいなくなるなーって言ってくれたもんね。でもね、組織とシーブリット男爵の手下を相手にして、あなたを守っていられる自信がないの。」


確かに、というか最初からそうだったな。

俺がずっと足を引っ張ってるだけで、結局彼女の役には立てていなかったっけ。

だったら、俺はいない方がいいのかな……

ほのかに焦りが滲み出してくる。なぜか、自分が死ぬことよりも、彼女と一緒にいられないことの方が怖く感じた。


「大丈夫、信じて。安全なところなら知ってるから。こ、今回はちゃんと変な魔法にかけられないようにするからね!一応これでも、わたし魔導士だから……」


安全なところ、魅力的な響きだ。

だけど、頭の中で出てくるのは、一緒にいたアトレの笑顔だった。

……ああ、そうだ。

俺はきっと、彼女が居る場所を"家"にしてしまったんだ。

例えどこへ行っても、日を跨ぐ前には家に帰りたいと思うように。

いつのまにか、俺の帰るべき場所は彼女の元になっていた。

これは俺の我儘だけど、アトレとまだ一緒にいたい。

まだ一緒にいられるように……もっと強くなりたい。

彼女の足手纏いにならないように、役に立てるように。

だったら、まずは自分の身くらいは自分で守らないと。


「だったら、俺のことを信じてくれ。」

「えっ?」

「俺が自分の安全を確保できればいいんだろ?防御魔法を使えるようになれば、例え戦うことになっても大丈夫なはずだ。」


予想外の発言だったのか、アトレは目を丸くする。


「お前が思いっきり動けるように準備は整えるから、それに……」


説得の言葉をたくさん考えて話すけど、だんだん言葉に詰まっていく。

普通に俺が弱すぎて説得が効かない気がする。どうしよ。自分を弱くないように見せるにはどうしたらいいんだ!

必死に頭の中で考えると、ある時突然一つの思考が降りてきた。

弱いからこそできる作戦も、あるんじゃないか?


「俺に作戦がある!」


俺は自分の虚勢を隠すように、啖呵を切って話し始めた──



──……


そして、数日後。ここ数日で情報を集め、作戦を練りに練ってきた。

作戦は単純だ。俺が囮になって、敵が気を取られているすきにアトレが攻撃するというだけ。

こんなシンプルな作戦にいったいなぜこんな数日もかけたのか?と、思うのも当然のことだろう。だけど、俺たちなりに大事な過程というものがあったんだ、喧嘩っていうものがな。

俺が囮になるといったとき、アトレは猛反対してきた。あの時は……お互い興奮していて、いろいろなことを言ってしまったな。

だけど、喧嘩なんてしていられる状況じゃないのは確かで……結局、お互いに安全を最大限確保できるような方法をたくさん考えて、俺の案に組み込んだんだ。

その途中で、俺はアトレが使える魔法の種類について教えてもらった。

まず、基礎的な魔法……火を出したりだとか、防御壁を出したりだとか、そういうことはできると言っていた

俺の思う基本の魔法というのがあっているかどうかわからないが、とりあえず火水雷土氷くらいは扱えるとみていいだろう。

そして次に、援護に関する魔法が彼女はとても得意なのだそう。

具体的に言うと、能力上昇、けがの回復とかだな。

最後に……変身の魔法だ。

認識をゆがめられる魔法をかけられたせいでアトレは使うのを忘れていたそうだが、彼女は外出の際は変身をしているらしい。

自分が姿を変えていなかったせいで見つかりやすくなったと本人は自責していたな。

白髪の子はここまでの道中で見かけなかったからな。かなり彼女の容姿は珍しいのだろう。

そんな理由もあって、彼女はよく髪色を変えたり、はたまた別の生物になったりしているらしい。

今俺は無防備に村の中を歩き回っているのだが、アトレは白猫になって俺の腕の中でまったりしている。

白猫の体に適応しているため、この状態の彼女はだいぶ思考能力が落ちている。普段の姿の時から思っていたことでもあるが、猫になった彼女もとてもかわいい。

何よりこの毛が……まじでもふもふ……

幸せホルモンが溢れんばかりに分泌されていくのを感じる。このままだと理性が溶けそう。


「にゃいう、うにゃよおーえあらにゃほーきゃけるね(アイル、村の外出たら魔法かけるね)」

「ん?うんわかった……」


正直何を言っているかわからないが、作戦に関することだろう。俺は頷いて、アトレと共に村を出る。

今の俺は、防刃ベストを着ていることを除けば、護身に関するものは一切持っていない。

だから、きっとそろそろ敵が襲いにかかってくる頃合いだろう。


整備された道を歩く最中、何かを見つけた素振りをして森の中へ入っていく。

その途中で、複数人の足音が小さく聞こえた気がした。

この後、俺は襲われる。この後、襲われる……

死にはしないとわかっていても、どうしても緊張してしまう。頭の中で、組織の奴らが追いかけてきた時を思い出してしまって……

なるべく自然態を装おうとするが、手の震えや鼓動の速さまでは抑えられない。

俺はアトレをギュッと抱きしめ、少しでも早くこの状況を脱せるように祈った。


それから、10分。

足音がはっきり聞こえるほどに近づき、今か今かとタイミングを伺ってきているのを感じる。


そして、15分。

刃物が落ちる音がした……もしかして、それで俺は刺されてしまうのだろうか?何回も何回も顔や腹を刺されることを想像すると、恐怖で気が狂いそうだ。


さらに、20分。


何かがおかしい。

歩いても歩いても、一向に襲ってこない。

流石にアトレも相手の様子がおかしいことに気づいたようで、俺の腕をペシペシと叩いてきた。

そして、右側の方へいけと合図を出してくる。

その通りに歩くと、そこには洞窟があった。

きっとここに入って襲わざるを得ない状況を作れということだろう。

洞窟の中へ入ると、自分の音も相手の音も、よく耳に響く。俺が浅い呼吸をしているのがバレてしまわないだろうか。そんなことを考えながら、奥へ進んだ。


15mほど進んだところで洞窟は行き止まりだった。

俺は振り返るのも怖くて、その場で立ち止まった。

それと同時に、相手の足音も止まった。


どうしようか。振り向くしかないよな。きっとこのまま立ち止まっていても埒が開かない。

そうは思いながらもなかなか勇気が出ず、振り向くことができなかった。

三十秒ほどそうしていると、不意にアトレがポンポンと腕を叩く。

そちらをみると、目を少し細めて、こちらに頭を擦り寄せてきているアトレの姿がいた。

『わたしがいるから大丈夫だよ』と、聞こえないがそう言っているように感じた。

そうだ、アトレがいるんだ。だからきっと、怖くても大丈夫。

俺はおもむろに振り向いた。そこには、四人の中年男性が俺と同じように手を振るわせながら立ち尽くしていた。

彼らは振り向いた俺をみて、体を跳ねさせて持っていた武器を落としてしまう。


……怖がっているんだ。こいつら。

何に怖がっているのかは、なんとなく推測がついた。

多分、俺を……人を襲うことに対して怖がっているのだろう。

作戦を実行する前から不審に思ってはいた。

なぜ、夜中に襲ったりせずずっと観察だけにとどめているのだろうかと。

俺たちが情報を集めていても、気付かなかったのはなぜなんだろうと。

きっと、その答えはこれだったんだ。


お互いに見つめあって、その場を呼吸の音だけが支配する。

何を言えばいいのかわからなくて黙っていると、アトレが俺の腕から抜け出して、変身を解いた。


男性たちは目を小さくして、ただアトレを見つめる。

彼女は男性たちに近づいていくが、彼らは逃げなかった。

それどころか、少し安心しているようにも見える。

アトレは一番前に立っていたやつの肩を叩いて、囁くように言った。


「結界と静音の魔術具は発動させたわ……事情を、説明してもらえる?」


……いつのまに、そんなことしてたのか。

確かに、洞窟の入り口の方をみると薄らと壁のようなものが見える。きっとあれがそうなのだろう。

アトレの言葉を聞いた男性は、だんだん目を潤ませ始める。そして、震える声で言った。


「ごめんなさい……男爵に脅されて、あなたを殺せと。でも、したくなくて……」


その後、彼らは少しずつ自分たちの状況を話し始めた。


シーブリット男爵が突然ガーヴァ村にきて、自分達に「アトレがここへくるから殺せ」と言ったそうだ。

アトレは失踪したという事になって国中で広まっていたらしく、彼らは男爵の言葉を聞いて困惑した。

しかし、逆らうと親族を売り飛ばすと脅されたため、彼らは従うことにしたそうだ。

その後、俺たちは予定通りガーヴァ村に行く道へ現れた。

彼らはそこで俺たちを殺す予定だったそうだ。

けれどあまりに呑気に昼飯の話をしていたから、自分が怖くなったらしい。

こんな平穏に暮らしている子供達を手にかけていいわけないのに、どうして自分はこんなことをしてしまっているのか。と。


……ずっと前から俺たち、見つかってたんだな。

認識を歪める魔法のせいで、ずっと気づけなかった。

その話を聞いたアトレは、男たちに質問する。


「どうして、男爵はわたしたちがくるとわかっていたの?」

「それはオレたちも聞いたんだ……でも、そんなことはどうでもいいと言われてしまって。」

「あーー……まあ、話す理由もないものね。」


そう答えた男たちは、みな一様に暗い顔をする。


──以前、男爵は組織と手を組んでいるのではないかと推測した。おそらく彼女はそれが本当か確かめたかったのだろう。

この人たち、親族を理由に脅されてるって言ってたけど、ここからどうするのかな?

俺は疑問に思い、男たちに尋ねる。


「なあ、これからどうするのか?俺たちを殺すか、逃すか……それとも男爵をどうにかするか。それくらいしか思い浮かばないけど。俺たちが死なずに済む方を選択してくれるなら、できるだけ協力するよ。」

「どうすればいいのかは……正直わからない。でも、お互い無事に済む方法があるなら……」


それがいいよな、と男たちは口々に言う。

その後、アトレは作戦について尋ねた。


「わたしたちを殺した後、あなたたちはどう動く予定だったの?」

「……男爵に報告して、確認として死体を見せる予定でした。」


男のうちの一人が言う。

じゃあ、俺たちがこうして協力関係を結ぼうとしていることは、男爵にはまだ伝わっていないんだな。


「俺たちとの戦闘に苦戦してるってことにして、男爵に応援を要請するのはどうだ?それでそのまま男爵をぼこぼこにすれば……でも、貴族がわざわざこんな戦闘の場にでないか。」


大体こういうのは下っ端に任せるだろうからな。現に目の前にこいつらがいるし。

何か別の案はないか、と考えようとすると、アトレは首を横に振ってこういった。


「いや、いい案だと思う。わたしは一応魔導士だし、本来は貴族数人でかかってこないと殺せないはず。」

「それ自分で言うのか?」


こんなに平然と『私は強い』という人、初めて見たかもしれない。


「実際そうだもん。だから、手こずってるから応援に来てーとか言えば、きっと来てくれるはずよ。」


そ、そうか。そうなんだな。

アトレは続けて言う。


「誰か、リゼ村までいって村長を呼べる?貴族の犯罪を立証するために、あの人の持つ道具が欲しいの。」

「俺たちが数日かけて歩いてきたのに、往復となるとどれだけかかるんだ?」


そんなに長い間待てないぞ。

というか、ぼこぼこにするんじゃなくて捕まえるだけで許すんだな。

俺がアトレに問うと、代わりに男のうちの一人が答えた。


「いや、馬でいけば一日もかからない。オレが男爵のところへ行くついでに、誰かに頼んでおこう。」


……そっか、馬か。そういうのもあるんだな。

アトレは頷いて、その人に男爵への援助と村長の呼び出しを頼む。

男が走っていくと、その場には俺たちと三人の男が残った。

男男言っているが、特徴を覚えきれない。みんな同じような服だし、こいつら名前名乗ってないし、強いていうならハゲ具合の違いくらいしか覚えられない。


今走ってったやつがハゲ1として、この場にいる三人を2、3、4と呼ぶか。一応敵みたいなもんだし、名前を覚えているのも変だからな。


ハゲ1が走っていったのをみて、アトレは2、3、4に向かって話し始めた。


「だいたい会話の流れでわかったとは思うけど、これからの行動はこれでお願いできるかしら?」


これからハゲ1が男爵に援護を要請する。

作戦通りに進んでいることを表すために、俺は人質としてハゲ2に捕まっているふりをする。

ハゲ3、4はアトレに攻撃しつつ脅す。

男爵がアトレに近づいたら捕縛。


という流れを、アトレは説明した。

ハゲたちは頷き、それぞれの持ち場につき始める。

こうして、俺たちの男爵捕縛作戦は始まった。


(ここから茶番です)


「お願いだ、俺のことはいいから、あいつだけは……!」


俺は弱々しくハゲ2に懇願する。

小さな声だったが、洞窟の中ではよく響いた。

アトレは自らの胸に剣を突き立て、自殺を試みる。

しかしその手は震えていて、彼女がとてつもない不安に侵されていることがわかった。

彼女は俺を解放させるために、敵の提案した「自殺」を実行しようとしている。

アトレは呼吸を乱したまま、数分実行へ踏み切れずにいる。その時、拍手をする音が聞こえてきた。


「いやぁ、すばらしいね。高潔で慈愛に満ちた騎士様が、最後までそれを貫く姿は。」


この場に似合わぬ歓喜を含んだ言葉に、その場にいた全員が声の主を見る。

洞窟の入り口に、質の良い真っ白な生地で作った簡素なシャツに、軽くコートを羽織っている男とハゲ1がいた。

その格好をみて、俺はそいつがシーブリット男爵であることに気づいた。ちなみに男爵もハゲだ。


ついに……ようやくきてくれたか。これでこの茶番は終わらせられる。


「あなた様でも自死を選ぶには抵抗があったでしょう……どうですか?わたしが殺してあげるというのは。」

「……っ!男爵、どこからわたしがここにいると知ったの!」


アトレは胸に突き立てていた剣を男爵に向ける。

男爵は手を挙げて、敵意なんてないというふうにした。

けれど、誰がどうみてもわかる。その目には、殺意しかこもっていない。


「彼から要請を受けましてね……それに、奇妙な魔法を使える協力者もいた。」

「協力者……あなた、まさか!」


男爵は気持ち悪い笑みを浮かべる。

もう推測は事実になったと言っていいだろう。こいつは明らかに組織と繋がっている。

アトレは左手の親指を2回動かし、合図をする……これは、先ほど話し合った時に決めたものだ。

演技をやめて、男爵を捉えていいという合図。

それをみたハゲ1は男爵の背後から足元を狙ってける。


「うぉ!?」


見事にずっこけた男爵に、アトレが魔法で糸を出してぐるぐる巻きにした。

それまで俺を捉えていたハゲ2は俺を離し、安堵の息を吐く。ハゲ3、4はアトレの糸の上から縄を巻き、魔法を解いてもいいようにした。


「やった!」


俺は立ち上がって、アトレの元へ駆け寄る。

自然と口角が上がっていく。きっと今の俺はすごいにこにこだ。

興奮が抑えきれなくて、つい心の中で思っていた言葉を言ってしまう。


「ハゲたちは大丈夫か?怪我してない?」

「「「「「……ハゲ!?」」」」」


あ、やばい。言っちゃった。

仕方ないじゃん!名前知らないんだもん!

ハゲ1234と男爵は俺の言葉に反応し、同じように言葉を発する。

1234はともかくとして男爵はなんで反応するんだよ。確かにお前はハゲだけど心配はしてねえよ。


「アイル、口を慎みなさい。」

「ご、ごめん……みんな。なぁ、ちゃんと名前を教えてくれないか?俺はアイルって言うんだけど。」


謝るのと一緒に、ハゲの名前を聞いておく。先程までは立場の関係上名前を聞かなかったが、きっともう大丈夫だろう。

ハゲたちは少し笑った後、一人ずつ自己紹介をしてくれる。


1から順に、ビス、マレド、フルーワ、コレットというらしい。

……なんとなく流れで聞いたけど、ちゃんと知れて良かったな。なんでだろう。知らなくても何も支障はなかったはずなのに。

なんだか変な気持ちになりながらも、彼らの名前を頭の中で繰り返し唱えていると、魔法を解いたアトレが口を開いた。


「これで……ようやくシーブリット領を少しずつ復興させられる。みんなありがとう。よくやったわ。」

「ほんとか?何点?」


アトレもなんだか嬉しそうだ。そんな彼女に、俺は自分がどのくらい役に立てたかを聞こうとする。


「うーん、はなまるかな。」


満点か!やった!

俺がちゃんと役に立てたのはなんだかんだ言って久しぶりな気がする。

嬉しくてつい踊ってしまいそうだ。


「……?こいつ、何か……」


ビスが小さく何かを呟く。ひたすら喜んでいた俺は、その一言を聞き逃していた。


ビスは男爵の元へより、彼から何かを取ろうとする。

男爵はなぜか抵抗もせず、むしろビスを助けるように動く。


「アトレ、後でさ、この村の飯が食べてみたいんだ。シューク町のも楽しみだけど、ここの人が作ったのも味わってみたい。」


この村に着く前飯屋の話をしていたのを思い出し、アトレにいう。

するとそれをきいたコレットがなぜか自慢げに言ってきた。


「おっ、それだったらお前が泊まってるところが美味しいぞ。」

「わたし見たけど、あそこの女将さんあなたの母親よね?」


ああ、母親だったのか。

家族が作ってくれた食事はなんでも美味しいからな。

俺はアトレが作ってくれた朝食のことを思い出す。俺がまだ料理をしたことがなかった時のことだ。

できたよって言って渡してくれた料理の味は……正直どんなものだったかは思い出せない。でも、「美味しい?」とか、「ちょっと失敗しちゃったかも」とかそんなことを言っていたのは思い出せる。

例えそれが失敗作だったとして、あいつが作ってくれたものはなんだって嬉しい。だから、美味しいと思えるんだ。

……あれ、これ、アトレも似たようなこと言ってなかったか?

何回失敗したって、やっていいよってさ。

もしかして、彼女も同じような気持ちで言ってくれていたのだろうか。

なんだか、心に染みるような嬉しさがあるな。


「宝石かよ、借金持ちのくせにこんな贅沢するんだな。」


ビスが呆れたような声で言う。

こんな遊び?なんのことだ?

アトレたちもビスの声に気がついたようで、みんなで彼の方を向く。

すると……ビスが透明な宝石の石を持っていた。ダイヤモンドとかだろうか。


「……!?あなた、今すぐそれを置いて!」


石を見たアトレは、慌ててビスにそう言う。

俺は、何をするでもなく大人しく寝転がっている男爵の顔に目がいく。


「そんなこと言われなくても、こんな忌々しい石ころ、壊してやる!」


それは、どこまでも悪意に満ちた、なんとも言えぬ気持ち悪さが滲み出てくる顔で──

ビスは思い切り腕を振り上げて、石を叩きつける。アトレは、声を張り上げて叫んだ。


「待って!」


俺は男爵の顔をみて、その表情の意図を理解した。

俺たちは、罠から抜け出したように"見させられていた"だけだったんだ。

……パキン。

石が割れる音が聞こえる。それは石というよりかは、薄いガラスを握りつぶしたような音だった。

その刹那、視界がホワイトアウトする。

思わず目を瞑ると、しばらくしてあたりの空気がおかしくなったように感じた。

再び目を開けると、そこは──


その景色を見た時、ずっとあった違和感がすっと消えていく気がした。

俺がこの世界を昔だと感じてしまう理由。馬という移動手段がパッと思い浮かばない理由。全てがそこにあったのだ。


──そこは、2150年の東京だった。

ちょっと長めでごめんなさい。

ここからSFとファンタジーという二つの世界観を行き来する物語がはじまります。

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