第123章「トラモント王」
玉座の間には、厳粛な沈黙が広がっていた。
高い天窓から差す陽光が、赤い絨毯を照らし、そこに跪くケイと立ち尽くすシルファの影を濃く映し出している。
王は深い眼差しでケイを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「ケイ。お前の勇気と働きは、この国の歴史に永遠に刻まれよう。シャドウナイトを退け、ダークネスジャイアントまでも倒した……その偉業は私の想像を遥かに超えていた」
「……」
ケイは黙って頭を垂れた。その背中を見ながら、シルファは誇らしさと同時に、どこか胸の奥にざわめきを覚える。
王はさらに続ける。
「褒美を取らせよう。望むものを申せ。財でも、領地でも、軍の指揮権でもよい。お前ほどの功績を立てた者には、いかなる望みも叶えられる」
一瞬、玉座の間が張り詰めた空気に包まれる。
ケイは静かに顔を上げ、隣に立つシルファを見た。
視線が交わる。彼女の頬が熱く染まり、かすかに唇が震える。
「……シルファ姫を。シルファを私にください!」
ケイの言葉に、玉座の間の空気が震えた。
「な、なんと……!」
王は驚きに目を見開いたが、やがて深く息をつき、笑みを浮かべる。
「……よかろう。この国を救った英雄にならば、任せてもよい。シルファを――頼むぞ」
「お父様……!!」
シルファの声は弾むように響いた。大きな瞳が潤み、頬が熱く染まっていく。
「本当に……本当に良いのですか!?わたしがケイと……!」
王はゆるやかにうなずいた。
「お前の幸せを願わぬ父がどこにおろう。ケイほど信じられる男もおるまい」
「……っ!」
シルファは思わずケイの腕にすがりつき、涙混じりに笑った。
「ケイ……聞きましたか? お父様が……認めてくださりました!」
「ああ!シルファ……!」
ケイは彼女の手を握り返し、深くうなずいた。
一方王はそこで表情を引き締める。
「――だが、それだけでは終わらぬ。私は決意した」
二人が振り返ると、王は深く息を吐き、広間に響き渡る声で言った。
「私は王を退く。――そしてシルファと結婚したその日より、ケイ。お前がこの国の王となれ」
「なっ……!」
「お父様?!」
王は静かに首を振る。
「私の判断の誤りで、民を危うく死なせるところであった。王としての責務を果たせなかった以上、もはやこの座に留まる資格はない……お前が王なら誰もが納得するであろう」
ケイもシルファも、まるで心臓が止まったかのように凍りついた。
「……私が、王に……?」
「ケイが……?」
二人の声が同時に重なった。
王は柔らかな微笑を浮かべる。
「お前ほどの英雄でなければ、今後この国を未来へ導くことはできまい」
シルファは驚きながらも、すぐに目を輝かせてケイを見つめた。
「……お父様!私もケイならきっと、この国を導けると思います!私も全力でケイを支えたいです!」
ケイは圧倒されつつも、真剣に彼女の瞳を見返す。
「シルファ……ありがとう。シルファがいてくれるなら、俺はどんな未来も恐れない」
二人の誓いを見届け、王は安堵の笑みを浮かべて玉座に身を沈めた。
「……ならば安心だ。この国はきっと、新たな光に満ちるであろう」
その瞬間、玉座の間に差し込む陽光が一層輝きを増し、二人を祝福するかのように照らし出すのだった。




