第七話 越冬のために
──news paper of Remile
立冬早まる予想、魔素の停滞が原因か。
王都気象予測・対策庁は、10月後半が今年の立冬だという予想を発表しました。
これだけ早い冬の訪れはルマイル史上初めてのことで、各地で心配の声が相次いでいます。
この事態に対し、王女殿下セシル様は──
「……今どの町村でも準備ができてないってさ。ほんとうに、アトレの勘が当たってよかった。」
今朝買った新聞を読んで、アトレにそういう。
実は、シューク町でアトレがこんなことを言っていたのだ。
『なんだか、まだ一応夏のはずなのに、もう秋みたい……収穫祭だって、普段は二月くらい先のはずなのに。』
季節が変わるのが早いなーとは思っていたが、それほどのだとは思っていなかったな。
その後、彼女は
『冬が早めに来るかはわからないけど……億が一に備えて次の町で冬支度をしよう』といいだしたんだっけ。
俺たちは今、王都近隣──といっても、王都に行くには二週間はかかる──町の宿に泊まっている。
今は十月の上旬だが、すでに外は極寒だ。どのくらい寒いかと言うと、暖房の魔術具のそばから離れられないくらい。
アトレもそう感じているようで、今は二人で暖房の周りを囲んでいる。
「ほんとだねー……この感じだと後三ヶ月くらいは宿にいるだろうし、早めに準備できてよかった。」
「さ、三ヶ月……!?」
そんなに冬って長いのか……?俺、生き残れるかな?
それも……三ヶ月も、アトレと二人。
俺は彼女を横目で見た。
あの日から日を追うごとに、アトレは可愛くなっていってる気がする。
三ヶ月後となったら、もう眩しすぎて光をはなってるかもしれない。
そしたら、もう直視なんてできないぞ。今でさえ、あいつの顔を見てドキドキするのに。
「長いよねー。せっかくだし論文でも書こっかなぁ。」
「さ、三ヶ月もお前と二人きり……三ヶ月……」
「……そんなに嫌?」
ぶつぶつと呟くと、アトレに悲しそうな顔をされてしまう。
俺は人生で一番大きい声を出して否定する。
そこから、二人で過ごす冬の日々が始まった。
──……
そして、翌日。
「おそらく、年内にはお届けできるかと。」
「ほんとう?ありがとう。」
アトレは役所に向かい、手紙の配達を頼む。
俺はそんな彼女を椅子に座って待っていた。
いきなり手紙を出しに行くって言ってここに来たけど、いったい誰に当てたものなんだろう?
戻ってきたアトレは安堵したような顔をしていた。小さく息をついた彼女は、『宿に戻ろう』と言う。
役所の外へ出た後、アトレに聞く。
「なあ、誰に手紙を出したんだ?」
「え?…………………………同僚、かな?」
なんだよその間は。本当にただの同僚か?
「なんで?」
「アイルに話してなかったっけ。本当はね、王都についた時、その人と会う予定だったんだ。」
「え、俺抜きで?」
「いや、アイル別にその人と知り合いでもなんでもないでしょ。」
……それは、そうだけどさぁ。
なんとも言えない気持ちだ。ちょっともやもやする。
アトレは続けて話した。
「でね、情報交換をしたあと、王女様にわたしの無事を報告してもらう予定だったんだ。」
「それ、手紙じゃだめなのか?」
手紙でした方が速く済むだろ。わざわざ会う必要はない気がする……
「手紙は運んでる途中で見られちゃうかもしれないし、本当にわたしかどうかわかんないでしょ?」
「あー……」
それもそうだな。筆跡を真似るくらいだったらいくらでもできるだろうし。
でも、でもなー……なんだろ、なんか嫌。アトレがそいつと会うのがちょっと嫌。
「でも、アイルだったらあの人と友達になれるかもね。あなたと同い年の男の子なんだよ。たぶん、話合うと思う。」
「え?同い年ってことは……」
12才で王宮勤めってことだよな。
そこまで言おうとして、不意に鼻先に冷たいものが当たる。
「あれ、雨?」
俺の言葉に、アトレが立ち止まって上を見る。
「……いや、違う。雪だよこれ。」
「ほんと!?」
確かに寒いとは思ったけど……雪国でもないのに、十月に雪が降るっておかしくないか?ここはちょっと法則とかが違うのかな。
話しているのはほんの20秒くらいのはずだったのに、すぐに雪の量は増していく。
「すごい。めちゃくちゃ降って来たな。」
「!アイル、すぐ帰るよ!捕まってて!」
「へ?……うわぁあ!?」
初めて見る雪をずーっと眺めていると、急に視界が高くなる。
下を見ると、アトレが俺を抱えて走っていた。
なに、なになに!?なんで抱っこすんの!?どこにそんな力があるの!?
いきなりこんな展開になって困惑しているうちに、彼女は宿へ辿り着く。
「ただいまです!」
「お、おぅ、おかえ……え?お嬢ちゃん、重くないのか?」
「だいじょぶです!」
勢いよく扉を開けた彼女は店番をしている人に挨拶する。
店番の人も俺を抱えるアトレに困惑しているな。
アトレはそのまま部屋に向かい、俺をベッドに下ろした。
「へぁ……あろれ、にゃにしはの……」
気持ち悪くて呂律がうまく回らない。
「ごめんね、吹雪になったら厄介だったから。間に合ってよかった。」
「ふぶきぃ?」
窓の外を見ると、先ほどまでちらほらと言っていただけだったのに、もう吹雪になっている。
驚いて窓から外を見ると、人々が走りながら家に帰るのが見えた。その中には子供を抱えている女性や、呑気に遊んでいる子供達も見える。
アトレも窓の外を確認したようで、こんなことを言う。
「……大変。あの子達を帰らせないと。」
「え?」
彼女は防寒着を取り出し、袖を通す。そしてボタンを通すこともせず俺の方へ戻ってくると。
「アイル、わたしちょっと行ってくるね!窓閉めといて!」
「は!?そんな、危ないだろ!大人に任せるべきだ!」
窓を開けたアトレは枠に足をかけ、そのまま飛び降りようとする。慌てた俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
おいおい、ここ三階だぞ??それにこんな吹雪だ、お前が死んだらどうするんだ。
「で、でも。女性と子供は優先して助けろーって言うじゃない。」
「女性で子供のお前が言うことじゃないだろ!」
「……いってきます!」
「ああ〜!……もう!すぐ帰ってこいよ!」
半ば強引に俺の手を振り払ったアトレは、そのまま外に飛び降りる。
華麗な五点着地を見せた彼女は、そのまま人の救助に向かった。
そのあまりに手際のいい動きを見て、彼女を止めることを諦める。
……まあ、あれだけ救助に慣れてるなら、こんなことは日常茶飯事なんだろう。多分大丈夫だ。
俺はあったかいお茶を淹れたり部屋を温めたりして、あいつが休めるようにしておくかな。
その日から、一日、二日、一週間……
一度降り出した雪は勢いを止めることも知らず、ついに一階が埋もれてしまった。
町の人が朝やっているように、俺もアトレと時々雪を溶かしに行っているのだが、それでも積もる積もる。
ここ最近ずっと使っていたからか、雪を溶かすために覚えた炎魔法もめちゃくちゃ上達しちゃったな。
今日もアトレと雪を溶かしに行った。その帰り道で、アトレは雪を一握り拾って、部屋に持ち帰る。
俺は雪の使い道が気になって、彼女に聞く。
「なんで雪なんて持って帰ったんだ?それ、食べても美味しくないぞ?」
「アイル、雪食べたことあるの?」
「この間お腹壊した時あったじゃん?あの時に結構……」
アトレは呆れたような目で俺を見る。
だって、いけそうな見た目だったんだもん。
「ああ、そうなんだ。この雪はね、魔素をどのくらい含んでるか調べたくて持って来たの。」
「へ〜、どうだった?」
アトレは『今調べるね』と言ってしばらく目を瞑る。
やがて目を開いた彼女は、暗い顔をしていた。
「状況がちょっと悪いかも。予想していたよりずっと魔素の量が多い。」
「それってどうやってわかるの?」
どれが魔素を多く含んでいて、どれが含んでいないかとか、俺にはよくわからない。
「うーん……魔素を集める時の感覚ってわかる?」
「ああ、魔法を使う時にぎゅっとさせるやつな。」
「あの時の感覚を広範囲に広げる……って言えばわかるかな?」
広範囲に広げる……魔素を扱う時の感覚……
魔素を扱う時、俺は自分の体を動かすような感覚で動かせる。
だから……それを徐々に広げて、もっと離れたところまで自分と同調させてみよう。
「……!!」
「こんな感じ、か?」
やってみたけど、うまくわからなかったな。
そもそも普段からこんな広い範囲の魔素は扱ってないし。
でも、気のせいだろうか。ほんの少しだけ、雰囲気が夢境で見た東京に似ていた。
どれくらいできているか自信がないな。
俺の様子を見たアトレは、目を輝かせてこちらの手を握ってくる。
「すごい!まだ魔法を使い始めてちょっとしか経ってないはずなのに……もうできちゃうんだ!」
その後、彼女は頬を染め、小さな声で『やっぱり、あなたは……』と呟く。
普通はできないことなのかな?というかそんなに近くに来られても恥ずかしいんだけど……!
「ちょっ、は、離れて。」
「あっごめん。嫌だったよね。」
別に嫌ではないけど、なんかダメになりそうなんだよ、そういうの……
顔に熱が集まる感覚がする。多分、俺は今ちょっと赤面してるな。
隠すようにそっぽを向いて、俺は話を無理矢理戻そうとした。
「そ、それで!?魔素の量が多いからどうしたんだっけ??」
「あ、うん。魔素の停滞が原因で、今こんな大雪になってるみたいなの。ただ、それだけじゃない。他のどこかからも、ここに魔素が流れ込んできてる。」
流れ込んできてる?
その時、ぱりんと何かが割れるような音がした。
「うわ!!なんだ!?」
音の方向を見ると、暖房の魔術具が粉々に砕け散っていた。
そ、そんな……!!俺たちのライフラインが!
絶望感に声にもならない声が出る。
くそ!どうしてこんな時に!あれか!?これも組織の仕業とかか!?
アトレは砕けた暖房の魔術具に近寄り、屈んでかけらを触っている。
「……アイル、このままこの魔素の停滞を放置しておいたら、夢境ができてしまうかもしれない。どうにかして、魔力が流れて来てる元を特定しないと。」
む、夢境がここに!?
こんなところにできたら、町の人みんな死んじゃうよな?こ、怖い!一日で町民全員死亡は全く笑えない!
「嘘だろ!?」
「うん、暖房の魔術具ですら、魔素の濃さに耐えられなかったみたい。これほどの魔力となると……流れて来てる大元にも、夢境ができてるはず。早く行かなきゃ。」
アトレは早速荷物をまとめて、出る準備をしようとする。当然俺も準備をしようとしたのだが、夢境という言葉で、大事なことを思い出した。
きっと、夢境の中は東京だ。
アトレは東京について詳しくは知らないんだし、俺が教えてスムーズに進んだ方が絶対いい。
でも、東京について教えるなら、俺の記憶についても話さなくちゃいけなくなる。
でも、でも……
組織に追いかけられて、貴族として大変な生活を送って、今も俺のために頑張ってくれるアトレのこと、巻き込んでしまっていいのか……??
今回から文字数をちょっと減らしてみました。ちょっとはくどい感じが無くなったかな……?
アイルは生活の中で少しずつ魔法を習得していっていますが、自主練をサボってるのでまだ最強にはなってないです。
彼にとっては筋力をつけてアトレ依存を脱却する方が先なんです。




