戦記4.晴れのち熊嵐
ちょっと間が空きましたが一万字ほどで文章量としては実質二話分ほど。分割も考えましたが切りがよさげだったので一括で更新します。
あ、あと誤字報告して頂いた方、ありがとうございました<(_ _)>
アリスバレー領内北東。
各都市へと繋がる地下道――モグラの抜け穴。
馬車であれば一時間かからず王都に辿り着けるその一本。出入口であり検問の役割も兼ねている地下料金所では、混雑帯の勤務を終えた守衛たちがちょうど昼の休憩を取ろうとしていた。
「やれやれ、ようやく昼飯にあり付ける」
「今日は朝からとんでもない物量だったからな」
荷馬車の出入りが激しかった分、いつもよりだいぶ遅い休息となった。アリスバレー商会と運輸局の取り決めによって王都側から派兵されて来た彼らは若い収受係にその場を任せると、空腹に腹をさすり談笑しながらアリスバレー側の出口に向かっていく。
だが、彼らが地上に続くスロープに足を乗せた瞬間だった。
最初の異変が起きた。
「ん?」
――ワアァー。
延々と真っすぐ続いている地下道の奥からだった。
何やら騒ぐ人の声。それも一人ではなく、無数の声が出口であるこちらに向かって響いて来ていた。
何事かと守衛たちが慌てて収受係がいる料金所に引き返してくると、すぐに騒音の正体は判明した。
「あれは……」
「街の商会連中だな。なぜ戻って来たんだ?」
台数の規模と先頭を走る御者の制服から、それが昼の最後に通した商人の一団であることは一目瞭然だった。彼らは何事か声を荒らげながら馬に鞭を打ち、危険なことに全速で連なったまま荷馬車を走行させていた。
「おーい、危ないぞー!」
「止まれぇー!!」
守衛たちが両手を振って警告すると、ようやく一団は速度を緩め始めた。
やがて先頭の荷馬車が料金所の前で停車すると、後ろに連なっていた荷馬車も続々と料金所の前に押し寄せてきた。
「怪我人だ! 怪我人がいるぞ!!」
「それも一人じゃない!」
「大勢だ! 大勢いる!!」
「治療が必要だ!」
「急いで通してくれ!!」
守衛たちが近付き騒ぎ立てていた事情を問い質そうとする前にだった。数人の御者たちが御者台の上で矢継ぎ早に大声で叫んだ。どうやら先ほどからずっとそれをこちらに訴えていたらしい。
守衛の片割れが大急ぎで先頭の荷馬車の幌を検めると、甲冑を纏った五~六人の騎士らしき者たちが横たわっていた。
「一体、何が……」
彼が真っ先に思い付いたのは地下道内の崩落事故だったが商人の証言がすぐにそれを否定した。
「崩落なんかじゃありませんよ。どうも王都の周辺で大量発生した害獣に襲われたみたいです」
商人たちは地下道を八割ほど進んだ辺りで彼らを含めた騎士と冒険者の集団を発見したという。全員例外なく酷い怪我を負っており、その半数はすでに虫の息。一刻も早く適切な治療が必要だった。
しかし、大量の害獣がいるのであれば王都側の出口を抜けるのは危険と考え、大勢の怪我人を各馬車の荷台に収容後、急いでこの地下道を引き返して来た。
捲し立てるように喋る商人たちの話を纏め、経緯を聞き事態を理解した守衛たちは料金所の封鎖板を外すと正しく柔軟な対応を取った。
「重傷者が乗った馬車が先だぞ! 急げ!!」
「治療所なら地下道を出て西だ! もしヒーラーの手が足りないようであれば冒険者ギルドに向かえ!!」
「ちょ、降りたら駄目ですよ! あなたも急いで治療を受けないと!」
「だが……このことを、早く伝えなければ……」
守衛たちが最後の荷馬車を通そうとした間際だった。その荷台から転がるように剣を携えた冒険者らしき男が降りてきた。
満身創痍の彼は潰された片足を引き摺りながらよろよろと守衛たちに近付いていく。そして途切れ途切れの言葉で王都の現状をつぶさに語った。
「クマの怪物が王都を包囲してるだと?」
「王都の防壁を囲むほどの大群か……」
「疑うわけじゃないが、にわかには信じ難いな」
「それは本当に害獣なのか?」
「わ、わからない……。害獣にしろ、モンスターにしろ……あ、あんなのは見たことも、聞いたことも――」
――トコトコ……。
――ペタペタペタ……。
そこで不意に新たな異変。
次に薄暗い地下道の奥から響いて来たのは、決して人間の声などではなかった。
それは形容し難き不気味な足音。何かが確実に――それも大量の何かが確実に、彼らの下に近付こうとしていた。
「や、奴らだ! 俺らを追って来やがったんだ!!」
「急ごう……」
「ああ、ここは封鎖だな……」
アリスバレー側の出口の管理を一任する守衛たちは只ならぬ気配を察し、急いで料金所の封鎖板をかけ直した。
地上入口の守衛たちにも、急いでこの異常事態を知らせなければ。二人は冒険者の男に肩を貸して荷馬車に乗り込むと、すぐに御者に向かって叫んだ。
「いいぞ!」
「出せっ!」
だが、御者が馬に鞭打つと同時のこと。
悪魔の大群は例の不気味な足音を響かせつつ、穴の奥底から湧き出るようにその姿を現した。
「なんて数だ!!」
「まずいぞ! 追い付かれる、急げっ!!」
「だ、駄目だ……。奴らはもう……、う、うわ”あ”あああぁぁ――!!」
それは一瞬の惨劇だった。地下道の奥から濁流のように人形の群れが現れたかと思えば、あっという間に荷馬車ごとすべてを呑み込み、何もかもを押し潰した。
明確な殺意と悪意。
そして、圧倒的な数の暴力による蹂躙。
その進撃と破壊の波動は地下道の終点に辿り着こうとも治まることはなく。
――ドドドドドドドドドドドドッ!!
地下道を通って来た人形の大半は勢いのままに地上に続くスロープを駆け上がると、アリスバレー領内に一気に躍り出た。
現在、主より受けている命令は『破壊の限りを尽くせ』である。手始めに地上の入口の守衛詰所にいた人間たちを同様に押し潰すと、知性の高い人形たちはそこから無秩序に街の四方八方に拡散していった。
一方、群れの一部はモグラの抜け穴と抜け穴を繋げる直通路にも雪崩れ込み、南下を開始。
やがてローディス方面行きの出入り口がある南東地上一帯にも続々と姿を現し、瞬く間にアリスバレー広域に亘りその猛威を奮い始めた。
※
「ねーねー! 今日はどこ行こうか!」
「冒険者ギルドにー、ちょ~広い風呂あるって聞いたんですけどー」
「小生は西の端の村に行ってみたいであります! 何やら珍しい特産品を売ってるとか」
「………………」
さすがに四泊目となると三馬鹿共の我が物顔にも怒りを通り越し、もはや何も感じなくなってきた。
これが無我の境地というやつか。はたまた感情が麻痺しているだけか……。
しかしエミカが一向に帰って来ないからといって、野良猫の如くこいつらにいつまでもタダ飯を与え続けるわけにもいかない。
働かざる者食うべからず。せめて食った分だけでもなんらかの貢献をしてもらわねーとな。筋が通るもんも通らねぇって話だ。
「おい、タダ飯食らいの居候共。仕事を斡旋してやるから付いて来い」
「え?」
「は?」
「ぬ?」
そんなわけで今日は丸一日、愚姉らにも学校でガキ共の勉強の面倒を見させることにした。
この三馬鹿に教師など勤まるわけないと思われそうだが、全員漏れなく性質上どうしようもないレベルの馬鹿であるのは事実だとしても、頭の中身が本当に空っぽというわけではない。
神童を生み出すべくこんな連中でも幼少期より幅広い学問から芸術に至るまでを、ファンダイン家の徹底した教育プランによって叩き込まれている。ま、早い話が馬鹿は馬鹿でも使える馬鹿ってわけだ。
「ツツジ先生、ここ教えてー」
「はいはい。ここの計算はね、こっちの問題と同じでカッコの中を先に足してから引いちゃえばいいんだよ」
「スミレ先生ー、この問題わかんない!」
「こんなんちょ~楽勝だしー。ここをちょちょいのちょいって感じで~、大正解みたいなー?」
「ねねー、どうやったらサクラ先生みたいにきれいな字が書けるようになるのー?」
「鍛錬あるのみであります。まずは小生がしたためたものをしっかり真似してみるでありますよ」
目論見どおり三馬鹿は役に立った。オレもいつもより全体が見ることができて、ここ数日で溜まっていた愚姉らに対する鬱憤も少しは治まった。
おし、絶対に明日も朝一からこいつら扱き使ってやる。
そう固く決意する頃には本日分の学習範囲も消化、いつもよりかなり早めに授業を終えることになった。
「パメラ先生!」
「おそとで遊ぼー!!」
勉強後は毎度のお約束どおりガキ共の息抜きに付き合う流れとなった。
やる遊びは多数決で恒例のボール鬼に決定。そして残念ながら、今回はさすがに戦力差の均衡を計るため教師と生徒でチームを分けることになった。
「何が楽しくてお前らと組まなきゃならねぇんだよ」
「ぬぬっ、今日は貴様の頼みを素直に聞いてやったというのに! 言うに事欠いてそれか!?」
「てかさぁ~、そんなんこっちのセリフだしー? マジで背中に気を付けろって感じー?」
「もう二人とも絡まない! この前も言ったけど何より大事なのはチームワークだよ。ほら、守衛は私とパメラでやるから二人は子供たちを捕まえて来て」
ツツジの執り成しもあり鬼チームの役割り分担もすんなり決定。ゲームがはじまりガキ共が甲高い声を上げながら散り散りに逃げて行くと、すぐに革のボールを手にスミレとサクラも捜索役の鬼として駆け出し追跡をはじめた。
「それじゃ初めは守衛二人もいらないし、私もしばらくは校舎の中を巡回してるよ」
「了解」
「何かあったら大声で呼んでね。私、矢の如く駆け付けるから!」
「あ、ああ……」
今のは弓使い界隈じゃ鉄板の決まり文句だったらしい。その得意顔に困惑しつつオレが歯切れの悪い返事を返すと、ツツジは上機嫌にも笑顔で両手を振りながら去って行った。
やがて、だだっ広い校庭にはぽつんと、オレ一人。
「さてと」
とりあえずその辺に落ちていた木の棒で四角く線を引き、手頃な大きさの牢獄エリアを描出。守衛という役割り上、生徒たちがある程度ここに溜まるまではしばらく暇を持て余すことになりそうだ。
「ま、それもあいつらの働き次第か」
大きな欠伸を一つしたあと、オレは地べたに胡坐をかいた。
※
ボール鬼が開始され早々。
キングモール学校の生徒たちは次々にボールを当てられ、あっという間に多くの者が牢獄送りになっていた。
前回と違いスミレとサクラは連係した上で戦術的に動き、生徒たちを追い込んだ先で攻勢に出ると一気にアウトを積み重ねていく。
そんな劣勢の中、一部の生徒は校舎裏の木々の陰にひっそり隠れて難を逃れていた。
「静かになっちゃった……」
「みんなもう捕まっちゃったみたいだね」
「えー! なら早く助けに行かないと!」
「だめだよ。こういうときこそ生き残った私たちが慎重にならないと」
「賛成。もう私たちは人類にとって最後の希望と言っても過言じゃないわ」
「サイゴノキボー!? なんかかっけえ!!」
十人に満たない女児と男児のグループは、数本の幹の裏に潜んで反攻のタイミングを窺っていた。
周囲の静けさから、もう相当数の生徒が捕まってしまったことは明らか。捜索に回っている鬼二人に発見されないまま仲間が捕まっている牢獄エリアまで全員で向かいたいところだが、ここで下手に動けば全滅の可能性もあり得た。
「ねえ、誰か様子を見てきてよ」
「言い出しっぺがいけよー」
「いやよ。わたし、足遅いもん……」
「適任者を探しましょう」
とりあえず偵察役を出す方向で纏まり、全員で誰が行くかを話し合う生徒たち。
そこで不意に音もなくだった。なんの前触れもなく一番西側にいた男子生徒の背後に大きな影が伸びてきた。
「え?」
影に覆われた一瞬は鬼に見つかってしまったのだと思った。だが、顔を上げるとその様相は人とはあまりにかけ離れた姿をしていた。
ふわふわの、大きな足に大きな手に大きな顏。
それは背後から陽光を受け、真っ黒なシルエットとなって男子生徒の上に覆い被さっていた。
「あっ……」
「ん?」
すぐに一人が妙な気配と仲間の狼狽に気付くと、他の生徒たちも続々とそちらを振り返った。しかし、いきなり現れた大きな縫い包みに理解が追い付かず、全員が全員ただ呆気に取られ言葉を失うばかり。
「くまさん……」
永遠に思えるほどの長い静寂。それを挟んでようやく一人の女児が喉の奥から声を漏らした瞬間だった。
人形は本性を露わに両腕を振り上げると、目の前にあった人の胴体ほどの幹を一撃で薙ぎ倒した。
――ズドォンッ!!
「「「うわあああぁー!?」」」
――バギィ、ギギッ! バサバサバサバサバサッ~~!!
倒れていく枝葉が周囲の木々と擦れて音を立てる中、生徒たちはパニックに陥り各々が一斉に別の方向へ駆け出していく。
だが、あまりのことに身体が硬直し、その中には逃げるタイミングを逸した者も。
「あ、あっ……」
木の陰に取り残された幼い女児。
そんな標的を破壊を命じられた人形が見す見す逃すはずがなかった。
――ペタ、ペタ、ペタ。
ゆっくりと近付いて来る、大人以上の背丈の巨体。
やがて逃げ遅れた女児の目前に立つと、人形は木を薙ぎ倒したときと同様、その太い両腕を高く掲げていく。
「う、うう……」
逃げることも悲鳴を上げることもできず、女児はその眼差しで残虐な悪魔を見ている他なかった。
そして、次の瞬間のこと。獲物に舌なめずりすることもなく迅速に振り下ろされた人形の両腕は、女児の視界を覆い、全てを闇で満たす。
木の幹をも砕く一撃。
人形の怪力はもう次の刹那にも、女児の命を簡単に奪ったことだろう。
――シュル、ピシッ!!
だがしかし、その巨大な拳が完全に振り下ろされる間際、どこからか伸びて来た鞭の先端が女児の胴体に巻き付いたかと思えばだった。
まるで獲物を捕らえた蛙の舌の如く。鞭はその小さな身体を引き寄せると、残像を残すほどの一瞬で女児を木の陰から救出。直後、人形の両腕が振り下ろされ派手に空を切った。
そして、間一髪で人形の攻撃を交わすと同時のこと。
女児と入れ替わる形で風のように現れたサクラは刀を抜くと、人形の太い胴体を鮮やかな太刀筋を持って一閃。電光の一撃を以って敵を破壊した。
――ポン!
巨体が上下二つに裂かれると、クマの形をした悪魔は気の抜けた破裂音と共に、まるで幻だったかのようにその場から姿を消した。
「……ふむ。これは、なんとも面妖な術でありますな」
すっと呼吸を整えたのち、刀を鞘に収めたサクラは足元の小さな残骸を拾い上げると、その自身の丸く特徴的を眉を顰めた。
一方、その頃。
校舎裏の反対に位置する校庭側でも人形たちによる襲撃は始まっていた。
※
「――クソ、こいつらどこから湧いて来やがった!?」
光の大剣を繰り出し同時に飛びかかってきた二体を仕留めるも、すでに周囲は得体の知れない化け物の群れに囲まれていた。
一体一体の強さはそれほどでないにしろ、見渡す限りまだ軽く三十体以上はいやがる。オレ一人ならなんとでもなるが、こっちにはボール鬼で捕まった生徒たちが多数。全員を守りながら戦うのは正直かなりの無茶に思えた。
「か、囲まれちゃったよ……」
「パメラお姉ちゃん……」
「わー! このくまさんたち何ー?」
「いっしょに遊びたいのかなー?」
「あ、おい、前に出るな! お前ら全員オレの後ろにいろ!!」
ただならぬ殺気に怯える者。化け物たちの見た目の愛らしさから猫のような好奇心を抱く者。
ガキ共の反応も様々で、そっちにも十分な注意を払う必要があった。万一、パニックなりを起こして誰かが無暗に飛び出すようなことがあれば、下手すりゃオレが間違ってガキ共を大剣で潰し兼ねない。
だが、だからといっていつまでもこうして包囲されたままではこっちの神経と集中力が磨り減っていくばかりだ。
恐れて守りに徹し続けるのは自ら袋小路に入り込むようなもの。
ならば、ここは一気に片を付ける他ねぇって話だ……。
「お前ら! 絶対そこから出るなよ!!」
校庭に引かれた線の内側――牢獄エリアからガキ共がはみ出さないよう一喝。同時に、オレは全力で地面を蹴って駆け出した。
「どけっ!」
手始めに前方にいた数体を薙ぎ倒し破裂させたあと、ほぼ直角に横跳びする形で即座に進路を変える。
一角のすべてを殲滅し化け物たちの包囲を崩した直後、そのまま蛇の頭から尾までを食らうが如く、大剣を左右に薙いで連続で振るい続けた。
――ポポン!
――ポンポンポンポンッ!
自らが嵐の中心となり敵を蹴散らし蹂躙する中、次々に白い煙が上がると共に気の抜けた破裂音が響いていく。
包囲されていた牢獄エリアの周りを弧を描くように駆け、オレは化け物たちの大半を一気に一掃した。
よし、余裕!
――スッ。
確かな手応え。
一周というゴールが近付く手前。
そして、勝ちを確信した最中のことだった。
――ササッ!
視界の端。
充満する白い煙。
そこから勢いよく飛び出していく大きな影。
「なっ!」
たった今し方、通り過ぎた場所。
背後の討ち漏らしに気付くも、まだ前方にも敵が残っていた。踵を返すにもまずこいつらを処理してからでないと追えない。
しかし、間に合うのか?
くそ、迷うな……!
一瞬の判断の中、残りの化け物たちを渾身の一振りで片付け、反転。
校庭の地面を抉るほどの脚力で舞い戻る。
それでも、オレが振り返る頃には討ち漏らした一体はもう小さなガキ共たちの目の前に迫っていた。
振り上げられる化け物の両腕。
それが振り下ろされる次の瞬間、頭の冷静な部分でオレは最悪の結果までを覚悟した。
駄目だ、間に合わ――
「――パメラ!!」
だが、絶望的にも思えた光景は一転。
飛んで来た瞬速の矢によってすべてが書き換えられた。
――トコ、トコ……。
額に勢いよく突き刺さった鏃によって化け物はバランスを崩すと、一歩、二歩と背後によろけていく。さらに直後、二の矢、三の矢と追い打ちがかかり討ち漏らした一体は完全にその場で動きを止めた。
「おらぁー!!」
透かさず一気に距離を詰めて、オレは最後の一撃を振るう。次の瞬間、破裂音と共に化け物は一匹残らず校庭からその姿を消した。
「わーん!」
「せんせー!」
「こわかったよー!」
「パメラ、大丈夫!?」
標的にされ危機一髪だった幼いガキ共を宥めつつ全員に怪我がないことを確認していると、校舎のほうから弓を手にしたツツジがやってきた。
「もう何かあったら大声で呼んでって言ったでしょ!」
「いや、それはボール鬼での話だろ……」
さすがにあんな得体の知れない化け物に襲われるなんて想定できない。それも街中で群れに襲われるなんてあり得ない話だ。
「で、今のクマみたいのなんだったの?」
「……さぁな。見当も付かねぇ」
そう言って、足元に転がっている胴体が切り離された小さな人形を指で摘まみ拾い上げる。
ツツジには白を切ったが、オレはこの人形に見覚えがあった。いや、厳密に言えば「こんな人形に」ではあるが……。
「召喚魔術っぽいけど術者の気配も感じないし、どういうカラクリかな?」
「………………」
頭を過るのは氷壁ダンジョンで見た、ボロボロの縫い包みを抱いて怯えていた黒い服の少女。
あとで聞いた話ではその縫い包みを破壊したのはエミカだったらしいが、ミハエル王子誘拐を企てた犯人グループの一党だ。つまりは、あのダリアの仲間でもある。
その能力の詳細まではわからないが、縫い包みを巨大化させてゴーレムのように使役する天賦技能持ちだと推測される。
そう。なんにしても希少な天賦技能持ちだ。その中でも個人の能力が被るということはまず考えられないだろう。つまり、今オレが殲滅した縫い包みの化け物たちは――
「あ、私わかった。元々こういうモンスターで、近所のテイマーが飼ってたのが野生化した説。どう?」
「………………」
思考が行き着くべきところまで行き着くと、オレの中の嫌な予感はいよいよ確信に変わりはじめた。
しかし、連中の狙いはまたオレなのか。
それとも、今回は別にあるのか。
「皆、無事でありますな」
「マジでぇ~、街中でモンスターとかありえないんですけどー」
話しかけてくるツツジを無視して考えに没頭していると、そのうちまだ捕まってなかったガキ共を連れてスミレとサクラの二人が帰ってきた。話を聞くと、どうやらはぐれ者の一体に向こうも襲われたらしい。
数合わせとはいえ、こいつらも一応はファンダイン家の役職付きだ。ミハエル王子誘拐未遂事件のことは知っているだろうが、様子を見るに今回のことと紐付けられるほどの情報はどうやら与えられていないっぽいな。
どうする?
このままある程度の事情は話して積極的に協力させるべきか?
いや、駄目だ……。ダリアのことがある限り、こいつらには迂闊にこっちの情報は伝えられない。なぜならあいつとの決着はオレ自身が付けたいし、オレ自身で付けなきゃいけないことだ。
姉ちゃんの力もファンダイン家の力も、少なくとも今は借りるわけにはいかねぇ。
「お前ら、とりあえず忘れないうちに礼だけは言っとく。ありがとな」
「「「えっ?」」」
それでも、今回ばかりは助かった。オレ一人ではガキ共を無傷で守ることはできなかっただろう。
こっちから頼んだことではないにしろ、結果的には力を借りる形になったのだから礼節は尽くさねぇとな。
「今のは、小生の聞き間違いでありますか……?」
「は? マジのマジ? 今、わたしぃらに言ったん……? あの、パメラが……?」
「う、うっ……嬉しい! パメラが私に生まれて初めてありがとうって言ってくれたぁ~~!!」
「………………」
三馬鹿の反応が反応ですぐに取り消したくなったが、今はそんなことに構ってもいられない。
「あのクマの化け物がまだここらに潜んでる可能性がある。とにかく今は安全な場所まで移動すんぞ」
話し合いもそこそこに、オレは強引に教会への避難を促した。現状、例の連中の目的がわからない限り油断は禁物だ。
今日の授業に参加した生徒が全員いるのを確認した上、寄宿舎にいた生徒も加えてそのまま集団で教会に移動。敷地の目前まで来たところで、ちょうど馬車を飛ばして来たヘンリーと鉢合わせになった。
「姉御、無事でしたか!」
血相を変えた様子に只ならぬ事態を感じ、オレは簡潔な答えを求めて即座に訊いた。
「何が起きてる?」
「詳しいことまではまだわかりませんが、エミカが掘った北東の地下道から害獣の大群が押し寄せて来たらしいです。発生源は王都で……、どうやらあっちもとんでもないことになってるとか」
「な、なんだとっ!?」
「ハァ~?」
「ええっ……」
ヘンリーの報告に三馬鹿は驚きを隠せない様子だった。
姉ちゃんに王都の守りを任されたこともあり、あっちの状況は誰よりも気になるところだろう。だが、今はこの街の心配が優先だ。
「こっちの状況は? 討伐隊はもう組織されてるのか?」
「冒険者ギルドが中心になって動いてるそうです。でも、害獣が広範囲に散ってる上、地下道同士を繋ぐ直通路を通って二号店やホテルのある街の南東でも被害が出てるみたいでして……」
「あそこにはうちのメイド連中もいる。心配だな」
「はい。だから今、ジャスパーと手分けして関係各位全員の無事を確認してるところです。ちょうど学校にもこれから向かおうとしてたところで」
「………………」
なるほど。ヘンリーのおかげである程度だが状況は見えてきた。
どうやら今回の狙いはオレではなく、ダリアの仲間たちはミハエル王子の誘拐を企てたのと同じく、この王国を揺るがすようなことをしでかすつもりのようだ。
「ヘンリー、この騒ぎが治まるまで教会でガキ共を預かっててくれ。ここにはエミカのゴーレムもいるし街の中でもかなり安全な場所だからな」
「もちろん最初からそのつもりですよ。姉御はどうするんですか?」
「とりあえずエミカもいねぇことだし、今はシホルとリリ、キングモール家の連中が心配だ。一旦全員の無事を確認してくる。それが完了次第、オレも急いで討伐隊に加わることにするわ」
「二号店のほうは地下のショッピングストリート経由でジャスパーが一番に確認しに行きました。問題がなければもう合流して安全な本店のほうに連れ帰ってるかと」
「了解。んじゃ、そういうことでオレはとりあえず家に戻るわ。念を押すがくれぐれもガキ共を頼むぞ」
「任せて下さい、姉御!」
「ちょっ、パメラ! 待って待って!」
教会の敷地にある隠し通路に向かおうとした途端、背後からツツジに肩を掴まれた。
無視してもよかったが、先ほど窮地を救われたこともある。オレはその場で足踏みしながら用件を訊いた。
「なんだよ、こんなときに」
「私たちも詳しい状況を知りたいの。特に、王都がどうなってるか……」
それなら冒険者ギルドに言って討伐に参加するのが一番だろう。とにかく北東部の化け物共を殲滅して地下道を使えるようにしなければ、あちらの様子を見に行くことすら叶わないのだから。
「利害が一致してるってんなら自主的にお前らも協力すればいい。てか、この数日のタダ飯分、まだまだたっぷり働いてもらわねぇとだったな。釣り合いを取るためにもさっきみたいな大活躍、期待していいよな」
「え? それって、私たちも討伐に参加しろってこと……?」
「しろとは言ってないだろ。すればって言ってるだけだ。ま、このアリスバレーが壊滅しちまったらどの道それまでだけどな」
「………………」
狙って不安を煽ってはみたものの、たとえエミカが不在だとしてもあのイドモ・アラクネがいる以上、この街が陥落するようなことは絶対にないだろう。だが、たとえそうだとしても、使える戦力が一人でも多いことに越したことはなかった。
「ああ、もしくは普通に地上ルートを歩いて王都まで行くって方法もあるにはあるか。何日かかるかは知らねぇけど」
「ううっ、パメラの意地悪ぅ……」











