戦記21.王都反攻戦⑤
「な、なんなのよ、あの化け物共は……」
西門上空。
超大型人形が一撃で屠られる光景を眼下に目撃したマカチェリーは恐怖に震えていた。
へなへなと座り込んだ背後のゴルディーは、「くまさんが、くまさんが……!」とただ泣きじゃくるばかり。そして戦意喪失した主人の影響か、地上の人形たちも一様に肩を落とし異変を起こしはじめていた。
「ま、まずいわ! ゴルちゃんのメンタルに左右されて士気が――!?」
門に殺到するのを止め、のろのろと場を蠢くだけの人形の群れ。そうなってはもうただの案山子も同然だった。
敗北はもう決定的。この時点で撤退を見越したマカチェリーはアレクベルに急転直下の事態を報告しつつ、直ちに方位をハインケル城のある北東に向けた。
※
俺の心配などどこ吹く風。戦いが再開されてすぐだった。パープルはあっという間に主導権を握った。
巨斧が振るわれる度、前衛のコートの女から鮮血が舞う。すでに満身創痍と言ってもいい具合だ。
そんな窮地の相方を救うため、先ほどから後衛のローブの女は前に出る機会を窺っているもののパープルは微塵の隙も与えない。まずは前衛を潰すためぴったりと張り付き、ジワジワと嬲るようにダメージを積み重ねていく。
このままいけばあのコートの女が倒れるのも時間の問題だ。おそらくあと数分もしない内に勝負は決するだろう。
「いいぞ、押せ押せ!」
新たな深手を今度は左肩に負い、逃げ回る敵。それを追撃するパープルに俺はしっかりと声援を送る。
この場を制圧できれば、また断然こちらが有利になる。しかも今パープルが相手にしてるあの二人は間違いなくこの王都でもハイエンド級の強者。ここを乗り越えさえすればあとの敵は格下と思っていいはず。
「よし、いけるぞ! やっちまえ、パープ――」
『ユウジさん、大変です!!』
しかし、そこで唐突にアレクベルからまた衝撃的な一報が。
オレの頭の中は一瞬で真っ白になった。
『先に投入した五体の大型人形と同じく、最後の超特大人形も敵に撃破されました!』
「………………」
さらに最悪なことに主人の精神状況から活動中の量産型人形たちも弱体化。もはや最前線は風前の灯火で、依然として門の破壊は一カ所すら果たせていないという。
「た、倒されただぁ……? アレクベル、嘘言うな。俺はゴルディロックスの能力テストで一度あれを見てるんだぞ。あんなスーパーロボット並みにバカでかいもん、一体誰がどうやって……」
『赤髪の女の子が魔術らしき光を放って倒したと、マカチェリーさんは言ってました』
「………………」
赤髪の女の子。
その言葉で腑に落ちた。
なるほど……。
やっぱりそういうことだったか。アリスバレーというあの街が陥落しなかったのも、すべてはあの主人公が帰還していたからに他ならなかったわけだ。
そして、あの女の子が参戦したとなれば、この戦いにおいて俺たち終焉の解放者の敗北は必至。シナリオが存在する限り、悪は正義に駆逐される他ないのだから。
「三十六計逃げるに如かずだ、アレクベル」
『はい……?』
「つまり撤退だ、撤退! 総員、撤退せよっ!!」
頭を切り替え、俺は急いで逃げの指示を出す。幸いなことに指示待ち人間ではないマカチェリーは先を見越してもうこちらに向かっている最中だという。
とにかくこの大広間を脱出し、見晴らしのいい場所に退避しなければ。位置的にも近い城の真後ろ――北側に接する外壁の上まで逃げるのが一番か。
どちらにせよ撤退に時間はかかる。
まずマカチェリーには中庭でラッダとレオリドスを先に回収したあと、城の上空で待機するよう指示を。ロコとモコは単独行動中のダリアを捜索中らしいのでそっちはそっちで合流次第、魔法陣で撤退するよう伝える。
「最悪、見つからないようだったらダリアは置いてけ。身勝手に動いた本人の責任だ」
『わかりました……。あの、どうかご無事でユウジさん』
「ああ、何こっちは無敵の首領様がいるんだ。心配はいらねぇよ」
念話を終え、戦いを優位に進めるパープルのほうに再び視線を向ける。
アレクベルに心配はないと言った手前あれだが、すんなりこのまま撤退できるかどうかについては別の問題もあった。
「おい、パープル! 戦いはもう止めだ、退くぞっ!!」
「………………」
あらん限りの大声で呼びかける。
それと同時にパープルは大人しく追撃を中止しバックステップを踏むも、こちらを振り返るなり眉間に皺を寄せ露骨に嫌な顔をした。
「正気か、ユウジ……。ここまでやって尻尾を巻いて逃げるのか?」
「戦況が覆されちまったんだよ。それでも、王国に打撃は与えた。それに救国と旧都で人形を大量生産すればまた何度でも挑める。今回は駄目でも次に勝てばいい」
「だが、あと少――」
――ヒュリンッ!
パープルが反論を続けようとしたところでだった。不意に一刀の円月輪がその白い首を刎ねんとかすめる。スレスレのところで避けたものの少量の血飛沫が舞い、パープルはさらにバックステップを踏み俺のすぐ傍にまで下がってきた。
「賊共め、我々がこのまま逃がすと思っているのか?」
後衛のローブの女は好機を見逃さず、すでにコートの女の横に立って何かしらの魔術を施していた。
見る見るうちに塞がっていく全身の傷。ほぼ一瞬でコートの女は全快し、戦いは振り出しへ。
せっかく築いた優位をふいにされ、パープルはますますのしかめっ面で俺を見た。
「はぁ……」
「そんな顔すんなよ。そもそもチーム戦なんだから仕方ないだろ」
「だが、ここで逃げたら私が弱いみたいじゃないか……」
「いやいや、そんなん気にすんなって。てか、あちらのボーイッシュなお姉さんもよ、あー言っちゃいるが内心ではめちゃくちゃホッとしてるはずだぜ。命拾いしたってな」
「なっ、小僧が! 私を侮辱するかっ!?」
「おひっ!」
挑発を挑発で返すと即座にだった。コートの女にパープル以上の目力で睨まれた。
ヤベぇ、何あれマジで怖ぇ。
元レディースの総長か何かですか……?
完全にロックオンされたこともあり、俺としては今この瞬間にも撤退したいところだ。だが、後ろ髪を引かれる思いのパープルはなかなか踏ん切りが付かないご様子。負けず嫌いなのは知っていたが、わりと完璧主義者でもあるのかもしれない。
「実はよ、ゴルディロックスがいつも抱えていた人形がさっきやられたんだ。倒したのはこの世界でも指折りどころか、たぶんいろんな意味で一番の強者だ。てか、こないだ旧都で戦った赤髪の女の子、覚えてるだろ? あの子だよ。次はまた、あの主人公とも戦わせてやるからさ」
「………………」
交換条件を付けたところでようやくパープルは溜め息を吐きながらも納得したようだった。
渋々といった感じで近付いて来る。そのまま隣に立ったかと思えばなぜか足払いを放ち、倒れかけた俺の太腿と腰をその両手で支え、抱えた。
「え、何これ?」
「ユウジ、口は閉じていろ。舌を噛むぞ」
一言で言えば、お姫様抱っこ。
いや、なぜに今、お姫様抱っこなんだよ?
不自然すぎるほど整った顏があまりにも近くにあるせいで何も訊けないでいると、例の光の十字架の輝きが迫って来るのが見えた。
げ、ヤバい! 早く絶望を穿つ紫で防御しろ、パープル!
心の中で叫ぶも紫の穴は盾として目の前にではなく、なぜか俺たちの足元に出現。何やってんだと思う間もなく、次の瞬間には床が消えていた。
襲う浮遊感。
そのまま階下へと落ちていく。
「――やはりやればできるものだな」
「だからってぶっつけ本番で試すなよ、心臓に悪すぎるわ……」
旧都で赤いゴーレムが逃走時に使っていた技を即興で真似てみた。パープルから脱出の方法について説明を受けたのは、城の北西側に面する外壁の上に無事降り立ってからだった。
※
「アレクベル、作戦中止とはどういうことだ?」
『ゴルディーさんがショックを受けてしまって包囲が崩れそうなんです。とにかくマカチェリーさんが今そちらに向かってますから退却してください』
「むう……、了解した」
ハインケル城上層、中庭。
まさかこのような結末になるとは。もしや先ほど西の方角で煌めいた光や鳴動がその元凶か。ラッダはふっと息を吐いたあと敵ばかりの周囲を見渡した。
「だが、拙僧らもここまで苦戦を強いられるとは……」
大勢の冒険者と騎士に囲まれたラッダは一切攻めて来ない相手に手を焼き、未だその包囲を打破できずにいた。
自身の天賦技能である破壊神は、守りにおいてこそ最大の力を発揮する。初めから守勢を貫く相手とは相性の悪い力である。しかし、この苦戦はレオリドス相手に一対一で挑み、一歩も引かない半裸男の大善戦があってこそだった。
たしかマストンと言ったか。あちらの勝敗が決しない限り、どちらにせよこの場の膠着は続く。
敵を一人とて屠れなかったのは不甲斐ないばかり。だが王都の陥落が厳しくなった以上、ラッダとしてもこの戦いに意味は見い出せなかった。
「がはは!! すげえぜ、お前っ! 前回ヤリ合ったときよりも遥かに強くなってやがる! 本当に嬉しいぜ! 俺様とタイマンでここまで張り合える奴に出会えてよぉ!!」
完全に獣化しテンションの上がり切ったレオリドスが猛攻を繰り広げる。対するマストンは風の魔術で強化した身体でそのすべての攻撃を受け切り、大振りの隙を突いては確実にカウンターを浴びせていく。
「――聞け、レオリドス!」
両者一歩も譲らぬ激闘が続く中、ようやく再び間合いが開いたところでラッダは頃合いを見計らい撤退を伝えた。
「もうすぐマカチェリーの奴が来る。作戦は失敗した。引き揚げだ」
「あぁー!? なぁに言ってんだ、クソ禿げ! 戦いはこっからだろうがっ!!」
「知らぬ。大本営がそう判断したのだから大人しく従え」
「うるせー! 俺様は好きにやらせてもらうぜぇ!!」
「………………」
やはりこうなるか。わかっていたことではあるが説得は容易ではなさそうだ。
――フッ。
最悪このままレオリドスを置いていくこともラッダが考えているとだった。黄昏色だった頭上が不意に暗くなった。
見上げると、巨大な腹と翼が。
突如として現れた青い飛竜はそのまま下降してくると、風圧で多数の冒険者と騎士を吹き飛ばし庭園の緑樹を薙ぎ倒しながら着地。ドラゴンライダーとしてその首根っこに乗っていたマカチェリーは顔を出すなり中庭中に響き渡る大声で叫んだ。
「あんたたちボケっとしてないでさっさと乗んなさい! こっから一刻も早く撤退するわよ!!」
「うるせぇー! いいとこなんだから邪魔すんな、玉無し野郎っ!!」
「まー! わざわざ迎えに来てあげたのに何よ、その言い草は! てか、敵にヤバい奴らがいんだっての! アタシはあんな連中の相手なんてまっぴらごめんだからね! 今まーちゃんに乗んないってんならマジで置いてくわ! レオリドス、あんた歩きで旧都まで帰ることになるわよ! それでもいいのねっ!?」
「くっ……、本当にうるせぇ玉無し野郎だ!」
マカチェリーとの言い争いに負けたレオリドスは背後を振り返ると、すでに戦いの構えを解いていたマストンを見た。
これ以上の戦いは王都側に与する自分にとっても望むものではない。その意思表示を受け、やがてレオリドスも獣化を解いた。
「ほら、早くしないと両方とも置いてくわよ!」
「ちっ!」
「行くぞ」
中庭で戦っていた二人は庭園の床を蹴り、跳躍。
直後、仲間を回収した飛竜は再び旋風を巻き起こしながら大空に羽ばたくと、ハインケル城の北西に向かい飛び立った。
※
ハインケル城。
北側最上部、回廊。
「ふぅ、今のはちょっと危なかったわ。随分と腕を上げたわね」
「あの日の敗北が、私を強くした」
「なるほど。つまりは全部、私のおかげってわけね♪」
「ほざくな」
大鎌と氷剣による鍔迫り合いは、ダリアが僅かながら優勢を保つも互いに決定打は出ず。
能力を警戒するベラドンナが視線を警戒していることもあり、奥の手である双眸恐怖症も封じられたまま。ダリアは軽口を叩く反面、思い通りにいかないことに徐々に苛立ちを募らせていた。
『ダリアさん、聞こえてますか? 聞こえてるなら直ちにロコちゃんたちと合流して撤退してください。繰り返します――』
「………………」
再三の撤退命令も先ほどから無視し続けていたが、さすがにそれも限界か。まさかあの女が不在の王都で、この局面を引っ繰り返せるような人間がいるのはダリアにとっても想定外だった。
「やれやれ、残念だけど時間切れみたい。そろそろお暇させてもらうわね。久々にあなたと遊べて楽しかったわ、ベラ」
「ふざけるな。このまま逃がすわけ――」
怒りを露わに氷剣を構え、突進しようと回廊の床を蹴る。
「――っ!」
しかし直後、殺気を感じたベラドンナは方向を変え真横に飛んだ。
次の瞬間、先ほどまで自分がいた場所に小さなナイフが。それを横目で確認した彼女は新手がやって来たことを瞬時に悟ると、さらに背後に飛んで距離を取った。
「あー、もうっ! どいつもこいつもなんで今のが避けられるの!?」
背後から駆け付けたロコが敵の心臓を射止められなかったことに悔しがる中、ダリアも回廊の奥へと下がる。
互いに安全圏まで離れると、戦っていた両者は武器を下ろした。
「いいタイミングよ。助かったわ、ご苦労様」
「別にあんたを助けるためにやったわけじゃないし! 命令だから仕方なくよ! ほら、モコを待たせてるんだから早く行くわよ!」
「はーい♪ じゃ、そういうわけだから、ベラ。運が悪かったらまた会いましょうね」
そのまま背を向け、駆け出していくダリアとロコ。
遠くなっていく侵入者たちの後ろ姿。
「………………」
復讐に駆られる気持ちを堪えつつ、ベラドンナは冷静に戦況を判断し場に留まった。
※
「うぅ、目が回るぅ……。パメラ、揺らさずに歩いてぇ……」
「無茶言うな……」
大技を放ち一歩も動けなくなったエミカを負ぶりながら、オレたちは防壁の上を急ぎ足で進んでいた。
今は時計回りに北上し、すでにハインケル城の手前まで差しかかりつつある。
一番心配だった北西門もゴーレムたちによる補強が間に合ったようで、人形たちに突破を許した形跡は見当たらなかった。その上で眼下の大群の勢いは今や一様に衰え、グールのように外壁周辺部を力なく彷徨うばかり。この様子なら反対に位置する東側三カ所の門も心配はないだろう。
「モグラちゃんが人形の親玉を成敗したおかげね。何はともあれこれで一件落着。めでたしめでたし」
こちらの視線を追ってだろう。オレの隣を歩くイドモ・アラクネが誰にともなく言った。
詳しい因果関係は推測する他ないが、あの超大型人形の破壊が天賦技能持ちの能力に影響を与えたというのはオレも同意だ。が、後半の終戦宣言には同意できない。
当初の予定どおり姉たちが敵の主力を抑え込んでくれればいいが、何もかもすべてが上手くいくほど甘くないはずだ。最悪のケースとして姉たちが敗北を喫していれば、敵の動き次第でさらなる戦闘がこの王都で繰り広げられることになる。
「その心配はないんじゃないかしらね」
「………………」
まるで心を読んだかのような発言に思わず固まる。
「ほら、見なさい」
そんなオレを気に留める様子もなく、イドモ・アラクネはハインケル城のある北側のほうを指差していた。
緩やかな弧を描く通路。
その、ずっとずっと先。
日没寸前、最後の光を受けて通路の縁から二つの長い影が伸びている。
かなり距離はあったが遮蔽物がないので姿かたちははっきりと見えた。
黒尽くめの服を纏った若い男女。
オレがその姿を認識すると同時だった。
背中越しに心臓の高鳴りが伝わってきた。
「パメラ、あの人……、あの人が……」
言い淀む、エミカ。
遠くにいる相手が何者かを理解するには、その狼狽だけで十分だった。
そうか。
あれが――あの、女が――
太陽が沈んでいく。
陰る、世界。
すでに連中もこちらの存在には気付いていた。
しばし交差する視線。
だが、どれだけ警戒して待とうと敵が動く気配はなかった。
「やっぱりもう戦う気はないみたいよ」
イドモ・アラクネが呟いた直後だった。
暗がりが占めた空から突然、大きな影が螺旋を描き地上へと降る。
長い両翼を羽ばたかせ、そのままゆっくりと防壁の縁に迫ったかと思えばだった。青い飛竜は黒尽くめの男女をその背に乗せると、より闇の濃い東の彼方へと飛び去った。











