214.もぐらっ娘、学校を建てる。
オリンピック見てたらいつもより遅れました。
すんませんっ!(でも、兄妹で同日金メダルとか、13歳で金とってしかも表彰台のもう一人も13歳とか、創作でも思いつかないことが起きちゃう現実やべぇ……)
「何か困ったことがあったら言いなさい。発起人の一人として私もできうる限りのことはするわ」
「うん! 言われなくてもいつだって頼りにするよ!」
「そこまで清々しく言われると、逆に厚かましく感じないのが不思議ね……」
最後に頼もしい言葉をもらってユイと別れたあと、私はその足で教会に向かった。
新しく何かをはじめるには、やっぱその道の専門家に相談するのが最善。ユイが通ってた学校を参考にすることも考えたけど、私自身が幼い頃に学んだ場所は教会だ。なので、一番最初にテレジア先生から助言を乞うことに決めた。
「先生ならあっちだよー」
「ブタさんといっしょー」
モグラ屋さん本店から二号店に続く地下道経由でアリスバレー南東側にある教会に到着。
入口の前で遊んでた新入りらしき女の子たちに先生の居場所を訊くと、ワインの熟成所やキノコの栽培所がある空き地のほうを指差しながら答えてくれた。
「それなら、こっちはどう?」
「ぴぐぅ~」
向かうと、キノコの栽培所に続く入口の隣――しもふりピンクさんの小さな赤レンガのお家の前にテレジア先生はいた。
いつもの白い修道服。屈んだ姿勢でしもふりピンクさんと向き合って、何やら網カゴの中をガサゴソと漁ってる。
こっそり近づいてみると、網カゴの中にはカラフルな色のキノコがたくさん入ってるのが見えた。
「あ、エミカ」
「っ!? ぴぐぅ~!」
「………………」
ちぇ。
静かに接近して驚かそうと思ったのに、先に気づかれちゃった。
「そんなところで何をしてるの?」
「あ、いえ……ちょっとご相談がありまして。てか、先生のほうこそしもふりピンクさんと何してるの?」
「近くの森で採ってきたキノコを食べられるやつかどうか選別してもらってるの。しもちゃんはキノコの専門家だから」
「ぴぐぅ~」
訊けば、出荷できるキノコの種類を増やせないかあれこれ試行中なんだそうな。
そういえばうろ覚えだけど、ヘンリーだったかが前にそんなこと言ってたっけ。種類によってはポーションの素材にも使えるって話で、将来的には食用だけじゃない運用も視野に入れてきたいとかなんとか。
たしかにこれから市民のほとんどが魔術師であるホマイゴスとの交易が盛んになれば、その辺の需要も一気に高まってきそうだし、いい試みだと思う。
でも、わざわざ先生がやらないでもヘンリーに任せておけばいいのに。
やっぱ子供を多く受け入れてしまったぶん、自分も何かしないとって思ってるのかな。
「それでエミカ、相談って?」
「あ、えっと……」
結果的に私が原因でこうなってるわけだし言い出しづらいことではあったけど、恥を恐れていては何もはじまらない。
私は今朝あったこと、そして、これからのために学校を作る旨をテレジア先生に伝えた。
「子供たちのために……学校を? 本気?」
「うん、本気! だから何が必要か、先生の専門家であるテレジア先生ならきっといいアドバイスをしてくれると思って!」
「忘れられがちだけど私、本職は聖職者よ。たしかに人を導くという立場に違いはないのかもしれないけど……ま、細かいことはいっか」
最初テレジア先生は少し困った顔をしてたけど、やがてゆっくり立ち上がると、私の相談に真摯に向き合ってくれた。
「わかったわ。では、一緒に考えてみましょうか、学校を作るには何が必要かを。そうね……まずは土台として当然のこと、土地と建物は必要よね。そして、もちろんのこと子供たちに勉強を教える人材――先生も」
土台の話、正直、前者に関してはどうにでもなる。
問題は後者の先生の確保。
だけど、こっちはこっちで私の交友関係を最大限に活用すれば、あくまで短期的にではあるけどなんとかなるかもだった。
「一応、その辺はここに来るまでにある程度は考えておいたよ。たぶん、上手くいくと思う」
「それでも、場所と環境を用意して終わりじゃない。学校を運営する上で一番の難題は、今現在において苦しい立場にある子供たちが学校に通うそもそもの動機よ。こっちがそれを用意してあげないとたとえ立派な校舎を建てて優秀な先生を雇ったとしても、学校という存在そのものが意味を成さなくなってしまう。エミカはその辺どう考えてるの?」
「えっ、それは……」
子供たちが学校に通う動機。
即ち理由で、さらに言い換えれば勉強することの意義。
私の場合は教会に通うことで、お昼にスープとパンという食べ物の施しを受けられたし、年の近い子たちと一緒に遊んで仲良くなる機会も得られた。また教会は、社会を生きていく上での社交性や常識を身につける大事な場所だったともいえる。
今でもテレジア先生に出会えて、同世代のジャスパー、ヘンリー、ソフィアたちと友達になれてほんとによかったと信じて疑わない。
結論として私にとって教会に通うという行為は、人生において非常に重要で、なおかつ必要な選択だった。
それを踏まえて、今朝の男の子の立場になって考えてみよう。
まず、学校で勉強して技能を習得すれば安定した職に就けて、将来的には困窮した暮らしから抜け出せる。
それは今の私になら理解できる話。
でも、まだ小さな子供に、しかも明日どころか今日食べる物にすら困ってる子供に、どれだけ理解することができるのか。
学校に通って学ぶという行為がどれだけ有益で、未来を明るくする選択であったとしても、簡単に「はい、わかりました」とはならない。その上で根気よく説明と説得を重ねて理解してもらったとしても、理解するのと納得するのはまた別の話。
これからの話も大事だけど、それは今があってこそ。
そうだよ。
学ぶ場所を提供するだけじゃ足りないんだ。
子供たちの未来を明るくするために、必要なこと。
それは、今を保障することとも確実に繋がってるんだ。
「なるほど……勉強するにも、そもそも安定した暮らしがあってこそ」
「そうね。学ぶにも生活基盤は最低限必要よね」
結論として学校に通うことを条件に、子供たちには衣食住の保障を行なう方向で話を進めることに。
モグレムを最大限動員すればかかる労力はほとんどカバーできるだろうし、着る物や食べる物だってなんとでもなるはず。
そうなってくると一番の問題は子供たちが住める場所か。
「まだ教会のほうでも何人かなら受け入れられるわ」
「いや、さすがにそれは……」
今日のジャスパーとヘンリーの言動からも察するに、これ以上、教会に負担は強いられない。
それなら、学校と一緒に住居もこっちで用意だ。
でも、アドバイザーとしてテレジア先生の意見は貴重だし、もし何かあったときのために教会からもすぐ手の届く位置に学校施設はあったほうがいいとも思った。
「テレジア先生、この近くに学校と寄宿舎を建ててもいい?」
「もちろん。なんなら教会の隣に建ててもいいわ」
ありがたい話ではあったけど、さすがに教会の敷地を使うのは気が引けた。それに立地として、教会はモグラホテルや二号店の北側にあって徒歩で難なく行ける距離にある。
土地の問題はアラクネ会長に相談すれば街の治安にもかかわる話だし、二つ返事でオッケーをもらえるはず。
てか、むしろ事後報告でも全然大丈夫っぽい。あの人、最近こっちの行動を先読みしてくるし。
「よっし、あとは行動あるのみ!」
結論、学校施設は教会から南。
位置的にはモグラホテルと二号店のある商業地区とのあいだ辺りに建てることにする。ま、何かあとから問題が出てきても壊してまた建てればいいだけだしね。
「テレジア先生、相談に乗ってくれてありがと! 学校が完成したら教会の子たちも絶対に通えるようにするから!」
「それが叶ったらあの子たちにとっても最良ね。エミカ、何か困ったことがあったらいつでもまたいらっしゃい」
「うん! んじゃ、学校ちゃちゃっと建ててきちゃうね」
「ぴぐぅ~」
「お、しもふりピンクさんも手伝ってくれるの?」
「ぴぐぴぐぅ~」
「ありがとー♪」
とりあえず、建物という箱物ありき。
私はテレジア先生と別れると、水玉のキノコ頭がキュートなしもふりピンクさんを胸に抱えて予定どおり南に向かった。
「この辺がよさげだね」
商業地区と教会のちょうど中間地点。
周囲には何もなくて野原がただ広がるばかり。見晴らしよく牧歌的な雰囲気が気に入ったこともあって、ここに学校を建てることに決めた。
まずは校舎の大きさを大雑把に。
広さは大体モグラホテルぐらい?
でも、モグラホテルみたく真四角の大きな建物にしちゃったら奥側にある部屋への移動が億劫になるかもだね。
「んー……」
「ぴぐぅ~?」
「やっぱし、風通しのことも考えて建物は細長いほうがいいかな?」
「ぴぐぴぐぅ~!」
そこはしもふりピンクさんとも考えた結果、〝L字型〟の細長い感じの校舎にすることに。さらに入口も両端とか裏側とかにも複数作っちゃえば、移動はよりスムーズになるはずだ。
「よっし、やるぞー!」
最初にモグラウォールで一階部分をささっと作って面積を確定。
続いて内装に着手。
中央部分に廊下となるスペースを広めに残しつつ、その両側に各部屋を均等に配置。教室となるその各場所に教壇を設置して長机と椅子をずらりと並べれば、とりあえずそれっぽくなった。
ま、これは教会の勉強部屋をそのまんま真似っこしたからこそなんだけど。何か不具合があったらその度に改修改善すればいいだけだし、今はこれを暫定の基本仕様としておこう。
一旦そこで内装作業を中断、また外に戻る。内部は大方決まったのでお次は外装をどうするか考えることに。
「学ぶ場所だし、外から見てもなんか賢そうなイメージにしたいよね」
「ぴぐぴぐぅ~」
頭がいいといえば真っ先にルシエラが思い浮かんだ。
そこから連想して魔術師。そんでもって魔術師の街ってことで、記憶にも新しいホマイゴスの建築様式を参考にしようと思い至った。
まずは外壁部分を白レンガで統一。
それだけでガラッと、校舎は清廉で落ち着いた印象に変わった。
さらに通気のため縦長のガラス窓をたくさん配置。外から見て中がよく見えたほうが学校に来る子供たちも安心するはずだし、開放感を全体に押し出しておこう。あとはこれで仕上げに屋根でもつければ外観もほぼ完成だった。
「でも、やっぱ平屋じゃなんか寂しいね」
「ぴぐぅ~」
「大は小を兼ねるし、この際もっと大きくしちゃおうか?」
「ぴぐぴぐぅ~!」
しもふりピンクさんも賛同してくれたので、より立派な校舎にすべく階層を伸ばすことに。
ただ、あんまり高くしても今度は上への移動が大変になるので、その点についてはホマイゴスの建築様式は真似せず。
結局、利便性も考えた上で、四階建て+屋根裏の高さまでにしといた。
仕上げとして一階部分にトイレと各階層に移動のための階段を設置。さらに地下部分を使わない手はないってことで、外で駆け回れない雨の日も考えて遊戯用の大部屋を用意。閉塞感をなくすため天井はかなり高めにしといた。何かあったときはここで集会とかもできるし、やっぱこういう広い地下空間はあったほうがいいよね。
最後に仕上げの仕上げとして、校舎の周囲を鉄柵で真四角に囲んで学校の敷地を確定。とりあえず今思いつく限りの作業は終えた。
「できたー!」
「ぴぐぴぐぅ~!」
どれだけの子供が学びにくるかまだわかんないし、今後また大幅に変更するかもだけど、そんな感じで校舎のほうは完成。
「よっし、次は寄宿舎だ!」
「ぴぐぅ~!!」
そのあと学校の西側に寄宿舎も建設。校舎と同じく地上四階建て。外観も落ち着いた白レンガと温かみのあるオレンジの屋根で統一した。











