第93章「月の宿命、月光決戦~初恋と駆け落ち~」
西部での戦いがついに始まる。ケイの合図と共に一斉にトラモント騎士団総勢400人が走り出す。一方シャドウナイトはまさかケイ達が待ち伏せているとは思っていなかったのか、彼らを見てパニックになっていた。それを静めたのは先頭で異様な存在感を放つ1人の女性だった。
「狼狽えるなっ!皆の衆!!我らは誇り高きシャドウナイトであることを忘れたか!!奇襲が読まれていたなら真っ向から勝負するのみだ!!こちらもいくぞ!戦闘準備!!」
そう自軍の味方を奮い立たせた女剣士こそガロード=ヒメミヤであるのは一目瞭然だった。黒髪で歳は30代後半といったところか、凛とした何事にも動じないその佇まいは明らかに戦い慣れしている雰囲気だった。アイリスはその姿を遠くから見て不敵な笑みを浮かべる。
「……ケイ!お願いがあるんだけどいい?」
「ん?どうした?」
「あのガロードって女剣士、私に任せてくれない?」
「1人で大丈夫なのか?」
「ええ!さしで勝負したいの!」
その二人のやり取りハクが口を挟む。それはまるでアイリスの気持ちを察している様子だった。
「ここはアイリスに任しとき!ケーくん!同じ剣士として戦いんやろ?きっと!」
「……剣士としての本能か!わかったよ!ただしアイリス!負けるなよ!」
「私は負けない……!絶対にね!」
負けるつもりは微塵もない、そう強い意志をケイは感じてアイリスに託すことにする。アイリスが1人でガロードのもとへ走り出した後、ハクにこう言う。
「ハク!!俺達はアイリスとガロードの戦いに邪魔が入らないように、取り巻きを潰していくぞ!」
「うっしゃぁー!ウチも戦いとうてウズウズしてたところや!ケーくん!いくで!!」
「ああ!!俺は左半分、お前は右半分の敵を頼む!!」
「ほいな!!」
それからケイは太陽のエネルギアでサンライズモードへ、ハクは新月のエネルギアでヴァンパイアモードへと姿を変え、それぞれ突撃していくのだった。
「いくぞ!!!ルミナスっ!!フィストぉぉーー!!」
「いでよっ!!ムーン・デスサイズ!!はぁあああっ!!」
その力は圧倒的だった。味方を巻き込まないよう加減しつつ、一人一人倒していく。またアイリスがガロードのもとへ向かっていくの邪魔する敵もケイとハクが対処していくのだった。この光景をみたアイリスは静かに独り言を呟く。
「ケイ……ハク……ありがとう。あなたたちの頑張り無駄にしないわ。」
それからアイリスは敵陣の一番後方へたどり着く。そこにいたガロードは腕を組ながらアイリスをじっと見つめた後、言葉を口にする。
「……貴様。月の民か?」
アイリスは圧倒的なプレッシャーを感じつつもポーカーフェイスでこう答える。
「……私はアイリス=セレナータ。あなたもみたいね。身近に似たエネルギアを持っている人が2人いてね。なんとなくわかったわ。」
アイリスは剣を構え、じっとガロードの瞳を見つめる。そんな戦う気満々のアイリスを見てガロードは興味を持ったのか返事をする。
「ほう……私に臆しないとは。自信あるのだな。」
「ええ。あなたは多分強い。同じ剣士として直感でわかるわ。でもね……」
「……なんだ?」
「私のほうが絶対強いわ!!いざ尋常に勝負!!はぁあああ!!」
「ふふっ!!私とさしで勝負とは!面白い!!こいっ!アイリスとやら!!」
二人の剣士の戦いが遂に始まる。剣と剣の激しい打ち合いに風塵が生じ、周りは圧倒される。
「チェストぉぉーー!!」
「ナメるな!!小娘がぁぁーー!」
激しい打ち合いは10分ほど続く。スピードもパワーも五分五分といったところだった。しかしその均衡も崩れる。最初にダメージを与えたのガロードだった。アイリスの僅かな隙を見つけ、針の穴を通すかのような一撃を与えるだった。
「そこ!!!ムーン・スタブ!!」
「きゃああああ!!」
アイリスは悲鳴をあげながら吹き飛ばされたあと、体制を立て直そうとするが片膝をつくのでやっとだった。右脇腹は致命的な一撃が直撃したことで流血している。そして苦しそうに右脇腹を抑えながら、相手の目を真っ直ぐとらえる。
「くっ!!……強い!!純粋な剣技で私が打ち負けるなんて!!」
「貴様もやるな。その若さでその剣技。ふふっ!血が騒ぐ!!」
アイリスはガロードの美しく洗練された剣技に驚くと同時に、怒りをあらわにして疑問に思ったことを尋ねる。
「なんで……なんであなたが犯罪なんてしたのよ!!私にはわかる……!その剣技!人生をかけて初めてたどり着く領域だわ!!なんで?!なんで犯罪につかうのよ?!?!」
「……」
アイリスの質問にガロードは黙る。下を向き表情は見えなかったが辛そうだった。沈黙を続けるガロードにアイリスは高まった感情をもう一度ぶつける。
「なんとかいいなさいよ!!」
「!!」
アイリスの真剣な想いが通じたのかガロードは固く閉ざされた口を開く。ガロードは風で美しい髪をなびかせながら切なげな様子でアイリスに静かに問う。
「……お前にはいるか?心の底から誰よりも愛している男が……」
「……な、何を言って……」
「自分のすべてを賭けてでも手に入れたいそんな男だ。」
「へっ?!」
アイリスはいきなりのことに顔を赤面させ動揺する。しかしそんなこと関係なくガロードは話を続ける。
「……アイリス。お前のいう通り……昔、剣は私のすべてだった。だが出会ってしまったのだ。ある男に。」
「……ある男?」
「その男はこのトラモント王国からムーンアイランドにやってきた冒険家だった。……もう一目惚れだったよ。そして話していくうちに外見だけでなくその内面にも惹かれていき日に日に想いは強くなった。彼が欲しい、誰にも渡さない、私こそ彼の隣に立つにふさわしいと!だから私は頑張ったさ!……だが彼と結ばれたのは私ではなかった。結ばれたのは私の一番大切な親友のミコト=ミカヅキだった!!!!」
「……えっ?!今……!!今なんてっ?!」
「ミコト=ミカヅキよ……ミコトはムーンアイランドの王女だった!だから彼女なら彼にふさわしい……そう自分に言い聞かせた!我慢した!あきらめようとした!」
アイリスはまさかのことに言葉を失う。それからガロードは瞳に涙を浮かべながら想いを爆発させる。
「だがダメだった!!ある日見てしまった!その一番大切な人が私と初めて出会った場所でミコトにプロポーズして、そのあと駆け落ちするところを!!」
「!!!」
「なぜか彼らを追いかけることができなかった、足が一歩も動かなかった!!……なんで自分が選ばれなかったのだろう、なんでなんでなんでっ?!?!そんな気持ちばかりだった……私にとってやっぱり彼がすべてだったとその時わかった……だから他はどうでもよくなった!とりあえず人を沢山殺そうと思った!そうすれば怒りがおさまると思ったから!」
衝撃の理由にアイリスは目を見開く。それから少しの間、沈黙の空気となった後、アイリスは決心がついたのか自分の意見をガロードにぶつける。
「ガロード!!あなたは自己中心的よ!!大切な人が目の前からいなくなったからといって他の人の命を奪っていいわけないわ!!人の命はそんなに軽くない!!」
アイリスの想いに、ガロードは動じない。なにもかもあきらめたかのような表情で答える。
「……そんなことはわかってるさ。私が取り返しのない罪を犯したことくらいな。だが私は人の命を奪い過ぎた。もう後戻りはできないのだ!彼のいない世界を壊したい!そんな衝動が抑えられないのだ!」
「ガロード!!あなたは子供よ!!他人に当たってるだけじゃない!」
「うるさいっ!!無駄話がすぎたな!ここからはエネルギアを使った本気の勝負だ!!全力でこい!」
「言われなくても!!」
アイリスは目をつぶり集中する。それから一気にエネルギアを爆発させ、青白い月の光のオーラを全身と刀に纏わせるのだった。
「……その力、『満月』の波動か。遠い昔一度だけ見たことがあるがおまえもとはな!」
「そうよ!どうしたの?ビビったのかしら?」
「……いや。久しぶりに本気で戦うことができそうで嬉しく思っていたところだ。では私も見せるとするか。本気の力を。」
ガロードも目をつぶり集中する。アイリスと同じく一気に爆発させる。一瞬の眩い光の後、アイリスは目を開く。そこにいたのは全身に圧倒的な青白い月のオーラを纏うガロードだった。右手の通常の剣に加え、左手には青白いエネルギアでできた半月状の剣を持っていた。
「これぞ『半月』の力!!天下無敵の剣!!サイレントムーンセイバーだ!!」
「な、何っ?!『半月』の力ですって?!それに二刀流?!?!」
「いくぞ!アイリス!」
「くっ!!わ、私は負けない!!負けるわけにはいかないんだからぁぁーー!!」
ケイとハクが残り少ない敵を順調に倒していく一方、アイリスとガロードのエネルギアを使った本気の戦いがいよいよ始まるのだった。




