戦記6.援軍と援軍
オレが家に戻るとすでにジャスパーとスカーレットの指示の下、メイドたち含めたキングモール家の全員が帰宅していた。
「姉御、みんな怪我一つなく無事だ」
「お店も閉めてきましたわ。今日はもう臨時休業ですわね」
地下一階の大広間で店の責任者でもある二人と、これからのことを話し合った。
その結果ジャスパーは妹のソフィアと共に隠し通路経由で教会に戻ることに。スカーレットはローディスの状況を気にかけてはいたが、地下道を通してあのクマたちが大量に湧き出していることを踏まえ、騒ぎが落ち着くまではこの家に留まることになった。
「そういえばルシエラはどこだ? あいつも店にいたんだろ?」
「あの子なら冒険者ギルドの要請を受けて早々に討伐に向かいましたわ」
ああ、そうか。
そういやあいつも高ランク冒険者だったな。
ってことは総動員態勢でもう事に当たってるってことか。こりゃ、思った以上に状況は切迫してるのかもしれねぇ。
少なくともここで悠長にしている暇などないことは確かだろう。
「スカーレット、家のことは頼んだ。それと、もしエミカが戻って来たら早急に街中のゴーレムを撃退に当たらせるよう伝えてくれ」
「ええ、心得ましたわ」
討伐に向かう前にシホルにも一声かけようと思ったが、その姿は大広間にも調理場にもなかった。仕方なく地下二階まで下りると、この家の誰よりもしっかり者の次女は訓練場でメイドたちと共に受け入れた避難者の世話をしていた。
場は飲み物と軽食のもてなしで楽しげな雰囲気さえ感じられたが、一部には包帯を巻いた怪我人の姿も。
シホルはそんな避難者の傷口に手を翳して治療までしていた。
「治癒」
「……ん?」
今、シホルの奴、スクロール無しで詠唱してなかったか?
いや、さすがにオレの見間違いか……。疲れてんだな。
「パメ姉」
「おう」
疲れ目を擦っていると、シホルはオレの気配に気付き振り返って来た。
店を閉める際、安全上の配慮から客を十数人ほど連れて来たことはジャスパーから聞いていたが、まさか怪我人までいるとは知らなかったオレは治療が終わるのを待ってから訊いた。
「怪我してる客たちは避難中に襲われたのか?」
「あ、えっと、さっきの人たちはお店のお客さんじゃないよ。襲われてるところにイオリさんが偶然居合わせてね、助けて連れて来られた人たち」
「は……?」
それはつまり何か?
あのろくでなしが人助けをしたってことか?
悪い冗談だ。
「うっふっふー♪」
半信半疑な気持ちでいると背後にぬるっとした気配が。
振り返るまでもなかったが仕方なく振り返ってみると、したり顏を浮かべた駄メイドがいつの間にかオレの影のように張り付いていた。
「いやぁ~、あの勇敢な自分の姿! ぜひパメラ様にも見せてあげたかったっすねー!!」
「ほう」
「人々の窮地に颯爽と現れ、襲いかかる怪物を千切っては投げ千切っては投げッ! 嗚呼、千切っては投げの大・活・躍ッ!! 群衆はその英雄の輝きを生涯において忘れることなく永久において語り草にすることでしょうっす! ヒーローメイド美少女イオリ、ここにありと!! ぐわっはっはっは!!」
「そうか、良くやったな。褒めて遣わす。近こう寄れ」
「へ? 痛”ぎゃっ!?」
褒美としてチョップの一撃をくれてやると、イオリは脳天を押さえてその場に座り込んだ。すぐに涙目を浮かべながら「何をするっすか!?」と必死な抗議が飛んで来たが、無視。
代わりにオレは素早くその首根っこを掴むと駄メイドの身体の自由を奪った。
「え、えっ……?」
性格に難ありだが、今は貴重な戦力は一人でも見過ごせない。それにイオリが偵察をはじめ陽動や撹乱に重宝するのは、前回のダンジョン攻略のときに証明されてもいる。
よし。
とりあえずこれで最低でも五人パーティーで動ける上、戦術の幅も広がりそうだな。
「あの、パメラ様……、ほ、本当に、何をするおつもりで……?」
「安心しろ。お前の勇姿はこれからたんまりと見せてもらう予定だ。マジで期待してるぞ、ヒーローメイド美少女イオリ」
「ひっ、なんて怖い笑顔!? それ悪魔が浮かべるやつっす! そしてこれ調子に乗ったのが災いして酷い目に遭う展開のやつっす!! 誰か助けてぇーー!!」
「んじゃ、シホル。行ってくるからな」
じたばた暴れて逃げようとするイオリを御しつつ、オレは長々とシホルに用心を促した。
「もし何か判断に迷うことがあったら、とりあえずスカーレットかメイド長のコントーラバに相談するんだぞ。それとこの近所はまだ大丈夫だろうが絶対に地上には出るな。ここにはエミカのゴーレムもいるし赤薔薇隊の連中もいる。もし万一のことがあったとしても、まず隠し通路での移動を第一に考えろ」
「うん、わかってる。私もみんなのために自分ができる範囲のことを精一杯するね。だからパメ姉もイオリさんも、どうか無理だけはしないで」
「シホル様シホル様!! 自分すでにもう無――ぐえっ!?」
そのままシホルと別れ、オレは抵抗を諦めない駄メイドの首根っこを引き摺って地下一階のゲストルームに急いだ。
そこで待たせていた三馬鹿と合流すると、オレたち五人は部屋の隠し通路を使ってすっかり人通りのなくなった街の中心部に移動。このまま正確な状況把握のため一度冒険者ギルドに立ち寄るのも手だったが、討伐隊への加入手続きなんてもんを迫られたときのまどろっこしさを考えれば足は向かなかった。
「パメラ、これからどうするの? 討伐隊の本体でも探して合流する?」
「いや、オレたちはオレたちで独自にやる。そのほうが動きやすいからな」
ツツジの質問に答えて軽く打ち合わせたあと、まずは人形の発生源を叩くべくオレたちは街の北東方面に足を向けた。
※
「会長、討伐隊から進捗報告です」
奥まった位置にある会長室。
その扉を開け、秘書のペティーが本日七度目となる報告を持って来たとき、冒険者ギルドの会長であるイドモ・アラクネは椅子に深く腰かけ目を閉じていた。
眠気にでも襲われていたのかノックにも無反応だった彼女に、大量の書類の束を持ったペティーは訝しげな視線を送った。
「会長?」
「ちゃんと聞いてるわ。報告は手短にね」
「はい。北東部から北部全域、それと南東部を中心に散らばっていた例の熊型の害獣ですが、順調に各所で撃退が進んでいます。すでに街に入り込んだその三割程度は駆除したものと思われます」
「あら、もうそんなに? 想定以上の成果ね」
「どうやらエミカさんのご友人が戦況において多大な貢献をしてくれているようです。彼女は王都の冒険者なので討伐の要請に従う必要はないのですが、蒼の光剣の方々と同じく自発的に参加しているとの目撃証言が――」
「モグラちゃんの友達?」
「ほら、会長もエミカさんのご自宅のパーティーで何度かお会いしているじゃないですか。大剣使いで白銀級の」
「ああ、あの娘。モグラちゃんが一番お気に入りの」
「会長……」
「それで?」
聞きようによっては不躾な物言いにペティーが顔を曇らせるも、アラクネは構わず報告の続きを促した。
「現状、殲滅は時間の問題です。おそらく明け方までには完全な目途が付くかと。ただ、あの害獣は基本群れで行動するようですが、中には好んで単体行動する個体もいるようです。完全な殲滅が確認できるまで、引き続き住民には屋外に出ないよう注意喚起を続けたほうが良いと思います」
「最終的な被害状況の確認も含めて、もうその辺は仕事が潰れて暇してるロートシルトたち商会の連中に押し付けましょう。さすがに住民のことまで私たちだけで手が回らないもの」
「わかりました。それでは商会側に円滑に引き継いで頂くよう、私のほうで避難所のリストなどを用意しておきます」
「任せるわ」
ペティーが首を垂れて会長室を出て行くと、アラクネは再び椅子に寄りかかり目を瞑った。
今の報告を聞く限り、もうこれ以上こちらでやることはない。戦況的に自分が前線に赴く必要もないだろう。
「これでようやく考え事に集中できるわね」
静かに呟くアラクネ。先ほどから脳裏を巡っているのは、他ならぬエミカのことだけだった。
自分がモグラちゃんと呼んでいる不思議な子。彼女が居さえすれば今回の騒動も早々に地下道を塞ぎ被害が拡大する前に火を消すことができた。
しかし、旧都に向かったと思われる日からすでに数日以上が経過したにも関わらず、彼女は未だに戻って来ておらず不在のままだ。
「さすがにあの手紙は尖り過ぎていたかしら」
だが、大領主とはいえあんな女一人にエミカがいいようにやられるはずもない。何か別のトラブルに巻き込まれ、帰れなくなったと考えるのが妥当だろう。それならば、一体何があったというのか。
「心配だわ」
アラクネにとって、それはこの街の存亡以上に優先される懸念であった。
※
アリスバレー北東。
草木に潜みながら三馬鹿と共に獲物を待ち受ける。
「――うお”おおぉー!!」
「あ、来た」
「いいぞ、駄メイド。そのままだ。そのままこっちに連れて来い」
地下道入口近くの建物を荒らし回っていた群れの中から陽動で釣り出した数体の人形たち。奴らは今、親の仇のように逃げるイオリを追っていた。
あの図体にも関わらず動きはかなり素早い。俊敏性がご自慢のあの駄メイドがほとんどリードを取れずにいるどころか追い付かれつつある。
あ、てか、ヤベぇ。
もうほとんど捕まりそうだ。
「あいつ体力はねぇのか……」
「嫌あ”ぁー! も”う”無理っす”ぅ~~!!」
ここらが限界か。
餌役を代わるため草むらからオレが飛び出し大剣を出現させると、人形たちはすぐに転進し標的をこちらに替えた。
「よし、今だ!」
イオリの持続力の無さは想定外だったが、作戦通り決まった場所まで奴らを誘い出すことができた。
次の瞬間、木々の陰に隠れていた三馬鹿が人形たちの背後を取ると、立て続けに弓と鞭と刀の連続攻撃が炸裂。瞬く間に人形たちを打ち倒した。
「ぜぇ”ぜぇ……」
「この作戦いけそうだな」
「うん。百体以上の群れを同時に相手するよりかはずっと楽だね」
「それに堅実でありますな。しかし、さすがに一度の陽動で数体ずつでは日が暮れてしまうであります。この先は七~八体前後を目標に頼むであります」
「ほんそれー。んじゃ、イオリっち♪ そういうわけでおかわりよろぴこ~☆」
「ぜえはぁ、はぁはぁ……。あ、あんたら姉妹……みんな、鬼っすか……?」
両膝を地面に付けて座り込んでいたイオリは顔を引き攣らせると、オレたちの顔を順々に見た。
おいおい。確かに三馬鹿共は鬼も同然の連中だが、オレまで一緒くたにされたら堪ったもんじゃない。こういうこともあろうかと、ちゃんと用意して来たアイテムだってあるんだからな。
「安心しろ。ほら、これを使え」
「なんすか、この気味の悪い液体は……」
小瓶に入った土色と鼠色がマーブル状に交わった液体を差し出すと、イオリは恐る恐るといった手付きで受け取る。すぐ様にオレはそれが何かを説明した。
「体力を増強させるポーションだ」
しかも故郷じゃ天才と謳われているらしい、あのルシエラお手製のな。
試作品で効果のほどを知りたいとのことで貰ったもんだが、色が見るからにヤバそうだったので手を付けず自室の棚に置きっぱだった代物だ。
ま、効果がどこまであるかはぶっちゃけ未知数だが、ここ最近のもんで腐っちゃいない。腹を壊す心配もないので試す価値は十分にあるだろう。
「さ、一思いにぐいっと行け。ぐいっと」
「ポーションって、そんな覚悟が求められる代物なんすか……」
小瓶を開け、鼻を近付け匂いを確認するイオリ。しかし、思ったよりいい香りがして警戒も少しは薄れたらしい。
「ええい、ままよ!」
意を決し、口を付け一気に飲み干す。その直後、駄メイドの身体はたちまちエメラルド色の輝きを纏った。
――ピカァーン!
「うぐっ……こ、これはっ!?」
小瓶を投げ捨て勢いよく立ち上がると、イオリは両手をわななかせ不気味な笑みを浮かべる。どうやら自らの奥底より湧き上がってくる力を実感したらしい。
「わははっ! 今なら神様にだって勝てる気がするっす!!」
「………………」
イオリの目は尋常じゃないほど血走っていたが、ルシエラ特製ポーションの効果は絶大だった。
「――次の熊、お待たせっす!」
「いいぞ、駄メイド! その調子でどんどん連れて来い!」
「はい、了解っす!」
その後、イオリは十回以上も自ら囮となって陽動作戦を実行。北東に屯していた百体以上の群れの駆除に大きな貢献を果たした。
「もうすっかり日も暮れて来たね」
「倒した数から逆算すると、おそらく次辺りが最後でありますな」
「もぅちゃちゃっとジェノって~、わたしぃ~お風呂行くしー♪」
夜の帳が下りて、周囲にはもう闇が広がりつつあった。
――ドド、ドドドドドドドドッ!
「「「ん?」」」
次のグループを殲滅させれば一区切り。そんな中、遠くから闇に混じって聞こえて来たのは謎の地響きだった。
急いで耳を澄まし音のする方向に目を凝らす。
そこには颯爽と走るイオリの姿が。
「皆さーん、褒めて下さいっすー! 超大猟っすよー!!」
そして、その背後には今までの比ではない、とんでもない数の人形が蠢いていた。
「ばっ! あいつ群れごと連れて来やがった!?」
「あの数はさすがに私たちでもヤバいような……」
「いやいや、ヤバいであります!」
「いやいやいやいや、マジヤバだっつの!!」
想定外の事態にも程があった。どこから湧き出したのか数百体規模の人形の群れを見た瞬間、即座に陽動作戦を放棄。
オレたちはその場からの撤退を選択する他なかった。











