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227.再びの旧都


 すべては大切な人のため。

 スカーレットにも家に泊まってもらっての翌朝。予定どおりまだ真っ暗な時間から私たちは動き出した。

 バートペシュポートまでの道のりの大半は、ミリーナ様と一緒に引き返してきたルートを再利用。引き連れた数十体のモグレムに荷車を猛スピードで牽引させれば、あっという間に王国(ミレニアム)東部に到着できた。

 でも、さすがに旧都近郊に直通の出口を設置するのは危険ってことで、偵察用の拠点は距離を置いた南方地点に作ることに。

 過ごしやすいようくつろげる広さを確保しつつ、近くに街道もないのであえて地上にどーんと家を建設。

 軽く内装も施しつつ石材でクリエイトした家具類もぽこぽこと。捜索が長期に及ぶことも考慮して持ちこんだ食料も棚やチェストに放りこむ。

 なんかこういうアジト作りはもう慣れっこも慣れっこだ。

 てきぱきと工程をこなし終え、最後に周囲の警備と護衛を連れてきたモグレムたちに命じれば準備は完了だった。


「んじゃ、行ってくるね。暗くなったら一度戻るけど、おなか空いたら先に晩ごはん食べちゃってていいから」

「スカーレット。道中にも言ったがオレの姉共が早々に斥候にくるかも知れねぇ。もし何か妙なこと訊かれても絶対に相手にすんなよ。無視するか適当にはぐらかしときゃいいからな」

「ええ、承知しましたわ。二人とも、どうか気をつけて……」


 スカーレットとモグレムたちに見送られながら、私とパメラは一旦そのまま徒歩で旧都を目指した。

 北上してる途中、どんよりと曇ってた空からぽつぽつと冷たい雫が。

 少ししてそれは激しい雨脚に変わった。


「怪しい曇り空だったが本降りになってきたな」

「ちょうどいいや。もうここで着替えちゃおう」


 背負ってた革袋から持参した大小二着の黒ローブを取り出し、その小さいほうをパメラに手渡す。二人してもぞもぞと頭から潜りこむように着用。仕上げに雨避けのフードを目深に被れば変装もばっちりだった。


「ふっふ、これでどっからどう見ても通りすがりの魔術師だね」

「〝魔力0〟判定で魔術都市を門前払いされた奴が何言ってんだ」

「ふぇ……? ちょっ、なんでパメラがそのこと知ってるの!?」

「どうでもいいだろそんなこと」

「どうでもよくないよ!」

「うだうだしてるとずぶ濡れになっちまう。さっさと行くぞ」

「というか魔力0じゃなくて1ねっ! 魔力1で門前払いだったの!」

「0も1も同じだ同じ。細けぇな」

「細かくないっ! 有ると無いとでは大違いでしょー!!」


 こっちを振り向きもせず行ってしまう相棒の背中を追いかけ叫ぶ。

 てか、誰がよりにもよってパメラに話したのさ。まさか、ルシエラが……? いや、あの魔女っ娘が人の失敗談を面白おかしく提供するなんて無駄を廃したあの口調からも考えづらい。

 なら先日アリスバレーに援軍としてやってきた魂の家(アニマ・ファミーリャ)の誰かってことになるけど、まったくやれやれだよ。

 いやね、私にだって日々積み重ねてるイメージというか、尊敬されるかっこいい姉としての威厳ってものがあるわけですよ。リーナかキャスパーか、はたまたトリエラかはわかんないけど、まったくユーモアのため話を盛るなんてよろしくないよ。事実は正しく伝えるよう今度あの三人に会ったら釘を刺しておかないとだね。


「あのときはたまたま魔力を計る水晶が壊れてたんだよ。みんな魔力1なんてあり得ないって言ってたし。その証拠にそのあと普通にホマイゴスには入れたんだからね、私っ」

「そうか。そりゃ噂話を妄信しちまったオレが悪かったわ。心より謝罪しとく」

「うんうん! わかってくれればいいんだよ、わかってくれればね♪」

「んで話は変わるがよ、今回もそんときと同じ手は使えるわけだ」

「え?」

「するだろ、これから。今回も地下から不法侵入」

「………………」


 あ、ダメだ。

 さすがはもうほぼ身内も同然のパメラ。私の悪事の手のうち全部バレてるや……。

 観念して言いわけはやめて、そこからはもう大人しくパメラの後ろをついて歩いた。


「はっきり見えてきたな」

「うん。でもやっぱここからじゃ中の様子はわからないね」


 降りしきる雨で見通しの悪い視界。その地平の奥に陰る旧都を視認できたところで、私たちは移動ルートを地上から地下に変えた。

 一度広範囲を散策した街だからね。暗黒土竜の魔眼で地図(マップ)を確認して掘り進めば変な場所に出る心配もない。


 ――ボコッ。


 無数に流れる網目のような水路を避けて、人気のなさそうな裏路地に狙いを定めて旧都内部へ。パメラと共にすばやく地上に出て安全を確認すると、すぐに地面も元通り綺麗に塞ぐ。


「とりあえずなんの問題もなく侵入できたね。次はどうしようか」

「まずは情報収集だ。様子を探るためにも人気が多い場所に行くぞ」


 裏路地を抜けて水路にかかる石橋を渡り、私たちは水の壁がある街の外縁に向かって移動を開始。そのあいだ目深に被ったフードの隙間から見る街並みは、ついこないだ見た心に残る美しい光景とはまるっきり一変してた。

 幾つもの破壊された建物と石畳の通路。

 完全に廃墟と化した残骸の一部が雪崩れ落ち、街の象徴たる水路もあっちこっちで塞き止められ寸断。歩道にまで水が溢れ出し、完全に水没してしまってる一画すらあった。


「そんな、この広場だって人でいっぱいだったのに……」

「どうやら一般人は出歩くのすら禁止されてるみたいだな。流通を考えて一部の商人だけは行動を許されてるってところか」


 雨音しか聞こえないほどどこに行っても街は閑散としてた。旧都の入門口と隣接した広場にまでやって来ても同様で、人通りは数えるほど。これがつい十日ほど前に訪れたところと同じ場所だとは到底思えなかった。


「思った以上に動き難い状況だな。怪しい奴らがいるって通報されでもしたら面倒だ。エミカ、ここは一旦引くぞ」

「うん……」


 早々に広場をあとにして引き返すところだった。歩道沿いに並んだ住居の一画。その二階の出窓越しに外を眺めてる子供の横顔が見えた。

 見上げる私の視線に気づいたのかすぐに子供は窓の奥に消えてしまったけど、その表情は酷く悲しげに歪んでた。


「――ヤベぇ、またクマ共だ!」

「パメラ、今度はあっちからも来たよ!」


 一息つける場所を求めて入り組んだ歩道を進むも、今度は行く先々でパトロール中らしいクマぐるみの一団と遭遇しそうになった。

 機嫌が悪いのか道端の物を破壊しながら歩き回ってる奴もいて、避けるだけでも一苦労だった。


「ふぃ~、なんとか網を抜けられたね」

「たく、あいつらアリスバレーでも王都でもわんさか湧きやがって、こっちはもうたくさんだっつの!」


 閉鎖された廃水路を見つけ身を隠し、やり過ごしたあとのこと。私たちは石橋の下で雨宿りをしながら改めてこれからどう動くかを話し合った。


「思った以上に警戒が厳重だ。これじゃ市民に扮して情報を収集するのも難しいぞ」

「街中を歩いてるだけでも危険なら、もういっそのことお城から探索しちゃおうよ」

「馬鹿、そんなん却下だ。本命とはいえリスクが高過ぎる。連中の戦力すべてを正確に把握できてるわけじゃねぇし、あっちにはダリアもいるんだぞ」

「あの人はあの怖い目さえ合わさなければいいんじゃなかったっけ?」

天賦技能(ギフト)に関してはな。問題は察知能力のほうだ。気配を感じる探るどうこうのレベルじゃない。オレはガキん頃から見てきたが、あれの探索スキルはもうほとんど予知の領域に近いもんだと思ってる。もしダリアがいる場所に近づくんなら、こっちも気配消失(ハイド)透明化(インビジブル)を重ねがけするなり最低限の準備と対策は必要になってくるぞ」

「むう……」


 バートペシュ城はほぼ間違いなく敵の主力のド真ん中だ。捜索中に見つかりでもしたらたちまち不味い状況になることは想像に難くない。

 だけど、コロナさんを救い出すにはあの城は避けては通れない場所でもある。


「スクロールの用意は十分にしてきたし、万一に見つかってもすぐに逃げればいい。それに私たちにならバレずに忍びこむことぐらいできるよ」

「わかってる。オレだって不可能とは思ってない。だが、リスクを考えて本命は最後にしようって話だ。その前にちょうどいい捜索場所を昨日知れただろ」

「え?」

「行くんならまずはそっちからだ」

「パメラ……」


 昨日はあれだけ渋ってたのに。

 その決断はちょっとどころかかなり意外だった。


「いいの? あんなに反対してたじゃん」

「別に反対はしてねぇよ。知り合いの兄貴だ、助けられるなら助けたい。それにこの巡り合わせが偶然じゃないってんなら、オレだってもう無関係じゃいられねぇ。これもきっと……なんつうか、たぶん運命ってやつなんだろうよ。巻きこむのも巻きこまれるのも、全部ひっくるめてな」

「………………」


 どうしよう。やっぱこっちからは何も訊けそうにない。

 なんとなくだけどコロナさんや家のことで、パメラが私にも打ち明けられないことがあるってのは薄々だけどずっと感じてはいた。

 でも、それがなんなのか私には想像すらできない。

 だから彼女たちが抱えてる問題も認識できない。

 私にできることといえば、言ってくれなきゃわかんないよ、という眼差しを向けることぐらいだ。


「話が逸れちまったな。悪りぃ」

「……ううん」


 結局、パメラの反応を見る限りだった。私がその運命を背負う必要は少なくとも今はないんだと思った。

 それはきっと、私の知らないところで私の知らない戦いがあるってことなんだろう。

 正直に言えば全てを知りたいって気持ちもある。そんでもって関わるなと爪弾きにされたようで寂しくもある。

 それでも、友達であり相棒であり家族同然でもある彼女が関わりを望まないなら、そうあろうと思う。だって、たとえすべてを知らなくても、大切な人たちの力になれることはきっとあるから。


「それにお前も昨日言ってただろ。あいつが捕まっているのであれば監獄という場所は的外れじゃねぇって」

「そうだね。コロナさんとスカーレットのお兄さんたち一度にみんなを助けられたらそれこそ万々歳だ」


 ほどなくして監獄島(かんごくじま)に行くことは決定した。

 あとは方法の選択。

 海底を掘って島に向かうのが一番手っ取り早い気もするけど、海の下でどこまでマッピングが機能するかもわからないし、誤って海底をぶち抜きでもしたらその時点で一巻の終わりだ。

 なら海岸から橋を伸ばして海の上を行くのはどうだろ? いや、これも正確な島の位置と方向がわからないと難しいかな。それに絶対に目立っちゃうよ。うーん……。


「別に爪の力に頼らなくても単純な方法があるだろ」

「へ?」


 私が固い頭で考えて煮え切らない感じになってるとだった。パメラがこれだという良案を出してくれた。


「普通に船で渉っちまおうぜ」

「おお、その手があったね!」

「何せここは港町だからな。船なんて腐るほどあるだろうし、金さえ積めば快く依頼を引き受けてくれる船乗りもいるはずだ。ま、港がどうなってるかは行ってみなきゃわかんねぇけどよ」


 なら、急いで確かめに行かなきゃだね。

 私たちはそのまま地下に潜行。海に面する街の北端を目指した。


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