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プロローグ -侵食-

 暑中お見舞い申し上げます。黒喪ぐらでございます。

 一ヵ月ちょいほどあいだを頂きましたが、なんとか無事(?)ナンバリング的には第11章【王救戦争編Ⅰ】のはじまりでごぜぇいます。

 プロットを改めた結果、旧都編と合わせて前後半予定だったものが前・中・後編の三パート構成になりましたので、本章はその中編に当たる部分と解釈していただければ。

 と、まあ何はともあれ無理のない範囲ではありますが再開してまいりますので、またよろしくお願い申し上げます<(_ _)>





 急いで王都に帰還しなければという焦燥。

 友人でもあった一番の従者を失った悲しみ。

 そして、君主として何もできなかった自身への慙愧。

 空が見えない閉所だからこそ、気持ちは余計に陰り重くなっていく。


「ミリーナ様……やっぱ私、自分で歩きますから」

「だめ。まだ立っているのだって精一杯じゃない」


 様々な感情が入り混じる中、光石の仄かな明かりを頼りに私はエミカを背負いながら彼女のゴーレムが掘った延々と先の見えない真っすぐな穴を進んでいく。


「でも……」

「心配しないで。こう見えても体力には自信があるの。ミハエルだって乳母に任せず赤ん坊の頃は私がこんな風にずっとあやしてたんだから」


 虚勢を張ったものの最初と比べて呼吸は乱れ、足取りは確実に鈍りつつあった。

 だが、それも当然のこと。大した休憩も取らずに一晩以上、この地下道を歩き続けているのだから。

 地上は今頃輝く朝日が高々と昇り、また新しい一日のはじまりを告げていることだろう。


「少しペースを上げるわね」

「ごめんなさい。私がいつものように力を使えてれば、もうとっくに帰れてるはずなのに……」

「何を言ってるの。エミカ、あなたが負い目を感じることは微塵もないわ。王都に帰還することを決めたのは私だし、あなたがいなければこうして帰る手段すら私は持ち得なかった。それに、感謝しかない命の恩人をどう責めろと言うのですか」

「ミリーナ様……」

「とにかく、今は急ぐ他ありません」


 すべてはコロナの決死の覚悟のおかげだった。

 拘束を解かれたエミカのゴーレムが一瞬の隙を突いて私たちを抱きかかえ、城の回廊から地下へ。そのまま旧都から遠く離れた地まで逃げおおせ、あの絶体絶命の窮地を脱せたのはもう五日前のことだ。

 そのあいだの四日間、エミカは集落の小屋で生死の境を彷徨い眠り続けていた。

 正直な話、到底助かるような状態には思えなかったが時間が経つに連れ胸の傷は魔法のように塞がり、冒険者の最大の栄誉たる黒覇者(レジェンド)の称号を持つ彼女は昨夜、私が見守る目の前で生還という奇跡を起こして見せた。

 しかし、その代償は当然ながら大きく、目覚めて一晩経った今もエミカは自らの力を大幅に制限された状態にある上、肉体的にもまともに立つことすらできずにいた。


『今からでも遅くない……、今度は私が助けに行かなきゃ!』


 目覚めて事の結末を知ったエミカは止めてもベッドから無理に起き上がろうとした。そんな彼女に女王という立場にある私はお願いという建前の残酷な命令をする他なかった。


『そ、そんなっ……! まだ生きてる可能性だってあるじゃないですか!!』


 確かにコロナが殺される瞬間を目撃したわけではない。私の記憶にある最後の彼女は、してやったという勝ち誇りの笑みすら浮かべている。

 だがしかし、生存の可能性は極めて低いだろう。その上で見す見すこんな状態のエミカを再び死地に赴かせるわけにもいかない。

 そして、何においても私は王国(ミレニアム)の女王という立場を優先しなければならなかった。


『このまま王都に帰還します。エミカ、そのためにどうか私に力を貸して下さい』

『本気で言ってるんですか……』


 当然のことながら、エミカが納得している様子はなかった。しかし、女王という立場を強く振り翳すことで私は彼女から選択の余地を奪い取った。


『もうこれ以上、敵に後れを取るわけにはいきません』

『………………』


 心の底から憎まれてもいい。

 たとえエミカとの友好がここで失われ関係が壊れたとしても。


『そのためにもなんとしても王都へ。一刻も、早くです』

『ミリーナ様……』


 コロナを助けに行くことイコール女王である私を見知らぬ土地に置いていく。その事実にも気付き、エミカは冷静に天秤に掛けたのだろう。

 葛藤の中で生まれたであろう様々な感情を抑え込み、彼女はぴたりともうそれ以上の反論を止めた。もしかすると逸早く王都に戻ることこそが、コロナを助ける最善手だと考えたのかもしれない。どこか抜けているように見えて、しっかり計算もできる要領の良い子だ。そうと決断すれば行動は迅速だった。


『モグラサモン! サモン! ぐぬぅ……やっぱだめだ。出てきてくれない……』


 エミカの力の源がなんなのか専門的な説明を受けたとしても、生まれてから戦闘関係のスキルにまったく縁のない私に正しく理解できるはずもない。

 それでも、病み上がりの身体では従来の能力が発揮できないのは極自然な道理と言える。エミカは新たにゴーレムが召喚できないとわかると、それだけで魔力列車が動かせるほどに大きな魔石の塊を出現させた。


『今は、この赤モグだけが頼りです』


 私たちを運んだ後、小屋の壁にもたれかかってそれきり身動きを停止していた赤いゴーレムの爪に魔石を触れさせると、エミカは再び動き出した自らの分身とも呼べるそれに穴を掘るよう命令を出した。

 そして、それから一晩が過ぎた現在。


「――あ、赤モグが戻ってきた! ミリーナ様、どうやら王都まで穴を掘り終えたみたいです」


 そこからは二人と一体になり私たちはさらに急いで地下道を進んだ。


「行き止まりだけど……エミカ、本当にここでいいの?」

「はい、私も地図を見て調べました。この上に出口を作れば王都近郊に出られます。赤モグ、階段をお願い」


 途中で穴を掘り終え戻ってきたゴーレムにエミカを任せていたので、私は再び彼女を預かって作られていく階段を上り地上を目指した。人を一人背負ってる分、慎重に焦らず一段一段。確実に上へ上へ。

 やがて先行するゴーレムが地面の天井を突き破り、齎した光が地下道に溢れた直後、私は最後の一段を上り切った。ゴールである開通された出口に辿り着いた私は土竜のように顔を出し、地上の様子を覗き見る。

 燦々と降り注ぐ陽光。

 暗から明へ。目が眩みすべてが真っ白になったあと、視界は徐々に正常を取り戻し巨大な防壁がどこまでも続く王都近郊の全貌を捉えていく。

 ゆっくりと、露わになっていく景色。直後、私は信じ難い光景を目にして戦慄した。



「なっ――!」



 エミカと一緒に地上に顔を出した次の瞬間、私の視界一杯に飛び込んで来たのは旧都を襲撃した例のクマの姿をした人形の群れ。

 それも、大軍勢と呼べるほどの数が真っ黒な影となり蠢いていた。


「な、なぜ……あれが王都にいるのですか……!?」


 無数のクマ人形たちが蟻の行列の如く何重も連なり、視界の端から端まで続いている王都の守りを担う巨壁を取り囲んでいた。

 一体、何が起きているのか。

 この光景にはエミカも絶句し、背中越しで彼女が息を呑んだのがわかった。

 せめてもの救いは、市民に目撃されるのを避けるため防壁からある程度距離を取った場所に出口を作ったことだろう。もしもあの大群の真っ只中に出ていたら……、想像しただけでも肌が粟立った。


「まさか、もう王都すらも……」


 そんな馬鹿な。

 ふざけている。

 まだ旧都が襲撃を受けて五日しか経っていない。その上でエミカの協力を持ってしても、私たちでさえたった今戻ってきたばかりだというのに。


「あり得ないわ! こ、こんなこと……!」


 しかし、目の前に広がる光景は真実以外の何物でもなかった。

 この国の君主として冷静にすべてを受け入れた上で、私は次の選択を慎重にしなければいけない。このまま当初の予定通りすでに陥落したかもしれない王都に帰還するか、それとも他の選択肢を模索するか。


「……エミカ、このままハインケル城までゴーレムに穴を掘ってもらうことは可能よね」

「はい、もちろんできます。だけど、今の私じゃミリーナ様を守れません……。もし万一、旧都の城みたいに中まで敵だらけだったら……」

「………………」


 そこでバートペシュ城で言葉を交わした、あの紫紺のエルフの姿が思わず脳裏を過った。エミカも言葉にはしなかったがおそらく同様の最悪を想像したことだろう。

 このまま無暗に進めばコロナの尊い犠牲すら無駄になってしまう可能性すらある。そうならないよう私は最善の選択をしなければいけない。

 しかし、一体どうすれば……。


「ミリーナ様、アリスバレーに私なんかよりよっぽど力になる人がいます」


 地上に顔を出したまま思い悩み、しばらく逡巡しているとだった。背中越しから心強い進言が齎された。


「それに、たくさんの仲間も……、みんな力になってくれるはずです!」


 結局、エミカのその言葉が最大の決め手となった。

 私たちは行き先を変え急遽、南西方向へ向かうことにする。

 だが、王国(ミレニアム)の中枢である王都ですらあの状況だ。果たして、近隣の街やそこに住む民たちは……。


「こんな状況でも、きっとアラクネ会長なら……! モグレム、アリスバレーで一番強い人の下まで大急ぎで穴を掘って!!」


 出口を塞ぎ地下道に戻るとエミカは叫ぶように命令を飛ばした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 始まりました。待っていました。王救戦争編の中編ですか。ホームグランドに戻って雌伏の時を過ごすのですね。とりあえず療養のためにエミカには温泉に浸かって至福の時を過ごしてほしい。 [気になる点…
[気になる点] アリスバレーで一番強い人は本当にアラクネさんなのか……。 [一言] エミカの苦難の状況が続く。エミカは全面に立つのではなくて能力で事前に有利な状況作るほうが強いから、先に攻められている…
[一言] モグレムと違ってクマは手作りなのによくやったなぁ……
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