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戦記8.破られる均衡


 アリスバレー上空。

 雲に覆われた黒い闇夜。

 巨大な飛竜の背に乗ったマカチェリーは戦況を変えるべく、人形たちを渡河させるタイミングを窺っていた。


「まったく、敵ながらご立派ね。まさかあの圧力に屈しないなんて。(タフ)だわ♂」


 防衛線に対し千以上の大群を真っ向から突撃させた結果、アリスバレーの冒険者たちは突破を防ぐどころか、一時は攻勢に移り人形の群れを押し返して見せすらした。

 そして互いに分断され各個撃破されるリスクを恐れ平地や川を挟み睨み合う形になってからは、それぞれの陽動隊と遊撃隊との小競り合いに移行。現状、戦況は膠着状態に入ったと言っていいだろう。

 しかし疲れ知らずの人形と、必ず休養を要す生身の人とでは同じ膠着でも齎す結果は別物である。そしてそれは夜明けが近付けば近付くほど、明白に両者の優劣を分け始めていた。


「各所でこっちの陽動に対する反応が遅れて来たわね。いい兆候だわ。ゴルちゃん、そろそろクマちゃんたちの一部をこっそり北上させちゃって」

「待ちくたびれたの」


 ゴルディロックスが念じると後方に控えていた群れの一部が暗い闇夜に紛れてゆっくりと動き出した。

 目指す場所は防衛線が届いていない北北東の端の端。道中にかかっていた橋は当然のことながら冒険者側も人員を割いて守りを固めている。単純に殺到すれば魔術などの範囲攻撃によって突破を防がれるは必至だろう。

 橋は使えない。

 ならばと目的地である北端付近の川沿いに辿り着くと、人形たちは一体、また一体と仲間によじ登り始めた。そのまま上へ上へと合体するように連結していく。

 そして、やがて人形の高さが川幅を上回ったところでだった。一本の柱となった群れは唐突に倒れ、川に架かる吊り橋となった。


「橋がなければ橋を作っちゃえばいいの」

「上出来よ、ゴルちゃん。仕込みはこれで完了ね。それじゃ、さらなる攻勢をかけるとしましょうか」


 その後、北上させた残りすべての人形に吊り橋を渡らせ向こう岸へ。渡河は迅速に、そしてあまりに静かに行なわれた。

 五百を超える群れは再整列を待たずあえて無秩序に進撃を開始すると、大部分は南下し中央へ。一部は陽動として西側にも向かった。

 夜明けと同時に開始された全域に及ぶ制圧。

 まず川沿いに防衛線を築いていた冒険者たちは横腹を突かれる形となった。猛威を振るう人形たちは容易に突破を果たし、脇目も振らずただ一直線に進軍を続ける。このまま街の中心地まで雪崩れ込めばアリスバレー側の戦線は崩壊するだろう。そうなればあとは煮るなり焼くなりこちらの自由にできる。


「長丁場だったわね。まったく、徹夜はお肌の大敵だっていうのに」

「でも、これで長い夜もおしまいなの。めでたしめでたしなの」


 まるでそれを祝福しているかのように遠い空の向こうから昇り来る朝日。

 ほぼ勝利を手中にした手応えを得ながら、その後もマカチェリーは慢心することなく当初の作戦通りに動いた。

 駄目押しにして、最後の止めの一手。

 次はそれを仕掛けるタイミングを窺うため、人形たちに先回りする形でダンジョンが聳える街の中心地に飛竜を飛ばした。











 ※


 東の空が白みはじめている。

 本格的な戦闘がはじまって一夜が過ぎようとしていた。


「おい、お前ら休んでる暇ねぇぞ。また南東の地下道から湧いたってよ。蹴散らしに行くぞ」

「ううっ……」

「ぜえぜえ……」

「まぢ~、もう無理ぃ……」

「あは、あはははっ!」

「…………」


 殿を引き受け時間を稼いだあと、逃げる途中でもう一度光刃斬(スラッシュ)を使用。さらに本隊同士が激突したのち、味方を持ち堪えさせるためラスト一発も早々に放っちまった。

 まだ自己治癒の一度や二度できる程度に魔力は残っちゃいるが、もう人形共を高火力で薙ぎ払うことはできねぇ。状況としては追い詰められているというのが正しい評価か。

 それでも、出し惜しみ無しでやったからこそ作り出せた今の膠着状態だ。イレギュラーな動きで突出してくる小さな群れを凌ぎ続けていれば、いずれ消耗戦の先にも勝機は見えてくるはず。

 それに、エミカだっていつまでも帰って来ないわけがねぇんだ。


「ちっ、何みっともなく縋ってやがんだ、オレは……」


 希望を不在の人間に見い出すというのは我ながら弱ってる証拠だな。自嘲しつつ、オレはまたツツジたちと共に本隊を離れ防衛線の外に現れた敵の排除に向かう。


「よっ、無事か」

「当然」


 さらに出撃を三度ほど繰り返し、補給も兼ねて本隊に帰還したところでだった。よく見知った顏とばったり遭遇した。


「量産したばかリ。出血大サービス、持ってけ泥棒」

「誰が泥棒だと言いたいところだが、正直マジで助かるから遠慮しねぇぞ」

「問題皆無。全部ギルド負担」


 とんでもない大きさのバックパックを背負ったルシエラはそれをどすっと地面に下ろすと、スクロールと魔道具一式を広げはじめた。

 戦地で会わないと思っていたが、招集に応じてからこんな感じで最前線を回りつつ補給品を届けていたらしい。ギルドの誰が役割の分担を決めたのかは知らねぇが適材適所。いい判断だな。


「わー、魔術付与された矢だ! 珍しい!」

「小生は祝福(ブレス)を頂戴するでありますよ」

「んじゃー、わたしぃは~、無難に回復系もーらいっと♪」

「――はっ!? ポ、ポーション……! ポーションはどこっすか!?」


 ちょうど三馬鹿が品を選び終えたところでだった。完全に壊れかけていたイオリがなんの拍子か目覚めると、凄まじい剣幕でルシエラに迫っていった。


「ポーション! 早くポーションをくれっす!!」

「……この屍鬼(グール)は?」

屍鬼(グール)じゃねぇよ。ウチのメイドだ。てか、知ってんだろ」

「くれたらなんでもするっす! メイドの仕事だってちゃんとするっすからぁ!!」

「それはくれなくてもちゃんとしろ」


 体力増強ポーションを与えてから一夜。効力はかなり持続したが、深夜に入った辺りからイオリの様子(テンション)は上げ下げを繰り返しかなりヤバいことになっていた。

 ま、十中八九どころか百%ポーションの後遺症だろう。自分で飲まないでマジでよかった。


「興味深い」


 経緯を説明すると、ルシエラは死んだ魚のような目を死んだ魚の目なりに輝かせてみせた。


「実験体はこちらで預かる」

「ポーション! ついて行ったらポーションくれるっすか!! くれるんすねっ!?」

「ああ、悪いがそうしてもらうと助かる……」


 元凶は間違いなくルシエラだが、さすがにここまで連れ回したオレの責任もある。

 ここらでイオリはリタイアさせておくべきと判断し、オレたちは五人から四人にメンツを減らすことになった。


「――報告!」


 そして、それから間もなくだった。


「北端で多数の群れが渡河! 街の中心部へ接近中っ!!」


 完全に昇りはじめた初陽の光。そして空一杯に朝焼けが広がる中、ついに続いていた均衡が破られるときが来た。











 ※


 夜明けが近付く中、未だ慌ただしく動くメイドたち。

 五体のミニゴブリンも家中を駆け回りキングモール家の者たちは皆、増え続ける避難民の世話と冒険者の治療に追われていた。


「新しい負傷者さんが来るわよ!」

「そこ場所開けて!」

「スクロールと包帯が全然足りない!」

「誰か持って来て!!」


 途中からシフトを組み交代で休憩を取るようにもしたが、人員を減らせば当然それだけ手が回らなくなる。到底ゆっくり休んでいられるわけもなく、結局ほぼ全員が一睡もせず次の日の朝を迎えようとしていた。

 疲労の蓄積と共に精神にも募っていく負担。


「みんな、おにさんみたい。おこってる……」


 人の苛立ちが作り出す空気は幼いリリにも伝わり、起床したばかりの彼女を朝から不安にさせた。それでも寝巻き姿で家の中を彷徨い、朝一番から姉であるエミカの姿を捜す。

 明日になれば帰ってくるかもしれない。

 そして、今日は昨日の明日だ。


「おねーちゃん、いない……」


 しかし、その姿はまたどこにも無く。


「しーちゃんしーちゃん、おねーちゃんはー!?」

「リリ、今忙しいから」

「まだかえってこないのー?」

「やめて」

「なんでかえってこないのー?」

「…………」

「ねーねー、しーちゃ――」

「もうっ!」


 構って貰える存在を求め調理場にいたもう一人の姉にくっつき、服の裾や袖をぐいぐいと引っ張る。

 リリとして悪意はなく、子猫が戯れ付くも等しい行為。だが、それは一睡もせず疲労の極限にあったシホルの逆鱗に触れてしまった。


「やめてって言ってるでしょ!」

「っ!?」

「こんなときにどうして言うことが聞けないの!?」

「………………」


 怒鳴られ意気消沈するも、項垂れた直後には悲しさを超える怒りが込み上げて来た。


「しーちゃんのばか! おにおにおにっ!!」


 吐き捨てるように叫んでそのまま調理場を飛び出す。シホルが怒って追い駆けて来ることや、その場にいたメイドらが心配して様子を見に来てくれることも期待したが、自室に逃げ込んでしばらくしても扉をノックしてくれる者は現れなかった。


「もういい……」


 やっぱり、おねーちゃんじゃないとだめ。おねーちゃんがいい。

 しかし、家の中に姿はない。どこを捜しても無駄だ。

 それでも、アリスバレーにはもう帰って来ているのかもしれない。お店に市場にダンジョン。街中を隈なく巡ればすぐにでも会えるかもしれない。


「よし! おねーちゃんをさがすっ!」


 すぐに一階に向かい旧家の玄関から外に出ようとする。だが、警護に当たるゴーレムと赤薔薇隊の頭数を見て断念せざるを得なかった。


「ちいさいおねーちゃんと、おっきいおねーさん、いっぱいいる……」


 正面から抜けるのは難しい。ならばどうしたものかと地下二階に引き返す途中、すぐに家にある隠し通路の存在を思い出した。


「たしか……、そだ! さーちゃんのおへや!!」


 浮き立つ足でゲストルームに向かうリリ。

 部屋の隅の扉をスライドさせると、彼女は少しの躊躇もなく本店のバックヤードに続く隠し通路の中に入って行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] き、均衡が崩れたくらい想定の範囲だし。パメラが火力切れ起こしても地力の戦闘力があるしー。ルシエラだって温存してるし?ま、まだ余裕よ(涙目) [気になる点] やっぱりリリちゃんが危険な目に……
[一言] あれは男塾名物「万人橋」! よもやこれを使いこなせるクマがいようとは!
[一言] 駄メイドがヤク中メイドになってしまった……
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