238.ひとまずの後日談
降り続いてた雨も止んで、頭の上には澄み渡った青い空が広がってる。
あれから一週間のあいだ旧都に滞在してた私たち。
今回の後始末と言っていいのかわからないけど、もろもろを処理してようやくみんなで帰る手筈が整った。
パメラとコロナさんとも相談してこれ以上の長居はしないほうがいいと意見も一致。晴れて本日、私たちは朝一番に旧都を発った。今は最初に作った偵察用の拠点を目指して、みんなでのんびりと野原の真ん中を歩いてる最中だ。
なので、これから話すことは後日談。
ひとまずの区切りの話。
ティシャさんが警告を残し去ったあのあと、私たちも遅れて通路を引き返した。庭園に戻るとスカーレットのお兄さんが花壇の前で両膝を突きながら、手が泥だらけになるのも構わず土をかきわけてた。
すぐ傍に黒い服のあの子が横たわってたから何をしたいのかはわかった。
私はそっと花壇の土に触れると四角く穴を掘った。
「ありがとう。これでこの子にも安らぎが訪れる」
スカーレットのお兄さんはまだ悲しい表情を浮かべてはいたけど、その声にもう悲壮感はなかった。
一時的なお墓として優しく土をかけて女の子を埋葬したあと、私たちはパメラの身を案じて正門のあったお城の入口に急いだ。
「おう、そっちもなんとかなったみたいだな……」
辺り一帯、瓦礫と穴ぼこだらけの地面。そのど真ん中に横たわり疲れ切った半目でパメラは夜空を見上げてた。あっちこっち傷を負って満身創痍ではあったけど、とりあえず見る限り命に別状はなさそうだった。
治癒で傷を癒してるあいだ顛末を訊くと、終始押されっ放しの戦いで最後は絶体絶命まで追い詰められたけど、ほんとにぎりぎりのところでティシャさんが現れて戦闘を止めてくれたらしい。
「強くなりましたね」
善戦した妹に賞賛の言葉を贈ると、ティシャさんは他の二人のお姉さんを連れて去っていった。あまりに場違いな状況で褒められたことに戸惑いを隠せずティシャさんに何があったのか不思議がってたけど、スカーレットのお兄さんがいる手前その場で話すのは憚られた。
「あとで説明するよ。とにかく今は船長さんのとこに戻ろう」
城を出て港へ。
私たちは二人の弟さんのもとへ一番上のお兄さんを連れ帰ることができた。手を貸してくれた船長のお爺ちゃんたちにも改めてお礼を言って旧都がもう安全であることを伝えると、港の人たちは新鮮な魚でご馳走を作ってもてなしてくれた。
「アロン兄様っ! ベンジャミン兄様、クレム兄様っ――!!」
感動的な再会があったのはその深夜だった。真っ暗な中、わざわざ偵察拠点まで馬を走らせてコロナさんがスカーレットを連れて来てくれた。
抱き合う兄妹の姿を見て私も嬉し涙が出たけど、決して喜んでばかりはいられなかった。問題はスカーレットのお兄さんたちの処遇だった。果たして監獄にいた三人をこのまま旧都から連れ出していいものか。
「常識的に考えたらいいわけねぇな」
「だよね……」
「こうなったら他の囚人と同様、死んだことにして別人として生きるのがベストだろ。新しい人生ってやつだ」
「お兄さんたちはそれを望むかな」
「望まなかったらあの島に戻ることになるんだぞ。受け入れるしかないだろ」
「だけどせっかくスカーレットともまた会えたのに、こそこそ生きなきゃいけないなんて……」
「いや、二人とも心配はない。その問題、私に任せてくれ」
「は? 何か当てでもあんのかよ?」
「ああ、たとえどんな手を使ったとしてもなんとかしてみせる」
「どんな手を使っても、か。お前もしがらみから解放されて硬い頭が少しはやわらかくなったみてぇだな。ま、そういうことなら任せるわ」
一旦スカーレットたちには内緒で今後のことを話し合った結果、お兄さんたちの問題はコロナさんが引き受けてくれた。
「必ず吉報を持って戻る」
翌日、コロナさんは王都に向かった。
パメラの見立てでは可能性は五分五分って話だったけど、とにかく事が上手く運んでくれるのを願う他ない。
今はとりあえず自分ができることを。待ってるあいだはそれを念頭に置きつつ、私はスカーレットたちとしばらくこっちに留まることを決めた。
そして、さらに翌日。ティシャさんの迅速な報告が王都にまで届いたのだろう。治安維持のために派遣された王立騎士団の部隊が旧都にやってきた。
前日にクマぐるみが破壊した街並みは直せる範囲で直しといたけど、正式に王立騎士団から協力を頼まれたこともあってその日からは本格的に復興を手伝うことに。
最初は護衛として連れてきたモグレムだけじゃさすがに手が足りなかったけど、城の中庭の一画で大量に放棄されてたモグレムが見つかったことで効率の問題も一気に解消された。
ものの数日で旧都にも賑わいが戻りはじめて、近隣の街からも荷馬車が続々とやってくるようになった。
あとは不在となっている領主、その後任さえ決まれば今度の内政も安心だって王立騎士団の部隊長さんは言ってたけど、その辺は私なんかじゃどうすることもできない話だ。あとは偉い人たちの判断に任せるしかない。
ちょうどそんなこんなでモグレムの人海戦術で一通りやれることをやりきったところでだった。王都からコロナさんが戻ってきた。
「陛下から恩赦を賜わった。あの三人はもう自由の身だ」
コロナさんがミリーナ様に嘆願してくれた結果、何も後ろ暗いところなく全員で帰れることになった。コロナさんは詳細は話さなかったけど、スカーレットのお兄さんたちが手を貸してくれたことを真摯に伝えたんだと思う。
「いい天気すぎてまた平和ボケしちまいそうだ」
「いいじゃん、王都でも旧都でも戦い続きだったんだし。少しはボケっとしないとね」
そして、今に至って現在。帰路の途にある私たち。
のどかな空。
ゆっくりと、たなびく雲が流れていく。
それをぼーっと見つめながら、今回あったいろんなことを思い返してるとだった。誰にともなく隣のコロナさんがぽつりと言った。
「もっと、できることがあったのかもしれない」
「………………」
私もちょうどそれを考えてたから思わず無言になった。いや、今だけじゃない。旧都に滞在してるあいだ無力感からそのことばかりを考えてた。
何が正しくて、何が正しくないのか。
私が取った選択。
今回ティシャさんの邪魔をしたことで、私は彼女が敵と呼ぶ存在を何人か逃がしてしまった。その結果、戦いが余計に長引くとしたら。そのことでまた甚大な被害が齎されたとしたら。私の行動は間違いと断じられる他ない。
もしもそんな結果になるんだとしたら、最初から何もしないほうがよかった。
何もしないほうが、きっと――
「妹よ」
「はい?」
「歩き疲れたろ。どれ、おんぶしてやる」
「アロン兄様……」
「どうした? ほら、早く兄ちゃんの背中に」
「いい加減にして下さいまし! 再会してから何度同じこと言わせるんですの!? わたくし、もうそんな子供じゃないですわ!!」
それでも先を行く仲睦まじい兄妹の様子を見て、思い直す。
お兄さんたちと再会した瞬間のスカーレット。あの安堵の泣き顔を、私は一生忘れない。そして今、隣にいるコロナさんとこうして一緒に居られることも……。
それらは今回のことで得た、私のかけがえのない宝物だ。
やっぱり、すべてが間違いだったわけじゃない。
だけどこれから先、きっとまた悲しむ誰かのため、私には何ができるのか。
英雄とか救世主とか、そんな大それたものになりたいわけじゃない。
私はただ、自分が正しいって自信を持って言える自分になりたい。
そのために成すべきこと。
まずは、それを考えなきゃいけない。
書く時間が取れず本章ラストの投稿のあいだが空いてしまいすみません。
今話にて【王救戦争編Ⅱ】最終話となります(後ほどキャラクター紹介やらリザルトの更新投稿はやる予定)。
次章【最後ののんびり編(仮)】の投稿開始までまたお時間いただくと思いますが、気長にお待ちいただければ幸いですm(_ _)m
では、また!











