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209.もぐらっ娘、湖でBBQして漁をする。


 湖近くの森から、枯れ葉や枯れ木を総出で収集。

 モグレムも二チームほど召喚して手伝ってもらってたら、大きな倒木なんかも一本まるまる運んできた。せっかくだし、それも焚き火に使うことに。

 クリエイトした鋸でちょうどいいサイズに切断。薪を〝井の字型〟に組みつつ積み上げて、最後にその真ん中に集めた葉や枝をドサッと投入。これで準備は完了だった。


「「「火球(ファイアーボール)!」」」


 赤薔薇隊には魔術に長けてる人も大勢いるから着火に炎岩を使う必要もなかった。放たれた複数の小さな火の玉によって薪は一気に轟々と燃え上がった。


「はわぁ~♪」

「あったかぁ~い♪」

「チサにエミスケ妹ー、あんま火の傍に寄りすぎんなよー? 薪が崩れてきたら大やけどすっからなぁ~」

「「はぁーい♪」」


 うんうん。やっぱコツメは面倒見がいいね。モグレムも召喚したことだし、ちびっこコンビはしばらく任せて大丈夫そうだ。

 ってことで、私のほうは赤薔薇隊のみんなと昼ご飯の準備に取りかかることにした。


「エミカちゃん、私に何か手伝えることはあるかしら」

「いえいえ、そんなそんな。アンナさんはお客さんなので――ほいっと、椅子にでも座ってのんびりしててくださいな」

「あら、悪いわね。だけど、本当にいいの?」

「もちろんですとも。こっちは突然のわがままを聞いてもらった立場ですしー」


 とは言いつつ、正直、準備なんて一瞬なんだけどね。

 まずは食材を焼くためのグリル台を用意だ。ちょっと大きめにしたかったので普通にクリエイトするんじゃなく、モグラウォールで地面から生やす形で土台を成形。続いて炎岩を並べたあと、上にクリエイトした金属の網をポンっと置いちゃえばもうそれで完成だった。


「うっし、そんでもってあとはー」


 別に立食でもいいかなって思ってたけど、せっかくの水辺の景色だ。ゆっくり眺めながら食べるためにもテーブルと椅子も並べて用意。んで、陶器の食器、銀のフォークやナイフやトングなんかもクリエイト&リリース。

 と、設営はこんなもんで。


「エミカ様、食材を運んできました! いつでもはじめられます!」

「こっちも準備おっけーだよ。おなか減ったし、もうどんどん焼いてっちゃおう」


 お肉や野菜は出発前、予め家でカットしておいたから包丁は不要。まずは火が通り難い大き目に切ったタマネギやらニンジン、トウモロコシなどを先に。続いてキャベツにピーマン、キノコ類なんかも順番に焼いていく。


「みんなー、ご飯の準備できたよー」


 焚き火で服を乾かしてたリリたちを呼ぶと、三人はダダダッと駆け足でやってきた。もう時間的にお昼もだいぶ過ぎちゃったこともあって、やっぱみんなおなかが減ってたみたい。


「……おねーちゃん、おにくはー?」

「お肉はこれから焼くとこだよ。だから先にお野菜さんを食べようね」

「えっー!」


 期待させたぶん、リリは抗議の声とともに不満な顏を浮かべた。

 やれやれ、シホルからも出発前、お肉ばっかりじゃなく野菜もしっかり食べさせてねって言われたんだけどな。


「ほら、チサだって食べてるし、好き嫌い無くさないといい子になれないよ」

「リリちゃん、このこんがり焼けたニンジンさん、甘くておいしいよー」

「ちーちゃん!? だめっ! ニンジンはアクだよ!!」


 いや、悪って。

 それって、もう好き嫌いとかのレベルじゃなくない?


「アクにはくっさない!」


 そして、リリの意思は私の手には負えないレベルで頑なだった。

 しかたないね。妹のわがままでみんなを待たせるわけにもいかないし、さっさとお肉を焼くことにしよう。

 ちなみに用意したメインの肉類は、分厚い赤身のステーキ肉やハーブの入った腸詰のお肉。あとは鳥の手羽などなど。

 素材の良さを活かすため、味つけはシンプルに全部お塩で。そのほうが手間もかからないし、失敗も絶対ないからね。

 ただ、これもせっかくなので、少し趣向を凝らして岩塩のプレートを用意。加熱されたその上でお肉を焼いていくことに。

 あとそれにプラスして、家から持ってきたスライスした高級食材のトリュフも香りづけとして使ってみた。


 ――ジュ、ジュジュジュ~!!


 表面は強火でしっかり焼いて、中はある程度レアに。

 カットしたとはいえステーキ肉は一口で食べるには大きすぎるので、大皿の上でサイコロ状に切りわけたあとリリたちの小皿へ。

 そのまま熱々のうち口の中に運んでもらった。


「んっ~♪ おいしいー!」

「おにくはセイギ! だから、おいしー!」

「ん!? な、何、このお肉……エミカちゃん、キングモール家ではいつもこんな美味しい料理を食べているの?」

「いやいや、焼いただけですし。シホルの料理に比べたらこんなの料理って呼べる代物ですらないですよー」

「それって、毎日これ以上の物を食べているってことじゃないの。恐ろしいわね、キングモール家……」

「最高の塩加減だなぁ~! エミスケー、じゃんじゃん焼いちまおうぜー!!」

「エミカ様、ならばこの先の給仕すべて我々にお任せください」

「え、でも、赤薔薇隊のみんなもまだ食べてないでしょ?」

「主君よりも先に手をつけるわけにいきません」

「そもそも、我々は護衛として付き従ってる身」

「ささ、エミカ様もどうぞ!」

「ごゆるりと、どうかお食事を楽しんでください!」

「んー……んじゃ、お言葉に甘えて。だけど、みんなもしっかり食べてね。そのためにお肉もこんだけ持ってきたんだし」

「「「はっ、ご命令とあらば!」」」

「いや、別に命令ではないんだけど……」


 ま、食べてくれるんならなんでもいいか。

 そこからは赤薔薇隊のみんなが交代でお肉と野菜を焼いてくれる中、私も雄大な湖の景色とともに優雅な野外ごはんを堪能した。

 やがて、木箱いっぱいに積んできた食材も底をついて完食。

 食後の口直しとしてブドウやイチゴなんかをつまみながら、私は椅子にもたれて薄雲が流れる青空を見上げた。


「うぅ、おなかいっぱいで、動けない……」


 もしも今、害獣やモンスターに襲われたら大ピンチだね。ま、そのためにモグレムを召喚してるわけだし余裕で問題ないけど。


「おねーちゃん、おねーちゃん!」

「……ん?」


 まったりとこれ以上ないまでにだらしなく怠けてると、不意に空の中に逆さのリリの顔がぱっと現れた。何かと思ったらまたチサと一緒に湖のほうに行きたいらしい。


「コツメはぁ~?」

「おねーちゃんとおんなじ! とけてる!」

「えっ?」


 言われて横目で見ると、コツメもぷっくり膨れたおなかを抱えたまま椅子の上でだらしなく寝そべってた。

 なるほど、たしかに私と同じだね。そんでもって同じく、しばらくは動けなさそうだ。


「ひとつ、遠くには行かないこと。ふたつ、またびしょ濡れにならないこと。みっつ、次はニンジンさんを食べること。全部守れるなら行っていいよ」

「むり! やくそくはできないっ!!」

「えぇ~……」


 まさかそんなきっぱり断られるとは思わなかった。面を食らいつつ、なんとか最後のニンジンの件以外は約束させておっけーを出す。

 でも、念のためさらにモグレムを一チーム召喚させて専属の護衛に当たらせておいた。

 ま、レコ湖周辺はパメラがむかし解決した飛竜騒動以来、目立った害獣被害もないらしいし、ここまでする必要もないかもだけど。

 そんなことを考えてるとだった。急に頭が重くなってウトウトしてきた。



「――はっ!? ヤバっ、完全に寝ちゃってた……」



 夢も見なかったし、意識が途絶えてたのは短い時間だと思う。それでも、食後の睡魔に襲われた結果、目覚めたときにはあらかた片づけも終わってた。


「あれ、リリとチサは……?」


 少し嫌な予感がして辺りを見渡す。

 二人を探しはじめると、すぐにその姿を見つけることができた。


「ほっ、なんだいるじゃん。おーい、二人ともー!」

「あ、おねーちゃんおきた!」


 近づいてみると、リリは長い木の棒を持って湖のほとりの地面の上で奇妙な絵を描いてた。

 なんだろ? グルグルの渦がそこかしこにある。我が家の末妹は芸術レベルが高すぎるのか、相変わらず難解な絵を描くね。


「リリ、これってなんの絵?」

「えへへー、これはねー!」

「リリちゃん、しーだってば! しー!」

「あっ!?」

「え?」

「な、なんでもない!」

「おねえちゃん! これは誰でもないよ!!」

「………………」

「「………………」」


 そこで急に二人とも俯いて、まったく私と目を合わせなくなった。

 いやいや、ものすごく怪しいから。

 てか、何を隠してるんだろうね。そういえば周囲のモグレムたちもなんか汚れてる気がするし。んー、ここはきっちり問いただすべきかどうか。


「エミカちゃーん! そろそろ例の件、取りかからないと時間なくなるわよー?」


 だけど、迷ってると不意に背後からアンナさんの声が。

 例の件ってのは一つしかない。この湖――レコ湖が漁場として使えるかどうかの調査。正直、今の今まで忘れてた。

 時間もないっていうならしかたない。ここはお仕事を優先しないとだった。


「二人とも、今日は帰るまで私の傍から離れないこと。いい?」

「「はいっ!!」」

「………………」


 とってもいいお返事だね。

 ますます怪しさマックスだけど。

 それでも、いつまで疑っててもしょうがない。私はこっちにやってきたアンナさんとともに水辺に並んで湖全体を見渡した。


「許可はもう下りてるんですよね?」

「ええ。だけど、どうやって捕獲するつもり? 小船でもないと漁なんて無理じゃない?」

「ん~、できるかどうかはやってみないとなんですけども――」


 漁法については予め考えておいた。

 まず強度に優れた大きなモグラネットをいくつもリリース。それをモグラピッタンコで繋ぎ合わせて一つの超巨大な網に。

 続いて網の片側を束ねて動かないようにしっかりと水際に固定。

 準備はそれだけで、あとはモグレム一チームにその反対側を持たせた上、弧を描くように湖底を潜水させる。最後に網が張れたら一気に浮上後、ほとりまで帰還するよう指示しとけばオッケー。

 ま、大雑把に言っちゃえば、ホマイゴスであのサドなんとかを捕縛したのとなんら変わらないモグレム任せの力技だ。


「みんな網は引っ張りすぎないようにね。そこそこのとこまで行ったら浮上しちゃっていいから」


 そもそもモグレムが泳げるのかどうかが心配だったけど、入水後しばらくして水面に顔を出したモグレムたちは網の端を持ったまま、バタ足で空高く水飛沫を巻き起こしながら水辺のほうまであっという間に戻ってきた。



 ――バシャ、バシャバシャバシャ!!

 ――ピチ、ピチピチピチ!!



「わあぁー!!」

「すごい! いっぱーいっ!!」


 湖の一部を抉るように戻ってきた網をさらにほとり側に引き寄せると、数え切れないほどの無数の黒い影が姿を現す。直後、それらは尾びれをバタつかせてこれでもかと飛ぶように激しく跳ね回った。


「うっわ……。ここまでいると、ちょっと怖い……」


 辺り一面、見渡す限りの魚、魚、魚だった。

 ただよく見ると、ちょうど群れで泳いでるとこをまさしく一網打尽って感じだったのかも。捕まえられたのは全身に黄色い斑点がある魚ばっかりで、他の種類のやつはほとんど見当たらなかった。

 んー。漁獲量には満足だけど、もっと大きかったり、こないだダンジョンで見た足が何本もあるやつとか、もっといろんなのが獲れると期待してただけに、そこはちょっと残念だ。


「それで? エミカちゃん、ここからどうするの?」

「え? あ、えっと……ん~、どうすればいいですかね?」

「私に訊き返されても困るわ」

「ですよねぇ……」

「うおぉー、こりゃすげー! 超大漁じゃねーかよぉ~、エミスケー!!」


 暴れ狂う魚たちを前にどうしたものかと戸惑ってると、私と同じく食後に一休みしてたコツメが意気揚々と駆けつけてきた。


「ヒャッハー!!」


 次の瞬間、歓声を上げながら魚の群れの中に飛びこむと、コツメはあっという間に両手に数匹、おまけに口でももう一匹捕まえて私たちの前に戻ってきた。


 ――ガリ、ガリガリガリガリガリッ!


 そして、そのまま一心不乱に捕食開始。

 目をギョロつかせながら頭から魚にかじりつくと、これまた一瞬でペロリ。そのモフモフのおなかに収めてしまった。


「うっめ”えぇーー!!」

「………………」


 口元が血だらけだし、目も完全にイッちゃってる。もともと怖い顔だけあって、もう怖いなんてもんじゃ済まない顏になってた。

 どうやらコツメは好物の生魚を前にすると正気を失っちゃうみたいだね。


「ちょっと、魚でしょ? 生で食べたら病気になるんじゃ……」

「別に問題ねーって。栗色髪のねーちゃんよー、俺様はカワウソだぜぇ~?」

「ま、コツメが美味しいって言うぐらいならレコ湖の魚の品質に問題はないってことだよね」

「味はなー。だがよ、贅沢いうんならここの魚はち~っとばかり小振りだなぁ~。湖じゃでっかく育つにも限界があるのはわかっちゃいるがよー」

「やっぱ、これでも小さいほうなんだね」

「たりめーよっ! エミスケー、海ならこーんなでっかい魚だって泳いでんだぜぇ~!」


 そう言って短い手足を目一杯に広げるコツメ。それが事実だとするなら、やっぱ漁をするなら湖ではなく海が最適だね。


「うーん……」


 レコ湖を漁場にするつもりできたけど、やるのであればあとから後悔したくなかった。

 モグレムに網を回収させて捕獲した魚たちを放流したあと、私は一度計画を白紙に戻すことに決めた。


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[一言] シホルの料理技術でもリリにニンジンは食べさせられないのでしょうか
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