第八話 告白
俺の記憶について伝えたら、きっと彼女は親身になって寄り添ってくれるのだろう。
日本の情報がどこかにないか探してくれたり、最大限の配慮をしてくれるかもしれない。
だから、怖い。
彼女の配慮の対象になってしまったり、庇護下であり続けるということが。
シューク町の収穫祭で、アトレが発露させた感情は決してポジティブなものじゃなかった。
彼女だってあんなに苦労しているのに、俺がまた苦労をかけるのか?
最近、歩くくらいで疲れることはほぼ無くなった。
筋力も頑張ってつけて、防御魔法だってこの町全体に貼れるくらいにはなった。
でもきっと彼女には遠く及ばない。
眩しいほどに綺麗で、優しくて、温かい彼女に釣り合う未来が見えない。
これは杞憂だろうか、それとも、俺の我儘だろうか。
アトレはすでに準備を終えている。俺もちょうど準備を終えた。きっと今が伝える最後のチャンスだ。
「窓から出ることになっちゃうかな、わ、やっぱり寒いね。アイル宿で待ってた方がいいかもなぁ……」
アトレは窓を開けて、外の様子を見る。
吹雪が部屋の中へ吹き、少しずつ部屋に雪が積もっていく。
俺はそんな彼女の後ろに立ち、伝えるチャンスを伺っていた。
彼女はこちらへ振り向いて微笑む。
「大丈夫?これそう?」
アトレの睫毛や服に細かい雪が乗っているのが見える。
それに対して、俺の体にはほとんど雪がついていなかった。
多分、アトレが壁になってくれていたからだな。
『あなたを苦しめる全てから、あなたを守らせて』
ふとその言葉を思い出す、前に彼女がそんなことを言っていたな。
あの時、きっと彼女は俺を信頼したから自分のことについて話してくれた。
その信頼を、不信で返して──打ち明けないでいて、いいのか?
俺は彼女を信頼していないような行動しかできてないのに、彼女は俺が一人でも生きていけると言ってくれるのだろうか?
俺は少しの間考える。
……言ってくれたとしても、俺はそんな関係は対等じゃないと思う。
例え今の実力が違っても、心まで守る守られるの関係にはしたくない。
俺は覚悟を決めて、アトレに近づく。
「うん。行くよ。でも、その前に一個話したいことがあるんだ。」
まだアトレを守れるほど強いわけじゃないけど、せめて少しでも、同じ苦しみを任せて、任されるようになりたい。
「荒唐無稽な話だけどさ、ほんとに、ほんとに嘘じゃないんだ。」
声が震える。わかっていても、やっぱり怖い。
深く息を吸って、落ち着こうとする。それでもやっぱり怖くて、体が震える。
次だ、次。次は言おう、言わなくちゃ……
焦りが体を侵蝕していく。言わなくちゃと思う度、喉がきゅっと締め付けられるような感じがした。
はやく、はやく言わないと……
「信じるよ。」
そんな彼女の声が聞こえて、いつのまにか俯いていた顔を上げる。
「……え。」
「信じる、アイルの話ならなんだって。だって、知ってるもん……あなたは、そんな顔で嘘をつかない。」
今まで見たことがないくらいに真剣な表情だった。
いつもはこういう時、安心させるように笑うのに。
冷たい声色と真剣な表情は、少し怖く見えるはずなのに、どこか彼女に似合って見えた。
もしかしたら、これが彼女の素顔なのかもしれない。
「信じてる。信じてるから。わたしのこと、信じて。」
不思議なことに、その言葉はじんわりと俺の中に広がっていく。
焦りも、怖さもまだ取れてないけど。
彼女の言葉で、『それでも大丈夫だ』と思えた。
口を開くと、先ほどよりするすると言葉が出て来た。
「俺さ、実は──夢境の中の場所。あそこについての記憶があるんだ。」
ようやく、話せた。
心にずっとかかっていた重圧が、少し軽くなる気がする。
でも、俺の変な話を聞いてもアトレは嫌な顔ひとつしなくて。
それで思い出した。
俺も、彼女が打ち明けてくれた秘密を聞いた時。
それを重荷だって感じたり、嫌な顔をしたりなんて、しなかったこと。
長い時間をかけて、不安が溜まっていって、わからなくなってしまったのだろう。
俺も、彼女と同じ。とっくに信頼していたんだ。
──……
雪に足が沈み込む。もうどれだけ歩いたのだろうか。
日本のことについて話した俺は、アトレと共に夢境を探していた。
それにしても、なぜ夢境の中に俺の知っている東京の景色があったのだろうか。
というか、この世界に日本って多分ないよな。じゃあ日本は他の世界にあるのか?そしたら俺は異世界から来たってことに……うーん、わからない!
頭がこんがらがって訳がわからなくなる。
今は夢境探しのことだけ考えよう。
そして、しばらく探し続けると……ある一つの場所を見つける。
「ここが……一番魔素濃度が高いね。」
「そうだな、というか……何あれ?」
俺が指差す先には、切り取って貼り付けたような平面のノイズが浮かんでいる。耳を澄ますと、人の叫び声のような、モスキート音のような、とにかく気味の悪い音が聞こえる。
なんか怖くて夢に出て来そうだなぁー…
「あれが夢境の入り口だよ。入る準備はできてる?」
「もちろん。」
俺はアトレと手を繋いで夢境に入る。こうしないと、別の場所に行ってしまう恐れがあるらしい。
見える景色全てにノイズがかかり、歩くたびに景色が変わっていっているのがわかる。
やがてノイズが完全に取り払われ、夢境の中の景色が見える。
「……学校?」
あの時の東京とは違い、今回足を踏み入れたのは学校だった。
壁に人権についての標語が貼ってあったり、教室の中に書道の作品が置いてあるあたり、小学校だろうか。
アトレもキョロキョロと周りを見渡し、状況を確認する。
そういえばこいつ12歳だったっけ。ちょうど小学六年生くらいだよな。アトレも日本人だったら、ここで無邪気に遊んでいたのだろうか。
「随分広いね。アイルのところって、こんなに人がいるの?」
「多分あの国……ルマイルと同じくらいだと思うぞ?子供少なくなったし。」
確か、少子化で廃校になったところも多かったはずだ。ルマイルの人口がどのくらいだったかは知らないが、多分同じくらいだと思う。多分な。
このまま立ち止まっていても埒があかないため、二人で校舎内を歩く。
なんだか不思議だ。聞こえるのは風と二人分の足音だけで、子供達の笑い声や話す声が聞こえない。
活気のない学校はどこか悲しげで、だけど少し落ち着く感じもする。
3階に上がった頃だろうか。こんな音が聞こえて来た。
『……はー…………いつか♪』
それは、日本語の歌だった。
「……歌?」
「誰かいるのかな。いってみよう。」
俺たちは音の方向へ歩いていく。
『あなーたのいばしょにっ♪』
でも、こんなところに人なんているのだろうか?入った時点で魔素濃度に負けて死ぬ気がするんだけど。
『窓を覗けば♪見えるもの♪君もなれるの〜♪』
しばらく歩くと、教室の中に少女が見える。
桃色の髪に、一才のブレなくリズムを刻む右足……見覚えがある。
俺たちが扉越しに覗いていると、その人物が振り向く。
俺たちの存在を確認すると、ニコッと微笑んだ。
「あ、ばれちゃった。」
アトレは扉を開けて、中の少女に近づく。俺もそれに続いた。
少女は近づいた俺たちを一瞥した後、日本語でこう喋った。
『来客の方ですね。はじめまして。高学年の児童精神補助活動をしている、AI HAKARIです。』
三人目のメインキャラクター、登場です。
ここからは日本語を『』で括っていきます。ややこしくなりますが、後々アトレが日本語を習得してくれるのでご安心ください。




