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戦記23.転生者、雨の朝


 翌朝、陰鬱な雨の音で目が覚めた。


「うわ、雨かよ……。だるっ」


 正直もう起きる気も失せる。これが小雨じゃなく台風とかだったら逆にテンション上がんだけどな。中途半端がいけない典型だ。

 それでも、明日から本気出すと決め込んだ以上やることはやらねば。でなければ他の誰であろう俺自身の肩に明日以降、累積していく負担がドシドシのしかかってくる。

 夏休みの宿題は早めに。

 洗い物は溜まる前に。

 片付けられる森羅万象、その日の内に。

 それこそ人間として正しく合理的な行動である。


「あ、ダメだ。眠ぃ……」


 もちろん頭ではわかってる。むしろ〝頭でしかわからん〟まである。


『おはようございます、ユウジさん。起きてますか』

「……」

『もしもーし、朝ですよー?』

「……起きてる。起きてるから頼む。あと二時間(アワ)寝かせてくれ」

『起きれないとまずいから天賦技能(ギフト)で呼びかけてくれって言ったのユウジさんじゃないですか』

「………………」


 ああ、そうだった。

 昨日の俺は今日の俺がヘタれるのを見越し、絶世の美少年のモーニングコールという保険を用意していたんだったな。でもできれば絶世の美少女のほうがよかった。


「なんならモコのほうがよかった」

『モコちゃんならすでに起きて島に行く準備してくれてますよ。だからユウジさんも早く起きて下さい』

「……あいよ」

『それともうあの二人も起きてますから。さっき確認したら朝から特訓中とのことです』


 へえへえ、それは精が出ることでよろしおすな。

 アレクベルから情報を得た俺はベッドから這い出ると、スパッと顔を洗いパパッと身支度を済ませ(ねぐら)にしてた西塔の一室を後にした。そのまま長い螺旋階段を下りて中層へ。向かう先は城の北側を占める美しい庭園だ。

 サーサーと細い雨が降る屋外に出て、この前メアリ嬢にお茶会に誘われたゴーレムの墓場(オブジェ)がある辺りまで来るとだった。


 ――ダン、ダダダダダンッ!!


 庭園一帯に響き渡る銃撃のような音。騒音に目を向けると全身から湯気を立ち昇らせる二人の大男が雨の中で鎬を削っていた。


「オラァ!!」

「ムンッ!」


 ぶつかり合う拳と拳。

 息を吐く間もない連撃の嵐が衝撃波を生み出し、その度に周囲の空間を轟かせていく。いやいやドラ〇ンボールですかというツッコミも忘れて、気迫の籠った凄まじい打ち合いに俺は思わず見惚れた。


「ん? お、ユウジじゃねーか」

「うっす」


 先にレオリドスのほうが気付き拳を収めると、続いて対面のラッダも構えを解いてこっちを向いた。

 何をどう勘違いしたのか、二人は俺がこの人間離れした稽古に混ざりたがってるように見えたらしい。朝の挨拶も無しに一汗流そうぜの体育会系なノリで誘いをかけてきた。


「珍しいこともあるものだ。ユウジ、貴殿も手合わせを所望か」

「いい心意気だぜ。遠慮はいらねぇ、思いっ切り来いや」

「はははっ。あんたらアホか、死んでまうわ」


 思わず関西弁になったところで油を売ってる暇がないことを思い出し、その場で今から護衛役として付き添ってほしい旨を伝える。

 この二人ならまあ軽いノリで即答で承諾してくれるだろう。日がな一日こうして暇を持て余してるわけだし。そう踏んでいた俺だったが、思惑と共に当てはあっさりと外れた。


「ユウジ、見てわからねーのか」

「うむ、今は外せぬ。済まぬが他を当たってくれ」

「うげっ……」


 これぞ人徳のなせ()業か。百パー安牌だと思ってたんだけどな、こうまであっさりすっぱり断られるとは。

 しかし二人の様子を見る限り、面倒だから、或いは気が乗らないから護衛を拒否したってわけじゃなさそうだ。


「平和ボケですっかり腕が鈍っちまってたんでな、この禿げととことん鍛え直してる最中だぜ」

「拙僧も鍛練を忘れぬよう初心に返ったまで」


 そして二人とも決して言葉にはしなかったが、よっぽど前回の王都での苦戦がショックだったらしい。旧都に帰還して以来、ずっと稽古漬けの毎日を送ってることからも巻き返そうとしている二人の決意が覗えた。

 ま、そういうことなら邪魔はできねぇか。


「わかった、他を当たる。特訓がんばってくれ」

「ユウジ、ちなみにどこに行くんだ?」


 踵を返そうとしたところでレオリドスが訊いてきた。自分らをどんな物騒な場所に連れて行くつもりだったのか興味はあったらしい。


「なんだ流刑地かよ。ヘッ、やめとけやめとけ。そんな雑魚共いくら集めようが無駄だぜ」

「拙僧も同感である。志のない罪人など有象無象以下よ」


 監獄島(かんごくじま)のことを話して囚人を使って兵力の足しにする旨を伝えると、二人はこっちの気もお構いなしで捻り出した妙案を否定した。

 文句言うばかりで会議も出ず代案も出さず、まったくこいつらは……。そう思うもクランで急先鋒を務める侠客たちの次の言葉にだった。俺はらしくもなく普通に心を打たれた。


「もう小細工は不要。案ずることなかれ」

「ああ、次にどんな相手が来ようがもう関係ねぇぜ。絶対に俺様たちが勝つ」

「………………」


 降り続ける雨の中、ラッダとレオリドスの身体からは何かゆらゆらと闘志のようなものが燃え上がっていた。肉体から立ち昇る湯気がたまたまそう見えただけかもしれない。しかし、大男二人が見せる気迫は文字通り鬼気迫るものがあった。

 思えば前回の戦いが終焉の解放者(リベレーターズ)結成以来、初の黒星と言える黒星だった。元々、個人プレイばかりの集団。正直、仲間というよりは〝共同体〟って感じの俺たちである。最初の敗北を機に、ようやく団結し本当のチームになろうとしているのかもしれない。何かの皮肉か冗談にしか聞こえないが、真の仲間ってやつだ。

 もっと思えば出会った当初、ラッダもレオリドスもパープルに捻じ伏せられ、軍門に降る形で終焉の解放者(リベレーターズ)に加わっている。

 圧倒的な実力差で敗れながらも、あの紫色の絶望を越えるため未だ再戦を切に願い続けている二人である。そんな戦いそのものを信条にしてる奴らが、何があっても勝つから安心しろと言ってくれている。であれば、すべてを委ね信じて任せるのもありっちゃありなのかもしれない。

 ただ、それでも性質と性格の話。

 やっぱり俺は俺の道を行くしかない。

 今までも、そして絶望的なまでにこれからも、俺が変わることなんてないのだから。


「仲間は多いほうが賑やかでいいだろ」


 微塵も思ってないことを捨て台詞に今度こそ本当にその場を去ろうと歩き出す。


「………………」


 しかし何十歩か遠退き、再び打ち合う衝撃音が聞こえはじめてだった。ふと妙な胸騒ぎを覚え、俺はすぐに背後を振り返った。

 当然そこには雨の中、拳と拳を交えるラッダとレオリドスの姿がある。


「こりゃ、完全に寝不足だな。さっさと済ませて昼寝しねぇと……」


 気になってまたしばらく二人の攻防を見つめていたが、結局、最後まで違和感の正体を探ることはできなかった。


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