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戦記18.王都反攻戦②


 長く続く廊下。

 等間隔に並んだガラス窓からは斜陽の光が射し込み、空間の全ては茜色で満ちている。


「さて、次の子羊ちゃんはどこかなーっと♪」


 城内に易々と侵入したダリアは北側最上部の回廊を、まるで昼下がりの散歩でも楽しむかのように歩いていた。

 武器である大鎌を片手で振りつつ陽気な気分に浸る殺人鬼。すでに道中で城の衛兵を複数殺害した彼女はさらなる獲物を求め徘徊を続けていた。

 共に潜り込んだロコとモコともすでに別れ、今は単独行動。双子がアレクベルに告げ口していれば、すぐにでも行動を諫める指示があったはずだ。それにも関わらず未だお咎めの言葉は頭に響いて来ない。

 おそらく突如として現れた王都側の援軍に思う以上に手を焼いているか、または会談に臨んだ司令塔であるユウジの身に何かあった。それとも、その両方か。


「ま、どれでもいいわー。おかげ様で私は自由に散策できるわけだし」


 指示がないのであれば、今は城内を好きに掻き回して良いということ。

 目的である魔法陣の設置については少女時代の記憶を頼りに、すでに素晴らしく適した場所を幾つか双子に教えてあるし、そもそも使うかどうかも定かでない脱出路などさして重要ではない。ならば自分は自分が思うまま好きに殺ッたほうがいいだろう。

 命令が飛んで来ないのをいいことに自分勝手な解釈のもと歩くことしばらく。やがてダリアは回廊の先に動く人影を見つけた。


「あ、はっけーん♥」


 メイド服を身に纏った女中――その後ろ姿。

 次なる獲物を見つけたダリアは大鎌を構えながら、ゆっくりと近付いていく。食器を積んだワゴンを押し歩く女中は背後から迫り来る死の脅威に未だ気付いてすらいない。

 不意に声をかけてから斬りかかるのも良し。

 このまま黙って斬りかかるのも良し。

 僅かに逡巡したあと、ダリアは不意打ちを食らわせ反応を愉しむことに決めた。

 女中の背中を二つに裂くため大鎌を振り上げ、天井付近でぴたりと静止させ、微塵の躊躇もなく振り下ろす。


 ――キィン”ッ!!


 次の瞬間、ダリアの手元に奔る衝撃。

 だが、それは人の肉や骨を断つ感触とは明らかに違う手応えだった。


「あらあらあら?」


 気付けば正面の女中の陰から音もなく飛び出して来た新たな人影がダリアの目前に立ちはだかっていた。

 顏下半分を隠すフェイスベールに、妖艶な踊り子服を纏った女。その右手からは魔術で生み出された氷が剣を形作り、ダリアの大鎌の先端をぴたりと受け止めていた。


「えっ……」


 間一髪のところで命を救われた女中が遅れて背後の状況に気付き甲高い悲鳴を上げる。


「叫ぶ暇があるなら早く逃げろっ」


 踊り子服の女が威圧の籠った声で命じると、女中は押していたワゴンを残して回廊の奥へと一目散に逃げて行った。

 それを見たダリアは鍔迫り合いを止め得物を引くと同時、連続でバックステップを踏んで背後に飛んだ。その間しっかり追撃を警戒するも、殺しを邪魔した相手がすぐに動く気配はなかった。


「………………」

「………………」

「……ん?」

「………………」

「あっー! 何よ何よ、一瞬誰かと思ったじゃない! 随分と久し振りね、ベラ♥ 元気だったかしらー?」

「………………」


 しばし無言で相対したあと、相手が何者なのかに気付いたダリアがその名を呼ぶ。

 円卓のF-Ⅴ(5番目)に位置するベラドンナは、ふつふつと湧き上がる怒りを感じながら嘗ての姉妹に向けて問うた。


「今更なぜ戻って来た? あれだけのことを仕出かした、お前が……」

「んー、それって答える必要ある? あなたが私の前に立ち塞がってるってことはさ、パメラ経由でもうネタバレしてるってことよねぇ? あの子ってば、お喋りなんだから」


 表面上の態度では余裕を見せたものの、パメラが自身の存在を打ち明けることはまずないだろうと踏んでいたダリアは少なからずこの状況に驚いていた。

 自分とはまた違った意味での孤高。それを抱える妹の心境に何か変化があったのか。あったとすれば、それは自らが属する陣営にとっても大きな影響を及ぼし兼ねない。

 すでに自分の存在が姉妹全員に知れ渡っているという事実。イレギュラーな要素を含め、これから起こり得るシナリオを頭の中で想定しているとだった。


「……なぜ、リコを殺した?」

「え?」


 氷の剣の切っ先を向けたベラドンナから新たな質問が。思わず噴き出しそうになりながらダリアは訊き返す。


「ふふ、それこそ今更よね。というか、そんなこと聞いてどうするの?」

「答えろ」

「えー、そんなに知りたいー?」

「………………」

「ならさ~、せっかく再会したんだし、昔のように少し遊びましょーか?」


 向けられた氷の剣に合わせ大鎌を構えると、ダリアは見える口元だけを大きく歪ませた。


「私に勝てたら教えてあげる♪ なんならリコが残した最後の言葉も、一緒にね――」











 ※


「うぶっ……」


 ドカンドカンと何やら騒がしい音に目覚める。気付けば俺は大広間の端まで吹っ飛ばされていた。

 ヤバい、どれだけ落ちてたんだ……? あんだけうるさかった鐘の音もすでに鳴り止んでるし、かなりのあいだ意識もぶっ飛んでたっぽいぞ。

 大広間の中央ではコートの女とローブの女を相手に、パープルが一対二の激闘を繰り広げている。我が首領様は当然として向こう側も常人の動きじゃなかった。

 果敢に接近しようとするパープルに対し、コートの女が大小四つの円月輪を変幻自在に操り牽制。自らもアクロバティックに跳ね回り近付ける隙を与えない。

 そこをパープルがダメージ覚悟で無理に突破しようとするものなら、後方に控えたローブの女が光の十字架を放ち押し返す。さすがのパープルも魔術の攻撃は素直に避ける以外に手はなく背後へと跳ぶ。間合いは元通り、すべては振り出しに戻る。


「すっげ……」


 数的に優勢とはいえ、あのパープルを相手にまともに戦えてることに思わず驚嘆の声が漏れた。


「いやいやいや、感心してる場合か!」


 だが、すぐに自分で自分に突っ込みを入れて実状を思い出す。

 会談は破談。というかそれ以前の話。思ったとおり俺たちを嵌める罠だったわけだ。急いでこめかみに指を当てて命令を下す。


「エマージェンシー、エマージェンシー! 停戦交渉は破棄だ。アレクベル、人形たちに王都を攻撃させろ」

『――ユウジさん!』


 もうこうなっては仕方がない。非礼には非礼で返すまでだ。

 王都の完全破壊を決断しつつ、念話で繋がったアレクベルから手短ながら戦況の説明を受ける。いきなり援軍が現れたってのも想定外だが、取って置き五体がすでに壁の外に投下済みってのが何よりの誤算だった。

 たくっ、あのメンヘラ妖精め。王都の中にデカ人形たちを放り込んじまえば、それで片は付いたかもしれねぇってのに。











 ※


「エミカ、急ぐぞ!」

「うん!」


 人形の群れを嵌めるため、ゴーレムたちが作った渓谷のように巨大な落とし穴。その中央に橋を渡すように進路を確保すると、オレとエミカは複数のゴーレムと共に南門の目前まで一気に迫った。

 その間、空からはアリスバレーを襲った例の巨大人形たちも続々と現れ、耳を劈く爆音があっちこっちで轟いた。

 さらに壁沿い東側からは別の群れが進軍。相手の想定以上の援軍に一度下がることも考えたが、巨大人形たちは降って来るなりなぜか敵味方関係なく暴れはじめ、戦場は一層の混乱を極めた。


「な、なんか恐ろしいことになっちゃってるけど……」

「ああ……」


 しかし、この戦況は断然こちらの利だ。今、最悪なのは相手に統制を取れた動きをされること。人形たちの敵意が王都の外に向いているあいだはまだいい。


「げっ!」


 なんて思った傍からだった。


「あいつら門に!?」


 落とし穴に嵌らず、巨大人形の暴走にも巻き込まれなかった百体ほどの群れ。それらが門を破壊せんと壁側に一気に押し寄せていた。

 これまでとは違う完全に統制の取れた動き。このまま放っておけば南門の扉は破壊され、人形たちの侵入を許すことになる。そうなってしまえば終わりだ。どれだけの被害が出るか想像も付かない。


「――やらせるかよ!」


 頭で考える前に突撃し、門へと殺到する人形たちを背後から大剣で斬り付け、少しでもその数を減らす。だが、こんなのは焼け石に水だ。南門にある程度近付けたところで後ろから遅れてやってきたエミカに、オレは急いで指示を飛ばした。


「こいつらを殲滅してたら他の門が手遅れになっちまう! 上だ、壁の上に行くぞ!」

「う、うんっ……!」


 苦しそうに息を切らしつつ、しゃがんで地面に両爪を触れるエミカ。たちまち地面が迫り上がって、付いてきた十体ほどのゴーレムと共にオレたちは王都の壁の高さを上回る上空に昇る。


「おっけー、固定化したよ! もうこの門は大丈夫!」


 全員で壁の上に飛び移ったあと、エミカは破壊されかけた南門を守るため上から門全体をコーティングするように土の膜で覆った。

 続けて一緒に上がって来たゴーレムたちを東と西の二手に分かれさせ、残る六門を同様に補強するよう即座に命じる。


「急いで!」


 そのまま凄まじい速さでゴーレムが散開するのを見届けたあとだった。とりあえず最善手を打てたことに安堵する間もなく、エミカはその場で突如としてふら付き倒れかけた。


「あ、あれ……?」

「エミカっ!」


 慌てて脱力した身体を下から支え、声をかける。それでも、しばらくのあいだエミカから反応はなかった。


「おい、大丈夫か!?」

「……へっ? あ、だ、だいじょぶ……。ちょっと、立ち眩みしただけだから……」


 口ではそう言ってもエミカの目の焦点はまったくといって合ってなかった。頭に強い衝撃を受けたときのように、明らかにぐるぐると視野が定まってないのが見てわかる。

 駄目だ。エミカにこれ以上の無理はさせられない……。


「わかった。でも、少しだけ座って休んでろ」


 壁外の戦場は五体の巨大人形を中心に未だ混沌としている。しかし、あれらが壁の内側に一斉に牙を向けて来るのも時間の問題だろう。

 オレは覚悟を決めて、腰に巻いていたホルダーから虹色の液体の入った瓶を取り出す。

 間に合えばという約束の上、ギリギリ開戦前に受け取れたルシエラ特製の〝魔力〟増強ポーション。

 それらを何本も一気に飲み干し、出現させた光の大剣に()()()()()()()()()()()()

 あ、ヤベぇ。

 久々にやったけど、やっぱこれかなり身体に来やがる……。

 使用後の負担が大き過ぎるため奥の手どころか、これは禁じ手。それでも、病み上がりのエミカがここまで無理したんだ。まだ手があるってのにオレが危険を冒さないでどうする。


「アリスバレーでやられた借りを返してやる。見てろよ、デカブツ共――」


 まず一番近場の巨大人形めがけ、オレは大剣から光の刃を放った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 優勢ですねー、でも薄氷の上の。パメラにはぬいぐるみ相手ではなくダリアなり誰かの相手をする余力を残してほしかった~。でも弱よわで庇護欲をかきたてられるエミカの前でそんな真似はできませんね。 …
[一言] 自分達が非礼どころかもっとやばいこと何度もやってるのにその自覚無さそうなのがやばい まぁ現地人は全員脳筋でその知能担当も元はただの一般日本人な訳でそこら辺の感覚は無いに等しいのだろうけども …
[良い点] ふむ? パープルさんはフロムヘルを使わないんですかね? たとえ発動範囲があって串刺しにはできなくっても、防御に使えば少なくとも円月輪2つくらいは処理出来そうですがねぇ。 それに魔術は孔で飛…
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