戦記12.戦いの結果
※前話で西と東の方角が逆になっていたので修正しました。
「マカチェリーさんから新たな報告。投入した二体の巨大人形ロスト――えっ、ロスト……? 中心街の侵入に成功した本隊も凄まじい勢いで数を減らしている、とのこと……」
「は?」
戦況の一変を伝える報は、こっちが王手をかけ勝利をほぼ確信していた最中に齎された。
マカチェリー曰く、とんでもない化け物が一人いて現在進行形ですべてをそいつにひっくり返されつつあるそうだ。
その存在には翼竜のまーちゃんも怯えるほどで、仕方なく今は街の中心から少し外れた上空で待機。そのため肉眼での確認にも苦慮していて今後は正しい情報を伝えられるかどうかも怪しい状況だという。
「二体の巨大人形が投入直後にやられるなんて……、なんかの見間違いだろ?」
「いえ、瞬殺されたのは間違いないそうです」
「………………」
「ユウジさん、マカチェリーさんが今後の指示を求めてます」
「………………」
いや正直、もう指示もクソもないだろ、これ。
すでにとっておき二体の消滅は確定で、本隊の群れも今こうしてるあいだにも着実に無力化されつつあるわけだ。いやいや、下手すればすでに一掃されている可能性すら……。
あー、無理だな。
強すぎるし、圧倒的すぎるし、想定外すぎる。
まさか、ここまでとは。
もしあの主人公の女の子なら多勢相手には例のゴーレムを使うだろうし、こりゃ高い確率でメアリ嬢が言ってたイドモ・アラクネって奴の所業と見て間違いないか。
てか、武器や魔術を使用したっつう報告もない。マジでどれだけ肉弾戦に特化した大男なんだよ……。ラオウ、範馬勇次郎、東方不敗レベルの強キャラじゃん。絶対まともに相手したら駄目なやつじゃん。
うん、撤退。撤退一択。
「マカチェリーたちに現地から引き揚げるよう伝えてくれ。それと他のメンバーにはまた西塔の大会議室に集まるよう招集を頼む」
アレクベルに伝え、再び会議を開き、そこでアリスバレーへの攻勢中止を激しい反対意見を浴びつつ決定。
ただし、街の各所に残存しているであろう人形については時間を稼ぐ上でもゲリラ戦術に移行。最後まで悪足掻きを続けさせることになった。
「たくっ、あそこからひっくり返して来るかよ普通」
結果からすれば憂いを絶てず、嫌な懸念を残した。
それでも無理やりポジティブに考えれば、きっちり傷は与えたともいえる。
アリスバレーを基盤にすぐに反攻が起こることはないだろう。その点は安心していいのかもしれない。
「いや、違うな……」
かぶりを振って、オレはその場で甘い考えを改めた。
緻密に計算し想定しようとも、何もかもが先ほどと同様に簡単に覆されるものだと覚悟しておいたほうがいい。余計な後悔や反省、一喜一憂することにすら意味はない。
パープルの信念がどれだけ純粋な思いから発現したものであろうと、所詮、オレたちは悪役。不条理をまき散らした分だけ自らもその不条理に沈んでいく運命。
それに抗うことなんてしない。
悪役は悪役らしく、ただ悪に殉じていればそれでいい。
楽勝。
簡単なお仕事だ。
※
「エミカの具合はどうだ?」
「さっき少しのあいだだけ起きてたけど、身体拭いて着替えさせてあげたらまた寝ちゃった。家に帰って来れて安心したみたい」
「そうか……」
戦況が戦況であれば防壁のゴーレムを参戦させるよう無理にでも起こさなきゃならなかったが、もうその心配もなくなった。
結果を言えば、イドモ・アラクネが最初の巨大人形と東側から押し寄せて来た大群を短時間で一掃。粗方それが片付いたところで、ありがたいことに今度は西側からホマイゴスの魔術師たちが援軍として現れた。
そこからアリスバレーの冒険者にも治癒の手が回り続々と負傷者が戦線に復帰すると、完全に数の上でも形勢は逆転した。
今は討伐隊を再編制し、四方八方に逃げて行った人形の追跡と殲滅に各々が当たっている。あの様子なら早ければ今日中にもほぼすべての人形を始末できるだろう。
「パメ姉も部屋で休んだほうがいいよ。昨日からずっと戦いっぱなしでしょ。エミ姉みたいに倒れちゃうよ」
「オレは大丈夫だ。寝ずに戦うってのはダンジョン遠征で慣れてるからな。それに街のほうも九割方けりが付いた」
シホルと話しながら扉を開け、エミカの部屋に入る。隅のベッドの上では寄り添い合うように眠る長女と三女の姿があった。
「もうリリったら、エミ姉が休めないから部屋にいなさいって言ったのに……」
エミカの胸に引っ付いていたリリを引き離すと、シホルはそのまま眠っている妹をかなり無理な体勢で抱きかかえた。
「手伝うぞ」
「だ、大丈夫……、向かいの部屋に寝かしてくるね」
半ばリリを引き摺るようにして部屋を出て行くシホル。それを見送ったあと、オレは執務机から椅子を引き寄せベッドの脇に座った。
「ぐっすり寝てやがる」
すーすーと静かに寝息を立てているエミカの横顔を見て、朝方のあの危機一髪だった場面を思い出す。
シホルとリリが潰されかかった寸前、地中より現れたエミカは一瞬で巨大人形を殴り飛ばすと、その直後、オレの目の前でばたりと力尽きた。
「エミカっ!?」
シホルとリリも駆け付け、服が血で染まっているエミカを心配する最中、傍らに開いた穴からは赤いゴーレムと共にどこか見覚えのある女が地面から這い上がってきた。そいつは冷静にエミカの状態を説明した。
「大丈夫。出血は過去のもので傷口はすでに塞がっています」
それでも、体力的に動くのもやっとだった。咄嗟に力を使ったことで無理が祟ったのではないか。女は推測を挟むと、そのあとで今この街や王都の一帯がどうなっているのかを訊いてきた。
「そんなんこっちが知りてぇーよ!」
ついかっとなって怒鳴った直後、そこで初めて女と目が合い、はっとした。
ミレニアム・ルジュ・ド・ミリーナ。
それは、この国の女王だった。
「みーちゃんのママ!」
「女王様が、どうして……」
少し遅れてリリとシホルが気付いたところで、大通りの東側から大きな破裂音が響いた。振り返ると、もう一体の巨大人形が爆散しこっちと同じく大量の綿が宙を舞っていた。有言実行。イドモ・アラクネがやったみたいだ。
遠い上、動きが早過ぎて見えないが群れのほうも凄まじいスピードで消されていた。これならしばらく休めるどころか、ぶっちゃけあいつ一人でもう十分かもしれない。
「マジの化け物だな……」
その一騎当千の様相に思わず見惚れてしまうところだったが、女王までいる中、加勢しに行くわけにもいかない。
とりあえずオレは気絶しているエミカを背負い、全員を連れ店の隠し通路経由で一旦キングモール家まで避難した。
それからエミカと女王をシホルとメイドたちに任せ、再び戦線に復帰。そっからあとのことはご存知、結果の通りだ。
中央街の残党を狩っている途中、はぐれていた三馬鹿とも運良く合流できたので女王のことを伝えると、奴らは血相を変えてキングモール家のほうに走って行った。
連中と女王が今ここにいないってことは、どっか別の場所にいるんだろう。もしかしたら三馬鹿がより安全な場所に連れて行ったのかもしれない。
ま、それは女王の専門家である奴らの領域だ。
任せて置いて問題はない。
そんなことよりもオレにはもっと気にかけなきゃならないことがあった。
「パメラ……」
不意に声がして天井に向けていた視線を下ろすと、エミカが目を覚ましていた。
「おう、無理すんな。そのまま寝とけ」
「………………」
血の気の失せた真っ白な顏に、目元に僅かに浮かぶ涙。
無責任なまでにあっけらかんとしたいつもの姿はそこになく、エミカはオレの顔をじっと見つめたあとで一言。ごめん、と声を震わせ詫びた。











