第119章「波間の愛言葉」
サンクチュアリ・サンセットによる夕陽の荒野もケイが能力を解除したことで、元の空間に戻る。たが技の影響なのか時刻は真夜中だというのに夕陽がこれでもかというくらい光輝いていた。そんな中だった。
「二人とも来なさい!!!」
「ケー君!ちょっと話があるんやけど!!!」
「な、なんだよ……急に」
「ア、アイリス!ハク!」
皆が祝福ムードの中、ケイとシルファの手を引っ張り連れていこうとするのはアイリスとハクだった。二人とも顔を赤らめ、涙を瞳にため、大層ご立腹の様子だった。誰かが「修羅場、修羅場!」となにやら楽しそうに呟く中、ケイとシルファは二人についていく。
四人が向かったのはカーラ橋。もともとトラモント王国でも世界一美しい夕陽を見ることができる観光名所として有名だった。ダークネスジャイアントが暴れたおかげで今は半壊しているが。
そして今その半壊したカーラ橋の上に立つ四人を、真っ赤に染まった夕陽が包んでいた。
遠く水平線の向こうへ沈みゆく太陽が、海面を黄金に輝かせる。
しばらく黙ったままのアイリスとハクにケイがおそるおそる声をかける。
「えーっ……と、これはどういう状況?」
その言葉にアイリスは反応する。そして涙を流しながら想いを叫ぶ。
「絶対認めないから!!!!!」
『……へっ……!?』
ケイとシルファはその一言に目を丸くし同時に驚きの声をあげる。それからアイリスはケイに近づき、胸ぐらを思いっきり掴む。
「ア、アイリス……なにをしてるんですか!!」
「シルファうるさい!!」
シルファが止めにはいるがアイリスは止まらない。顔を赤らめ感情を爆発させ、ケイを真っ直ぐ見つめはっきりと忠告する。
「……ケイ!もしシルファを選んだら私、本当に死ぬから!!」
「は、はい……っ??死ぬって……い、意味がわか……らん!と、とりあえずアイリス、はな……離して……くるじい……けほっ」
「そ、そうです!アイリスやめて下さい!……ケイから離れなさい!!」
シルファの言うことなど耳を貸さずに、アイリスは自分の全てをケイにさらけ出す。その表情は本当に心から想っている様子だった。
「だって……だって私がもう生きてる意味ないもん……大好きなあなたを他の女にとられたら……私はもう生きていけない……だからケイは私のものなんだから!!!!」
『!!!!』
アイリスが暴走する中、会話に交ざるのはハクだった。アイリスの「ケイは私のものなんだから」という言葉が気に入らなかったようだ。ハクはアイリスをケイから無理やり引き離し、顔を真っ赤にし涙を浮かべケイに抱きつく。
「い、痛い!!なにすんのよ!!ハク!!ケイから離れなさい!!」
「いやや!ア、アイリスはケー君に相応しくない!!幼なじみのウチが絶対ジブンだけは認めんから!!」
「な、何ですって!?!?だいたい何でハクが邪魔するのよ!?あんたただの幼なじみでしょ?!」
「なぁっ?!」
今度はアイリスとハクの喧嘩が勃発。今度はアイリスがハクをケイから無理やり引き離す。お互いにこれまで言いたかったことを全て吐き出す。まさに醜い女の戦いだった。
「あんた素直じゃないもんね!!本当はただの幼なじみとしてみてないんでしょ?!いやらしい!」
「な、な、何いうとるん?!ドアホ!!ウ、ウチはケー君の保護者みたいなもんやから!!保護者が心配するのは当たり前やろ?!だいたい……いやらしいのはアイリス、ジブンやんけ?!」
「は、はぁ?!?!私の何がいやらしいのよ!!」
「へぇ……それは言っていいってことやな。ウチはアイリスの秘密、知っとるよ!?」
「な、なによ?!それ?!」
「ケー君の写真をウチの部隊の女子にお金払って撮ってもろてるんやろ!!しかも最近どんどん過激な写真を要求しとるらしいし……そっちの方がいやらしいんとちゃうか?!ホンマ陰湿でキモいで!もう裸みたいんやったら堂々と覗きに行きや!!そっちの方がよっぽど潔いわ!」
「な、な、なぁ?!バ、バカぁぁ!!ケイの前でそんなこと言わないでよ!!!!」
アイリスはハクに恥ずかしい事実を暴露され、顔を真っ赤にしながらハクの口を無理やり塞ごうとする。
シルファは顔を真っ赤にし口を押さえる一方、ケイはというとアイリスに若干ひいた様子で言葉を失っていた。
そんな時……
「み、見つけた!ケイぃぃーー!!」
大喧嘩をしている中、四人は聞き覚えのある別の声が聞こえる。その方向を振り向く。アクアとレイラだった。
「アクア?!レイラ?!ちょっ!?アクア?!」
「二人ととも……ふぇっ……?!」
ケイとシルファはアクアのまさかの行動に目を見開く。ケイにいきなり勢いよく抱きついたのだった。
『えぇぇぇぇぇぇぇ~~!?!?!?』
こんな大胆なことをするアクアをこの場にいた皆、初めてみたからなのかこれでもないくらいの動揺した悲鳴をあげる。レイラにいたっては口をパクパクさせながら戸惑っていた。
「ア、アクア!ダメです!ケイに抱きつかないで下さい!!」
「お、お、お姉ちゃん……なんて大胆……羨ま……ケホン、ケホンっ!!」
シルファの必死の懇願にもアクアは応えず、ケイだけを真っ直ぐ見つめる。辺りが静まりかえる。緊張感のある中、ここからは二人だけの会話が始まるのだった。
「ケイ」
「ア、アクア?どうしたんだ?珍しいなお前がこんなことをするなんて」
「あの時……私を庇って大怪我したでしょ?……それで心配だったから」
「……そのことか。大丈夫だぞ。もう傷痕も残らないくらい完治した。うちの凄腕ハイヒーラーのおかげだな」
「……よかった……ごめんなさい……私のせいで」
「いや俺のことは気にすんな。それよりアクアに怪我がなくて本当によかったよ」
「っ!!気にするわよっ!!わ、私なんかのために命をかけるなんてバカよ!バカ!!」
「バカじゃねぇよ。前も言ったろ?私なんかって言うなよ。お前は過小評価しすぎなんだよ。他の人は知らなくても俺はアクアの良いところ沢山知ってるぞ。だから今回身体が勝手に動いてしまったんだと思う。お前には生きていてほしかったから」
ケイはアクアの目を真っ直ぐ見て、優しく微笑む。その表情にアクアはドキッとする。心臓の鼓動が一気に高まるのが自分でもわかるほどに。
ーーどうしてあなたは私にこんなに優しいの?自分より私が大切なの?
そう想うと同時に涙が溢れた。この優しさを一人占めしたい、誰にも渡したくない、そんな欲が沸き上がる。
そしてアクアは顔を赤くし、ケイの目を真っ直ぐみて呟く。
「……限界……ずるいわよ……その優しさは……」
「ん?」
「今なら……ケイ……」
呼びかける声が、風に溶けていく。彼の瞳に、沈む夕陽の赤が映り込む。
アクアは自身の顔を彼に近づける。
言葉よりも先に、感情があふれて。
彼の驚いたように見開かれた目を見つめながら、そっと唇を重ねる。
潮の香りと夕陽の温もり、そしてケイの存在――すべてが混じり合い、世界が一瞬、静まり返った。
唇が離れたとき、アクアの頬は夕焼けよりも赤く染まっていた。
「……好きだよ、ケイ」
波がカーラ橋の下でやさしく打ち寄せ、その告白を祝福するように響いた……




