40話「愛の力とお化け屋敷
詩織は受付の前に立つ潤を見上げる。
「潤先輩、どうしてここに? 」
「どうしてって……たまたま怖いと評判のお化け屋敷に行きたいと思って来てみたらいたからさ」
「と言うことはたまたま来て、そしたら桜木さんがいたってことですか? それって凄い偶然ですね! 」
先程の約束を守ろうとしているのであろう、未来が偶然を強調する。未来は口数の少ないイメージがあった詩織はこれには面食らった。
「そうだね」
何とか相槌を打つと潤は詩織を見つめにこりと笑う。
「それじゃあ偶然ついでにお化け屋敷に付き合ってもらおうかな? 」
「え? 」
意外な提案に詩織は目をぱちくりさせる。
「だって1人で行くのも寂しいだろ? 」
「そもそもどうして1人で来たんですか? 」
「それは詩織と入るためさ」
……最初からワタシとお化け屋敷に入るつもりだったんだ。
自由奔放な物言いに圧倒されていると潤がお金を2人分置き懐中電灯を取った。
「それじゃあ行こうか」
「あの……」
潤は『運命の人』だということを思い出し、『ワタシは暗いのが苦手で』、そう言おうとした口を閉じる。
……きっと潤先輩には何か考えがあるんだよね?
潤を信じ詩織は立ち上がった。
「じゃあ、お願いします。あ、お金……」
「俺が出すよ、誘ったのは俺だから」
その言葉で財布を探す手を止め会釈をすると潤の横に並ぶ。
「それでは頑張っていってらっしゃい! 」
未来の応援と見送りが入り混じった言葉と共に彼女の手でドアが開かれる。途端に詩織の視界に暗黒の世界が飛び込んだ。すかさず潤が懐中電灯のスイッチをオンにすると暗闇に一筋の光が差し込んだ。
……大丈夫だよね、小さいけど懐中電灯もあるし。
懐中電灯の光でもなお存在する暗闇を前に不安に駆られた詩織は思わず身震いした。その様子を見た潤が詩織の肩に手を置く。
「大丈夫だよ、俺がついているから、行こう」
……そうだよ、潤先輩はワタシの『運命の人』なんだから。絶対に大丈夫!
詩織は自分に言い聞かせるように深呼吸をすると大輝と共に一歩踏み出した。
〜〜
お化け屋敷の中は詩織達の努力の甲斐あってか入口以外は一切光が差し込まなかった。詩織は暗闇の中を恐る恐る進む。1メートルの距離が何十メートルにも感じられた。
「怖かったら掴まっていいよ」
懐中電灯をこちらに向けながら潤が言う。詩織は「ありがとうございます」とお礼を述べながら大輝の腕を掴んだ。暗闇の中、大輝のガッシリとした腕は詩織に安心を与えた。
「それじゃあ行こうか」
「え、はい」
いつの間にか足を止めていたことに気が付いた詩織は彼に倣い歩き出す。詩織は暗闇への恐怖からかここがお化け屋敷だということを忘れていた。
「お、何かあるぞ」
潤が言葉と共に懐中電灯をそちらに向けると見慣れた木製の台座が現れた。
……ワタシ達が作ったところだ。
台座を見て瞬時にここに3人で作った台座と血で脚色したマネキンが並んでいることを思い出す。
……どうしよう、先輩に話すべきかな?
詩織は一瞬仕掛けをバラしてしまおうか悩むもここがお化け屋敷だということを考えネタバレという興が削がれる行為はやめようと決めた。
それが今後の運命を左右する重要な選択だったと知らずに。
「おっ、何かあるぞ」
詩織が見守る中、懐中電灯の明かりが上に移動し台座の上にあるマネキンを照らし出す、そして次の瞬間、まるで人の生首のように作られたマネキンが照らし出された。
「うおっ」
潤が驚きの声をあげ、次の瞬間……
カン、カラカラカラ。
潤の腕を離れ自由になった懐中電灯が回転をしながら落下し音を奏でると同時に灯りが消えた。
「しまった、電池が外れたか」
そんなちょっとしたミスのような潤の軽快な言葉は詩織には届かなかった。
……身体が動かない。
突然現れた暗闇への恐怖により詩織の足から力が抜け、ダンボールの床に倒れる。
「詩織ちゃん! どうした」
潤が叫びながら駆け寄るも詩織は身体を動かすことも声を出すことも出来なかった。
……明かり、明かりを。
詩織の願い虚しく潤が懐中電灯を手に取る気配はない。やがて恐怖から詩織が気を失ったその時だった。バン! と大きな音と共に明かりが室内に差し込んだ。




