228.港へ
※二話連続投稿になります。前話の読み飛ばしにご注意下さい。
暗雲と波立ち荒れる海。
地面から顔を出すと潮風で横に吹きつける雨が私たちを出迎えた。
「人っ子ひとりいねぇな」
「雨だから漁がお休みなのかも……」
しばらく沿岸を歩くも波に揺れる船が停泊してるだけで無人だった。もちろん目当ての船乗りさんもいない。
「次は屋台のほうに行ってみよう」
仕方なく海岸から離れて海の幸を堪能した港の広場のほうに移動することに。それでも、そこにも人影はなかった。
「ここも駄目だな」
「………………」
ずらりと並ぶ木板で閉じられた屋台。
まるで港全体が寂れた廃墟みたいだった。これじゃ協力してくれそうな船乗りさんなんて見つけられそうにない。
当てが外れたね。
もう別の手を考えるしかないかも。
そう思ってパメラに相談しようとしたところだった。不意に遠くから、わーという微かに悲鳴のようなものが聞こえた。
吹き荒ぶ雨風が偶然そう聞こえたのかもしれない。でも、隣のパメラの表情が険しくなったのを見て、私は瞬時に今のが聞き間違いじゃないことを確信できた。
「あっちのほうからだったな」
そうパメラが指差す先には横に長いレンガの建物が数棟。大きさから考えて港で使ってる倉庫っぽい。
「行こう」
「あ、おい!」
引き止める声を無視して私は港の西側に向かって走り出した。雨に濡れた石畳の上を暗黒土竜の後脚でびょんびょんと飛び跳ねるように一気に進む。
自画自賛ではないけど、あっという間に現場に近づけたと思う。一面に広がるレンガの赤。それが真正面に迫ったところでだった。さっきよりも一際大きな悲鳴が響く。今度は私も声のした方向を正確に聞きわけられた。
「パメラ、こっち」
「だから待てって!」
海と面してる建物のお尻側に飛び出した瞬間だった。視界に飛びこんで来たのは濡れた石畳の上に手を突いて動けないでいる男の子。そして丸く太い両腕を上げ、今にもその子に襲いかかろうとしているクマぐるみ。
行動は無意識のうちだった。
頭で考えるよりも先に身体は動く。動いてくれる。
「うりゃっ――」
倉庫の角をほぼ直角に曲がり、足元の石畳を破壊しながら力強く前へ。
跳躍する形で一気に間合いを詰めた私は目の前の膨らんだ大きな横腹に一撃。
全力のモグラパンチをお見舞いしてみせる。
――ハ”チンッ!
――ヒュン、ッボォーーン!!
子供を襲おうとしてたクマぐるみはひしゃげながら空中を低く直線的に飛ぶと、やがて遠くの沖に激しく墜落。
そのままもう浮かんでくることはなく凶暴な人形は海の藻屑となった。
「ふぃ~、間に合ったぁ」
「いや……『間に合ったぁ』じゃねぇ。またお前は先走りやがって!」
「でも、タイミング的にギリギリだったし今のは急いで正解だったよ」
「バカ野郎、そりゃただの結果論だろ。ここは敵地なんだぞ? もっと慎重に動かねぇとだなぁ」
「あわわっ」
「あ、大丈夫? 放っておいてごめんね、一人で立てる?」
「おいっ。話はまだ終わってねぇぞ、エミカ」
ぴったり追いかけてきてくれてたパメラにお小言をもらいながら、私は助けた男の子に手を差し伸べる。
しばらくその幼い顔が恐怖に歪んだままだったのでケガでもしてるのか心配だったけど、ただ突然のことで頭が追いつかなかっただけみたい。
やがて状況を呑みこむと、男の子はぺこりと礼儀正しく頭を下げてきた。
「お姉ちゃん、助けてくれてありがと」
「いやぁ、いえいえ」
「てか、お前なんでアレに襲われてたんだ。見た目からナメてかかってちょっかいでも出したのか?」
「違うよ……、僕はおじいちゃんの手伝いをしてただけで何もしてない。あの人形たちね、最近様子がヘンなんだ。ぼーっとしてたらと思ったらいきなりあばれ出して、人を見たらおそいかかってくるし……」
男の子の言葉で思い出す。
そういえばさっき街中で見たクマぐるみの中にも挙動不審なのがいたね。もしかしたら港にすら人影がないのもそれが原因だったりして。これは旧都の状況を知るためにももっと詳しく聞く必要がありそうだ。
「ねえ、他の人た――」
だけど男の子に質問すると同時だった。
「おーい、無事かぁー!?」
「あ、おじいちゃん!」
倉庫の角から白髭を蓄えたお爺ちゃんが飛び出してきた。その手には三又にわかれた槍っぽい武器。港の石畳の上にそれを投げ捨て全力で駆け出してくる。
雨の中、男の子の肩を抱き安堵したあとでようやくだった。私たちの存在に気づくと、白髭のお爺ちゃんはパチパチと目を丸くした。
「はて、見ない顏だがこの娘っ子たちはお前の友達か?」
「ううん、違うよ。でも、こっちのツメのお姉ちゃんがあばれてた人形をやっつけて助けてくれたんだ」
「おお、それは! 孫が危ないとこを助けていただきなんと礼を言ったらよいか」
「いえいえ、お礼なんて。人として、いや、お姉ちゃんとして当然のことをしたま――ぅベッ!」
「エミカ、ちょっと来い」
気持ちよく言いかけたところでだった。突然パメラに背後から手で口を塞がれ、私はそのまま首を絞められる感じで倉庫の壁際まで引っ張られていく。
「あの腕と風貌を見ろ」
こっちが苦情を言う暇も与えずパメラは耳元で囁くように言うと、お爺ちゃんがいるほうを顎で指した。
「わかるよな。オレの言いたいこと」
「………………」
いや、何もわかんないのですが。
というか、いきなり過ぎるよ。
お爺ちゃんがなんだっていうのさ。確かに逞しい腕だし、小麦色に焼けた肌の印象もあって精悍な顔つきだ。とても白髪のお爺ちゃんとは思えない若々しさすら感じる。
だけど、別に珍しいことでもないはずだ。だってここは港町。前回この場所に来たときも目にしたけど、海で働く人ってのは大体あんな感じで――
「ん、海で働く……? あっ!」
「こんな場所で出会った時点でもう確定だが、ありゃどう見ても漁師だろ。恩も売れたし、島までの足を確保できる公算大だ。お前の先走りの賜物だよ。よかったな、正解どころか大正解で」
「そんなふうに言われると、ちょっと複雑かも……」
見返りを求めたわけじゃないけど、結果的にお礼を受け取れば見返りを求めたことになり兼ねない。でも、今は手段を選んでられる状況じゃない。何よりも目的を優先しなきゃだった。
「オレたちは王都から派遣された密偵で女王陛下の命を受けてやってきた。一般市民に詳しい事情は話せないが、これから極秘のミッションで監獄島でとある人物と会わなきゃならねぇ。だが、旧都がこんな有り様とは夢にも思わずでな……。もちろん謝礼は弾む。爺さん、これも何かの縁と思って協力してくれないか」
それからパメラが作り話で交渉を纏めて船の準備が整うまではもうとんとん拍子。雨脚がさらに強まる中、私たちは午前の早い段階で港を出るとそのまま目的地である監獄島に向かった。











