戦記32.転生者、戦略的撤退
――ドゴゴゴォッ!!
間違いなく城内中に響き渡っているであろう鳴動。
会議室に集まっていた俺たちに芳しくない一報が入ったのは、遠くで何かが派手に瓦解していくその不吉な音が鳴り止んだ直後だった。
「大変です、ユウジさんっ! レ、レオリドスさんが……」
アレクベルが受け取ったのは中層の見晴らし台から城の正門を監視していたラッダからの報告。それは戦慄を伴うほど衝撃的なものだった。
「マジかよ。さっき接敵の報告があったばっかじゃねぇか……」
連絡のタイムラグを考えればおそらく戦いがはじまって数分とすら経っていない。下手をすればあの屈強なレオリドスが秒殺だった可能性すらある。
いや、嘘だろ。
そんな常識外れのヤバい化け物がそう何人もいてたまるか。
「アレクベル、敵は本当に一人なのか?」
「はい、そこは最初のラッダさんの報告のとおりかと――あ、続報来ました! 『……件の給仕服を纏った女がレオリドスを蹴り飛ばし正門を破壊。城内への侵入を確認。指示を乞う』だそうです」
「……わかった。とりあえずラッダには至急ゴルディロックスと合流するよう伝えてくれ。それとゴルディロックスのほうには城内で動かせる人形、それと囚人たちも含めて全部捨て駒にしてでも時間を稼ぐよう伝えてくれ」
敵の正体は不明。
しかし考える限り最悪のことが起こってるのは確実だろう。
あの赤髪の女の子でも、銀髪スーツの女でもない。
パープルクラス、或いはそれ以上の手練れによる正面突破。しかも単独。
「クソ、この国は化け物だらけかよ……」
ふと、僅かに過る後悔の念。
俺たちは喧嘩を売る相手を間違えたのかもしれない。
「……いや、違う」
馬鹿か俺は。
その反省は絶対に違うだろ。
それならそもそも俺がこの世界に転生しちまったこと自体が間違いなんだ。意味のわからない、そして意味のない二度目の生きる機会ってのが最初から間違ってる。
元々が不正解。最初から服のボタンのかけ間違いに気付いておきながらそれを無視して突き進んだ結果を悔やむのは今さらって話ですらない。
「――旗色も顔色も悪いようですが、大丈夫でしょうか」
独り言を口にしてるとだった。
鈍い輝きを秘めた黒い双眸。それまで会議室の椅子に静かに腰かけていたメアリ嬢がやって来てまるで他人事のように俺の前で呑気に首を傾げた。
「お察しのとおり状況は最悪だ。だが、まだ詰んだわけじゃない」
「戦いはまだまだこれから。しかし戦略的撤退も視野に、という状況ですね」
「……ああ、理解が早くて助かる。とりあえず非戦闘員のあんたは真っ先に脱出してもらうぜ」
「領主としてこの地を去るのは後髪を引かれる思いですね。ですが敵がそこまで迫っているのであればそれも致し方ありません。ユウジさんのご命令のままに」
「アレクベル、お前もだ。メアリ嬢と一緒にロコとモコがいる礼拝堂に移動してくれ」
「え? あっ、はい……」
多人数と一気に連絡を取り合い指示を送ってる弊害だろう。アレクベルは俺以上にテンパってる様子だった。ま、聖徳太子じゃあるまいし無理もないか。
「あの、ユウジさん。監獄に取り残されてるダリアさんの回収はどうしますか? 今、連絡があって」
「そんなの後回しだ。てか勝手なことする奴が悪い」
「ですよね……」
或いはダリアの回収を優先して戦力として真正面からぶつけるべきか。そこにラッダとゴルディロックスの手持ちの人形総出なら……いや、相手をパープル以上と想定するなら結局は焼け石に水か。
よって結論、そしてファイナルアンサー。とにかく今は時間を稼いで最低限の犠牲と損失でこの場を切り抜ける他なし。
ならば今一度、確認しなきゃいけないことがある。
「アレクベル、〝指〟はどうなってる?」
「え、指って……誰のですか?」
「決まってるだろ。お前の指だ」
「へ……? あ、そうか! レオリドスさんとの契約!」
アレクベルの〝どこでも脳内通話〟は文字通り手の指の本数が一度にテレパシーできる人数の上限だ。そして一人と契約を交わすごとに、アレクベルの指の腹には俺がいた前の世界でいうところのアルファベットの『T』のようなマークが現れる。
契約者は天賦技能によってどれだけ離れた距離にいようと術者であるアレクベルとの念話が可能となり、一度契約が結ばれれば能力元であるアレクベルが自らの意思で契約を解除しない限り指の刻印が消えることはない。
そう。ただ一つの例外を除いては。
「右手の小指、消えてません!」
その例外とは契約者が死んだ場合。アレクベルと契約を結んだ相手がこの世を去った瞬間、マークは直ちに消える(らしい)。
さすがに死者とまでは会話できないってわけだ。
「よかった……、まだレオリドスさん死んでないですよ」
まあ、虫の息かもしれないけどな。だが、生きてるなら回収の望みもあるって話だ。一番いいのは一人で逃げ果せてくれることだが……いや、レオリドスの性格じゃ動けたとしても敗れた敵にまたすぐ挑んでいきそうだな……。
「レオリドスの生存はラッダたちにも伝えておいてくれ。もし回収できたらその時点で俺たちとの合流を目指すようにもな。今回は――いや、今回もか……仲良くエスケープできればそれでいい。こんな場所とはさっさとおさらばだ」
「わかりました」
「じゃ、礼拝堂に移――」
「一つよろしいですか」
そこでだった。しばらく黙っていたメアリ嬢が突如として俺の言葉を遮った。
「このような状況で大変申し上げ難いのですが」
「なんだよ……」
酷く面倒事の予感。
だが、新参とはいえパープルが認めた正式な仲間。
無視を決め込むわけにもいかない。
「時間が無いんだ。手短に頼むぞ」
「では単刀直入に。この城の宝物庫には莫大な量の金銀財宝が貯蓄してあります。意地汚い話ですが財産を置いていくのはもったいないと思いまして。また新たな戦争の準備に今後いろいろと入り用になるとも思いますし」
「おいおい、そんな隠し金があんのならもっと早く共有しておいてくれ……」
「すみません。費用が必要になった折りに申し出ようと思っていましたので」
確かに時と場合によっちゃ金は命よりも重い。
前の世界も大抵の幸福は諭吉さん次第だったしな。
「わかった。財宝の回収のほうは俺と双子でやる」
今さら金に目が眩んだわけじゃないが俺は即断した。











