間話 家事の分担
「アトレ、俺が前に言ったこと覚えてる?」
「ん?なんか言ってたっけ?」
アトレはとぼけた顔で答える。
旅をし始めてからはや2日。昨日は俺が慣れていなかったと言うこともあり、家事や野営の準備などは全て彼女がしてくれた。
けど、今日は違う。俺だって少しは手順を覚えているんだ。
前に言った……俺にできることがあるなら、なんでもさせて欲しいということ。
それにアトレは、『わたしの手伝いをして欲しい』と言っていた。
だから、まだ全てはできなくても、少しは家事を手伝えると思ったんだ。
そして、今朝……ついさっき起きた時。
食事の準備も出発のための補給も、全て終わっていた。夜中に火の番を交代する約束もしていたのだが、起こされなかった。
考えてみて欲しい。人にメイドさんみたいにあれこれ全てやってもらう自分を。嫌だろ、俺は赤ちゃんじゃないんだぞ。
「俺に家事をやらせろ!あと火の番の交代はどうした!?」
「えー。わたしのほうが早く起きてたから、わたしがやればいいかなって。火の番は……アイル、昨日は気持ちよさそうに寝てたんだもん。」
だからって起こさない奴がいるか!お前が寝れなくなるって言うんだぞ……!
「とにかく!今日は俺が全部やる。アトレは休んでて!」
「ぜ、全部はダメだよ、アイルが死んじゃう。」
キッパリ宣言した俺に、アトレが心配そうに止めてくる。
流石に死ぬわけはないだろ。アトレの魔法なしだと三十分歩いただけで倒れそうになる俺でも家事でしにはしない、多分。きっと。
俺が自分でやりたいと主張し続けると、アトレは少し悩んだ末、折衷案を出してきた。
「うーん……だったら、今日は一つだけ何かやってもらって、明日から少しずつ増やすのはどう?」
一気にやらずに少しずつやることで体を慣らしていくんだな。それなら確かに死にはしなさそうだ。ただ、俺が慣れるまでは結局アトレに大半を任せてしまうことになるのは少しいやだなぁ。
彼女はきっと旅に不慣れだろう。だったら、上手くいかない今の時期はストレスがたまるだろう。
上手くいかないというだけじゃなく、命を狙われてるっていうのもあるからな……俺は、彼女の苦しんでいるところを見たくはない。
けど、今の俺が全部を負担することができないというのも事実だ。
俺は少しの間考えて、返答する。
「そう……だな。じゃあ、今日は昼食を作らせてくれ。」
食べ物を食べる時間くらいはゆっくりしていてほしいからな。料理だけでもできるようになっておきたい。
といっても、干して保存しておいた肉と野菜をちぎって軽く味付けをしただけのスープだけど。
「うん。それだったらちょうどいいかもね。」
「ああ!たぶん大丈夫だから、時間になったらアトレは休んでて!」
最初からずっとお荷物のような俺だったが、ようやく役に立てそうだ。
美味しい料理作ったら、アトレもちょっとはすごいと思ってくれるかなぁ。
彼女の笑みを頭の中に浮かべながら、俺は昼を心待ちにする。
よし、持てる力を全部使ってでもがんばるぞー!
<アトレ視点>
夜間にくべるための木を集め終わったわたしは、昼食を作り終わっているであろうアイルのもとへと歩き出す。
彼は執拗にわたしを休ませたいようだったが、そうはしたくなかった。
だって、何かしていないと色々なことを思い出してしまうから……
人間は死にそうになった時を強く記憶する。そして、その記憶は何でもない時に意味もなく思い起こされるのだ。
わたしだってそうだ。今でもずっと、父親の死体と妹の泣き叫ぶ声、それから……
「……ぅあ、っ……!はっ、はっ……」
いつの間にかおかしくなっていた呼吸で、酸欠になる。
浮遊感が訪れるとともに体が冷たくなっていく。体から力が抜けて、抱えていた枝たちは遠くに転がってしまう。
だめだ、何も考えるな。わたしにはあの子が、アイルがいるから。王都へ護送するまでは、こんなところで倒れていられない。
数分経って、ようやく呼吸が正常になる。木を拾い上げた私は、再び立って歩き出す。
まだすこし冷たさと浮遊感が残る脳で、漠然と考える。
あの時のわたし……お父さんの死体を見て、糸がはじけたような音がした気がした。
その瞬間、何もかもどうでもよくなっちゃったんだっけ。でもあの子を見つけて、一緒にいて。
「一緒に逃げよう」って言われたとき、その糸がそっと結びなおされた気がしたんだ。
きっと糸は今も張り詰めたままで、何かあればすぐにはじけてしまうのだろう。
けど、まだ今ははじけていないから。
まだあと少しだけ、頑張ってみよう。
アイルのいるところの近くへ行くと、焦げたようなにおいがかすかに漂ってきた。
──火事。
脳裏に浮かんだのは、ほかでもないあの時のお父さん。
薪を放り投げて、全力で彼のもとへ走る。
走っているにしては鼓動の感覚が気持ち悪くて、すぐにでも倒れてしまいそうだ。
「アイルっ……!」
彼がいた場所へたどり着いたわたしは、大声で名前を呼ぶ。
原型のわからない、黒焦げの何か。そうなる前にみた、いつも通りの姿。吸うたびに咽せそうなほど煙たい空気。
どれもが一瞬で脳裏に浮かぶ。
お願い、お願い、死なないで。あの子は、ようやく見つけた"同じ"人間だから。
周りを見渡し、アイルを見つけようとする。
彼は簡単に見つかった。
火事になった草むらの中、空っぽの鍋の前で立ち尽くしていたのだ。
……何してるの?
「あ、あとれ……」
「だ、だいじょうぶ!?まさか奇襲でも!」
彼に近づき、怪我がないか確認する。
よかった。特に怪我はなさそう。
アイルが発する次の言葉を待つ。すると、出てきたのは予想の斜め上の言葉だった。
「ごめん……料理、失敗しちゃった。」
「……………………へ?」
<アイル視点>
「ふふ、ふへへ、あはははっ」
俺が事の経緯を話すと、アトレは目に涙を浮かべて笑い始めた。
酷いと思わないか、初心者が頑張ったのに。
俺が不満げにすると、アトレは笑ったまま弁解し始めた。
「ごめんごめん、いや、無事でよかったなぁーって!ふふっ。」
むー……納得いかない。
それはそうと、俺があたりをこんな火事にしたのにはこんな背景があった。
これは昼食の準備をしている時のこと……俺は記憶の中に残っている美味しい料理(名前は忘れた)のレシピを書き出していた。
「まずはにんじん、じゃがいも、玉ねぎだろー。肉は……塩漬けのやつでいっか。にんじんもそこらへんに生えてる赤いきのみでいいよな?」
材料と手順を確認した俺は、早速レシピ片手に調理をし始める。
それから具材を切って、水と一緒に鍋に入れて、さあ煮込もうという時、あることに気づいた。
……レシピには強火って書いたけど、強火ってどのくらいだ?
そう、火の加減がわからなかったんだ。
けど、なんとなく二つ予想はできた。
一つ目は、燃え盛る屋敷で見たような広範囲の炎。
二つ目は、小さいけど青色の炎。
一つ目はまずありえないだろう。そんなに強火だったら料理をするたびに森が一つ破壊されてしまう。
二つ目が正しいな、これは。せっかくだから、練習も兼ねて魔法で着火してみよう。
俺は鍋の下に目掛けて、魔法を使おうとする。
確か、アトレと一緒に屋敷から脱出した時に、風魔法を使った時……魔素を集めて一気に放出したような感じだった。
今回はそれに、熱を加えてみよう。
目を閉じて、手のひらに魔素を集中させる。
強火って言うから、少し強めに……あっやべ、
少し集めすぎたか?と思い、魔素を分散させると、一気に解放された魔素が爆音を立てて煙を生む。
煙が晴れると、そこには俺の身長2個分くらいの火災旋風が。
やばいやばいやばい、これ森どころか俺も死ぬやつじゃね?
どうしよう、どうしよう……そうだ、消火!
水の魔法を使おうと、俺は勢いよく魔素を解き放つ。ところが出てきたのは強い風だった。
空気によってますます大きくなってしまった火災旋風は、俺の周りを焦がしていく。
「アイルっ……!」
聞き馴染みのある救世主の声に、そちらを向く。
「あ、あとれ……!」
ああ、俺アトレといられてほんとによかったなぁ。
その後、彼女によって火は鎮火させられた。
そして今、事態を説明したアトレに笑われているわけだが。
「でも、料理するたびに森とかなんやらに迷惑かけるんだったら、いっそやらない方がいいのかもな。」
「それなら大丈夫だよ。」
弱気になっていった俺の言葉に、アトレはそう言って立ち上がり、杖を取り出した。
彼女を中心に、この場が心地よく温かい空気で満たされていく。
それと同時に、複雑な模様の魔法陣がいくつか展開され、眩い光を放った。
光が収まった時、そこには元通りの森が広がっていた。
「何回失敗したって、元通りにできるから。だからアイルは、やりたい限りやってていいよ。」
そう言って穏やかに微笑むアトレは、なんだか切なさそうで、でも嬉しそうだった。
と言うか、森復活させられるとかまじかよ……強いな。
俺は彼女の実力に感嘆しながら、少しずつでも頑張ろうと決意した。
アイルは記憶を失う前を100とすると、今は1くらいになっています。骨の髄まで染み込んだトラウマや、使い慣れた言語、そして本当に大事な情報くらいしか残ってません。
なので彼が強火という単語を覚えていたのは奇跡です。




