222.旧都観光
通りを行き交うたくさんの人々と馬車。街に入った瞬間、その光景に私の口からは自然と感嘆の声がもれた。
「うっはー!」
トンネルを抜けると、そこは美しい水の都だった。
円形の広場に格子状に敷き詰められた青と白のタイル。その周囲を囲う建物も全部、薄い青と純白で塗装されている。海峡は街の北側にあるからまだここからじゃ臨めない。なのに私の目の前にはもう青い海原と白い砂浜がたしかに広がってた。
旧都バートペシュポートの玄関口に立ってまず最初に思ったこと。控えめに言っても大袈裟に言っても、私の持ち合わせる表現力ではこう叫ぶ他なかった。
「超きれいっ!!」
見渡すかぎり、空も含めてすべての色彩が統一されてた。どうやら青と白の二色がこの街のイメージカラーみたい。
そしてさらに遠くを見渡すと、何よりも目を引く巨大な建造物が。
西側の広場から一直線に伸びるアベニューの先だ。そこには、おとぎ話まんまの壮麗で優美な居城がゆうゆうと聳えてた。
あの塔のてっぺんでは、さぞ美しいお姫様が優雅な暮らしをしてるに違いない。
見上げた瞬間そんな妄想が膨らんじゃうほど、旧都のド真ん中に鎮座するバートペシュ城はあまりに幻想的だった。
「おお。むかしのお城って、ほんとにあんな感じなんだ!」
まさに夢の居城。
いくらモグラの爪であってもあれを一から建築するとなると相当な手間と時間がかかる上、イメージ力を支えるセンスそのものも問われそうだった。
「いいないいなー。あんなお城、私もいつか建ててみたいなぁ……」
「おーい、そこのゴーレム使いの娘っ子よー」
「あ」
「通れんから進んでくれんかー?」
「ご、ごめんなさい! すぐ退きますので!!」
しばし首が痛くなるほど観察してたけど、さすがにいつまでも都市の入口の前で見惚れてるわけにもいかなかった。てか、完全に後続の邪魔になってた。
モグレム荷車を進めて円形の広場の中央にある、花壇で彩られた日時計の前まで急いで退避。影を見ると、時刻は朝ごはんとお昼のちょうどあいだってところだった。
ハプニングはあったけど予定してたよりもちょっと早い到着だね。これなら旧都を見物する時間もたっぷりだ。
「おっ、そこの変な乗りもんに乗った嬢ちゃんよ、もしかして観光かい?」
「え? あ、はい。まぁ」
広場から伸びる三叉路。まずはそのどの道から行こうか御者台の上で考えてると、頭に黄色いタオルを巻いたガッチリしたおじさんに声をかけられた。絵本で見たことがあるいかにも海の男って感じの人だ。
「その様子じゃ旧都は初めてだな、だはは! すげぇーだろ、俺らの水の都はよ!」
「はい、すごくきれいなところでいきなり圧倒されっ放しです。今は先にお城を見に行っちゃおうか迷ってるところなんですけど、やっぱ見物するなら正面に回ったほうがいいですかね?」
「ああ、城かー。どっちにしろ周囲には湖があるからなぁ。橋の近くまで行ってもこことさほど眺めは変わらんぜ」
「え、湖?」
通りに建ち並ぶ高い家々もあってここからじゃ確認できないけど、おじさんの話ではバートペシュ城の周りはわざわざ人の手で掘られた大きな湖があるらしい。
なんでも一本の石橋が城へと続く唯一の道だって話だけど、警備や防犯上の理由で一般の観光客は絶対に渡らしてくれないんだそうな。
「んじゃ、どっちにしろ後回しにしちゃったほうがいっか」
「嬢ちゃんよ、特に行く場所がないんならまずは〝ゴンドラ〟に揺られるのをおすすめするぜい。水路はこのバートペシュポートの象徴みたいなもんだからな!」
「……はい? ゴンドラ?」
何かと思えば小さな手漕ぎボートのことらしい。
さらに訊くと旧都には大小様々な水路が街中に張り巡らされていて、城以外の場所ならゴンドラでどこでも好きなところへ行けるとか。
小船で観光とか実に優雅だ。よし、決めた!
「おじさん、教えてくれてありがとー」
「おうよ! 気をつけてなー」
親切なおじさんのおすすめに従って、ぱぱっとその場でモグレム荷車を回収。一番近いゴンドラ乗り場は東側の大通りの先ってことで進むと、すぐに案内板と一緒に地面とほぼ変わらない高さを流れる水路を見つけることができた。
ゴンドラ乗り場ではオールを持ったたくさんの船頭さんたちが小道を通る人たちに向かって、乗ってかないか安くしとくよーと、しきりに声をかけてた。
てか、船乗りって男の人ばかりかと思ってたけど女の人の割合もけっこう高いっぽい。しかもよく見ると、私と同じぐらいの歳の子もそこそこ。話しかけやすさもあって、私はそんな若い船頭さんの一人に目星をつけて近づいた。
「一人なんだけど、乗ってもいい?」
「もちろーん! どこまで行きますかお客さん――って、見ない顏だね。もしかして旅の人ー?」
「うん、そうだよ。しかもさっき到着したばかり。小船でいろいろ見て回れるって聞いたからちょっと乗ってみようと思って」
「なるほど、おっけーおっけー♪ そういうことならたくさんまけてあげよう! ささ、乗った乗ったー!」
元気いっぱいの若い船頭さんに手を引かれながらゴンドラに乗りこむと、三日月形の細長い船体がぐらりと揺れた。
「わわっ!?」
「だいじょぶ! そう簡単には沈まないよー」
少しでもバランスを崩したら転覆する不安定な乗り物かと思ったけど、一度動き出すとゴンドラはすいすいと進んだ。
水面を音もなく、海風を静かに切りながらまっすぐに滑っていく。
「どう、風がすごく気持ちいいでしょー?」
「うん!」
船尾に立つ若い船頭さんは細い腕で器用にオールを漕いで、わずかな動きで針路をコントロールしてた。さすがこれで食べてるだけあって上手。その腕に安堵した私は、そのまま優雅な水上散歩を心ゆくまで堪能した。
青と白の景色はどこまでも続いてく。場所によって幅がものすごく広かったりものすごく狭かったり、水路は大きな橋の下や路地裏のあいだにも通ってて、ほんと街中の至るところに張りめぐらされてた。
頻繁にすれ違う他のゴンドラの中には、花や果物を積んで水上で商売をしてる船頭さんもいた。若い船頭さんと知り合いらしき女性の船頭さんは挨拶を交わすついでに、客である私に親切にも売り物の黄色い果物を「これあげる」とタダで譲ってくれた。
この澄んだ水路の水と同じように街の人の心も透き通ってるのか、活気に満ちた中にも感じる優しさと人情。なんとなくアリスバレーと似てて初めての場所なのに親近感が湧いてくる。
オレンジの仲間っぽい酸味と甘みの強い果物。それをありがたくいただき海風で渇いてた喉を潤したあと、私は揺られるゴンドラの中で寝そべって天を仰いだ。
「のどかでいい街だなぁ~」
雄大な青い空と棚引く白い雲。ちょっぴり刺激的な海の匂いも、気づけばすっかり心地良いものに変わってた。
「はへぇ……」
空を見てると次第に瞼が重くなってきた。そういえば昨夜はいつもより早起きだったし準備もあってあまり寝れてなかった。このまま、少し休もっと――
「――さん、お客さん!」
「はえっ……?」
「あ、よかった起きた。そろそろ港に着くよー」
どれだけうとうとしてたのかわからないけど、起きたらおなかが空いてたのでたぶん昼近くってところだと思う。不意に若い船頭さんに声をかけられて目覚めると、ゴンドラは水路の出口ともいえる広大な海の傍まで来てた。
背後を振り返るとバートペシュ城が真後ろにあって、いつの間にか相当北上してたのがわかる。海と面した旧都側には例の水の壁が見当たらず、北側の海峡と陸地を阻むものは何もなかった。見渡せば広大な海が水平線の彼方まで続いてる。
ってことは、例の水の壁は旧都を半円状に包んでる感じで、海からなら旧都には自由に出入り可能ってことかな。
「このまま引き返してお城のほうに戻ることもできるよ。どうする?」
ゴンドラの乗り心地があまりに良かったので名残惜しいけど、今後の商売のため港を見学していくのは大事な目的の一つだった。
「ここまでありがと。また機会があればよろしくねー」
「こちらこそ、お客さん♪」
手持ちのマネン紙幣で支払いを済ませて若い船頭さんと別れると、私は石畳の小道を徒歩で進んで港を目指した。
「おお、ここも絶景だね」
たくさんの海鳥の鳴き声が響く中、切り出された石を積んでできた広大な港は小高い丘のようになっていた。その先にはたくさんの樽や木箱を積みこんだ帆船が何隻も停泊してる。
さすがに今朝ダンジョンで見た化け物クラスの巨大船は泊まってなかったけど、小さかろうともやっぱ港から見ると迫力があった。
「さー、安いよ安いよ! 今朝獲ってきたばかり新鮮! 買わないと大損だよー!!」
積み下ろされた木箱や漁場用の網が並ぶ港の手前側は、水産物専用の市場になってて大小様々な魚が種類ごとに並んでた。
獲れたてってのは真実らしく、魚の目にはどれもまだ薄く光が宿ってて生き生きしてた。中には木桶やバケツの中で生かされて泳いでるやつもいるし、すごいねこれは……。
アリスバレーで売ってる川魚とはどれも違う。
ここの魚は某魔女っ娘みたいな目をしてないよ。
初めて見る光景に私は深い衝撃を受けた。
「……って、これさっきの赤いブヨブヨじゃ!?」
しかも魚市場の一角では陶器の壺が並んでて、今朝戦ったあのモンスターの子供みたいなやつまで売ってた。
「そこのモグラみたいな手の嬢ちゃん、どうよ? この〝蛸〟買ってかねーか! 弱ってもねーし鮮度は抜群だよ!」
どうやらあの赤いのはタコっていうみたい。てか、これ食べれるの? 口の中に入れたら舌に吸盤が張りついて大惨事になりそうだけど。
「観光で来たんで買ってもすぐ調理できないので、なんというか、そのぉ……」
「おっと、観光客だったか! 港まで来るとはめずらしいね、あんた。ま、そういうことなら向こうの屋台通りで新鮮な魚介を味わっていくといいぜ!」
「え、屋台!?」
やんわり断ろうとしたところで魚市場のお兄さんがとってもいいことを教えてくれた。港の南東側に、ここで獲れた魚を調理して一般向けに提供してる広場があるそうだ。
おなかもけっこう減ってたので急いで向かうと、すぐに香ばしい匂いが潮風に流れて漂ってきた。
「おおっ、さっきのお兄さんが言ってたとおり屋台がいっぱいだ! よし、端から端まで全部制覇するぞ!!」
小さな出店がくっついて並ぶ通りを、そのまま私は予算を気にせず片っ端から回り回った。
記念すべき一品目。まずは、鉄板で焼いた青魚の切り身と酢漬けのタマネギとニンジンを挟んだパン。
「うまーい!」
塩とレモン汁で味付けされた魚のサンドは酸味があって食べると余計に食欲が湧いてきた。
そして続いては、内陸では絶対お目にかかれないような大きな海老を油で揚げた料理。専用の甘いソースをかけて食べると新鮮な身の歯応えとともに、また別の甘さが口いっぱいに広がる。サクサクの衣の食感もすばらしい。
同じ甲殻類では蟹のハサミをただシンプルに茹でてる屋台もあって、なんの味付けもしてないはずなのに旨味が詰まってて、食べると身が溶けるようにほろほろとほどけていった。
「そこの食いしん坊の嬢ちゃん、是非ウチのタコ串とイカ串も食ってってよ!」
ええい、物は試し。
赤いブヨブヨとアリスバレー・ダンジョンで見た白いウネウネの小さいやつも恐る恐る食べてみたけど、焼けた身がとても香ばしくて美味だった。
歯応えも噛み応えがあって独特。てか、このかかってる砂糖を焦がしたような黒っぽい調味料、前にジャスパーとヘンリーがトウモロコシにかけてたやつだね。なるほど、あれって魚介にも合うんだ。
「あれ? おばさん、これ生じゃない……?」
「何言ってんだいあんた〝牡蠣〟は生で食うのが一番さね!」
「ええっ!?」
「ほれほれ、いいから食ってみね!」
え、ええい、物は試し……!
大きなギザギザの二枚貝をただ開いて赤いソースをかけただけの料理。口に入れた瞬間、ピリッとした刺激があってとにかく辛かったけど、そのあと貝のミルクみたいな濃厚な甘さが舌の上で優しく広がった。
なんというかとても瑞々しくて、海の恩恵をそのまま味わってる感じ。これまた新鮮な感覚だった。
「ほら、辛いのが苦手ならレモン汁をぶっかけてもうまいよ!」
「あ、ほんとだ。柑橘のさっぱり感ですごい食べやすいや」
「まー、食うとたまんに腹を下すこともあるんさけど! 大当たりってね、わははっ!」
「ええっ!?」
そのあともお昼のあいだは休憩を挟みつつ、ずっと屋台を巡った。通りに並んでた大方のメニューを網羅した頃にはすっかり胃袋も満たされ大満足。
てか、ちょっと食べ過ぎたかも、げっふ……。
「さてと、そろそろお仕事といきますか」
食後のデザートにイチゴを食べて口直しも済んだところで、楽しい観光もおしまい。本来の目的を達成するため、私は旧都の中心に聳えるバートペシュ城に向かった。
「うう、おなかが重いよぉ……」
もちろん、のたのたとした足取りで。











