戦記16.罠
アリスバレーからの引き揚げを決めた翌日、兵糧攻め中の王都で動きがあった。
昼過ぎ頃、あえてまた手薄にしていた西門が開かれ、そこから兵士の一団が包囲網を崩そうと進撃。しかし、多勢に無勢。兵士たちはすぐに人形たちに押し返され撤退して行くと、戦闘は極小規模で終わった。
そして、それからしばらくすると防壁の上で白旗を上げる複数の兵士が。
マカチェリーに指示し接触させてみたところ相手側は手紙を寄越してきた。
「内容を要約すると、降伏の申し入れについてあちらの城内で会談を行いたいそうです。こちらの最高指揮官が応じれば、王都側も女王が応じるとのこと」
「よし、やったわ。私たちの完全勝利ね」
アレクベルの報告を聞きジーアは素直に喜んでいたが、旧都にいた女王がもう帰還しているなんて時点で怪しさは満点。それに会談を行うにしても、普通は中立の場所で行うのが筋ってもんだ。どう考えても見え透いた罠にしか思えん。
「けっ、たった二日で音を上げるなんざ骨のねぇ連中だぜ」
「ほらほら、やっぱ言ったとおり降伏しろって手紙を残して正解だったでしょ! てかこれもう私の手柄も同然よね、ユウジ!」
「………………」
にも関わらず、メンバーはお気楽にも内容を額面通りに受け取る奴が多数。弛緩したムードの中、罠の可能性を訴えてもまともに取り合ってくれるのはメアリ嬢くらいで、会談に応じようという意見が大半を占めた。
「パープル、お前はどう思ってんだ?」
本当に最後の望みをかけて賛否どちらにも挙手しなかった首領様に訊くも、すぐに「手っ取り早いほうがいい」という素っ気ない答えが返って来て万事休す。こうして容易くも呆気ないほどに賽は投げられることになった。
「はぁ……、なんでどいつもこいつもわざわざ危ない橋を渡りたがるんだ」
もし昨日の時点で例の街――アリスバレーを潰せてさえいれば俺の威厳でまだなんとかなったかもしれない。それでも、新人二人を除いた他の連中とはもうそこそこの付き合いだ。クラン内に高まる好戦欲求を抑えておくのもここらが限界だろうと見越していた部分もある。
ま、どちらにせよまだ五千体以上の人形が包囲してる限り、王都そのものを人質に取っているようなものだ。それにこっちにはあの赤髪の女の子さえも一蹴したパープルという最終兵器がある。たとえ罠の真っ只中に飛び込もうが勝機は十分だろう。
ただ、もし会談の誘いが罠だった場合、向こうもそれ相応の覚悟はしてもらわねぇとな。
「この際だ、もう相手の条件で会談に応じることに反対はしねぇ。だが最低限の策くらいは用意して臨むぞ」
王都側への回答。やり取り含めた準備を進め、時刻は夕暮れ時。
モコの魔法陣で王都近隣に移動した俺たちはマカチェリーの飛竜で黄昏に浮かぶハインケル城を目指した。
「飛ばすわよ。みんな、まーちゃんから落っこちないでね!」
それぞれの役割りを簡単に説明すると、まずはパープルと俺が女王と謁見の上、交渉に当たる。当然のこと向こうがそのまま降伏を受諾すれば俺たちの勝利だ。
だが、向こうが会談そのものを反故にした場合、直ちにアレクベル経由でエマージェンシーを発動。報告と同時にゴルディロックスが五千体の人形たちを一斉に動かし、問答無用で王都に対し無差別攻撃を開始する。
その他、ラッダとレオリドスは護衛兼、有事の際の戦力として俺たちと現地まで同行。隠密行動が得意なロコとモコとダリアは別働隊として別ルートで城内へ。万一のときの退路確保のため秘密裏に潜ませておく予定だ。
「城が見えて来た! 予定通り一番大きな中庭に近付くわよ、飛び降りて!」
「え?」
飛び降り、て……?
待て、それは予定にないぞ。
戸惑う俺をよそにラッダとレオリドスが次々に降下していく。そんな中でパープルが俺の首根っこを掴まえて言う。
「私たちも行くぞ、ユウジ」
「ひ”ぃっ!?」
次の瞬間、もう身体は宙を浮いていた。
いやいやいやいや馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! この高さは普通に死ぬっ!!
「んっ……?」
半ば二度目の人生の終了を覚悟したが、なぜか急激な落下は起きず。俺たちは空中を跳ねるように段々と螺旋状に空を降っていた。
余裕ができ眼下を見ると、パープルが絶望を穿つ紫で次々に〝穴〟を出現させ、器用にもそれを踏み台にして歩いていることに気付く。
こんな用途にも使えるのか。相変わらずこいつ能力は応用が利き過ぎだな……。
やがて無事、俺たちは花々が咲き誇る美しい庭園のド真ん中に着地した。
「敵将のお方々、お待ちしておりました」
降りてすぐ全身鎧で身を固めた一団がやって来て、さっそく代表者である俺とパープルを会談の席まで案内すると持ちかけてきた。
手筈通りラッダとレオリドスとその場で別れると、俺たちはそのまま巨大な柱が立ち並ぶ巨大なホールまで連れて行かれた。普段は王族の式典やパーティー会場として使われているのだろう。天井も面積も学校の体育館並みに高くて広い。
だが、会談をするなら会議室や執務室でよくないか?
わざわざこんな広い場所まで案内した理由。それを考えると、もうこれが罠でない可能性は限りなくゼロに思えた。
「お、お、おおお待ちしておりました――!」
俺とパープルが大広間のド真ん中まで進んだところでだった。一番奥の柱の陰から、スッとこの国の女王が姿を現す。
間違いない。旧都で見たままの顏だ。
しかし、この距離からでもどこか印象が違って見えるのは気のせいか。
――シュ!
俺がそんな疑問を抱くとほぼ同時だった。パープルはどこからか取り出したナイフを女王に目掛け、さも当然の挨拶の如く投げ付けた。
馬鹿、いくらなんでも尚早過ぎるだろ!?
小心者である俺はマジで焦った。が、パープルの勘はこの上なく正しかった。
「無礼者が――」
女王の身体に命中する間際、パープルが飛ばしたナイフはあっさりと弾かれた。
突如として柱の陰から現れたもう一人の女。
白いコートを羽織り、その両手には円く銀色に光る大きな武器が二対握られている。円月輪。確かチャクラムとも言うんだっけか。
――スッ。
二人目の女に僅かに遅れてだった。さらに三人目の女が現れる。
白いローブに、その手には如何にも大魔導士っぽい雰囲気を感じさせる古びた長杖が。そんな新手の登場に気を取られているとだった。気付けば真ん中に立つ女王も白いメイド服を纏った少女に変わっていた。
「ユウジの言うとおりだったな」
ぽつりと、パープルがなんの感慨もなく呟くのが聞こえた。
背後を見るとここまで案内して来た兵士たちの姿はなく、いつの間にか巨大な大広間の扉も閉ざされている。完全に二対三のバトル気配濃厚。いや、違うか。厳密に言わなくても俺は戦力外なので一対三だな。よし。マジで頑張れ、我が首領様。
と、俺は心の中で声援を送りつつ、状況報告というか最早ラグナロクを告げる角笛を吹き鳴らすつもりで自らのこめかみに触れようと腕を上げる。
――ゴンゴンゴーン!!
――ゴーンゴーンゴーンゴーン!!
「くっ!」
だが、直後のこと。
俺がアレクベルにエマージェンシーを交信するよりも早く、けたたましいまでの凛とした鐘の音が大広間中に響いた。城中の鐘楼すべてが鳴り響いているのか、思わずその大音量にふらつきかける。
そして、それは相手側にとって戦いを知らせる合図でもあったらしい。両耳を塞いだまま顏を上げると、白いローブを纏った女が長杖を高々と掲げ、その頭上に幾つもの巨大な光の十字架を出現させていた。
「無慈悲な天罰――」
それらは次の瞬間、一斉に矛先をこちらに向けると凄まじい勢いで迫って来た。











