戦記5.会議は踊らない、されど進む
戦争は会議室で起きているんじゃなく現場で起きている。
しかし、組織は話し合いありき。会議を開かなければ何も決められない。
一番最悪なのは踊るばかりで何も進まないことだろう。だが今回、そんな心配はしなくて済みそうだ。
バートペシュ城。
奇襲によって中破された西塔。その一室にある大会議室。
長方形の長大な一枚板の机には、根城に控える終焉の解放者のメンバー全員が勢揃いしていた。
今回は珍しくパープルも借りて来た猫のように大人しく鎮座している。実質の出席率がパーフェクトなのは会議の進行役までやらされてる俺としてはありがたいことだ。わざわざ二回も三回も同じことを話さなくて済むしな。
本格的に王都への侵攻を開始して六時間ほどが経った。
あっという間に一日の四分の一が経過し、時刻は黄昏時。
『敗残兵たちが逃げ込んだ王都周辺に点在する街と村、そのほぼすべてに深刻な打撃を与えることに成功』
一時間ほど前に齎された現地上空にいるマカチェリーの報告は俺たちにとってこの上ないものだった。
だが、報告はこうも続いた。
『ただ一ヵ所、地下に逃げ込んだ者たちとそれを追った人形たちの行方が不明である』
……地下? 地下ってなんだ?
最初は地下迷宮――ダンジョンのことを言ってるのかと思ったが、俺たちよりも遥かにこの国について詳しいメアリ嬢の補足で得心が行った。
「それはおそらく王都にある〝モグラの抜け穴〟ですね。聞いた話では距離を短縮する不思議な地下道で、南西にあるアリスバレーという街にまで繋がっているはずです」
さらにはその街をハブとして、俺が数ヵ月前に出向いた王国西方の魔術都市などにも穴は届いているそうだ。
とんでもない規模のインフラ。まさか、そんなもんが地下に広がっていようとはな。
さすがはファンタジー世界。これも物理法則ガン無視の魔術様々のおかげか。はたまた俺らのような天賦技能を持った能力者が張り巡らしたのか。
いや、違うな……。
確実な根拠はないが、そのどちらでもない気がする。
そう思えるのは、先日パープルが退けた赤髪の女の子の戦い振りを二度もこの目にしているからに他ならない。
王国の西から東、神出鬼没のように魔術都市や旧都に現れたことは状況証拠の一つだ。やはり、地下道を作ったのはあの子と見ていいだろう。
そしてアリスバレーというその街こそが、あの主人公が帰るべき根城である可能性は限りなく高い。
「そんな便利な地下道があるなら各地から援軍が集結するのも時間の問題だな。たとえ他を捨て置いても注視する必要がある」
すぐに結論を出して飛竜に乗ったマカチェリーを南西に直行させると、しばらくして現状を知らせる報告が返ってきた。
「街のあっちこっちでクマ人形たちが組織された住民の抵抗に遭って撃退されてるみたいです。ダンジョンが聳える街の中心部も被害は皆無。信じられないですが、完全に劣勢とのこと……」
ま、だよな。
地下道の存在を知った瞬間から壊滅できているなんて希望的観測は捨てていた。
てか、早々に来たな。間違いない。ここが分水嶺だ。
「ロコ」
「ん、何?」
ちょうど真向かいに座っていた双子の片割れに、俺は判断となる情報を確実にすべく訊いた。
「そういえばよ、お前ラッダたちが王子様誘拐に出向いてるとき、モコと一緒にこの街に行ってるよな」
「え? あ、ああ……え~っと……、そ、そうだったかしら……」
「ダリアの知り合いをスカウトしに行ったとき、何か見聞きした情報はないか? たとえばめちゃくちゃ強い奴がいたとか、街の有名人の噂を耳にしたとかよ」
「何よ、それ……」
「なんでもいいんだ。もしあっちにパープル並みの戦闘能力を持った奴がいるなら、こっちもこれからただ力押し一辺倒ってわけにもいかないからな」
「……し、知らない!」
「あ? ほんとか? てか、さっきからずっとそっぽ向いてるし挙動がおかしいぞ、お前。なんか隠してないか?」
「か、かかかか隠してなんかないわよ! 何っ、あんた私が裏切ったとでも言いたいわけっ!?」
「は? いや、そんなこと誰も言ってないだろ……。街を攻めるに当たって何か知ってることがあれば教えてくれって話だ。ま、何もないってんなら別にいいわ。んじゃ――」
いつになく攻撃的というか挙動不審なロコは諦め、代わりになぜか先ほどからモジモジしているモコに同じ質問をしようと身体の向きを変えたところだった。
そこで一番端の席に姿勢よく座っていたメアリ嬢が微笑みを携えながらスッと手を上げた。
「ユウジさん。もしアリスバレーの情報をお求めでしたらこの私が」
「何か知ってるのか」
「あの街の統治者とは直接顔を合わせたことがありますし、基本情報程度であればお答えできますよ」
「教えてくれ」
「はい、喜んで。名前はイドモ・アラクネ。元、金剛級の冒険者で冒険者ギルドの会長でもあります。おそらく、ゴルディーさんの可愛いくまさんたちが蹴散らされてしまっているのもあの者の手腕によるものでしょう。その暴君の如きカリスマ性に憧れ、あの街には血気盛んで優秀な冒険者が多く集っているとも聞きます」
「暴君の如きカリスマ性ねえ……」
背中を見せて子分を付いて来させる兄貴肌タイプか。俺とは正反対の人間だな。さぞ全身筋肉だるまのゴリラみたいな大男に違いない。
「王子誘拐の折、拙僧も双子が連れて来た光の大剣を持つあの女子と戦ったが……正直、万全で望んだとしても勝てるかどうかはわからぬ。あれもおそらくはこの国で最上位の冒険者のはず」
「はっ、情けねー弱音吐いてんじゃねぇぞ、この禿げが! 次ヤッたら俺様は絶対に勝つぜ! だからよ、もう総力戦と行こうぜ!! 俺ら全員その街に乗り込んでよ、そのイドモって奴も大剣のガキ含めた冒険者も全員漏れなくブチのめす! ヘヘッ、何よりシンプルでいいじゃねぇか!!」
「ちょっと何を馬鹿なこと言ってるのよ、レオ。王都すらまだ陥落させてない段階でそんなのダメに決まってるじゃない」
「うっせぇ、骸骨女! 今回の作戦指揮はユウジだ! お前が決めることじゃねぇだろうが!」
「だったらあんたが決めることでもないでしょうが、このケダモノ猫科男!」
「おいおい……」
しばらくレオリドスとジーアが口論になったことで場は荒れに荒れた。
だが、やがてそれまで無言を貫いていたパープルが鶴の一声。「もうなんでもいいからさっさと決めろ」と言い放ったところで、皆の注目はまた一身に俺へと集まった。
どちらにせよメアリ嬢の情報の時点で答えは出ている。相手に確実な戦力がある段階では、こちらは損耗しても構わない戦力を当て続けるべきだろう。どれだけ優秀な冒険者が大勢いようが、何日も寝ずに戦い続けていればいずれ綻びは見えてくる。
マカチェリーの報告では、王都周辺の迎撃に当たらせた二千五百体のうち五~六百体ほどがアリスバレーに向かい、おそらくそのうちの半数以上はすでに無力化されているだろうとのことだった。ならば、まずは残る迎撃部隊の二千体。そのすべてを直ちに地下道から街に向かわせることにしよう。
そして、相手が弱ったところで例の〝とっておき〟の出番だ。
アリスバレーに関しては旧都同様、上空からのばら撒き戦法も容赦なく使って完全なる壊滅を目指さなければならない。
今どこにいるのか、その生死すら定かではない。
それでも帰るべき場所がある限り、赤髪の女の子は舞い戻り逆襲を果たすだろう。なぜなら、主人公ってのはそういうもんだからな。











