戦記2.主、帰らず
現当主の子として生まれ落ちた数百人の姉妹たち。
その呪われしファンダイン・シスターズには特別な二つの役職がある。
一つは、今あいつがやらされてる君主直属の駒である諜者。
そしてもう一つは、姉妹全体の任務や配属先を決め統治する機関――黎明の円卓だ。
後者は実家にある円卓の席数に因みメンバーは十二名。ただし現在その中には故人と追放者も含まれており、新たに欠員の穴埋めもされていないため実際の在籍者数は十名までに減少している。
「うう、痛いよぉ~。パメラってば本気出し過ぎだよぉ……」
つまりだ。
今さっきオレがもっと本気を出してりゃ、その在籍者数は一気に七名までに減ってたわけだ。こりゃ惜しいことをしたな。
「ほら、使え」
「え? あ、これって……」
戦闘終了後あっちこっち傷を負ってズタボロになったツツジに、オレは学校の常備品である紙式の簡易スクロールを渡してやった。本来なら生徒のために用意してあるものだが、喧嘩が終わったあとも延々とぴーぴー泣き喚かれてはさすがにうざいにも程があった。
「うわ、すごい! プリンセチア並みの治癒だ!」
ルシエラの転写術で刻印化された魔術は一瞬でツツジの全身の傷を癒した。
最低でも数ヵ所は折れていたであろう骨も元通り。校舎の前でへたり込んでいた弓使いの姉は完全復活すると、その場から立ち上がり笑顔で礼を口にした。
「ありがとう! やっぱりパメラってば優しい子だね!」
「おう。三十万ぽっきりでいいぞ」
「ふへっ! お金取るの!?」
「安心しろ。ちゃんと残り馬鹿二人の分も付けて姉妹割引にしてやる。特別に三本で百万マネンな」
「阿漕だし計算がおかしい!!」
なんて半分は冗談で言ってみたものの、どうも残り二本は状況を見るに必要なさそうだった。
「今度はボール鬼やろ!」
「またお姉さんたちが鬼ね!」
「えー……わたしぃ~、もう疲れたんですけどぉ~」
校庭の端までぶっ飛ばしてやったスミレとサクラはもう立ち上がっていて、さっきから生徒たちと一緒に元気に校庭を走り回っていた。
「えいっ!」
「なっ!? 背後からとは卑怯であります!!」
「きゃー!」
「みんな鬼から逃げろー!」
「「「わー!」」」
革のボールを背中に当てられたサクラが慌ててそれを拾う頃には、ガキ共は蜘蛛の子を散らすようにもう校庭中に散らばっていた。そのまま一部はオレたちの横を駆け抜け校舎の中にまで逃げ込んでいく。
ボール鬼は逃走者全員にボールを当てるまで鬼側の勝利はなく、その上でボールを当てられた逃走者は牢屋エリアまで味方が助けにくればタッチで復活が可能だ。
本来なら両陣営のバランスを取るため鬼とボールをもっと増やしてやるもんだが、中々にウチのガチ共は容赦がなかった。案の定、生徒が半分ほど捕まったところで残りの生徒が一斉に捨て身の救出アタックを実行。いくら大人と子供とはいえ守衛がスミレ一人とボール一個とあっては多勢に無勢だった。
あっという間に牢屋エリアにいた全員がタッチで解放。直後、ゲームはまた振り出しに戻った。
「「「わー、逃げろー!」」」
「こらー! 不甲斐ないぞ、スミレ! 子供相手に何をしているー!!」
「はぁ~!? そんならサクラが守りやってみろしー! マジのマジで無理ゲーだっつ~の!!」
あの様子じゃ、しばらくどころか永遠に勝負は付きそうにねぇな。てか、今更だが逃走者側の勝利条件がないのって遊びとして欠陥じゃないのか、これ……。
教会の子供内だと代表的な遊びらしいが制限時間を設けるとか、鬼を倒せる条件を作るとかしないと下手すっと喧嘩やイジメの要因にも繋がりそうだ。ま、今回は甚振られてるのがあの愚姉たちだから問題はないが。
「二人とも苦戦してるね。私も加勢して来ようかな。パメラも行かない?」
「構わねーけど、さっきの話はもういいのか?」
「だって長い話は聞いてくれないんでしょ」
「ガキ共はあいつらが遊んでるというかあいつらで遊んでるし、少しならいいぞ。お前の名前も思い出せたしな」
「よくあれで思い出せたと言えるね……。んと、んじゃ、まずは今の王都の状況を簡単に――」
ツツジは当主代行であり実質現最高責任者でもある〝F-Ⅰ〟が西方方面に遠征に出ていること。そして、女王も諜者である〝F-ⅩⅢ〟と共に、お忍びで東方の旧都に出向いていて王城を留守にしていることをさらっと説明した。
「それで今、王座に影武者を立てて黎明の円卓総出で秘密工作を担ってるところなんだけど」
「そんな重要機密を部外者のオレに話しちゃいろいろまずいだろ。聞かなかったことにしとくわ」
「いや、部外者じゃないでしょ」
ツツジは呆れ顔できっぱり断言すると、わざわざアリスバレーまでこうしてオレに会いに来たのも正式な命令を受けてのことだと明かした。
「王都を守るって言っても誰に攻められるわけでもないしね。過剰戦力を少しでも有効活用するため、近隣の要注意人物の調査も済ませてしまおうって話になってさ」
「お前、要注意人物ってまさか……」
「パメラってばF-Ⅰから調べるよう言われてるのに、ほとんど報告も上げてないんでしょ? イドモ・アラクネのこと。だから、私たちが――」
その名前が出て三馬鹿がやってきた真の目的を理解したオレは直ちにツツジの発言を制してまで忠告した。
「やめとけ。お前たちの手に負える相手じゃない。それとその件で協力はしない。絶対にな」
「私まだ何も頼んでないんだけど……」
ツツジはしばらく面食らった顔をしていたが、こちらの頑なな態度を見て調査対象の危険性を悟ったらしい。それ以上、イドモ・アラクネの件ついてとやかく言うことはなかった。
「ま、別にいいや。ジギタリスの命令なんて二の次で目的はもう果たせたし」
「目的? なんだそりゃ」
「そりゃもちろん、こうしてパメラに会うことだよ!」
「……そうか。目的が果たせてよかったな」
「うん!」
ならもう思い残すことはないよな。さっさと帰れよと思ったが、ツツジの屈託のない笑顔の所為で喉元まで出ていた言葉は引っ込んだ。
それに正式な命令を受けたとは言っているが大方、一番上の姉が不在のあいだ黎明の円卓を仕切ってるであろう次女と三女に厄介払いされたってのが実態だろう。この三馬鹿は揃うと昔からマジでうるさかったしな。
騒ぐ三人に切れる寸前のジギーを見てプリンが機転を利かし調査の件を持ち出す。少し想像しただけでもその場景がはっきりと目に浮かんだ。
「ま、追い払われた先でも邪険に扱われたんじゃいくらなんでもって話だよな」
「なんの話?」
「なんでもねぇ。こっちの話だ」
ツツジから顔を背けて校庭を見ると、ちょうどまたスミレとサクラの鬼二人がガキ共から捨て身の救出アタックを食らっていた。
せっかく捕まえた子供らに四方八方に逃げられ、慌てふためく姿は滑稽さを通り越してもはや哀れみすら覚える。
「たくっ、情けない連中だな」
「よし。そろそろ私たちも加勢しよう、パメラ!」
「だな」
「今こそ我ら姉妹の結束の力を見せるときだよ!」
腕捲りしてボールを持って鬼チームに合流していくツツジ。もちろんオレはその様子を尻目に子供チームに合流した。
「おらおら、逃げろお前ら!」
「「「わー!」」」
「あーっ! またパメラにやられたー!!」
戦力差は開き、ゲームはより一方的な展開へ。
そして、鬼側からすれば戦況は泥沼に嵌るが如くだった。永久に光の見えない攻防は日没まで続いた。
「わ、私……もう、一歩も動けない……」
「しょ、小生も……で、あります……」
「まぢでぇ~、エンドレスなんですけどぉ……」
三馬鹿が揃いも揃って同時にダウン。白旗が上がったところでボール鬼は終了となり今日は解散となった。
「すごい楽しかったー!」
「お姉さんたち、また明日も遊ぼー!」
「じゃーねー!」
寄宿舎組にモグラーネ村組、そして教会組の生徒たちと順々に別れたあとオレも帰路に就く。
「あそこでスミレがしっかり守ってさえいれば勝利は我らの手にあったものを!」
「はぁ~? 人の所為にすんなしー。つうかぁ、サクラがもっとじゃんじゃん捕まえてればその前にエンドってたつぅ~の」
「もう、負けたのは二人が口論ばっかしてたからでしょ。私たちはもっとチームワークを磨かないとだよ」
「………………」
そして今、教会からキングモール邸に続く隠し通路の途中。なぜかオレの背後には姦しい三人の鬼共がぴったりとくっ付いてきていた。
「なあ、なんでお前ら付いてきてんの?」
「「「えっ?」」」
ストレートに訊くと三馬鹿は揃いも揃ってぽかんとした顏になって首を傾げた。表情を見るに信じられないという様相だが、信じられないのはオレのほうだ。
「『えっ?』じゃねーだろ。てか、当然のように付いてくんな!」
「で、でも、私たちこっちで泊まる場所ないし……」
「なら王都に帰ればいいだろ」
「他人行儀なことを言うものではないぞ、パメラ。血を分けた姉たちが困っているのだ。この場合、手を差し伸べるのが道理であろう」
「そーそー。助け合いは大事っていうかぁ~、助けても罰は当たらないっていうかぁ~?」
「………………」
「ほ、ほら! それに子供たちも明日も遊びたいって言ってたし、ねっ!? ここは可愛いあの子たちにも免じて! ね、ねっ!?」
「………………」
もしかして最初から衣食住を目当てにオレに会いに来たってわけか。てか、本来の目的である調査はどうした調査は。任務サボって泊まる気満々になってんじゃねぇよ。
「そもそも今から向かう先はオレの家じゃねぇんだよ」
「あ、それはベラドンナから聞いてるよ。エミカ・キングモールって子の家でお世話になってるんでしょ」
「王都の地下アベニュー。そして、この近隣一帯の巨大地下道を掘ったと噂に名高い例の人物でありますな。女王陛下の信頼も厚い傑物だとか」
「ちょーごいすー。そんなビップと知り合いとかぁ~。パメラー、会わせろしー」
「………………」
この状況、落ち度はオレの気の緩みか。途中で撒きゃよかったのに、ガキ共と一緒にこいつらと遊んだことでつい昔の感覚に戻っちまった。
しつこい三馬鹿のことだ。
こりゃ、何を言おうが付いてくるな……。
「わかった。紹介はしてやる。だが、エミカに会ったらすぐ帰れよ。あと誰であろうと家の人間に少しでも迷惑かけたらその瞬間に叩き出すからな」
「はは、わかってるって。というかそんなの当たり前じゃん。私がそんな常識ないように見える?」
「妹が世話になっている人物だ。小生が粗相などするわけないだろう」
「わたしぃ~、エミカっちとマブになるしー。てか、もうむしろマブだしー」
「………………」
不安しかない中、オレはもう諦めて隠し通路を進んだ。
そのままキングモール家へ帰宅。
「――パメ姉、おかえりなさい。あれ、その人たちは?」
軽く紹介したらすぐ追い出すつもりだったが、残念なことにエミカはまだ帰って来てなかった。朝の時点では晩飯までには帰ってくるって話だったが、どうも今日の帰りは晩くなるようだ。
「え、みんなパメ姉のお姉さんたち……? あの、初めまして。私シホルといいます。ちょうど今からウチ晩ごはんなんで、よかったら皆さんも召し上がっていきませんか?」
オレの姉連中だと聞いた途端、シホルはにこにこと嬉しそうに三馬鹿を夕食に誘った。エミカがいないことで予定が狂ったこともあり、追い出す口実を逸したオレは三馬鹿が大広間に案内されるのを許す他なかった。
「何これ、めちゃくちゃ美味しい!!」
「どれもこれも極上の一品であります!!」
「マジうまぁ~!!」
もてなしを受けた三馬鹿は腹一杯になるまで遠慮なくキングモール家の豪華な夕餉を堪能。そのあいだもエミカが帰ってくることはなかった。
「ほんと美味しかったなぁ~。あんな夕食だったら私、明日もご馳走になりたいよ」
「いや、帰れよ……」
「パメ姉のお姉さんたち、よかったらお風呂もどうぞ」
世話好きのシホルの勧めもあり三馬鹿は一切遠慮せず風呂まで入っていった。
そして、入浴後はメイドたちが運んできた果実と果汁もたらふく味わって贅沢三昧。極楽気分の三馬鹿は地下農場のテーブル席に居座り、全身が溶けたようにのんびり寛ぎはじめた。
「私、もう一生ここに住んでたい」
「いや、帰れよ!」
「もう夜も晩いですし、皆さんよかったら泊まっていってください」
そろそろ本気で追い返そうとしていたところだった。割って入ってきたシホルは続いて宿泊を勧めてきた。
「こんな得体の知れない連中泊めたら何しでかすかわかったもんじゃないぞ……」
「でも、パメ姉のお姉さんたちエミ姉に会いに来たんでしょ? 今日は帰ってこなさそうだし、泊まっていってもらおうよ。空き部屋だってあるし」
真っ向から反対したが、なぜか終始ご機嫌な様子のキングモール家の次女様はオレの意見などあっさり跳ね除け、メイドたちに宿泊の準備を命じた。
「良い子だねー、シホルちゃん♪」
「うむ、あれこそ妹の鑑でありますな!」
「ぐうかわでー、めっかわー♥」
「………………」
いいのかよ。
この姉共は甘やかすと際限なく増長するぞ……。
そんなオレの心配はものの見事に的中。三馬鹿はその後も帰る素振りすら微塵も見せず、キングモール邸に滞在を続けた。
「ねーねー、見て見て! これエミカちゃんのお店で売ってたんだけど、めちゃくちゃ安かったんだよ!」
「これは掘り出し物でありますな!」
「てかあのショップー、マジでちょーオールで揃ってんですけどぉ~」
「………………」
至れり尽くせりの待遇を受ける中、滞在中は例の任務に当たってるのかと思えば完全に観光を楽しんでる様子。連日エミカの店では武器に防具、食器から家具までを大量購入。午後には学校にも顔を出しては生徒たちと初日のように遊びを謳歌しては羽を伸ばしに伸ばしていた。
今日で数えること、すでに四泊目だ。
三人ともここは最高だと終始ご満悦のまま今日に至る。
そして、マジで住み付くつもりなんじゃないかとオレが危惧しはじめた頃になってだった。
そのあいだも一向に帰って来ないエミカに対して、キングモール家内ではさすがにちらほらと心配の声が上がりはじめていた。
「エミ姉、どうしたのかな……」
「ま、あいつのことだ。そのうちひょっこり帰ってくるだろ」
あのエミカがやられるはずもない。大方、何かトラブルに顔でも突っ込んでんだろう。
それよりも、オレにとっては紹介するっていう約束を盾に居座る三馬鹿のほうが遥かに問題だった。











