216.もぐらっ娘、校長先生になる(後半戦)。
「みんなー、次の授業は外でやるよー! 並んで移動だぁー!」
「「「わぁー!!」」」
朝一からしっかり勉強したご褒美というわけではないけど、いきなりずっと机に座りっ放しだとさすがに飽きる子も出てきそうなので、二限目の授業は外で身体を動かせるものをチョイスしておいた。
半分は気分転換がてらのお遊びでもあるけど、運動能力を高めて身体の成長を促す大切な授業だ。
というわけで、二限目の先生は如何にも健康的な肉体を有したこの人たちにお願いした。
「我々は冒険者パーティー〝肉体言語〟! そして、我はリーダーのマストンである! 子供たちよ、本日はよろしく頼む!!」
「「「押忍ッ!!」」」
「わー、みんな裸だー!」
「すっげぇ、ムキムキー!」
「あれこそ本当の漢の姿だぜー!」
「えー……」
「男の子ってやっぱ変だよねー」
「あんな格好で寒くないのかなぁ?」
授業内容はシンプルに、ただ身体を動かすこと。
子供たちにはこのまま校舎の敷地内――校庭を走ってもらうつもりだけど、ただ普通に周回するだけじゃ面白くない。
なので、モグラの爪で前日のうちに障害物となる壁や段差や滑り台、そしてモグラスポンジも最大限活用して網やロープ、弾力性の高いマットや巨大な球体なんかもところどころに配置しといた。
「第一走者っ! 位置について、よーい!」
誰が一番早く完走できるかの単純な駆けっこだけど、勝負のルールは単純なほど燃えるもの。子供たちはみんな一生懸命に走ってた。
ただ、やっぱ身体能力はモグラーネ村の子たちのほうが平均的に高かった。走者ごとのグループの一等賞は、ほぼほぼ村出身の子で独占。
中でも女の子ながらノノンは、決勝戦で男の子たちすらもぶっちぎっての一位。
マストンさんたちにも表彰されて照れ笑いを浮かべてた。
「えー、もう終わりー!?」
「もっと遊びたぁーい!」
「くそ、次は絶対に負けねーぞっ!」
マストンさんたちの人気(主に男子からのもの)もあって子供たちの多くはまだまだ走りたがってたけど、予定通りに終了。てか、ここで気力と体力を使い切っちゃったら次の授業にももろに影響がでちゃうしね。
「「「ありがとうございましたー!!」」」
マストンさんたちにも授業を監督してくれたお礼を言ったあと、私たちはまた元の教室に戻った。
これで午前の授業も残すところあと半分。そんな頃合いとなる三限目は、ペティー&スーザフさんによる商業のお勉強だった。
ま、商業といっても難しい内容は一切なしで、基本的な物の売り買いなんかの仕組みについての解説をするって感じ。
てか、ユイとパメラも頭がいいけど、この二人はさらに賢くて、その上で要領がよかった。子供たち相手にもわかりやすく、興味をそそられるような小話なんかも挟みつつ、下手すると眠くなりそうな内容にもかかわらず、一切退屈する暇なく授業はあっという間に終わった。
「子供たちも興味津々だったし、すごくいい授業だった! 二人とも先生の才能あるよ!!」
「お褒めいただき恐悦至極にございます。ご主人様」
「ふふ、エミカさんも机から身を乗り出して聞いてましたね」
「うん! 特にさー、あの〝なんでも突き通す矛〟と〝どんな攻撃も防ぐ盾〟を売ってた間抜けな商人の話が最高だった! あ、でも……似たような話、モグラ屋さんでも絶対壊れない武器防具シリーズを一点物の超目玉商品として店頭ブースに飾っちゃってるけど、あれは大丈夫?」
「あれは真実ですので一切問題はないかと」
「そっかぁ~、よかったー」
「物理現象としては大いに問題ありですけどね……」
商売人コンビの授業後、午前中の最後のトリを飾るは魔術についてのお勉強。教鞭を執るは、もはや言うまでもなくもちろんのこと我らが魔女っ娘ルシエラ。
正直、今回先生を引き受けてくれた人材の中ですらも、頭一つ二つ知力と知識の高さが飛びぬけてる。そんな彼女に関しては、私からあーだこーだ言っても雑音にしかならないのはわかってた。
なので、魔術の授業については事前の打ち合わせもなし。すべて本人にお任せの状態。今回は子供たちと同じく私も完全なる初見の立場だ。
そんな経緯もあって、この四限目はある意味で一番楽しみにしてた授業でもある。
「続いては魔術の授業です! では、ルシエラ先生お願いします!」
――ガラッ。
私の呼びかけに引き戸を開けて入室すると、ルシエラは挨拶も前置きもなくいきなり魔術の講義をはじめた。
「魔術とは魔力――より厳密にいえば体内に存在する魔素、その根源となる力を操り体外に放出・または肉体などに付与させる物理現象の一種である。人類が体内に有する魔素にはそれぞれ適性属性というものが存在し、主に割合の高いものとしては火・水・風・土・光の五つの適性属性が挙げられる」
「「「???」」」
「………………」
「稀なケースとして固有の適性属性を持たない人類種も存在し、これらは獣人族などに多く発現される。この場合、適性属性が〝無〟と判断され無属性と呼称されるがけっして魔術の素質が皆無という意味ではない。理解しやすいように例を示せば、ほぼ例外なく土属性として生まれてくるドワーフ属のほうが獣人族よりも遥かに魔術適性は下の下である。このことからもわかるように分類上の意義と言葉の真意を取り違えないようによくよく注意されたし。魔術学書にはこういった誤解を招く表現・記述があまりにも散見される故に。では、逸れた話を元に戻す」
「「「???」」」
「………………」
「これは統計資料によって数値の差異があるため断定できることではないが、我々ノーマル人種の大半が火属性の魔素を持って生まれ、全体の一割弱が光属性の魔素を持って生まれてくると一般的には考えられている。しかし、火属性だからという理由で必ずしも光の魔術を行使できないというわけではない。また、その逆もしかりである。その根拠として魔素の属性割合・比重の関係が挙げられる。ホマイゴス魔術学会の長年の研究によって我々ノーマル人種は火と光、さらにはこの世界に存在するであろうありとあらゆる属性因子そのすべての魔素を極少量ながら体内に持ち合わせているという仮説が近年では通説になりつつある。こちらの根拠としては適性外属性魔術であっても魔術印による魔術の行使が可能であるという点が非常に大きい。この事実を拡大解釈すれば我々人類は魔導を極めし未来においてそのすべての属性魔術を極め――」
「「「Zzz...」」」
「はい! すとーっぷ!!」
教室の子供たちの大半が舟をこぎはじめたところでだった。私は勢いよく席を立って授業を止めた。そこまでがんばって我慢したけど、きっぱり止めた。
「ルシエラ、ちょっとこっち!」
「???」
「子供たちと同じ反応しない!!」
その手を引っ張って廊下に出ると、ルシエラはまったく信じられないといった顔で私を見て言った。
「理解不能。なぜ、講義を中断?」
「理解不能は子供たちのほうでしょ! てか、なぜも何も相手を考えようよ! お昼寝の授業になっちゃうとこだったじゃん!」
「エミカ。まだ昼前」
「知ってるよ!」
ダメだ、この魔女っ娘。
いや、信じて任せっ切りにしてしまった私も悪いといえば悪い……。
とにかく、このままじゃいけない。なんとか子供たちに魔術に興味を持ってもらわないと。だって、今はそのための授業なんだから。
「よし……こうなったら、思い切って実技に変更だ! 派手に行こうっ!!」
そこで急遽、子供たちを連れて再び校庭に移動。
敷地の端に簡易的な的を作成してぱぱっと準備を整えたあとで、私はルシエラに魔術を放つようお願いした。
「火球――」
――ボオンッ!
「「「わあああああぁっーー!!」」」
巨大な火の玉が的に炸裂して爆炎を轟かすと、子供たちはその大半がさっきまで眠りこけてたのが嘘のように大歓声を上げた。
「すっげー、ドカンっていった!」
「魔女のお姉ちゃんすごい!」
「ねえねえ、今のどうやったのー!?」
「体内の魔力を高め放出し、現象として世界に干渉した」
「なんかわかんないけど、かっこいい!」
「私にもできるー!?」
「肯定。素質さえあれば誰にでも可」
ルシエラも子供たちの衆目を集めて面目躍如。
最後に体内の魔力を高めるっていう基礎トレーニングの初歩をみんなに教えて授業を終えた。
「さて、授業はここまでで一旦休止です。みんな、そろそろおなかも減ってきた頃だよね。次はお待ちかね、学校給食の時間だよー」
午前に予定してた授業も無事すべて終えて、ちょうどお昼時。用意しておいたモグレム荷車で私は子供たちを連れてモグラホテルにあるレストランまで移動した。
みんな手を洗ったあと、食事の前に授業の一環として厨房を見学。
中ではシホルに加えてピュアーノさんとオルルガさんが華麗に包丁と鍋を振るって、今日のために昼ごはんの用意を進めてくれてた。
「いい匂い!」
「うまそー!」
「シホお姉ちゃん、おなかへったー!」
「はいはい。みんな、もう少しでできるから待っててね」
ホールに戻って席に着くと、我が家のメイド長であるコントーラバさんが他のメイドメンバーとともに食器類の配膳を行なってくれた。
「フォークとナイフは外側にあるものから使い、食べ終わりましたらこのような形にして置いてください。そうしましたら我々が食器を下げに参りますので」
「「「はーい!!」」」
ちょうどいい機会なので、こういった場でのマナーも子供たちには食べながら学んでもらうことに。
日々の食事も考え方一つ。大事な授業の一環に繋がる。
「すっげー、うまかったー!」
「ああ、人生で今が一番しあわせぇ~」
「おなかいっぱぁーい♪」
「だけど、もっと食べたぁーい!」
「あー、明日も学校あればいいのにぃ……」
先日のホマイゴス代表団をもてなしたコースメニューとほぼ同じだっただけあって、文句なんかつけようがない料理のオンパレードだった。
「「「ごちそうさまでしたー!!」」」
わざわざ手間暇をかけて作ってくれたシホルたちにもお礼を言ったあと、私たちは満腹感と多幸感に包まれながら学校に戻った。
「んじゃ、おなかいっぱいで少し眠いけど午後の授業をはじめるよー。みんな着席ー」
午後の頭となる五限目はヘンリーによる農業の授業だった。種植えや土壌の管理なんかの植物を育てる上での基本的な知識というか雑学が中心で、なんていうのかな?
うん、なんというかその……地味?
「エミカ、どうでしたか僕の授業は!?」
「あ、うん。ま、よかったんじゃないかな」
本人はけっこう手応えがあったみたいだから酷評はしないでおいた。
人には向き不向き、好き嫌いがあって当然だからね。
てか、お昼ごはんのすぐあとの授業って面でも不利はあったし、ヘンリーについてはやる気もあるみたいだし次回以降のさらなる奮起に期待しよう。
「最後の授業は冒険者先生たちによるダンジョン講座です! では、ガスケ先生、ブライドン先生、ホワンホワン先生、お願いします!」
そして、本日ラストの六限目。
正直、同業として冒険者を目指すのはお勧めできないから授業としてやるべきかどうか最後まで迷ったけど、生きるために選択肢を増やすには得られる知識は多ければ多いほどいいと思った。
それに、私みたいにただの憧れだけで突っ走って痛い目を見る前に、情報としてちゃんとした現実を知っておくのも大事なこと。さらにはダンジョンはこの街――アリスバレーにとっての中心でもある。
どういった成り立ちで人が営みを育むこの場所が生まれたのか。
どのような仕組みで一つの街がダンジョンとともに共生してるのか。
それらは生きる上で必要な知識や常識の根幹にも等しい大事な授業だった。
「――と、ダンジョンについての話は大体こんなところだな。元々、教師なんて柄じゃねーし、今一進め方もわからんが訊かれたことくらいは最低限答えるぜ。小僧たち、俺たちに何か質問はあるか?」
「はいはいはい、先生! ダンジョンは神様が作ったんですか!?」
「あー、そう主張してる連中もいるが……さて、実際のところはどうだろうな。ま、ダンジョンでその神様とやらに会う機会があれば今度訊いておくよ」
「わたしもダンジョンの中に入ってみたい! 連れてってー!」
「ああ、いいぜ。だが、もう少し大きくなったらな、お嬢ちゃん」
「ねえねえ、杖のお爺ちゃんもさっきの魔女のお姉さんと同じー? 魔術使えるー?」
「無論じゃ」
「どっちが強いのー?」
「まだまだ若い奴には負けんよ。さっきから立ちっ放しで腰は痛むがのぉ……」
「エルフのお姉さん、肌白くてすごくきれい!」
「えへー、ありがとぉー♪」
「でも、エルフって見た目よりすげー年寄りだって聞いたぜ」
「えー、ほんとー?」
「んじゃ、あのお姉さんも若作りしてるの?」
「はいはい! エルフのお姉さん、歳いくつー!?」
「うふ、うふふ。子供は無邪気でかわいいなぁ~(ピキピキ)」
「「「………………」」」
あ、まずい。ガスケさんとブライドンさんと目配りして、私は校長権限でその場で質問を打ち切ると、ベルを鳴らして本日の授業の終わりを告げた。
いやー、無邪気って残酷だね。
ただ、これは個人の名誉のためにフォローするわけじゃないけど、エルフ族が平均的な人類と比べて長寿だっていうのは流言らしい。てか、そもそもホワンホワンさんはノーマル人種の血も混ざったハーフエルフだ。
そういう正しい知識や常識も含めて偏見なく、この学校に通う子供たちには学んでいってもらいたいね。
特に男の子たちよ、年頃の女性に無遠慮に年齢を訊いてはいけません。
(矛盾のネタは前にどっかで出した気も……だけど、思い出せないのでやっぱり気のせい?)
と、前話で宣言したとおり、次話からは時系列を遡っての番外編を何本かやっていく予定でございます。
しばしお待ちを。











