202.もぐらっ娘、魔力列車を試作する。
逃げるように冒険者ギルドを出てハインケル城がある北側を目指すこと少々。私は次なる目的地に到着した。
「アンナさん、さすがにまだ出勤してないってことはないよね? すんなり会えるといいんだけど」
豪奢な上、で~んっと横長に広がる白亜の殿堂。
なんでも運輸局以外にも王国の重要なお役所組織がたくさん入ってる総合庁舎だとか。それだけあって広大な敷地の周囲は高い鉄柵で囲まれてて、唯一開放されている正面入口には厳重な警備の目があった。
「ちょっとそこの君、止まって!」
門の隣に立ってた若い衛兵さんは素通りしようとした私をぴしゃりと呼び止めると、立ちはだかるように目の前に回りこんできた。
「君、ここがどこかわかってる?」
「はい。運輸局のある建物ですよね? 私、そこで働いてる人に用がありまして。あ、これ紹介状です」
「紹介状? 君みたいな子供が……?」
門の手前付近から怪しむ視線を感じてたこともあって、呼び止められたのは想定内。顔がほとんど利かない王都だけあって今日はこういうことが続く。
でも、そのためにベルファストさんが手紙を持たせてくれたって話。活用しない理由はない。中身を読めば衛兵さんも「とんだご無礼を!」と、すぐに華麗な手のひら返しで私の入場を認めてくれるはず。
いや、それどころかアンナさんのところまで直々に案内してくれるまである。
たぶん、こんな感じで――
『英雄様、運輸局までご案内いたします!』
『えー、お仕事中の衛兵さんにーそこまでしてもらうのは悪いですよぉ~』
『いえ! 先ほど子供扱いしてしまったお詫びもこめ、どうか私奴に道案内をさせてください!!』
『えー、そうですかぁ~? それならーそこまで仰るなら断るのもアレですしー、お願いしちゃおうかなぁ~』
次なる展開のため脳内で会話の予行を終えた直後だった。紹介状を読み終えた衛兵さんは肩と声をわなわなと震わせて言った。
「こ、これはっ……!?」
フフ、来たね。
さてと、あとは想定どおり、遠慮しつつ無遠慮にいけばパーフェクトで完璧。
そんなわけで次の瞬間、私は相手の言葉をほとんど待たず食い気味に答えた。
「なんて悪質な!」
「えー、お仕事中の衛兵さんにー」
「こんな手のこんだ手紙まで用意して!!」
「そこまでしても――え? あれれ?」
「君! 大人だったら冗談じゃ済まされないよ!?」
「………………」
この展開は想定外も想定外。衛兵さんは顔を真っ赤にして怒鳴ると、すぐに渡した紹介状を突き返してきた。
「今回は子供の悪戯だと思って大目に見るけど、次はこうはならないからねっ!?」
「あ、あの――」
「ほら、さっさとお母さんのところに帰りなさい!」
ほんとに取りつく島もなかった。背中を押されて追い出されると、私は正面入口から離れる以外なかった。
「あるぇ~?」
いや、さすがにあそこまで子供扱いされるとは思わなかったよ。
ひゅ~っと乾いた風が吹く中、私はしばらく鉄柵の向こう側に建つ総合庁舎を眺めながら、そこでいくつかの結論を導いた。
とりあえず一つ目のどうでもいい結論としては「ベルファストさんは使えない」ということ。
続いて二つ目の結論としては、門前払いされたからといってここで引き下がるわけにはいかないってこと。
そして三つ目の結論としては、正攻法がダメなら奥の手を使わざるを得ないってことだった。
「できればこの手は使いたくはなかった。しかし、やむを得まい……」
ホマイゴスでも同じ手を使った。
だから、私は知ってる。どんなに巨大な壁も頑丈な鉄柵も、地面の下から行けば乗り越える必要すらないことを。
そう。
大抵の問題は、穴を掘りさえすれば解決してしまうのだった。
「フッフッフ。よし、人気のないこの辺りなら……いざ、モグラクロー!」
「もしかしてエミカちゃん?」
――ボコ!
んん?
気のせいかな?
なんか今、名前を呼ばれた気が。
「あ、やっぱりエミカちゃんだわ」
「………………」
奇跡的にもこれ以上にない最悪のタイミングだった。
振り向くと、そこには本日のお目当てであるアンナさんが立ってた。
「こないだお呼ばれしたとき以来ね。というか、こんな場所で何してるの?」
「……あ、いや、何と訊かれますと……その、ちょっとこの辺の地面がなんと言いますか……」
「地面? あら、穴が開いちゃってるわね。こないだ降った大雨の影響かしら? あ、もしかして舗装しようとしてくれてたの?」
「っ! そ、そうなんですよ! 誰かが躓いたりしたら大変ですからね!!」
「エミカちゃんは気が利くわね。それに比べて……まったく、衛兵の連中は何してるのかしら。しっかり見回っていればこんな陥没を見逃すはずないのに」
「あ、ははっ……で、ですよね! そういうわけでこれは危ないんでちゃちゃっと埋めちゃいましょー!!」
――ズズズッ!
一瞬で証拠隠滅を終えて改めてアンナさんと向き合う。だいぶ予定と違ったけど、こうして出会えたのは僥倖以外の何ものでもなかった。
私はさっそく王都に来た目的を果たすため、今から少し時間をもらえないかお願いした。
「これからちょうど日課のティータイムだったし、まったく問題ないわよ。そうだわ、せっかくだし一緒に一服しましょうか。たまには私のほうが奢らないと大人の面目も保てないしね」
そんな流れで王都の中心地の一画にある喫茶店に場所を移すことになった。
「王都で一番って評判のカフェよ」
「はへー。なんというか大人な雰囲気ですねー」
ちょうど朝の混雑をすぎた辺りで、人気店にもかかわらず店内は湖面のような穏やかな静けさで満ちてた。商売事が絡む以上あまり人には聞かれたくない話でもあるし、まさに場所としては打ってつけ。
注文した紅茶と焼き菓子が運ばれてくるのを待ってから、私は今回の用件を切り出した。
「というわけなんです。お力をお借りできませんか?」
「………………」
「アンナさん?」
「ついに……このときが来たわね!」
「へ?」
「エミカちゃん! ぜひともやりましょう、さっそく今から!!」
「え? 今から……?」
例の友好都市契約の件から今後、地下道に魔力列車を導入していきたい旨を伝えると、アンナさんは乗り気ってレベルじゃ収まらないほどの即断即決の勢いで承諾してくれた。
「地下道に魔力列車を導入すればさらに物流が良くなるわ。ただし導入のコストや積みこみなんかの手間を考えると、短い地下道の場合は従来どおり馬車のほうが利便性が高いでしょうね」
「はい。なので現状は、『アリスバレー⇔王都間』『アリスバレー⇔ホマイゴス間』の二つに加えて、あともう一つしか導入は考えてないです」
「もう一つ? もう一つって……『アリスバレー⇔ローディス間』のは短いし、まだ私の知らない地下道があるのかしら?」
「いえ、アンナさんも知ってるはずですよ。ほら、レコ湖のやつです」
「あー。ミハエル様の事件のとき、エミカちゃんが負傷者運ぶために掘ったっていうアレね。たしかにあそこは封鎖したままにしてあるけど……というか、レコ湖方面に魔力列車を走らせて何に使うつもり?」
「フッフッフ、それはですねー!」
そこで今回考えてたもう一つの目的である漁業ルートの確保について、私は打ち明けた。昨日コツメに言われて火がついたのもあってこっちも前倒しで進めることに決めたのだった。
「なのでレコ湖で漁をする許可もろもろ、その辺もアンナさんの伝手でお願いできないかなー? なんて思ってたりします」
「たしかに魔力列車と地下道を同時に活用すれば、内陸ド真ん中の都市や街にすら新鮮な魚を流通させることができるわね……。うん、面白い試みだわ。それに何より他ならぬエミカちゃんの頼み。私は喜んで働くわよ」
「お手数おかけします」
「よし、そうと決まれば善は急げよ!」
新技であるモグラピッタンコのおかげで、条件はあっても加工できる大きさに限界はなくなった。おそらく魔力列車もアリスバレーに建設した工場と同じく自作できてしまうのではないか。その可能性を伝えると、アンナさんのボルテージはさらに跳ね上がった。
私たちは総合庁舎に戻ると、試作品製作のため急いで準備を進めることに。
運輸局の倉庫から謎の装置や大量の資料を持ち出す必要があったため、私はモグレムを召喚してそれら荷物を馬車へと運搬。必要な物一式を揃え終えたところで、私たちは王都を出てレコ湖に繋がる地下道に向かった。
入口付近で野営してた衛兵さんたちにアンナさんが声をかけて、いざ地下へ。
空間を大き目に広げて照明を設置したあとで、とりあえずここを試作品の製造所兼、試走用の実験場として使うことにした。
「これが魔力列車の設計図よ」
「うわ、なんかすごい複雑で難しそう……」
てか、よく考えたらこれも神々の恩恵って話じゃなかったっけ? 炎岩とか氷水晶の製造方法レベルの機密文書を、そんな簡単に部外者に見せていいわけがないのでは?
ふと不安になって質問をぶつけると、アンナさんからは「ま、エミカちゃんだし。大丈夫でしょ」と、まるで他人事のような回答が返ってきた。
ほんとかな?
運輸局を首になっても私は知りませんよ……。
「魔術印が施された動力部は丸ごと倉庫から持ってきてあるし、車体はただの箱物と考えてしまえばいいわ。設計図としては複雑に見えるけど、実際難しいのは車輪周りの構造だけよ」
「前に勉強したんで馬車の構造なら少しわかるんですけど、それとはやっぱ違いますよね?」
「んー、魔力列車のほうがブレーキがあるぶんかなり複雑だけど、イメージとしてはそれほど間違ってないわ。乱暴な言い方をすれば動力が馬か魔石かだけの違いよ」
「はへー」
「ま、とにかくまずは必要な部品を一つずつ丁寧に作っていきましょう。エミカちゃんの力でどれだけやれるのか私はよくわからないし」
正直、それは私だってよくわからない。
ただ組み立てはモグレムたちに手伝ってもらえばいいし、アリスバレーの製紙工場だってルシエラの指示どおりにやったら普通にできた。前例を考えれば、今回も私は言われるがままにクリエイトしていけばいいはずだ。
「車体の大きさはこのぐらいでいいですか?」
「幅はレールの規定通りに合っていればいいけど……そうね、長さはもっと短くてもいいかしら」
試作品ということもあって、実際王都で走ってる実物の半分ほどの大きさでの完成を目指すことになった。
特にブレーキ周りの細かい部品を精巧に作るのが大変だったけど、アンナさんの指示の下、まずは時間をたっぷりかけて土台となる車輪部分を完成。続いて新技のモグラピッタンコを駆使しながら車体を生やすように上に建てた。
「いよいよ形になってきたわね」
「窓も扉もほとんどなくて、ほんとに箱って感じですけどね」
「ま、とりあえず動けばいいのよ。動けば」
内部に動力部となる魔術印装置を設置後、最後にはモグレムを大量召喚して敷いたレールの上に試作品第一号を嵌めこむように乗っけた。
予定してたすべての工程を終えたあと、列車内に乗りこんで魔石の塊を動力部にセット。私たちは休む間もなく試運転のテストに入った。
「おお、すごい! ほんとに動いた!?」
「とりあえず走行は問題ないみたいね」
列車内の床に張りめぐらされた魔術印が青白く光る中、魔力列車は徐々に速度を上げていく。
そして少し走らせたあと、遠くにレールの終点が目視できたところでだった。アンナさんは足元のペダルを踏んで魔力の塊を動力部から切り離すと、続いて手元のハンドルを勢いよく回した。直後、魔力列車はギギーと甲高い音を響かせながら減速をはじめる。
「緊急ブレーキもばっちりだわ。これならいけそうね」
「ってことは、これで完成っ!? やったー! できたー!!」
「いいえ、まだまだこれからよ。それにあくまでこれは試作品だし、メンテナンス含めてどうやって運用していくかも何も決まってないわ。それに魔力列車専用の地下道も掘らないといけないし、それに開通に付随して事前協議も必要になってくる。事故防止対策案とか緊急事態用のマニュアルとかも作成していかないと。あ、もちろんもろもろの話し合いの場にはエミカちゃんにも参加してもらわないとだからそのつもりでね」
「あう……」
完成したと思ったけど、そんなことはなかった。
実際の導入まではまだ少しかかりそう。それでも、着実な第一歩を踏めた事実。これは大きかった。











