戦記10.二人の会話
短いです。
そしていつもより更新が早いので、前話の読み飛ばしにお気をつけください。
アリスバレー冒険者ギルド。
会長室の僅かに開いた扉から悠揚迫らぬ声が漏れている。
耳をそばだてると、聞こえるは老いた男と決して老わない女の会話――
「実に懐かしいね。大昔にもこんな大ピンチがあった」
「そうだったかしら」
「私は……いや、僕はよく覚えてるよ。あのときは突如として街に英雄が現れ僕らを救ってくれたんだ。大型害獣のスタンピードを真っ向から相手してね。それも、たった一人で。彼女は強く、そして美しかった」
「昔を美化するのは老いた証拠よ、ロートシルト。あれは偶々ふらっと立ち寄ったところに群れが突っ込んで来たから片付けただけ。あなたたちを救うつもりなんてこれっぽっちだってなかったわ。それに『美しかった』って何……? どうして過去形なの? 私は今も超絶に、そして筆舌に尽くし難いほどに美しいわ。捏造は止めることね」
「やれやれ、今も昔も君には本当に敵わない。それで、今回はどうするつもりなんだい?」
「どうするもないでしょう。本来、人間の問題は人間が解決すべきことよ。モグラちゃんがいつ帰って来るかが鍵だったけど、もう間に合わないかもね」
「それだけあの子のことを気にかけ想っているのなら、あの子のために働くという選択もあってしかるべきでは?」
「私が興味あるのはモグラちゃん一人だけよ。その周りにくっ付いてるあれやこれやは別にどうだっていいし、取るに足らないことだわ」
「それは、この街も含めてかな」
「かもね」
「そうか。それならこれ以上、説得しても無駄のようだ。いろいろとあったが、この人生において君と出会えたのは僕にとって僥倖でしかなかったよ。もし次の運命があれば、またどこかで」
「今生の別れのように言ってくれるじゃない」
「可能性が排除できないからね。なんせ僕はもうこの齢だ。街が呑まれたあとで逃げ切る自信はない。それにみっともなく右往左往して力尽きるよりかは街との心中を選ぼうとも思っているんだ」
「いつの時代も人は死に急ぐ生き物よね。本当に馬鹿なんだから」
「そうだね。どうして僕らはこんなにも不完全なのだろう。正義に思い馳せながらも弱者を虐げ強者に屈する。少しでも富を得れば際限なくそれを追い求め、破滅しようとも執着し続ける。愚かだね。本当に笑ってしまうほどに愚かだ。それでも、そんな自分を、そんな世界を、僕はこっちでは本当に変えたかったんだ」
「ロートシルト、やっぱり貴方って――」
「済まない。そろそろ時間だ。商会に戻らなければ」
「………………」
「やはり念のため、ここで最後の別れを告げておくよ」
「………………」
「さよなら。僕が愛した英雄」











