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207.もぐらっ娘、大広間で起こった惨劇の謎を知る。

※ブラッシュアップに手こずったので予定より遅れましたが、いつもより早い次話投稿になります。前話の読み飛ばしにご注意ください。



「エミカの家はお店と繋がってるのね」

「こっちは緊急用の非常口だけどね。移動には便利だから」


 モグラ屋さん本店の隠し通路経由で我が家に帰宅。もはやサリエルの部屋というか棲み処になってるゲストルームを出て、大広間に続く扉に手を伸ばす。


 ん?

 おかしい、やけに静かだね。

 夜といっても晩ごはんを食べ終わってまだそこそこってところなのに。


 そんな違和感を覚えはしたけど、扉を開けるまでまさかこんなことになってるなんて思いもしなかった。



「――ヒげっ!?」



 その惨状を目撃した瞬間、本日二度目のひしゃげた悲鳴が私の喉元から飛び出す。

 でも、そんなの無理もなかった。

 メイドさんたちにミニゴブリンたち。

 大広間の中央では、ウチの家族がそろいもそろってテーブルに顔を埋めるように静かに倒れていたのだから。

 てか、既視感ってレベルじゃなかった。


「こんな光景さっきも見たんだけど!?」

「ありゃー、ただ寝てるわけじゃなさそうだなぁ~」

「そんなの見ればわかるわよ! どう見たって異常事態でしょ!!」


 驚愕の中、みんなの下へ急いで駆け寄る。

 さっきの厨房もひどかったけど、こっちもひどい状況だった。まるで背後から強烈な一撃を受けたかのように、全員が全員テーブルの上できれいに突っ伏してた。


「み、みんなっ!?」

「落ち着いて、エミカ……」

「大丈夫。外傷はないし、ちゃんと息もあるよ」

「そんなら、やっぱ寝てるだけってこったな」

「これは気絶と言うべきだと思いますけど……」

「ちいさなゴブリンさんたちも、ぐったりしちゃってる……」


 みんな青白い顔で気を失ってはいるけど、キャスパーの言うとおり呼吸はしてた。さっきの厨房のコックさんたちと同じで、こちらも命に別状はなさそうでとにかく一安心。

 だけど、状況が状況だった。一体、みんなの身に何が起こったのか。


「うべっ」

「え?」


 その原因を探るべくテーブルの周りを歩いてると、不意にブーツの裏にやわらかい感触。反射的に足元を覗くと、そこには三人目の妹が猫のように身をまるめて倒れてた。


「そ、そんな……パメラまで!?」


 すぐに抱きかかえて揺り起こすと、呼びかけに応じてその瞼が弱々しく開いた。


「何があったの!?」

「エ、エミカ……? う、ううっ……き、気をつけろ……! ぜ、絶対、アレには……て、手を……つけ……、う、うぶっ――!」

「パ、パメラ!?」


 ――ガクリ。

 すべてを伝えることなく、そこでパメラは再び昏倒してしまった。一体アレとはなんなのか。ただ、謎は深まるばかり。

 そんな最中だった。


 ――トタトタトタトタ。


 地下二階に続く階段から物音。そこでようやく侵入者の可能性に気づくも、私が身構える前よりも早くその人物たちは階下から姿を現した。


「おねーちゃん!」

「あ、ほんとだー! おかえりー、エミカー♪」

「リリ! サリエル!」


 そこで大広間に出てきたのは二番目の妹と居候天使。混乱するあまり今の今までその姿が見当たらないことにすら気づけなかった。

 それでも、幸いにも家族の中で二人だけは元気でなんともなさそうだった。


「みんな食事中に寝ちゃったからねー、一人ずつ部屋まで運んであげてたとこなんだー。えへへ、えらいでしょー♪」

「リリもリリもー!」

「………………」


 えらいっちゃ、えらいけど、さすがに今回は私に知らせるなり誰か人を呼ぶなりしてほしかった……。

 いや、それでも、天使に人間の常識を求めるなんて土台無理な話か。しかも私やシホルが不在の中、リリとサリエルだけを残して家族全員が倒れるなんて想定外も想定外。

 ここで文句を言っても事態は何も好転しないし、今後の対策はあとで立てればいい。それよりも、今はなぜみんなが倒れたのか、その原因を調べるのが先だった。


「みんな別々に倒れたの?」

「ううん、ほとんど同時だったよー。ごはんの時間ー♪」

「いただきますしたらみんなバタンってなったー」

「いただきますと同時……?」


 二人の回答から、嫌でもある可能性が急浮上してきた。


「まさか、食事の中に――!?」


 大広間の惨状に注意が向きすぎて見落としてたけど、テーブルの上には緑とも紫ともつかない色のスープが至るところでこぼれてた。状況を見るに、みんなが倒れた拍子に皿をひっくり返したみたい。

 奇跡的にきれいに残ってたスープ皿もあったので顔を近づけると、異臭とは呼べないまでもなんとも言えない妙な臭いがした。


「トリエラ、解毒の魔術は!?」

「え? 使えますけど、まさか、料理に毒が盛られてたってことですか……?」


 お店までスクロールを取りに行く時間も惜しかった。

 なので、直接トリエラに解毒を頼むことに。まずは寝かしておいたパメラから治療を開始。そのまま順番に全員に魔術を付与してもらった。


「〝解毒(アンチ・ポイズン)〟――! ダメです……。この人にもまったく効きません」


 それでも成果は出なかった。トリエラがいくら魔術を行使しても、みんな気絶したまま。誰一人として目を覚まさない。

 ってことは、普通の毒ではなく、猛毒と呼べるような物がスープに……?

 だとしたらもうサリエルの出番だ。天使の魔法でなんとかしてもらうしかない。


「エミカ、僕が調べてもいいかな?」


 そう考えて最後の切り札を切ろうとしたところだった。キャスパーが私の肩をつかんで協力を申し出てくれた。

 話を聞くと、なんでも彼は毒の耐性スキルを持ってる上に毒見もできるみたい。さすがは万能と言われる盗賊職だ。こんなときでも頼りになるとは。


「大丈夫なの? もしそれであなたまで倒れたら、余計にエミカに迷惑がかかることになるわよ」

「大丈夫だよ、リーナ。毒には子供の頃から慣れっこだからね」


 正直なところ心配ではあったけど、万一のときはサリエルもいる。原因究明のためにも今はキャスパーの毒見に賭けることにした。


「嗅いだことのない妙な臭いだね」


 そうやって皿を鼻に近づけた直後、一切躊躇せずにだった。スープに小指を浸してそのまま自身の小さな舌まで運ぶキャスパー。

 直後、彼は口元を押さえながら崩れるように膝をついた。私も含めて全員が心配と驚きでその傍へと駆け寄る。


「キャスくん!?」

「ちょっ、大丈夫なの!?」

「う、ぐっ……! だ、大丈夫……大丈夫だから……」


 キャスパーは気丈に振る舞いつつも、チサとリーナに支えられて立ち上がるのがやっとの様子。

 ああ、なんてことだろう。毒の耐性を持ってる人間ですら、あんなちょっぴり舐めただけでこんなになってしまうなんて。


「そ、そんな……やっぱ、それだけヤバい猛毒が、スープの中に……」

「いや、エミカ――」


 不安を口にして一歩二歩とその場から後ずさったところだった。キャスパーは私の呟きをその場で100%否定した。


「違うよ」

「え?」

「原因はこのスープに変わりないけど、この中に毒と呼べる物は一切含まれてない。だから、この人たちが倒れたのは毒のせいじゃないよ」

「ふぇ……?」


 んじゃ、どうしてこんな事態に? 私がその質問をする前に、我が身をていして毒見をしてくれたキャスパーはあっさりと答えを教えてくれた。


「原因は〝味〟だ」

「………………」


 あ、味って……え?

 つまりそれって、単純な話――


「正直、この世の物とは思えないし、同じ人間(ヒト)の作った物とも思えない。まさか、ちょっと舐めただけで気を失いかけるなんて……ある意味、これは毒以上の毒だよ」


 そこで苦々しく口元を歪めると、キャスパーは結論として率直な味の感想を述べた。



「このスープ、死ぬほど不味い――」























 念のため全員運んでマットレスの上に寝かしておいたけど、キャスパーの見立てとおりしばらくするとみんな何事もなかったように目を覚ました。

 前後の記憶が曖昧だったりするメイドさんもいたけど、後遺症もなさそうでとにかく一安心。

 ま、結論を言うと食べた料理が不味すぎて気絶しただけって話だし、心配する必要なんてそもそもなかったんだろうけど。


「あははー。いやいや、まいったっす。まさかこんなことになるとは思いもしなかったっすよ。反省はんせーっす」

「ごごご主人様っ、申しわけありませんでした! 皆さんも本当にごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


 少し落ち着いたところでだった。シホルたちの不在で急遽、本日の料理当番を務めたイオリさんとピオラさんによる謝罪が行なわれた。


「ご主人様の留守中このような事態を引き起こしてしまったこと、メイド長として誠に不徳の極みです。どうか、なんなりとご処分のほどを」


 コントーラバさんも責任者として一緒になって謝ってたけど、誰にだって得意と不得意はある。それにシホルたち家の料理人をレストランにやったのは私の判断だ。それを考えると今回の騒動の原因を押しつけることはできなかった。


「みんな何事もなかったんだし、お咎めはないよ」

「いえ、ご主――」

「それよりもコントーラバさん、今日はみんな念のため安静にしてたほうがいいと思うし、後片づけしてもう寝ちゃいましょ」

「ご主人様……わかりました、ご主人様がそう仰るならば……。寛大なご処置、心の底より感謝いたします……。というわけです。聞いてましたね? ピオラ、イオリ! あなたちは今すぐ後片づけに取りかかりなさい!!」

「は、はい!」

「ういすー」


 ただ、毎回こんなことになったら大変だ。今後はシホルがレストランで働くようになれば家にはいないわけだし、日々の料理当番を誰と誰がやるのかはしっかり決めとかないとだね。


「たくっ、ひどい目に遭ったぜ……」


 ごめんなさいの時間が終わってメイドさんたちも仕事に戻ったところで、私の隣にパメラがやってきた。

 頭が痛むのか額の辺りをさすりながらおもむろに着席すると、三人目の妹はこっちを見て訊いた。


「で、そっちの連中はお前の客か?」

「うん、そうだよ! ルシエラの故郷で知り合った冒険者仲間のみんな。紹介するね!」

「まだ眩暈がすっから手短にな……」


 それから一言ずつ、魂の家(アニマ・ファミーリャ)のメンバーには順番に自己紹介をしてもらった。


「よー、ホットパンツの姉ちゃん、俺様はコツメだぜ! 好物は生魚だ!」

「………………」


 コツメのとこで幻覚とでも思ったのか目をゴシゴシこすってた以外、特段パメラも気にした様子を見せず、そこまで紹介はすんなりと済んだ。


「あれ、チサは?」


 だけど、最後の一人を残したところでその不在に気づく。

 直後、キャッキャと騒ぐ楽しげな声を聞いて大広間の南側に目を向けると、チサとリリとサリエルの三人が談笑してる姿を発見。みんな目を輝かせてはしゃいでて、とても仲睦まじい感じ。

 どうやら引き合わせてあげるとか、あっちはそういう必要もなかったみたい。てか、あのぐらいの歳の子は勝手に仲良くなっちゃうよね。ま、そこにサリエルまで含めちゃうのは違うけどさ。


「オレも同業者だ。名乗るほどの名はねぇが、こいつの――」

「妹だよ」

「……保護者みたいなもんだ」

「妹だよ?」

「あんたらもわざわざ西の地からきて疲れただろ。ま、ゆっくり休んでけ。さっきから頭がグラついてやがるからな、オレも今夜はクソメイドの尻を一発蹴り上げたら先に休ませてもらうぜ」

「こんな大変な日に大勢で押しかけて悪いわね。えっと……エミカの妹兼、保護者さん?」

「おう」


 そのまま席を立つと自室のある南側には行かず、なぜかパメラは調理場のほうにフラフラと向かっていった。

 やっぱ、まだ死ぬほど不味いスープの影響が残ってるのかな?

 と、少し心配になったけど、違った。



「――痛ぎゃあ”あ”ああぁー!?」



 パメラが西側の扉を開けて調理場に入った直後、大広間まで響いてきたのはイオリさんの悲痛な叫びだった。


 あー。

 そういえば、一発蹴り上げたらなんとかって言ってたね……。


「あ”っー!? あ”っー!?」

「オラ! オラオラオラ!!」

「パメラ様パメラ様パメラ様! もう堪忍してくださいっす!! そんなに蹴られたらお尻が割れちゃうっすよー!!」

「尻は元々割れてんだよ、ボケ! なんならオレがこのまま四つに割ってやろうかぁ!? 料理一つまともに作れねぇこのろくでなしメイドがー!!」

「痛”っっや”あ”あ”あ”あああぁぁっ――!?」



「「「………………」」」



「ひゅー! あのホットパンツの姉ちゃん気合入ってんなぁ~、気に入ったぜ!!」

「賑やかな家だね……」

「いえ、普通に騒音レベルです」

「こらこらトリエラ、家主の前よ」

「………………」


 なんかほんとすごい日に泊まりにきてもらっちゃったけど、そのあと一日の汗を流すため、チサとリリとサリエルの三人も連れて露天風呂に直行。先に魂の家(アニマ・ファミーリャ)の女性陣に我が家の広いお風呂を楽しんでもらった。


「たくよぉ~、お前ら干乾びるほど入りやがって。こっちは待ちくたびれたぜ。女の風呂が長げぇのは古今東西どこでも一緒だなぁ~」

「うっさいわね。女子にはいろいろあるのよ!」

「へっ! だが、こっからは男の時間だ! キャスパー、行こうぜぇ~!!」

「あ、ええっと……あーっとぉ……」


 そのあと交代で男性陣にも入ってもらったけど、なんかキャスパーが妙にそわそわしてた。お風呂に向かう二人の背中を見ながらリーナとトリエラが「大丈夫かしら?」「大丈夫じゃないと思います……」とか話してたけど、あれはなんだったんだろ? 謎だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] リリとサリエルが無事なのは天使なら激マズ料理にも耐えられるということなのでしょうか。
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