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戦記28.「いいえ」


 ――時は遡り、エミカたちが監獄島(かんごくじま)への渡島を模索していた頃。


 西から東に王国(ミレニアム)を横断するように掘られた長い長い地下通路。

 その出口に設けられた偵察拠点では護衛役のモグレムに囲まれる中、スカーレットが気も漫ろにもどかしい時間を過ごしていた。


「どうか二人が無事に侵入できていますように……」


 すでに旧都に向かった友人たちにできることといえば願うことぐらいしかなかった。代々王国(ミレニアム)教会を信仰し、戒律を守ってきた敬虔な一族でもある彼女は窓辺に立ち一人静かに祈りを捧げていた。


 ――コツ、コツ。


 そんな最中、不意に地下道に続く拠点の階段から微かな足音が響いてくるのをスカーレットは聞いた。

 誰かがやってくる。

 いや、その誰かはわかっている。

 ここから出発する間際のパメラの言葉を思い出す。


『道中にも言ったがオレの姉共が早々に斥候にくるかも知れねぇ――』


 まだエミカたちが出発してからそれほど長い時間が経ったとは言えない。スカーレットとしては来るにしても夜、或いは明日以降のことだと思っていた。想定よりも早い来訪である。


「パメラは相手にするなと言ってましたけど、そういうわけにもいきませんわよね……、ん? えっ?」


 事前に話を聞いていたため焦りはなかった。だが少しして周囲のモグレムたちが慌ただしく動き出し、自らを中心に陣形を組みはじめる。一変し漂う不穏な雰囲気にスカーレットは狼狽した。


「だ、大丈夫ですわ! ゴーレムさんたちどうか落ち着いて、絶対に敵ではありませんわっ!」


 警戒感を露わにするモグレムたちをあわあわと宥めているとだった。

 そんなスカーレットを余所に、拠点の隅にある階段からおもむろに三人の来訪者が順々に姿を現す。

 一人目は身軽そうな革装備とマント。二人目は金糸で装飾された豪華なローブ。三人目は皺一つない給仕服という出で立ち。

 曲芸師に魔導士に女中。

 格好から推測できる職業も皆ばらばら。だが、着衣の基調が白であるという共通項から、彼女らが一つの同じ目的を持った〝集団(パーティー)〟であることは一見して理解できた。


「初めまして……、パメラからお話は伺ってますわ。長い道を歩いてさぞお疲れでしょう。ここには食料もありますし、少し休んでいかれては? 今、お茶をご用意致しますわね」

「心温かい申し出ありがとうございます。しかし、先を急ぎますので」


 返事を待たずスカーレットが台所に向かおうとしたのを見て、最後に階段を上ってきた女中が即座に断りを告げた。丁寧な口調とは裏腹に、その顔から一切の感情は窺えない。完全に無である。

 そのまま続けて女中はエミカたちの動向を尋ねた。


「二人は、もう出発を?」

「ええ。エミカたちのことですから順調であればもう旧都に侵入して、島に向かう手段すら見つけ出しているかもしれませんわ」

「島……監獄島(かんごくじま)、ですか?」

「わたくしの兄たちが幽閉されていますの。エミカたちの事情は詳しくは知りませんわ。でも旧都に向かうと聞いて……、無理を言ってわたくしから兄たちの安否確認をお願いしたんですの」

「なるほど。そのようなことになっていたとは露知らず」


 情報を引き出して満足したのだろう。女中は目配せを交わすと、悠々とした様子で拠点の出口に向かって歩き出した。その仲間である二人も後に続いていく。


「あの」


 目の前からやってきた三人と擦れ違う間際、スカーレットは迷いながらも聞いた。


「……皆さんも、旧都にはエミカたちと同じ目的で?」


 すべての事情を知らなくともエミカたちの持つ事情が〝人助け〟であることは明白だった。そしてもし、この三人がその助力になってくれる存在――援軍であるというのであれば。

 スカーレットの中に芽生える期待。


「いいえ」


 しかし直後、女中からあった返答はあまりに短く空虚だった。


「………………」


 言葉を返せず閉口するスカーレット。彼女はそのまま三人が拠点を出て行くのを黙って見守る他なかった。
















 ※


「ああ、そっか。さっきの子ってローズファリド家の……なるほどね。というか取り潰されてなかったんだ」


 降りしきる雨の中、先ほどまでいた拠点の建物を振り返りながらフードを目深に被ったプリンセチアが呟く。

 重犯罪者と共に政治犯も収容されている旧都の特殊監獄。そこにスカーレットの兄たちが収監されているという情報。そして如何にも貴族らしかった彼女の立ち居振る舞いから推理したのだろう。

 数少ないヒントから拠点にいた少女が何者だったのかを見事に導いたプリンセチア。

 しかし嘗て女王の最大の政敵だったローズファリド家の今に、それほど強い関心はないようだった。正解を知るティシャーナに事実の裏付けを求めることもなく、長い魔導杖を携えた黎明の円卓(トゥエルブ)F-Ⅱ(2番目)は自虐気味に結論付けた。


「親が大それたことをすると子供は苦労するね。ま、ファンダイン家(我が家)も大概だけど」


 以前スカーレットの護衛を内々にコロナから懇願され、それを問題とせず受諾したティシャーナである。今さらローズファリド家に敵意も哀れみもない。それ単体の興味という点ではプリンセチアと大同小異だった。


「………………」


 だが、そこにコロナが絡んでくるとなると、どうしても数奇な巡り合わせを感じずにはいられなかった。

 嘗ての大貴族ローズファリド家に生まれた子息たち。

 そして、その親の命を奪った女王に仕えし諜者。

 互いに最後の消息は、旧都バートペシュポートの地に――


「……雨で視界が悪い今が好機です。急ぎましょう」


 生存が絶望視されていたコロナが生きているという強い予感。ティシャーナはそれを沸々と抱きはじめていた。

 そして、まだ生きていると前提した場合の話。このままエミカたちと合流すれば、スカーレットの兄たちも含めて全員を救出するのは容易だろう。なぜなら、それを為せる比類なき〝力〟が自分にはあるのだから。


 血を分けた妹たち。

 できることならば誰一人として、死んでほしくはない――


 しかし、個人の想いはどうあれだった。

 先ほどのスカーレットの問いに対する空虚な回答がすべて。

 ファンダイン家の長姉として生まれ落ちたときよりずっと、ティシャーナの選択は一つだった。


「見えてきたぞ」


 人として尋常ならざる早さで地上を駆け抜けること暫し。やがて雨に霞む地平の向こうに、三人はバートペシュ城の巨大なシルエットを捉えた。


「今回を含めてもうあと一度か二度の機会だ。大人しく命令を聞いてやる。それで? これからどうするんだ、F-Ⅰ(ヘッド)


 敵対と挑発の姿勢を貫くジギタリスの問いに長姉は淡々と応じた。


「手数はかけません。街に入り次第、二人は私のサポートに徹して下さい」


 到底、何かを救うために生まれてきたのではない。

 自身の生まれ持った〝特性〟を考えれば明らかだった。


 祝福か、呪いか。


 この行き過ぎた〝力〟は、すべてを滅するために与えられた。

 そう断じても決して過言ではない。


 神か、悪魔か。


 滅びの申し子。

 自らの本質には逆らえない。

 結局のところ〝奪う〟他に、私が持つ選択などないのだから。



「手出しは無用です。これよりあちらの主力はすべて私が殲滅します」



 遠く雨空に浮かぶ尖塔。

 あそこに敵がいる。


 殺し、滅ぼす。

 絶対に一人として、逃がさない――


 幾度も名を捨て変えてきたファンダイン家の長姉。彼女は今日も生来の道を進む。


 今年最後の投稿となります。

 皆様、良いお年をお迎えくださいm(_ _)m


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表紙絵
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[良い点] ついにヘッドが…!! エミカたちが島にいるって分かってるなら、旧都にはもう敵しかいないんだし、城ごとぶっ壊すとかやりかねないなw
[一言] ついにティシャーナさんの本気がベールを脱ぐ時が……。 良いお年をお迎えください。
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