戦記20.王都反攻戦④
闇から撃ち出された光に即座に反応しジギタリスが背後に跳ぶ。それを見たプリンセチアは反対に前に出ると魔術による防壁を展開。
咄嗟の対応で事なきを得た黎明の円卓の二人だったが、相対する強敵がやってのけたことに動揺は隠せなかった。
「呑み込んだ私の無慈悲な天罰を反撃に……。あの純エルフの天賦技能、聞いてた以上にヤバいかも」
「ああ……。足手纏いが居ては尚更にこちらが不利だ。ヒマワリは今のうち離脱させる」
「だね。ヒマワリ」
ジギタリスの言葉と共にプリンセチアが目配せすると、壁際にいた末席の妹は視線の意味を理解しすぐに動き出した。
「えっほ、えっほ」
しかしその動作はあまりにとろく、ほぼ歩くのと変わらない速度で出口に向かうヒマワリに二人は肝を冷やした。
「――えがった、いい人です! ありがとごじゃます!」
「ほっ……」
「なんたる愚鈍め。日頃の鍛練を怠っている証拠だ……」
奇跡的に鈍足のヒマワリが見逃され、大広間を無事に出て行く姿に一安心する姉二人。
「何をしている、ユウジ!」
だが、それも束の間のこと。対面のパープルが取り出した見覚えのある戦鎚に、二人の心音は大きく揺れた。
「貴様、その斧をどこで奪った!?」
問いかけと共に円月輪を投擲するジギタリス。手にした戦鎚の尖端でそれをいなしながら視線を彷徨わせるパープル。
記憶が不鮮明らしく咄嗟には思い出せない様子だったが、それでも待つと答えは返ってきた。
「ついこないだ海岸で戦った……、そう、たしか全身甲冑を纏った馬鹿デカい女だったな。これはそいつが持っていた得物だが、それがどうかしたか?」
「コキア……」
「コキア?」
プリンセチアの呟きを聞き逃さずパープルが首を傾げる。しばしの静寂ののち、今度はジギタリスがその呟きを引き取る形で質問に答えた。
「我々の妹……、その斧を愛用していた者の名だ」
「なるほど。ならばそいつは私が殺した。身内として最後を知りたいか?」
「……いや、訊くまでもない。最後まで戦い抜いて死んだ。そこに疑念を挟む余地はない」
「そうか。では、このまま続けるぞ」
関心はすぐに薄れ、パープルはまた戦闘へと没頭していく。戦鎚を構え、二人に向かって勇猛にも突撃を繰り返す。
F-Ⅶのコキアがすでに亡き者であれば、同行していたF-ⅩⅠのマーガレットも生きてはいまい。そして、派遣されていた他の妹たちも皆、すべて……。
昂る気持ちを抑えながら、ジギタリスは四つの円月輪を駆使し、突進して来るパープルの勢いを削ぎ、自由を与えない。
落ち着け。
やることに変わりはない。
奴の足を止め、この場に釘付けにする。
王都を包囲する人形の大群が排除されるまで、今はそれに専念することだけを考えろ。
「プリン、来るぞ」
「わかってる」
ジギタリスとプリンセチアは共に平静を取り戻し、弾丸のように襲いかかってくるパープルを幾度も押し返し、戦いを引き延ばしていく。このままであれば二人の目論見通り、永遠とは言わずとも勝負は長期に及んだことだろう。
だが、パープル・ウィスパードの戦闘における才能は彼女たちの想定を遥かに凌駕するものだった。
「くっ!」
「ジギー!?」
まず戦鎚の一振りがジギタリスの二の腕に触れ、一つ。
それ自体は僅かな掠り傷であったものの、パープルは拮抗を破る足がかりをすでに掴みつつあった。
※
南西門を経由して西門へ。
ゴーレムたちによる迅速な働きで補強は間に合い、ここまで壁や門が破壊された場所は見当たらず。その上で眼下の人形の群れも殺到するだけで壁をよじ登って来る気配もなかった。
これで残す心配は、スタート地点だった南門から一番遠い北西門と北東門の二カ所だ。先行したゴーレムたちは皆そちらに到着してる頃だろう。
「エミカ――」
オレたちも急いで向かうぞ。そう呼びかけようとしたとき、夜の帳が下りはじめた赤黒い空の一点に浮かぶ影に気付いた。
決して雲などではない。
慎重に目を凝らすと認識できなかった影は、翼を羽ばたかせる竜のシルエットに変わる。
「ちっ、あんな高い場所から見下ろしてやがったのか……」
夕闇のせいで今まで気付けなかったが、これまでずっと監視されてたってわけか。南門前に巨大人形を墜として来たのも、あの竜の背から以外には考えられない。
――ゴゴゴゴゴッ。
「……っ!?」
ふと、その考えに至った瞬間、上空から刺すような殺意と共に強烈な〝圧〟を感じた。
これは絶対に、ヤバい……。
安全地帯が突如として死地に変わっていく、そんな負の予兆。
隣で膝に手を置き休んでるエミカに、「走れ!」と叫ぼうとした間際、遥か上空で何かが光った。同時に、爆音と共に吹き荒ぶ風。オレたちの周囲に日没以上に暗い影が差す。
頭上。
夕焼け空があった場所には、視界を覆うまでに巨大なシルエットが。
まるい頭部に、だらりと垂れ下がった毛むくじゃらの四肢。
人形だ。
クマの……。
それも、先ほど倒した五体とは比べ物にならないまでに、馬鹿デカい……。
「逃っ――」
言いかけ、次の瞬間にはもう言葉を呑んでいた。
ゆっくり墜ちて来ているようにも見える。だが、それは巨大すぎるが故の錯覚だ。すでに逃げる場所などどこにも残されちゃいない。
まさか、相手にここまでの切り札があるとは。
許された時間の中、思考が高速で働くあいだにも頭上の影は迫り、より大きく暗くなっていく。
駄目だ。
想定外にも程がある。
これを回避する手はない。
完全に、詰まされた……。
諦めるなとまだ強い意思が残る反面、迫り来る現実に身体は硬直し、オレはぴくりとも動けなくなった。
※
ゴルディロックスの手によって胸元に抱かれていた人形が空から落とされ、戦いに終止符が打たれようとしたまさにそのとき。
南門前では救援隊と人形との交戦は更なる激化を極め、ハインケル城の中庭では冒険者と王立騎士団の混合部隊が命懸けでラッダとレオリドスの足止めを続けていた。
また北側最上部の回廊では、浅からぬ因縁を持つベラドンナとダリアの両名がどちらも一歩も譲らず激しい攻防を繰り広げていた。
王都の各所で散る激闘の火花――
終焉の解放者が有する最大の切り札を投入した、まさにその瞬間のこと。
西から突如として現れた一つの影が、エミカたちの下を目指し凄まじい勢いで迫りつつあった。
光と爆音と共に一瞬で肥大化するゴルディロックス最愛の縫い包み。
上空でその危機が顕現する頃には、影は群がる地上の人形たちを真っすぐに蹂躙し、すでに王都の防壁を目にも留まらぬ速さで駆け上がっていた。
それはそのまま硬直するパメラの横目をすり抜けるように姿を現すと、通路の淵を力一杯に蹴り上げ天高く跳んだ。
四肢を垂れながら墜落して来る超巨大人形。
一瞬にしてその高度まで昇り詰めると、到達した影は身体を逆さに入れ替えながら大きく弧を描くように下肢を振り払う。
――バゴォッ!!
直後、天上より伝播する爆音と震動。
王都全体に波紋のように衝撃が広がる中、超巨大人形は荒野に叩き付けられると、そのまま夕陽に沈むように大地を深く削りながら滑るように転がっていった。
※
頭上から降り注ぐ衝撃音。
あまりに突然のことに呆気に取られる。それでも、何が起きたのか即座に把握できたのは昨日も同じことがあったからだ。
「――まったく仲間外れなんて酷いわ、モグラちゃん」
ただの蹴り一発だった。
たったそれだけでとんでもない重量の塊を吹き飛ばし、あまりにも大きかった絶望を打ち払うと、イドモ・アラクネはオレたちの傍に音もなく着地して来ておどけるように言った。
「ダメじゃない。一番の親友を頼らないなんて」
「か、会長……」
アリスバレーの冒険者の多くを巻き込んで勝手に反攻作戦を実行した気まずさから、エミカが恐る恐るに訊く。
「反対してたのに、力を貸してくれるんですか……」
「初めから協力しないなんて一言も言ってないでしょ。私はモグラちゃんと街のことを思って最善の提案をしただけよ。それなのに私が間に合ったからよかったものの、そんな身体で無茶するなんて」
「ごめんなさい。でも、こうするしか……」
「謝罪と弁明はあとでね。それより今はあれをどうにかしないとでしょ」
しょぼくれるエミカの肩にそっと手を置き、西の方角に顔を向けるイドモ・アラクネ。
抉れた地面。転がった跡が一本の直線となったその終点に、超巨大人形は元の人形に戻ることなくまだ存在していた。
「久し振りに全力を出したつもりだったんだけど、ブランクのせいで浅かったわね。それでも、あれは相当にタフよ。倒すにはもっと強力な一撃が必要ね」
「………………」
さっきの蹴りよりも強力な一撃だと?
「簡単に言ってくれるなよ……」
こっちが困惑するのも束の間だった。
「来るわよ」
倒れていた超巨大人形は沈み欠けた夕陽を背にむっくり起き上がると、ベタ”ン、ベタ”ンという不気味な足音を響かせながら一歩、また一歩と両腕をぶらぶらと垂らしながらこちらに近付いて来る。
殺意を露わにするようにその両目は赤く光り、その全高は王都の壁の高さよりも遥かに高い。五十フィーメル以上は確実にあるだろう。故に一歩といえど大きな一歩。奴がここまでやって来るのもあっという間だ。
うだうだとあれこれ考えている余裕なんてなかった。
「オレがやる」
天賦技能を発動させ大剣を出現させる。
なんとか、あと一撃。その一心で僅かな魔力のすべてを大剣に注ぐため、神経を研ぎ澄ませていく。
そうしているあいだにも超巨大人形は目前に迫りつつあった。
「くっ……」
魔力どころか生命力そのものを吸われていく感覚。
これは命と引き換えの一撃になるかもしれないという予感。
しかしイドモ・アラクネがやって来た以上、あの超大型人形を仕留めさえすればあとはどうとでもなる。
だから、たとえ最後になろうとも、この一撃だけは――
「――なっ!?」
それでも、突如として目の前に割り込んで来たエミカの背中がそれを許さなかった。
「おい、なんのつもりだ!」
「ダメだよ。パメラだってもう限界でしょ。だから、あれは私がなんとかする」
「なんとかするって……、お前だって立ってるのもやっとだろ!」
「うん、だね。だから、たぶん撃ったら動けなくなると思う。でも、絶対にあれだけは倒すから、あとのことはお願い」
言い切った直後、止める間もなくだった。
両爪を翳し、目の前に特大のダイヤモンドの煌めく杭を生み出すと、エミカは即座に両足を踏み込ながらその底部を渾身の力で殴り付けた。
「〝超・モグラシュート〟――!!」
次の瞬間、夜の闇が迫る王都に閃光が弾けた。
同時に、眩い煌めきが光線の如く直進。
放たれたそれは爆音を置き去りにしたまま超巨大人形の頭部を呆気なく貫くと、うねりながら上昇。回転の力からかポップした光の衝撃波はそのまま天すらも貫き、浮かんでいた夕雲を跡形もなくすべて消し去った。
――ホ”ォンッ!
遅れて、やがて頭部を無くした超巨大人形が爆散。まるで雪のように夕暮れの世界に大量の綿花が舞う。
「えへへ、〝真・モグラシュート〟と迷ったけど、やっぱ、そっちのほうがよかったかなぁ……」
生涯、絶対に忘れることはない。
そんな印象的な背景を背にこちらを振り返るエミカ。そのまま力を失い前のめりに倒れる相棒を、オレはしっかりとこの両腕で受け止めた。











