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「偉大なソフィアはちっぽけなフィア」 ~白き乙女と言われたとある少女の物語  作者: 瑞月風花
エピローグ『戦の果てに残ったそれは』

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戦のあとに残ったものは➀

 

 ――この戦に関するすべての責は私にある。

 だが、お前が恨みにその刃を向けるのならば、私はこの国の王として罪を問わねばならない。よく覚えておけ。


 死を恐れたわけではない。

 もちろん、フィアがくれたリリカの花も押さえにはなっていた。しかし、実際はあの日の夜に下されたバルジャミンのこの言葉が、オズワルトを『オズ』としてつなぎとめていたのも確かだ。


 客観的になれということ……。オズワルトが冷静でいられた理由は、実にこれに尽きるのだ。オズワルトはティリカを守るティリカの兵だ。泣き崩れた母とは違い、立場があり、姉の真実も知っていた。


 垂れ幕のない幌馬車から見上げた青い空には、白い太陽が燦々と輝いていた。

 幌付き馬車に揺られるのは何年ぶりだろう? しかし、竜討伐の時のように危機迫った状態でも、絶望の中、未来を悲観しながら戦地へ向かうものでもない。


 ヒェスネビからのその帰り道。オズワルトの手には黄色い花がある。どんな荒地にでも根を張って咲くことの出来るヒェスネビの花だった。希望の花とも呼ばれるものだ。そのオズワルトの前に座るのは、おそらくヒェスネビの一家だ。子どもが二人、母親にもたれて居眠りをしていて、父親がどこか祈るように、額をその組んだ手に載せていた。ティリカへ仕事でも探しに行くのかもしれない。


 国交もほぼ正常になっている。しかし、ヒェスネビ皇国が他国への賠償金をまだ払い終わっていない点で、国は貧しい。ヒェスネビの民がこうして仕事を求め、ティリカへ向かうことも多い。ティリカは元来懐の大きい国だ。しかし、国としては歓迎していたとしても、ティリカ全域で歓迎されるかと言えば、『否』だった。居付いた場所によるし、出会った者との相性や、彼らの人柄に大きく左右されてしまう。しかし、オズワルトは、その揺れの気持ちよさからか、その家族に声をかけていた。

 そう、重たい気持ちを抱えて行った往路に比べると、どこか気持ちが軽い。


「ティリカへ?」

「はい。まだあの状態ですので、仕事がなくてね」

 父親らしき男が丁寧に答えてくれた。

「そうですね」


 ヒェスネビから同じ馬車に乗ったオズワルトのこともきっと、同じヒェスネビの者だと思ったのだろう。確かに、オズワルトの出身はヒェスネビであり、あちらの雰囲気を持つ顔をしているのだから、それも仕方がない。

 黒髪に茶色の瞳が多いのだ。

 ヒルダもそうだった。


「まだ爪痕がね……人間じゃどうしようもない」

 ティリカ軍や竜がというよりも、魔女の被害が大きかったのだ。まだ魔力が抜けきっていない場所もあり、時折、びっくり箱のように小さなキメラが飛び出すこともある。

 いたずら程度の呪いだが、おかげで商品にいたずらが多く、上手く商売ができないところもあるらしい。

 ただ、幸か不幸かそのおかげでどの国もそんな呪われた土地を占領しようとはしなかった。そのおかげで、土地を賠償として使えなかった。

「お互い大変ですよね」

「そうですね」

 ティリカの人間だということは、伏しておいた。


 ヒェスネビへ向かった理由は、見たこともない『妹』に会うためだった。住所は分かっていた。そう、その住所が書かれた手紙によって、密偵疑惑がヒルダに繋がったのだ。

 そこには拙いヒェスネビの文字でこう書かれてあったのだ。


「おねえちゃん、いつもおてがみありがとう。おねえちゃんのてがみのあとは、いつもおとうさんがにこにこしています。おいしいものもたくさんかってくれます。おねえちゃんのおかげです」


 寛容に受け止められる時期ではなかった。弟のオズワルトでも警戒しただろう。

 しかし、この差出人はただ正直だっただけ。

 偽りがあったのは父からの手紙の方だ。ヒルダの部屋から数多く出てきた方。

 だから、着任前にオズワルトがベルナンドに呼び出されたのだ。


「今朝、ヒェスネビからの手紙がヒルダ宛に届いた。ヒルダはずっとアザルアに暇を願っていたそうだ。関係ないと思いたい。まだ確固たる事実はないんだ。妹が姉に向けた手紙というだけで。今こちらの手にある手紙だけなら、なんとかできるから。だから、ここに、城に残るように説得して欲しい。彼女を太子付きに戻す」


 あれはあの時のベルナンドがバルジャミンから引き出せる最大の譲歩案だったのだろう。方針は決まっていたのだろう。だから、影でしか動けなかった。公に護る方法は、ヒルダをベルナンドの管理下に置くことだけだったのだろう。


「ヒェスネビに行くつもりかもしれない……。それまでに弟の君を呼び出すこともあるかもしれない。もし、彼女に会えたら、暇は認めない、帰って来いと伝えて欲しい。力は尽くすから……ヒェスネビとの関係はもう戻らないから……」


 それなのに、逃亡の恐れありとされたヒルダの部屋からは、証拠とも言えそうな手紙がたくさん残されていたのだ。全部後から聞いたこと。

 あのサーカスの日。ベルナンドは知っていたのだ。ヒルダがもう逃げられないことを。そして、オズワルトの家族へ及ぶ影響を考えたのだ。きっと。

 だけど、望みもかけていた。

 どう転んだとしても、ヒェスネビがティリカの国境を越える日は、あのサーカスが最後になるだろうと。ヒルダは、正攻法での国外逃亡はできなかったのだから。オズワルトがその姉に出会ったのは偶然だった。しかし、考えれば、それが最後の機会だとも分かっていた。


 いてほしくなかった。


 それは、おそらくベルナンドも同じだっただろう。

 あのキメラの前に立つヒルダを見つけた時、彼女はそのキメラの前で心を凍らせて、立っていたのだ。蠢く腹の中には、彼女の罪が詰まっていた。明るい姉からは想像つかないくらいの陰があった。

「姉さん……」

 その声にヒルダがいつもの優しい微笑みをオズワルトに向けて、「……捕らえに来たの?」と続け、そのまま天幕の奥へと歩き始めた。だからオズワルトは遠くなるその背に伝えた。


「違う」

 ここはもうすぐティリカ兵で溢れる。フィアとベルナンドの名前も出した。ベルナンドが守ってくれるとも、戻ろうとも伝えた。

「だから、まだ間に合うから」

 しかし、彼女がくれた答えは「ティリカには、もういられないの。帰れない」だった。鳥の羽ばたきが聞こえた。

「元気で……」

 その後に言葉が続いたのかどうかは、分からない。

 ベルナンドの矢が終わらせたのだ。


 別の言葉を選ぶことが正解だったのだろうか……。力尽くでも、その腕を引っ張れば良かったのだろうか。倒れた姉に駆け寄ったまま、見下ろすしかできなかった。何もできなかった。そんな自分が触れてはいけないような気がした。

 そして、足音に気付いた。フィアが姉と同じようにそのキメラのお腹を見つめて、立ち尽くしていた。


 ただ、ベルナンドを庇いたいと思ったのだ。

 フィアはベルナンドと同じで、魔法のにおいで個人を特定できたから。

 フィアにベルナンドを嫌いになってほしくなかった。フィアは関係ないから。

 オズワルトは咄嗟に自分の刀を抜いていた。

 そして、叫ぶフィアを無視した。


 サーカスにいた奴らはほとんどが処刑されて、国にも返されず共同墓地へ埋葬された。ベルナンドが()たなくても、同じ運命だっただろう。どこの誰とも分からない、そんな奴らと共に大きな穴に捨て置かれていたかもしれない。

 家族にも波及したかもしれない。


 オズワルト達は、ティリカの人間ではないのだから。

 きっと、……同じだった。

 頭では分かっていた。


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