73.もぐらっ娘、お願いされる。
――次の日。
ぺティーがいってたとおり代理の女性職員さんがきてくれたので、その日はその人と野菜を売りさばいた。
てか、ぺティーに続いて無償で売り子を手伝ってもらうのは忍びなかったので最初は断ったんだけど、「そんな畏れ多いことできません!」って食い気味で断り返されたし。
しかも彼女、私を貴族かなんかと勘違いしてる感じだった。終始ペコペコされ続けてどうしたらいいかわからないし、逆にこっちが気を使ってものすごい疲れた。
そんでもって妙なことは続くものらしくて、露店で後片づけをしてるとユイがやってきた。
「アラクネ会長から伝言よ。〝仕事が終わったら会長室までくるように〟ですって。あなた、また悪事を働いたわね? 誤魔化さず、しっかり誠意をもって謝りなさいよ」
「……」
最初から犯人扱いとか、ひどくない?
私、泣いちゃうよ?
ぐすん。
「いや、でも、会長からの呼び出しか……」
できれば無視したいけど、残念ながら私にそんな勇気はない。
片づけを終え、飼い犬の如く従順さでギルドへ向かう。
会長室の扉を優しくノック。
コンコンコン。
「エミカです、会長い――」
――ガチャ!
「待ってたわ、モグラちゃん。さー、入って入って!」
お伺いを立てる前に会長室の扉は開いた。そのままアラクネ会長に背中を押される形で応接用のソファーに座らされる。
「あ、あの、これは……?」
以下、状況を説明。
①隣の席には白髭を生やした穏和そうな〝お爺さん〟。
②目の前のローテーブルには美味しそうな〝ケーキ〟。
③私、困惑中。
――以上。
「あ、モグラちゃん、そのケーキ食べていいわよ」
「へ? いいんですか!?」
「もちろんよ、モグラちゃんのため、わざわざローディスから職人を呼んで作らせたんだから。ほら、最高級の紅茶と一緒にどうぞ」
「わーい!」
紫のブドウに、赤と黒の数種類のベリー。
彩り豊かな果物がたっぷり乗ったケーキ。
しかも、ワンホール丸ごとだった。ドーンと、置いてある。
「しゅ、しゅごい! 宝石みたいにキラキラ輝いてる!!」
「ささっ、遠慮なくバクバクいっちゃいなさい」
テーブルの上にフォークしかないのは、このまま切らずに召し上がれってことみたい。
いや、ホールごとって! お城でもケーキは出てきたけど、さすがにこんな贅沢な食べ方はできなかった。
「ごくり……」
あ、もうダメ!
我慢できない――!!
「いったっだきまーーす!」
「……」
「うわ、ウソ!? 何これ美味しい!」
「……」
「甘い! 甘いけど、なんてお上品な甘さっ!!」
「……」
「しかもフルーツの酸味で後味すっきり!!」
「……」
「これならなんホールだっていけちゃうよぉ~~!!」
――もぐもぐっ!
――バクバクバク!!
「 」
「え? 今、何かいいました会長?」
「なんでもないわ。ところでモグラちゃん、最近あなた市場で野菜を売ってるそうじゃない。もう新しい仕事をはじめてるなんて偉いわ」
「いえいえ、私なんて何も。色んな人に手伝ってもらったおかげです」
「そういえば、野菜は教会の子たちと一緒に育ててるって聞いたけど」
「あ、はい。まー、一緒にというか、最近は丸投げして任せちゃってますけどね」
「それじゃ、モグラちゃんは売るのが担当なのね。ふーん……」
どうやら会長は私の新しい仕事に興味があるみたいだった。そのあとも根掘り葉掘り、質問攻めにされたけど、別に悪いことをしてるわけじゃないし、私は魔力栽培のことも含めてすべてを堂々と話した。
「なんならモグラ農場で採れた野菜、今度会長のとこに持ってきましょうか? どれも新鮮で美味しいですよ」
「あら、それは楽しみ。どんな野菜があるの?」
「最近は珍しい種も集めて色々植えてるんで、アリスバレーで手に入る野菜ならほぼなんでもありますよ」
「へー、すごい。野菜以外には何か育ててるの?」
「野菜以外なら観賞用の花とか、あとは〝小麦〟ぐらいですかねー」
「「………………(にやり)」」
それは、私が〝小麦〟と口にした瞬間だった。アラクネ会長と白髭のお爺さんは互いに目配せすると邪悪に笑った。
――ゾクッ。
あれ、なんか悪寒がする。
夏なのに、カゼでも引いた……?
「ねえ、モグラちゃん、私たち友達よね?」
「え? いきなりなんですか? と、友達……? えっと、私たちそんな間柄ではないような……」
「そうね。もはや〝親友〟と呼べる関係性だったわね」
「……」
「ねえ、モグラちゃん、親友である私からお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……」
「聞いてくれるわよね?」
「あ、あの、会長……それは聞いたあと、断ることが許されるタイプのお願いでしょうか……?」
「モグラちゃん、ケーキ食べたわよね?」
「え?」
「モグラちゃん、ギルドに借金あるわよね?」
「……」
どうやら断れないタイプの〝お願い〟らしい。
そして、人はそれを〝命令〟と呼ぶ。
「あ、そうだった。紹介が遅くなったわね。今、モグラちゃんの隣に座ってる爺さんだけど、それね、アリスバレー商会の〝代表〟だから」
ほんと遅い紹介だった。
てか、代表って商会のトップってことだよね?
めちゃくちゃ偉い人じゃん……。
「紳士っぽく見えるけど中身は最凶にあくどい商売人よ。気をつけて」
「ほっほ、これは手厳しいですね。エミカ・キングモールさん、貴女様のお噂は兼ね兼ね。私はロートシルトと申します」
「あ、はい。初めまして……」
「こうやってお近づきになれたこと、とても光栄に思います」
ものすごく自然に握手を求められたので、恐る恐る爪で応じた。
でも、噂ってなんだろ?
私の噂とか、ロクなもんじゃなさそうだけど……。
あ、というか私、今〝ギルドのトップ〟と〝商会のトップ〟がいる場所に同席してるのか。権力の権化みたいな人たちに囲われちゃってるわけだね。うん、もう遅いけど今さらながらにヤバい予感がピークに達してる。マジで逃げ出したい。
「で、お願いなんだけど単刀直入にいうわね」
うわ、きた――!?
「モグラちゃん、街のために小麦を作ってくれない?」
「えっ、小麦……?」
なんだそんなことか。
どんな無理難題がくるかと思えば、身構えて損したよ。
ん?
いや、待てよ。
街のためって、ものすごい量を生産しろってことじゃ……?
「嵐の影響で今年の小麦が不作になることは、モグラちゃんも知ってるわよね。このまま冬を迎えれば街が食糧危機に陥る可能性もあって、ちょっと退っ引きならない状況なの」
王都からアリスバレーに帰ってきた時、ユイとも話したけど、パンの値段が野菜みたいに跳ね上がったらたしかに死活問題だ。飢えて死ぬ人も出てくるかもしれない。
モグラ農場でその危機を回避できるなら私も協力したい。
したいけど――
「お安いご用です、と引き受けたいところなんですけど、今は畑を作ったとしても人手が足りない状況でして……」
すでに教会の子供たちにはいっぱいいっぱいがんばってもらってる。これ以上の協力は頼めない。
もし無理にお願いして、ジャスパーとかヘンリーたちが過労で倒れちゃったりしたら、テレジア先生になんていって謝ればいいのか。
ここはもう勇気を振り絞って断るしかなかった。
「なので、今回ばかりはどうかご勘弁を……」
「あー、ちょっとこっちの言葉が足りなかったわね。別に小麦の生産まで全部やってくれってわけじゃないの」
「へ?」
「人手に関しては、嵐の被害にあった農家を総動員する予定よ。だから、モグラちゃんは畑だけ作ってくれればいいわ」
「なんだ、それなら……」
うわー、よかった!
農場を作るだけなら楽勝だ。
「モグラちゃんがこの計画に賛同してくれれば、食糧危機と農家の雇用、両方の問題が一発で解決できるわ。もちろん収穫した小麦で得た利益は、モグラちゃんのポケットにも入るようにする」
私がやることは、ほんとに畑を作るだけみたい。しかもそれでお金が入ってくるならまったく悪い話じゃないね。
「あっ――」
ただ、そんな美味しい話でも一点懸念を抱く。
「農家を総動員して一度に大量に生産したら、小麦の価格って暴落しちゃいますよね? その……教会でも小麦を作ってるので、もし急激に価値が下がったら、それはそれでちょっと困ったことに……」
私は新しい畑で儲けることができるので別にいい。
でも、その場合、教会の取り分が今よりガクッと減ってしまう可能性が出てくる。
損害分は私が補填するって手もあるけど、きっとテレジア先生に反対されちゃうだろうし。
「ほっほ、価格の著しい下落を心配していらっしゃるのですね」
「はい……」
「ご安心を。もし小麦が過剰生産されたとしても、〝外〟に売ればいいだけです」
「外、ですか?」
「ええ。まずは隣の大都市ローディスに流し、ローディスを通して近隣の各街と村、最終的には王都にまで輸送の範囲を広げてもいいでしょう。今回の嵐の影響は広範囲に及んでおります故、毎年外から必要分の小麦を補っている大都市などにも連鎖的な影響が出るはずです。つまり、どこも慢性的な小麦不足に陥ることは必至。我々が買い手に困ることはありません」
「んー。でも、絶対に外でも小麦が売れるって保証はなくないですか? それに、来年どこも豊作だったら、教会の小麦はますます価値がなくなっちゃう……」
「絶対の保証がほしいなら、教会の畑で結んだ小麦の売買契約は、アリスバレー商会が存続する限り〝永久不変〟という形にすればいいんじゃない? それなら契約を更新する時、わざわざ値段の再交渉もしなくて済むから楽でしょ」
「いいんですか……? 例年の相場よりもかなり高い価格で契約してる状態なのに、そんな優遇してもらったらこの先、商会側がずっと損しちゃうんじゃ……」
「ほっほ、構いません。代表者権限で今この場で書面でお約束しましょう。是非、私もキングモールさんと〝親友〟になりたいですからね」
親友って響きが不吉すぎる。
だけど、そこまでしてくれるのか。
困ったことに、もう断る材料がなくなってしまった。
「――わかりました。協力します」
私は腹を括り、権力者様たちの話に乗っかることを決めた。











