第120章「プロポーズ」
アクアは自分の言葉と行動に顔を真っ赤に染め、両手で口を押さえた。
「……っ、わ、私……っ!」
涙と混じった声を残し、そのままカーラ橋を駆け出していった。
「お、お姉ちゃん!待って!!」
「い、いや……いやや!な、何でそういうことするん?!ジ、ジ、ジブン!今何したかわかっとるよな?!?!どういうことか説明しーや!!アクアぁぁーー!!」
レイラとハクが慌てて後を追う。夕陽に照らされた橋に残されたのは、ケイ、シルファ、そしてアイリスの三人だけだった。
沈黙。
潮風が吹き抜け、波音だけが響く。
ケイは呆然としたまま、いま起きたことを整理できずにいた。
シルファも同じく言葉を失っていたが、ふと横にいるアイリスが膝を震わせているのに気づく。
「……あ、あれ……」
アイリスの声が震える。
そして、まるで現実を拒むように首を振った。
「……嘘……嘘よ……ケイが……アクアに……キスされるなんて……っ」
その瞬間、アイリスの顔が青ざめ、そして――
「う、うわあぁぁぁぁぁんっ!!!」
悲鳴を上げ、涙を零しながら駆け出していった。
「ア、アイリス!?」
ケイは反射的に呼び止めるが、足が動かない。追いかけるべきか、立ち尽くすべきか、その判断すら鈍ってしまうほどに胸が乱れていた。
残されたのはケイとシルファ。
シルファは両手で顔を覆い、声を押し殺すように泣いていた。
「……やだ……いや……」
「シ、シルファ……?」
「ケイが……ケイがアクアにとられるなんて……そんなの、いやぁぁぁぁぁ!!!」
彼女は堰を切ったように泣き崩れ、ケイの胸に縋りついた。
肩を震わせ、涙で服を濡らしながら叫ぶ。
「ケイは私の……私の大切な人なのに……!なんで……なんでみんな……盗ろうとするんですか……っ!どうしたらあきらめて……」
シルファはケイの胸に顔を埋めたまま、涙が止まらなかった。
「……ぐすっ……いやぁ……ケイを誰にもとられたくないです……っ」
その声に、ケイはそっと彼女の背中に手をまわす。
しばらく抱きしめた後、彼は決意したように顔を上げる。
「……シルファ。ちょっとついてきてくれないか?」
「……え?」
シルファは涙で濡れた瞳を潤ませたまま、こくりと頷いた。
----------------------------
カーラ橋から歩くこと十五分。
夕陽の余韻が残る空の下、二人が辿り着いたのは――見渡す限りの向日葵畑だった。
「……ここは……春なのに向日葵……」
驚きに声を失うシルファ。
ケイは少し照れくさそうに笑った。
「前にここに来たとき偶然見つけたんだ。不思議だよな……この時期に咲く向日葵とか……誰かの自然を操るエネルギアによるものなのかもな。綺麗だろ?」
シルファは頬を赤らめ、俯く。
向日葵たちは西に傾いた光を受けて黄金色に輝き、まるで彼らを祝福するように風に揺れていた。
少しの沈黙の後、ケイは真剣な眼差しでシルファの手を取った。
「なぁシルファ」
「は、はい……」
「お前が泣いてるのを見て、胸が苦しかった。俺は……誰も泣かせたくない。でも、一番泣かせたくないのは……お前だ。シルファなんだよ」
「……ケ、ケイ……」
「だから、俺の隣にいてくれ。これからの人生、お前とずっと一緒に歩きたい!お前をずっと守りたいんだ!」
ケイはひざまずき、向日葵の海の真ん中で彼女に誓うように言葉を紡ぐ。
「――シルファ。俺と結婚してくれないか?」
「……ふぇっ……?!?!」
シルファは目を見開く。今ケイは何を言ったのか少しの間理解できなかった。
--今ケイ……なんて……?結婚してくれって……?誰と……?私と……?……えっ?
そして徐々に今言われたことが夢ではないことがわかる。彼女は震える唇を押さえ、瞳から、再び涙が溢れる。けれど、それは悲しみではなく喜びの涙だった。
「はい……!ケイ……わたしも、大好きなあなたと一緒にいたい……!死ぬまで……生まれかわってもずっとずっとあなたの隣にいたいです!!」
二人を包む風が強く吹き、無数のひまわりが一斉に揺れる。
その音はまるで祝福の拍手のように響き渡った。
「シルファ!!ずっとずっと愛してる!!」
「うわぁぁぁん!!ケイ!!」
ケイは立ち上がり、号泣するシルファを抱き寄せる。
沈みかけた太陽の残光の中、二人の影が重なり合う。
それからシルファは今までで最高の笑顔でケイに想いを伝える。
「ケイ!」
「なんだ?」
「私世界一幸せです!大好きな人とこうして一緒になれて!!」
「シルファ……バーカ、それは俺のセリフだっての」
この日の事を一生忘れることはないだろう、そう二人は想い続けるのだった……




