235.城へ
【※ご報告】
親の突然の逝去があり一ヶ月ほど滞っておりましたが、ある程度プライベートも落ち着いてきたのでゆっくりですがまた更新を再開させていただきます。ただちょっと大きな手続きがまだ二つ三つ残ってますので安定はしないかも……。
どうか気を長くしてお待ちいただければ幸いです。
では、本編をどうぞ!
魔術の真っ白な光に照らされた地下。
掘り進めた先で地上に続く出口を作る。
頭上に穴を開けた瞬間、頬に感じる雨粒。旧都の天気は不安定で雨脚は強くなったり弱くなったりを繰り返してる。まだまだやむ気配はないみたい。
すごい速さで流れていく黒い雲を出口の縁で少し眺めたあと、そろりそろりと頭半分だけを出して私は慎重に辺り一帯を確認した。
「右よし、左よし、真後ろよし……」
広い湖の真ん中に聳え立つバートペシュ城。その唯一の入口である大理石の橋。
離れたところから向かうべき場所までの安全を確認すると、私は穴から這い上がって地中に呼びかけた。
「大丈夫。クマぐるみも守衛さんもいないよ」
周囲は不自然なほど閑散としてて雨音のほかに音もなかった。決めてたとおり、このまま一気に城内を目指すことにする。
「二人とも、止まってくれ――」
だけど、橋のたもと近くまで辿り着いたところでだった。
突如として振り返りながら立ち止まるコロナさん。
先頭を走ってたパメラもほぼ同時に足を止めると、私が勢い余って追い越したところでぽつりと呟いた。
「見られてるな」
「え?」
「しかも、こいつらは……」
「どこどこっ!?」
勘の鈍い私は慌てて辺りを見渡すことぐらいしかできない。でも、もちろん人影なんて見当たるはずもなく。
「いや……、行こう」
姿なき気配に警戒感が高まる中、率先して逃げ場のない橋の上に踏みこんだのは一番に立ち止まったコロナさんだった。
「……いいんですか?」
「どちらにしろ今は進む他ない」
「視線の感じから、あっちもどうすっか迷ってるみたいだしな。向こうの出方を待ってる暇もねぇ。無視だ無視、行くぞ!」
私たちは橋の上を駆けて前に聳え立つバートペシュ城を目指した。俊敏に風を切って走るコロナさんとパメラに置いていかれないよう私も飛んで跳ねて前へ。
やがて橋の終わり。
その目前に近づいたところでだった。
私たちは壮絶な光景を目にした。
「そんな……」
「「…………」」
倒れてる人、人、人。
最初は気絶してるだけかとも思ったけど、さらに近づいたところでそんな望みはないことはすぐにわかってしまった。
「手前側の遺体はすべて外傷がない」
「ああ、もう万に一つのまぎれもなく決まりだ。こんなことができる人間を、オレはこの世で一人しか知らない」
身じろぎ一つしない無数の死体。コロナさんもパメラも状況を一目見てすべてを悟ったみたいだった。
対して私は凄惨な光景を目の当たりにしたショックで瞬きすらできずにいる。
「反対に奥の遺体は損壊が著しい」
「怪力自慢で素手でやったってんなら、たぶん氷壁ダンジョンの最深部でオレが戦った奴のどっちかだろう。ま、そいつも今はあの下か」
そう言ってパメラが顎で指した先。
橋の終わり――城門があったそこは、今や瓦礫の山と化してた。
ここで激しい戦いが行われたことは言うまでもなく明らかだった。肝心な問題はスカーレットのお兄さんがどうなってしまったのか。
私がただ立ち竦むあいだ、コロナさんが赤く染まる水溜まりの中を歩き回ってすべての人の確認をしてくれた。
「幸いと言ってしまっていいのかはわからない。だが、ここにアロン・ローズファリドの遺体がないことは確かだ」
その言葉に一瞬はほっとしたけど、緊張は解けないまますぐにまた心臓の鼓動は高鳴っていく。
早く追いつかないと。
この惨状に、私は今さらながら実感してた。
ティシャさんが本当の本当に、本気だってことを。
「い、急ごう……。じゃないと、手遅れになっちゃう!」
「ああ」
「異論はない」
私たちは改めて視線を交わし合った。進むこと。それが総意。もう後戻りする選択なんて端からない。
崩れた瓦礫の山を取り除くため、雨と血で赤く濡れ広がった橋の終着に急ぐ。そのまま石の残骸に触れようと手を伸ばす。でも、そのときだった。
「――そこまでにしてもらおう」
背後から毅然とした声が響いた。
「やはり見過ごしてはくれないか」
「ちっ、黙って見てりゃいいってのによ」
すばやく振り向いたコロナさんとパメラがぼやくように言う。その視線の先には白いローブと白いコートの人物。
どちらもすごくスタイルのいいすらりとした綺麗なお姉さんたちで、絶対に初めて会った人たちなのに、なぜかものすごく見覚えがあった。
誰かに似てる。
直感めいた感覚のあと、答えはすぐに出た。
そうだよ。ティシャさんとコロナさんに似てるんだ。
「……え? ってことは」
「我々の上の姉たちだ」
あっちこっちと行き来した私の視線の意図を読み取ってコロナさんが教えてくれた。
「上ってのは最上級におっかないって意味でもだ。エミカ、お前は絶対に相手すんなよ」
「……でも、せっかくだし挨拶とかしたほうがよくない?」
「はぁ?」
「だって、こないだの王都の作戦に協力してくれた人たちでしょ。それに何よりパメラと私は同じ家で一緒に暮らしてるわけだし、家主として挨拶はしっかりしとかないと」
「バカバカバカ、こんなときに余計な気利かしてる場合か……。いいからここはオレたちに任せておけ」
私を制すると引き止める間もなくパメラはすたすたと前に出ていってしまった。
コロナさんと同様、あのお姉さんたちの登場を予期してただけあって最初から話す内容を決めてたらしい。会話に声を張り上げる必要のない距離まで近づいたところで、パメラは挨拶も抜きにお姉さんたちに用件だけを伝えた。
「知人の兄貴を助けるためだけにここにきた。あんたらの邪魔をするつもりはない。黙って見過ごしてくれ」
「断じて拒否する」
「……理由は?」
「利害の不一致だ。抵抗するなら協力関係もこの場にて直ちに破棄する」
「用済みってわけかよ。ぬけぬけと近道使っといて随分と身勝手で高圧的だな」
「仕方なかろう。今は敵の殲滅が何よりも優先される。我々の使命と人ひとりの命など今さら天秤にかけるまでもない」
「邪魔はしねぇーつってんだろうが」
「道を違えた者の言葉は信じるに値しない。そもそも私はずっと気がかりでもあった。だからこそ後天的に天賦技能を得た〝奴〟が敵側にいると貴様から聞いたときも、まず驚くより得心が行った」
「遠回しだな。らしくねーじゃねぇか。言いたいことがあんならはっきり言ったらどうだ」
「やはり貴様はダリアと酷似している。非常に危うい」
「ははっ、ジギー……てめぇ」
「私に殺意を向けたな、パメラ。重大な規律違反だ。F-Ⅰのように私は甘く――」
「はいはい、そこまで! 一旦ストップね」
パメラと紺色髪のお姉さんが一触即発の中だった。
突然、凛とした声。二人の諍いを止めたのは亜麻色髪のお姉さんだった。
「まー、ここだけの話、受けた命令は〝誰も出すな〟って解釈でいいと思ってたから、ちょっと微妙と言えば微妙なラインなんだよね。まさか城に突入してくる人がいるなんてF-Ⅰも想定してなかったろうし」
少し大袈裟な身振り。手にした長い杖がゆらゆらと振られる。そのまま剣呑とした二人とは正反対に、杖のお姉さんはほがらかそのものって様子で続けた。
「それも地下から現れるとかびっくりだよ。あ、びっくりしたと言えばコロナ、生きてたんだね。私たちと合流しようともせず、そっちと一緒ってことは何か心境の変化でもあったのかな。ま、無事で何より」
「プリン……」
隣に立つコロナさんは息を詰まらせながらお姉さんの名を呼ぶと、パメラに続いて自らも説得をはじめた。
「私からも頼みます。どうか我々をこのまま行かせてください」
「んー。率直に言えば、立場的にも個人的にも反対かな。もう全部F-Ⅰに任せておくべきじゃないかな」
「どうしても助けたい者がいるのです」
「城内に一般人はほぼ皆無って話だし、高い確率でその人物のことは推測できるけど、その人ってさ、本当にそこまでして助けなきゃいけない人なのかな?」
「はい」
「それはF-Ⅰとファンダイン家と敵対したとしても?」
「もしそうなってしまうのであれば、それも覚悟の上です」
「即答かぁ……。いや、そんな決意を聞いちゃったらますます見過ごせないよ。だって、もしF-Ⅰがその人物を始末する必要があると判断した場合、コロナたちはそれを死ぬ気で止めるってことでしょ? 全滅覚悟というか、全滅確定でさ」
「それは……」
「ダメだよー。せっかく助かった命、大切にしないと」
「………………」
パメラのほうとは様子が違うけど、会話をはじめてすぐにコロナさんたちのあいだでも不穏なムードが流れはじめた。
話を聞いてれば、さすがに察しの悪い私にもF-Ⅰ《ヘッド》というのがティシャさんのことだっていうのはすぐにわかった。でも正直、この杖のお姉さんの言ってることはちょっとわからない。
事情を話せばティシャさんは絶対にわかってくれるだろうし、スカーレットのお兄さんだって監獄にいた例の人たちの言いなりになんてならないはず。
怖いのは何も知らない二人が私たちが追いつく前に相対してしまうこと。
だから今は少しだって時間が惜しいのに……。
てか、なんでここまできて足止めされなきゃいけないんだろ。
このお姉さんたちはこんな惨状を見ても、ほんとにこのままでいいと思ってるのかな。
心の奥で焦りとともに感情がわき立つと同時だった。もう黙ってなんていられなかった。
「あのすみません」
「バカ、おま――」
「私、エミカって言います」
相手にするなと忠告してたパメラには非難の目で見られたけど、言いたいことは言っておきたい。その気持ちが強かった。
「はじめまして」
一度だけぺこりと頭を下げたあと、橋の中央に立つお姉さん二人を見据えて続ける。
「コロナさんにもパメラにも、いつもすごくお世話になってます。大切な親友のお姉さんたちと会えて嬉しいです。できればゆっくりお話したいとこですけど、今は時間がないのでそれはまたの機会に。とりあえず、まずはそっちのやわらかそうな名前のお姉さん、ちょっといいですか」
「私?」
名指しすると亜麻色髪のお姉さんは自分を指差しながらわずかに首を傾げる。
別にどう思われてもいいや。もうそんな気分だった。私は大きく息を吸って吐いたあと遠慮なく言った。
「今、コロナさんが助けようとしてる人は、何があったって絶対に助けなきゃいけない人です。だって、その人には帰りを待ってる家族がいますから」
「いきなり感情的だね」
「そもそもどんな理由があったとしても見捨てていい命なんてないです」
「それは理想論」
「理想どおりが一番です。いいじゃないですか、理想。何がダメなんですか?」
「別に理想を目指すことがダメとは言ってないよ」
「なら、いいってことですよね。コロナさんや私が助けに行っても」
「それとこれとはねー。今はお互いの利害がぶつかりあった場合の話をしてるから」
「私たち、ティシャさんの敵になろうだなんて思ってません。それは私たちが助けようとしてる人も同じです。問題は何もないと思いますけど」
「んー、なかなかに強引だね。というかどっちにしろもう平行線だってこと、わかってて言ってない?」
「はい、わかってます。でもいきなり現れて、頭ごなしにあーしろこーしろって命令するような人たちに、とりあえず文句を言ってやりたかったんです」
「なんだ。つまりあなたは怒ってるんだね」
「はい、そうです。聞いてくれてありがとうございました」
これで半分すっきり。
そのまま少しだけ体の向きを変えて次に移る。
「それと、そっちの尖った感じの名前のお姉さんにも一言」
「言ってみろ」
紺色髪のお姉さんはこれでもかと凄まじく睨みを利かしてきたけど、私は物怖じせず、さっきの彼女の発言を根底から全力で否定した。
「いいですか? パメラは、あの怖い目のお姉さんと似てなんかいません! それもこれっぽっちもです! だって、ほらよく見てください! パメラはとっても心が優しいし、何よりこんなにもちっちゃくてかわいいんですからっ――!!」
「「「………………」」」
私が声を張り上げるとだった。
ただ当たり前のことを言っただけなのに、なぜか二人のお姉さんは呆気にとられたように目をぱちくりして黙りこんでしまった。いや、それだけじゃない。コロナさんもパメラも私を見てぽかんとしてる。
あれれ? と思ってると、静寂の終わりにコロナさんが口元を押さえて我慢できないといった感じでくすくすと笑い出した。
それを見たパメラは一気に顔を赤らめると、慌てた様子で私を非難した。
「マジで本当に完全無欠のバカ野郎だ、お前はっ!」
「ええっ!?」
なぜか怒鳴られてしまったけど、パメラは大きく息を吐くと落ち着いたのか、それ以上もう私を罵倒することはなかった。
「いでよ、我が大剣――」
そのまま二人のお姉さんのほうにまた向き直るとだった。閃光が瞬く。手元に現れる光の大剣。
腰を落として低く構えながらパメラは私たちに向けて言った。
「ありがとよ。危うく相手のクソ安い挑発に乗るとこだった。でも、もう大丈夫だ。お前たちは行け。あの二人は、ここでオレが食い止める」
「食い止めるって、そんな危ないこと……。それに、実のお姉さんたちと争うなんて!」
「この状況でまだそれ言うかよ。手遅れになるよりずっとマシだろ」
「ならばパメラ、私も残ろう。あの二人相手にいくらなんでも一人は無謀だ」
「ダメだ。スカーレットの兄貴の顔知ってんの、お前だけだろ。いいからさっさとエミカを連れて行け。あっちはもう待ってくんねぇぞ」
パメラの言うとおりだった。
いつの間にか前方のお姉さんたちも得物を構えてた。
輪っか状の二対の奇妙な武器と、古びた年代物の木の長杖。こっちが次に何か行動を起こせば、それらが直ちに牙を剥くことは周囲の張りつめた空気からも明らかだった。
「我々の使命を妨害する者は誰だろうと許さない。それが妹であろうと、たとえ英雄であろうともだ」
「できれば穏便に済ませたかったけど、まーこれも巡り合わせかな」
敵意が満ちていく中、隣のコロナさんと目が合う。
あとは決めろという視線。
もちろん、私だってわかってた。
もう躊躇してる暇なんてないことは、十分に――
「パメラごめん……ここは、お願いっ!」
「ああ、行って来いっ!」
それが開始の合図になった。大理石の床を蹴って反転、すぐさま腕を伸ばして背後の大量の瓦礫を消失させる。
目の前が拓けた、次の瞬間だった。背後で大きな爆音が。何が起きたのか確認する余裕すらなかった。発生した熱風の衝撃に背中を押されながら私は一目散に城内へと駆けこんだ。











