偽物の竜
もう一か月ほど歩けば、オズワルトがいる場所くらいには着くのだろうか? フィアはそんなことを思いながら、赤いティリカの資格証と共に名乗った。
「国指定魔法使いのフィアです。竜の後始末に参りますので、しばらくここでじっとしていてくださいね」
やっと住民たちを誘導し終わり、戻ってくると町のど真ん中に墜落した真っ黒な竜の上にいる猫耳少女が、嫌でもフィアの目に入った。
まっすぐ歩いたおかげで国境へは近づいてきている。だから、竜の被害はもっと増えてくるかと思っていたが、以前とそれほど変わらない。それよりも、少なくなっているようにも思えた。
やられた町というものに遭遇しないのだ。
半分はアリアのおかげかもしれない。
「アリア。こっちも終わったよ」
その声に振り向きもせずに、アリアは風の匂いを嗅ぎながら、物思いに耽っているように思えた。珍しい光景だった。アリアは真っ黒に焦げている竜に乗って、ぼんやりと空を見ながら。いつもは、なんだか騒がしいのに。そして、突然叫んだ。
「ねぇ、最近この竜の被害多くない?」
見下ろされたフィアは、自分の感じ方を素直に伝える。
「そうかなぁ。むしろ少なくなっている気がするけど」
その返事にアリアがムッとする。
「数じゃないわよ。前まではほとんどがキメラだったじゃない? もっと前は本物の竜。最近はこの偽竜」
「偽?」
「そうよ」
そして、ふふーんと言いながらその黒焦げ竜の背から飛び降りた。そのしなやかさは、やはり猫のよう。さらに、その竜を黒焦げにしたのもアリアだった。本当に一瞬だった。
町を襲いにかかる前に、「鬱陶しいわね」と一言。まるでハエでも振り払うようにして、燃やしてしまったのだ。フィアがしたことは、その墜落物からの被害を避けるために人々を誘導しただけ。広場にいた人達に、大声で『竜が落ちてきますっ、こちらへ』と叫んで、避難させただけ。その時も一応、資格証を翳した。
そう、怪しい者ではありませんの証明。
しかし、アリアがいてくれるとフィアの仕事はある意味楽になっている。
「知らなかったの?」
「うん……知らなかった」
そして、ポチを乗せた仔牛がやってくる。ディケだ。大きくなってきて犬じゃ無理ということになったのだ。一か月経っていないのにこんなに大きくなるなんて、こちらも、知らなかったし、思いもしなかった。
「ディケもそうよ」
「嘘っ?」
驚いたフィアに、アリアが今度はにんまりと笑った。頭を摺り寄せてフィアにご飯をねだる姿は、確かに竜ではなく、犬か猫。
「気高き竜がそんなに人間に懐くわけないじゃない。要するにあんたに餌付けされてるの。それに、本物がこんなにちゃっちい魔法で死ぬとでも思ってたの? 本来の竜ならあんたでも苦戦するわよ。もちろん、あたしでも。そうねぇ、このくらいの小型だったとしても五分はかかるわ」
そう言いながらディケの頭を精一杯の背伸びで撫でているアリアが、真剣な表情でフィアに尋ねた。
「この竜ってどこのか分かる? ずっと竜退治しているフィアは知ってるんでしょう?」
知っているかと問われれば、分からないとしか言えない。
「これは、魔女倫理委員会にかけなければならない事案よ。数匹なら見逃せるけど、禁忌その一のその二に引っ掛かってると思う」
しかし、自然の竜ではなく、造られた竜なのであればそれはヒェスネビが仕掛けていると言えた。
竜の巫女を使い、竜を操り町を襲わせていた。
キメラを造り、竜の巫女を集めていた。
「確信はないけど……たぶんヒェスネビ皇国がティリカへの攻撃の一つとして使ってると思ってる」
確信はない。竜にヒェスネビの文様があるわけでもないし、そんなものを造っているということも聞かない。聞く術もない。こういうことは、ベルナンドやオズワルトなら、はっきりとした答えをアリアに渡せるのだろう。
フィアのそれは憶測よりももっと確信のない、想像の域を出ないもの。噂くらいの、そんなもの。
「でも、本当のことは分からないのよ」
「いいの。確信の部分はあたしたちが調べればいいんだから、絞ってくれるだけで。ふわふわしていてどこに辿り着くか分かんない人間なんて基本信用してないわ。そうね、確かにヒェスネビとティリカはずっとケンカしてるわ。大して興味もなかったけど。魔女なんていつもケンカしてるから、気にもしてなかった」
アリアは言う。
禁忌その一は数を縛るな。
確かに手懐けているのだとすれば、相当な竜を縛っていることになる。
禁忌その二、『新』の開発はまず報告。
報告するだけで、別に禁止はしていないらしい。その辺りはそれぞれの魔女の倫理感に依ればいいそうだ。
「別にこそっとしている分には、人間であろうと魔女であろうと口出ししないんだけど。これだけ目立つとねぇ。魔女会でも竜の被害は問題視されてるのよねぇ……。いろいろな素材が壊れるでしょう? それに、最近竜の劣化素材の詐欺に遭ったと叫んで五月蠅いのもいるのよねぇ」
特に重要感もなく言いながら、アリアは黒焦げの竜に触れ、木っ端みじんに、粒子のごとく、風に飛ばしてしまう。見慣れてはきたが、やはり畏怖という感情がフィアの中に渦巻くのは確かだ。
「アリアって、すごいね」
「えぇ、一応受付を任されるくらいは、強いのよ。いろんな奴がくるからね」
そして、ふとディケを見て心配になった。まん丸こい瞳で「お腹減ったよ」と訴えてくる存在だ。
「アリア、ディケは私の友達だから」
「心配したの?」
そんなこと当たり前なのに、アリアがけらけら笑った。
「こいつらが偽であろうと本物であろうと別に興味ないわ。目障りだったら炭にしちゃえばいいんだから。恐れることもない。それに、あたしが一緒にいたのは、ソフィアの使い魔のくせにのフィアが面白いからと、ソフィアのことが分かるかと思ったからよ」
ただ、縛ってる奴らが気に食わない。
アリアは静かに地面を睨み付け、大きなため息をついた。
「お腹減った。ごはん食べたい」
そのアリアが雰囲気を変えた。いつもの幼い少女に戻る。
「そうね」
町はちょっとつぶれてしまっているけど、壊滅じゃないし、食べ物くらいはくれるかもしれない。
そして、思った。
確かに人間って勝手なのよね。物差しの尺度が時と場合でいつでも変わってしまうから。
壊滅状態の町を救えば神様のごとく感謝される。
だけど、竜に襲われる前に、町を助けるために壊してしまうと、感謝どころか罵倒されることもあるのだ。しかも、アリアが討伐すると竜の貴重な素材すら残らない。
助けなければよかった……とまでは思わないけど。確かに人間なんてふわふわしているのかも知れない。この辺りは戦場に近いから、物資が滞っていてイライラしているのかもしれないけど。
壊れた場所を造り直すにも、人手もない。
もちろん、魔女のアリアならなんとか出来るのだろうけど。彼女は絶対にそんなことしない。そんなこと頼みでもすれば、彼女が『面倒くさい奴ら』と言って人間を焼き尽くしそうだ。
初めに会った頃よりも、瞬間性はないけれど。
「ほんと、『国指定魔法使いの資格証明書』が役に立つわ」
しかし、これを見せるとほとんどの者が掌を返す。だけど、この国指定の魔法使いという言葉はフィアにしか付いていない。この『指定』という文言が付くのは、魔女に対してだけ。
フィアは、正規の国の魔法使いじゃない。だから、白いローブも持っていない。草木染めのローブと、キャメルのマント。それぞれに魔力を籠めているから、頑丈だし汚れにくいからいいのだけど。
しかし、ティリカの深紅に白い十字の四方星。縦長のひし形を重ねたような文様には、フィアを守る権威がある。
太陽の光と白き乙女の放った救世の矢を意味するその形。
これまで取り上げなかったのは、ベルナンドの優しさだったのだろうか。
青い空に浮かぶ白い太陽。フィアはその力の一部だけを持っている。
だけど、ソフィアもベルナンドもそこにあるような気がする。
そして、その白き光はいつも希望と絶望を与える。フィアの力はとても小さい。まだ、その光には届かない。まだ、守られなければ、進むことすらできない。
フィアは太陽を見るたびにそんな風に感じてしまうのだ。














