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230.一方、最上階では


「ダメだ。こっからじゃわかんない……」


 黒尽くめの五人に視線を集める灰色の囚人たち。

 探すべき三人のお兄さんたちは絶対にあの中にいるはず。

 でもスカーレットから聞いた特徴だけで、しかも頭上から特定するのはとてもじゃないけど無理だった。

 せめての思いでコロナさんの姿も探したけど囚人の中に女性らしき人は見当たらない。一階のフロアは武骨な男性の姿で溢れてた。


「私たちは更な――――――当然、無償と――――――参加し――――――」


 注目の的になる中、見覚えのあるドレス姿の小柄な女性が何か喋ってたけど、喧騒でところどころかき消されてすべては聞き取れない。それでも、戦争に関して何かを訴えかけているのはなんとなくだけどわかった。


「あ、思い出した……。あの女の人、ミリーナ様を裏切った領主さんだ。旧都のお城で会ったから間違いないよ。一体なんの目的が――」

「――エミカ、見るなっ!」

「え?」


 演説がもう一区切りしたあとだった。黒尽くめの五人が立つ壁側にずしずしと詰め寄ってきた大柄な男の人。何がはじまるのか成り行きを見守る間もなくだった。大鎌が一閃されてほんとに呆気なくその首が刎ね飛ばされる。

 噴き上がる鮮血。

 周囲に飛び散る赤い飛沫。

 あまりに突然のことに私は起こったことをすぐには理解できなかった。


「……な、なんで? なんで、あんなに簡単に……人を……」

「心を強く持て。激しく動揺すればあいつらに気取られるぞ。たとえスクロールの補助効果があってもな」


 パメラは私の背中を撫でるよう軽く触れると、そのまま諭すように助言をくれた。


「残虐な行為を目の当たりにして衝撃を受けるのは自分がまだまともだっていう何よりの証拠だ。お前の反応は何もおかしくない。それを理解した上で感情をコントロールするんだ。心がざわつくのは当たり前のこと。冷静に、それを受け止めろ」

「うん……」


 つまりは、冷静に動揺する。

 完全な矛盾だったけど、なぜかその言葉はすんなりと受け入れられた。

 そもそも異常なことを正常に受け止めること自体が不可能なこと。ならこっちもそれに合わせて矛盾を抱えるしかない。

 転落防止用の柵から離れて大きく深呼吸。私はそこでしばらく波立った心の表面をなだらかにしようと努めた。


「囚人全員を連れて行くみたいだな……」


 少しして視線を階下に戻すとだった。前に私(モグラきぐるみー着用)がうっかり跳ね飛ばしたドワーフの双子コンビが囚人たちを追い払いながら何やら作業をはじめてた。


「どうやら連中、あいつらを兵として扱き使うつもりらしい」

「え、それって……」

「ああ、最悪だ……。一歩遅かったと言わざるを得ない。これで目的の一方を達成するのは厳しくなった」


 耳がいいパメラは大部分の会話の聞き取りに成功してたみたいで、いち早く眼下で行われてることの問題に気づいてた。その表情は険しい。

 囚人を兵士として戦争に投入する。その目的を知って私も下の光景が絶望的なものにしか見えなくなった。


「そんな、あの中にスカーレットのお兄さんたちもいるのに……」


 今から誰にも気づかれないよう、あの中から初対面の三人を見つけ出し、ここから脱出する。

 正直、それはパメラと一緒でも至難の業だ。

 それにそろそろ重ねがけしたスクロールの効力も切れる頃。こっちの存在が相手にバレないよう、ここは安全な場所まで下がって体勢を改めて万全にすべきかもしれない。


「ねえ、どうしたらい――」

「――しっ、伏せろ!」

「っ!?」


 混乱と焦りで答えが出ず、意見を求めようとしたところでだった。

 不意に隣から頭を押さえつけられて床が目の前に。驚いて低い姿勢のままパメラを見上げると、その目は眼下の一点に注がれてた。

 何かと思い急いで這ったまま一階を覗き見て、相棒の視線を追う。


「あっ」


 棟の北に続く通路のほうだった。

 囚人たちの合間を縫い、ゆらめくように動く人影。

 最初は朧げな黒い霧が漂ってるようにしか見えなかったけど、重ねがけしてた凝視(ステアー)の効果か、目を凝らすことでなんとか私にも認識できた。


「……あれって、私たちみたいに隠れる系のスキルを使ってる?」

「ああ。ダリアの奴、自分の仲間にも内緒でどこかに行こうとしてやがるみたいだな。こりゃ、臭いぞ」


 たしかに他の場所に用があるなら黙って行くのは不自然だし、そもそも隠密系のスキルを駆使してまで秘密裏に行動するのは変だ。

 どう見ても怪しい。

 そして、その行動の意味することは……。


「仲間に言えば反対されるようなことを、あの人は今からしようとしてる……ってことかな?」

「オレもそう思う。そんでもってこれは直感だが、ここであいつの背中を追わねーとあとで後悔するような気がしてならねぇ」

「だけど、あの怖いお姉さんを追いかけるって、近づくのも危ない人を尾行するわけだよね? 上手くいくかな……」

「わからねぇ。ただ、ここで指をくわえて状況を見守ることだけに終始するか、それともリスクを負って可能性のあるほうに賭けるか、二つに一つだ」

「………………」


 パメラの直感を信じて、さらにそれをより確実な予想として言葉にするのならだった。

 困難で危険な道の先に、私たちの目的の一つが。

 つまりは、コロナさんが、その先に、いるかもしれない――


 正直、でき過ぎだとも思う。

 それでも、今までも先は見えなくても道は示され続けてきた。


「もう迷ってる暇はないぞ。連中、血相変えて話し会いはじめやがった。どうやら本土のほうであいつらが慌てふためくようなことがあったみたいだ。もしかすると、もう姉ちゃんたちが……」


 再び騒がしくなる眼下の光景。

 大鎌を手にした例のパメラのお姉さんはもう通路の向こうに消えようとしてた。今から急いで追いかけても間に合うかどうか。

 状況は漠然として呑みこめないまま。

 だけど、確実に何かが起ころうとしてるのはたしか。

 ならこのまま何もしないわけにはいかない。

 二つから一つ。私は道を選択した。


「……よし、決めた。追いかけよう、あの人を!」

「おうっ」


 ぎりぎりのところで判断を下すと、私とパメラは最上階から階段を一気に駆け下りて看守棟に続く通路に向かった。


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